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第一章
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頬を押さえたまま呆然と凍牙を見送った露珠に、高藤が控えめに声をかける。
「奥方様」
「まだ、そう呼んでくれるのね。その子が、真白?」
高藤の腕から下ろされた半妖の少女は、高藤の着物の裾を少し掴みながら、露珠の様子をうかがっている。
「私は――露珠、といいます。貴方と少し、話がしたいの。いいかしら」
名乗るときに、凍牙や高藤との関係を説明すべきだと思いつつ、今の関係を説明する言葉が出てこない。警戒されないように微笑もうとして、頬の痛みに顔をしかめてしまう。
「奥方様、それよりも先に手当てを」
「いいえ。大丈夫よ。真白と、二人きりにしてほしいの」
「ですが……」
渋る高藤を押し切るように、手前の真白に近寄り、その手をとる。
「あちらに、滝があるのよ。そこで少しお話しましょう」
返事を待たずに手を引くと、真白は抗わずに着いてくる。その警戒心のなさが、羨ましくも嫉ましくもある。滝がある方向に顔を向けた露珠の虹彩が細く、瞳が青を帯びる。
その攻撃色を確認してか、その殺気を感じてか、背後で高藤が刀に手をかける様子が伺えた。その様子を目の端でとらえた露珠の殺気が霧散する。
高藤にとって攻撃対象となった、という事実が、凍牙が迷わず真白を守り、露珠を無視したとき時よりも、余程自分の今の状態を表しているようで、自虐的な笑いが漏れる。
露珠が高藤にとって守るべき主君の妻ではなく、主君の大切な者に害をなす存在になり果てたということだ。主君の命に絶対服従の彼がそうするのであれば、きっとそうなのだろう。凍牙ともっとしっかり話したかった、という心残りはあれど、露珠はこれで決心がついた。
「高藤、今までありがとう。これを」
もう一度高藤に向き直り、小指の爪ほどの大きさの、乳白色の石を手渡す。
「奥方様、これは」
言いかけた高藤に向かって、露珠は人差し指を顔の前に立ててみせ、言葉を遮る。
「お守りよ。病気や怪我をしたときに、必ず役に立つわ。」
手に渡された石の正体を知り、高藤は驚愕とともに決意を新たにする。
先ほど奥方様がその瞳を青く染めた時に、我に返ったのだ。
奥方様にそれをさせてはならない、後でどのように叱責され、たとえ命を奪われようとも、奥方様がそうする前に、私が真白を殺そうと。
背後の高藤の決意には気が付かぬまま、露珠は真白を連れて滝へ降りると繋いでいた手を放し、真白に向き合う。できるだけ怯えさせないよう、穏やかに声をかけようと口を開きかけ、その耳と尾を見て動きを止めた。
白味が強く、ところどころ灰色が混ざるそれは、犬のものより太く大きい。
真白が何の半妖なのかを理解したことが、露珠の瞳を潤ませる。
「お姉さん、大丈夫?怪我、痛い?」
全く警戒せず、心配して頬に手を伸ばしてくるその様子から、真白の純真さと、凍牙が彼女を大事にしていることが伝わってくる。
「大丈夫、心配させてごめんなさい」
「どうして真白のこと知ってるの?凍牙様のお友達?」
自分と凍牙との関係をなんと名乗ればいいのかわからないが、真白の言葉に乗ることにする。
「ええ、そうよ。凍牙様のことが大好きなの。あなたも、そうでしょう?」
「うん!凍牙様、大好き!」
それからしばらく、露珠は真白と凍牙の話をしていた。真白と凍牙がどのような生活をしているのかも。
二人はあまり会話もなく、真白が凍牙について行っているようなものだが、話を聞き現状をみるに、凍牙としては驚くほど真白に優しく、また気遣っているように思えた。
少なくない頻度で、凍牙は高藤と真白を置いてどこかに行くことが多いらしい。日数も数日から数週間に及ぶこともあるようだ。
「凍牙様がいない間に、怖い思いをしたことはない?」
「凍牙様が助けてくれるから怖くないよ。高藤も強いもん。でも…時々こわい。」
少し声を落として、内緒話のように真白が漏らす。その様子にふ、と微笑むと、露珠は懐から銀糸と金糸で織られた巾着を取り出し、真白に渡した。
「これをあげる。お守りよ。これがあれば、怖い妖は寄ってこないの。それから」露珠が巾着から紅い石を取り出す。「これはなんでも治せるお薬。どうしようもない怪我や病気をしたときに使ってね。できれば、凍牙様のために。」
真白が、受け取った巾着から手に余る大きさの銀の円錐を取り出す。銀がきらめくような遊色をもつそれに、真白の目は釘づけられる。
「これ…凍牙様の角みたい。」
凍牙の額の左右に2本生えている角に、それはそっくりだった。
「ね、お守りになりそうでしょう?」
紅玉も一緒に握らせて、真白の手ごと露珠が包み込む。
「これを持っていることを、できるだけ誰にも知られないように。大事にしてね。」
「いいの?お姉さんの大事なものじゃないの?」
「あなたに持っていてほしいの。きっと役に立つ。凍牙様にも。だから、ね?」
「奥方様」
「まだ、そう呼んでくれるのね。その子が、真白?」
高藤の腕から下ろされた半妖の少女は、高藤の着物の裾を少し掴みながら、露珠の様子をうかがっている。
「私は――露珠、といいます。貴方と少し、話がしたいの。いいかしら」
名乗るときに、凍牙や高藤との関係を説明すべきだと思いつつ、今の関係を説明する言葉が出てこない。警戒されないように微笑もうとして、頬の痛みに顔をしかめてしまう。
「奥方様、それよりも先に手当てを」
「いいえ。大丈夫よ。真白と、二人きりにしてほしいの」
「ですが……」
渋る高藤を押し切るように、手前の真白に近寄り、その手をとる。
「あちらに、滝があるのよ。そこで少しお話しましょう」
返事を待たずに手を引くと、真白は抗わずに着いてくる。その警戒心のなさが、羨ましくも嫉ましくもある。滝がある方向に顔を向けた露珠の虹彩が細く、瞳が青を帯びる。
その攻撃色を確認してか、その殺気を感じてか、背後で高藤が刀に手をかける様子が伺えた。その様子を目の端でとらえた露珠の殺気が霧散する。
高藤にとって攻撃対象となった、という事実が、凍牙が迷わず真白を守り、露珠を無視したとき時よりも、余程自分の今の状態を表しているようで、自虐的な笑いが漏れる。
露珠が高藤にとって守るべき主君の妻ではなく、主君の大切な者に害をなす存在になり果てたということだ。主君の命に絶対服従の彼がそうするのであれば、きっとそうなのだろう。凍牙ともっとしっかり話したかった、という心残りはあれど、露珠はこれで決心がついた。
「高藤、今までありがとう。これを」
もう一度高藤に向き直り、小指の爪ほどの大きさの、乳白色の石を手渡す。
「奥方様、これは」
言いかけた高藤に向かって、露珠は人差し指を顔の前に立ててみせ、言葉を遮る。
「お守りよ。病気や怪我をしたときに、必ず役に立つわ。」
手に渡された石の正体を知り、高藤は驚愕とともに決意を新たにする。
先ほど奥方様がその瞳を青く染めた時に、我に返ったのだ。
奥方様にそれをさせてはならない、後でどのように叱責され、たとえ命を奪われようとも、奥方様がそうする前に、私が真白を殺そうと。
背後の高藤の決意には気が付かぬまま、露珠は真白を連れて滝へ降りると繋いでいた手を放し、真白に向き合う。できるだけ怯えさせないよう、穏やかに声をかけようと口を開きかけ、その耳と尾を見て動きを止めた。
白味が強く、ところどころ灰色が混ざるそれは、犬のものより太く大きい。
真白が何の半妖なのかを理解したことが、露珠の瞳を潤ませる。
「お姉さん、大丈夫?怪我、痛い?」
全く警戒せず、心配して頬に手を伸ばしてくるその様子から、真白の純真さと、凍牙が彼女を大事にしていることが伝わってくる。
「大丈夫、心配させてごめんなさい」
「どうして真白のこと知ってるの?凍牙様のお友達?」
自分と凍牙との関係をなんと名乗ればいいのかわからないが、真白の言葉に乗ることにする。
「ええ、そうよ。凍牙様のことが大好きなの。あなたも、そうでしょう?」
「うん!凍牙様、大好き!」
それからしばらく、露珠は真白と凍牙の話をしていた。真白と凍牙がどのような生活をしているのかも。
二人はあまり会話もなく、真白が凍牙について行っているようなものだが、話を聞き現状をみるに、凍牙としては驚くほど真白に優しく、また気遣っているように思えた。
少なくない頻度で、凍牙は高藤と真白を置いてどこかに行くことが多いらしい。日数も数日から数週間に及ぶこともあるようだ。
「凍牙様がいない間に、怖い思いをしたことはない?」
「凍牙様が助けてくれるから怖くないよ。高藤も強いもん。でも…時々こわい。」
少し声を落として、内緒話のように真白が漏らす。その様子にふ、と微笑むと、露珠は懐から銀糸と金糸で織られた巾着を取り出し、真白に渡した。
「これをあげる。お守りよ。これがあれば、怖い妖は寄ってこないの。それから」露珠が巾着から紅い石を取り出す。「これはなんでも治せるお薬。どうしようもない怪我や病気をしたときに使ってね。できれば、凍牙様のために。」
真白が、受け取った巾着から手に余る大きさの銀の円錐を取り出す。銀がきらめくような遊色をもつそれに、真白の目は釘づけられる。
「これ…凍牙様の角みたい。」
凍牙の額の左右に2本生えている角に、それはそっくりだった。
「ね、お守りになりそうでしょう?」
紅玉も一緒に握らせて、真白の手ごと露珠が包み込む。
「これを持っていることを、できるだけ誰にも知られないように。大事にしてね。」
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