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第二章
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自ら折った鬼の角と鹿の角を乱牙に持たせ、凍牙が露珠を抱き上げる。
「凍牙様、私……」
身体を起こして謝ろうとする露珠を、凍牙が視線で制すが、それは先ほどのような冷たい物ではなく、後悔と心配が混じっているように見えて、露珠が思わず手を伸ばす。
「……すまなかった」凍牙が伸ばされた露珠の手に頬をそっと寄せた「お前のこととなると、感情的になりすぎる」
視線を逸らして目を伏せた凍牙が、今後のことを考えればお前がした判断が一番利になる、と少し眉根を下げて申し訳なさそうな顔をする。出かかった謝罪を飲み込んだ露珠が、凍牙の胸に身体を預けた。
「助けてくださって、ありがとうございます。すぐに来てくださると思っていたから、何も怖くありませんでした」
同時に大きく息を吐いた二人が、互いに肩の力が抜けたのを感じて、凍牙と露珠がそれぞれ小さく笑みを浮かべる。洞窟の出口へ向かいながら、二人の様子を気にかけていた乱牙がそれをきっかけに声をかける。
「あいつら、放っておいてよかったのか?おとなしくしてろとは言ってきたが、言うこと聞くとは思えない。もう一度楯突いてくるとは思わないが、逃げるくらいはしそうだ」
自分が抱えた角を眺めながら、乱牙が問う。鬼についても銀露についても、渡る相手によっては厄介な情報を持っている二人に逃げられるのは面倒だ。それは凍牙もわかっていたことだが、今屋敷やその周辺にあの二人を置くなどして、傍をうろうろされたら殺さずにいる自信がない。
「逃亡を阻止することはできないかもしれませんが、逃亡の検知と逃亡先の確認でしたら、私の眷属に」
この事態を招いた自覚がある露珠が、おずおずと申し出る。「眷属?」と聞き返す凍牙と乱牙の目の前を、煙管のように細長く、煙の様に尾の先が揺らめく狐が数匹行ったり来たりする。
「管狐です。力は弱いですが、かなり遠方でも使役可能で、監視程度なら問題ないかと……」
自信なさ気に語尾が消えるのは、露珠が実際に管狐を使ったことがほとんどないからだ。白露や血以外で凍牙の役に立ちたい、と元々眷属を持たなかった露珠が最近になって眷属化したのが管狐で、遠方に長期間放った場合の消耗等、やってみないと分からないこともまだ多い。
ただでさえ酷い怪我をしている露珠に、これ以上妖力を消耗させるようなことはさせたくない凍牙は当然、いい顔はしなかったが「私が眠ってしまっても、このまま連れ帰ってくださるでしょう?」と露珠に甘えられて、渋々提案をのんだ。
管狐を放ってすぐに腕の中で眠った露珠を見て、凍牙が小さくため息をつく。
「責任感じてたんだろ。許してやれよ」
「……露珠にではない」
「あぁ、まあ、そうだよな」
凍牙の横から露珠を覗き込んだ乱牙が渋い顔をする。目を閉じているから分かりにくいが右目の怪我と、首、衣の上からだけでも左足の怪我の状態が酷いことがわかる。棠棣に露珠を殺すつもりがなかったのはよくわかるが、苦痛を与える目的の傷は命を奪う目的のそれより痛々しい。何より、露珠がこうなるまでの判断の間違いと、守りきれなかった力不足に凍牙が苛立っているということが、乱牙にはわかった。
「親父みたいにはいかねぇもんだな。力でいったら兄貴のほうが強いだろ」
少し驚いた顔で、凍牙が乱牙を見る。最強の鬼、といわれた晃牙だったが、純粋な力で言えば実は凍牙の方が強い。晃牙が最強と思われているのは、鬼の力に加えて、その好奇心と社交性から来る他の鬼や他種族との駆け引きの巧妙さからだ。力が強くても、周りへの影響を考えると全力を出すことはほとんどなく、むしろその力を制御することの方に神経を使うことが多い。力の使い方の緻密さも、また凍牙が晃牙に及ばないところだ。
「そうだな。少し、やり方を変えなければと思っている」
素直に同意し、今後についてまで言及した凍牙に、今度は乱牙が驚く。
「そういうことには、興味がないんだと思ってた」
「興味はなくとも、必要らしい。……手伝え、乱牙」
大きく目を見開いた乱牙が、凍牙を見上げる。この兄が、自分の力を必要とするなど想定外で、自分でも驚くほどの強烈な喜びが身体を巡る。兄弟関係で色々拗れていた露珠や朱華を見ていて、他人事の様に思っていたが、自分もそれなりに凍牙に思うところがあったらしいことを乱牙は知る。
「まあ、気が向いたらな」
わざとそっけなく返事をしてしまうくらいには、乱牙は舞い上がっている自覚がある。
「兄弟仲が良くて何よりだな」
背後の洞窟の中から声がして、露霞が出てくる。
「彼らとの内緒話は終わったんですか?待っていたんですよ、義兄上」うっすらと微笑んだ凍牙が、露霞に近づき睨め上げて言う「何発殴れば、泣いてくれますか」
「凍牙様、私……」
身体を起こして謝ろうとする露珠を、凍牙が視線で制すが、それは先ほどのような冷たい物ではなく、後悔と心配が混じっているように見えて、露珠が思わず手を伸ばす。
「……すまなかった」凍牙が伸ばされた露珠の手に頬をそっと寄せた「お前のこととなると、感情的になりすぎる」
視線を逸らして目を伏せた凍牙が、今後のことを考えればお前がした判断が一番利になる、と少し眉根を下げて申し訳なさそうな顔をする。出かかった謝罪を飲み込んだ露珠が、凍牙の胸に身体を預けた。
「助けてくださって、ありがとうございます。すぐに来てくださると思っていたから、何も怖くありませんでした」
同時に大きく息を吐いた二人が、互いに肩の力が抜けたのを感じて、凍牙と露珠がそれぞれ小さく笑みを浮かべる。洞窟の出口へ向かいながら、二人の様子を気にかけていた乱牙がそれをきっかけに声をかける。
「あいつら、放っておいてよかったのか?おとなしくしてろとは言ってきたが、言うこと聞くとは思えない。もう一度楯突いてくるとは思わないが、逃げるくらいはしそうだ」
自分が抱えた角を眺めながら、乱牙が問う。鬼についても銀露についても、渡る相手によっては厄介な情報を持っている二人に逃げられるのは面倒だ。それは凍牙もわかっていたことだが、今屋敷やその周辺にあの二人を置くなどして、傍をうろうろされたら殺さずにいる自信がない。
「逃亡を阻止することはできないかもしれませんが、逃亡の検知と逃亡先の確認でしたら、私の眷属に」
この事態を招いた自覚がある露珠が、おずおずと申し出る。「眷属?」と聞き返す凍牙と乱牙の目の前を、煙管のように細長く、煙の様に尾の先が揺らめく狐が数匹行ったり来たりする。
「管狐です。力は弱いですが、かなり遠方でも使役可能で、監視程度なら問題ないかと……」
自信なさ気に語尾が消えるのは、露珠が実際に管狐を使ったことがほとんどないからだ。白露や血以外で凍牙の役に立ちたい、と元々眷属を持たなかった露珠が最近になって眷属化したのが管狐で、遠方に長期間放った場合の消耗等、やってみないと分からないこともまだ多い。
ただでさえ酷い怪我をしている露珠に、これ以上妖力を消耗させるようなことはさせたくない凍牙は当然、いい顔はしなかったが「私が眠ってしまっても、このまま連れ帰ってくださるでしょう?」と露珠に甘えられて、渋々提案をのんだ。
管狐を放ってすぐに腕の中で眠った露珠を見て、凍牙が小さくため息をつく。
「責任感じてたんだろ。許してやれよ」
「……露珠にではない」
「あぁ、まあ、そうだよな」
凍牙の横から露珠を覗き込んだ乱牙が渋い顔をする。目を閉じているから分かりにくいが右目の怪我と、首、衣の上からだけでも左足の怪我の状態が酷いことがわかる。棠棣に露珠を殺すつもりがなかったのはよくわかるが、苦痛を与える目的の傷は命を奪う目的のそれより痛々しい。何より、露珠がこうなるまでの判断の間違いと、守りきれなかった力不足に凍牙が苛立っているということが、乱牙にはわかった。
「親父みたいにはいかねぇもんだな。力でいったら兄貴のほうが強いだろ」
少し驚いた顔で、凍牙が乱牙を見る。最強の鬼、といわれた晃牙だったが、純粋な力で言えば実は凍牙の方が強い。晃牙が最強と思われているのは、鬼の力に加えて、その好奇心と社交性から来る他の鬼や他種族との駆け引きの巧妙さからだ。力が強くても、周りへの影響を考えると全力を出すことはほとんどなく、むしろその力を制御することの方に神経を使うことが多い。力の使い方の緻密さも、また凍牙が晃牙に及ばないところだ。
「そうだな。少し、やり方を変えなければと思っている」
素直に同意し、今後についてまで言及した凍牙に、今度は乱牙が驚く。
「そういうことには、興味がないんだと思ってた」
「興味はなくとも、必要らしい。……手伝え、乱牙」
大きく目を見開いた乱牙が、凍牙を見上げる。この兄が、自分の力を必要とするなど想定外で、自分でも驚くほどの強烈な喜びが身体を巡る。兄弟関係で色々拗れていた露珠や朱華を見ていて、他人事の様に思っていたが、自分もそれなりに凍牙に思うところがあったらしいことを乱牙は知る。
「まあ、気が向いたらな」
わざとそっけなく返事をしてしまうくらいには、乱牙は舞い上がっている自覚がある。
「兄弟仲が良くて何よりだな」
背後の洞窟の中から声がして、露霞が出てくる。
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