貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

(10)-2

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 露霞を連れて屋敷に戻った凍牙と乱牙は、その帰宅を待っていた高藤と真白に出迎えられた。出迎えの段階で既に半泣きだった真白は、凍牙が露珠を連れているのを見て本格的に泣き出し、その後露珠の怪我に気付いてしゃくりあげて取りすがろうとして乱牙に宥められた。高藤は努めて平静に凍牙達を迎え入れ、露珠を休ませる用意を家令と共にした後、徐に凍牙に露霞への攻撃の許可を求めて「後にしろ」とこれも宥められていた。



「義兄上」



 露珠を寝かせた座敷に自然と全員が揃う。邪魔しないから、と真白が眠る露珠の足元に陣取った。凍牙は露珠の頭側に座り、乱牙は庭側の廊下近くに。高藤は部屋の隅に控えているが、何かあったときにすぐに露霞に切りかかれる体勢を維持している。

 それぞれがなんとなく己の場所を確保する中、部屋の中ほどで所在なげにしている露霞を、凍牙が視線で促す。少し逡巡した後、露霞は静かに露珠に近づくと、そっと手を露珠の右目に近付けた。右手に持っていた白露が、その怪我に溶け込むように消える。傷が癒されたことに反応してか、露珠が目蓋を震わせその両目を開く。光を取り戻した右目が露霞を視界に捕らえると、露珠が身体を起こそうとする。

 露珠が何かを言う前に、立ち上がった露霞がその場を離れ、凍牙に何かを手渡す。



「後はお前がやってくれ」



 受け取った凍牙が、身体を起こした露珠を支えるようにして、手の中のものを手渡す。

 露珠は凍牙の手を経て渡された白露をまじまじと見つめて、その混じり気のない白さと真円さに見入る。

 見ているほうが心配になるようなゆっくりとした瞬きの後、露珠の声が静かな座敷に響く。



「こんな綺麗な白露……お兄様、これは」



 露霞を見つめた露珠の言葉が詰まる。露霞は視線をあちこち彷徨わせたあと、観念したように露珠に向き合う。



「俺の、白露だ。山に居たときから、隠れて泣いていたのを取っておいていた。見つかりたくなくて」

「どうして……?お話になってくだされば、きっと――」



 露霞がゆっくりと首を振って、小さく、しかしはっきりと続ける。少し微笑みすら浮かべて紡がれたその呟きに、露珠は胸を詰まらせた。



「銀露でなくても、愛されたかった」



 厳しくされたのが辛かったのではない、銀露でなければ愛さない、と言われ続けているようでたまらなかった。



 絞り出されたその告白に、露珠は言葉が出ない。

 棠棣も、朱華も、きっと同じだった。鬼でなくても、銀露でなくても愛されたい。

 露霞や彼らより、余程恵まれた環境にあった露珠さえも、その呪縛から逃れられなかった。銀露として有用であることを、晃牙や凍牙に示そうと必死だった自分を思い出す。白露を、血を、紅玉さえ、差し出さないとここにいる意味がない――。



 かける言葉を見つけられないまま、それでも兄に呼びかける。



「お兄様、私は」

「山の親族たちも、別に俺が銀露じゃなくてもよかったのかもしれない。銀露かどうかを確かめたがったのは、俺のためだったのかも、と思わなくもなかった。それに、お前は。俺が銀露であるかどうか、聞かなかったし、試そうとさえしなかった。それに救われた、と思う」



 言い終えて、一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべはしたものの、すぐにそれを消して、露珠の手元の白露を顎で示す。



「使えよ、露珠。お前の夫が俺に頭を下げてまで手に入れた白露だぞ」



 凍牙への皮肉と露珠への牽制を込めた露霞の言葉に、露珠は驚いて隣の凍牙を仰ぎ見るが、凍牙は涼しい顔をして白露を勧めてくる。



「お兄様、凍牙様、ありがとうございます」



 露珠が白露を飲み込み、棠棣につけられた傷や痕が見る見るうちに治る。足元に居た真白がぱっと露珠に飛び込むようにして抱きついてきたのを、露珠が受け止める。



「心配かけてごめんね、真白。怪我、治してあげる」



 抱きしめた真白の顔を覗き込んで、目蓋の傷を見ながら露珠が言うと、真白が大きく首を横に振る。



「大丈夫、痛くないし、露珠様にしてもらうより時間かかるけど、治るよ。だから泣かないで」



 泣かないで、の言葉の意味に、一瞬泣きそうに顔を歪めた露珠が真白を思いっきり抱きしめて、その肩口に顔を埋める。苦しいよ~?と笑った真白が、いつも自分がされているように、露珠の頭をぽんぽん、と撫でた。



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