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第二章
(12)-2
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あの後二度ほど雪崩に乗って屋敷に帰ってきた五人は、それぞれ部屋で休んでいた。雪遊びは見かけよりも体力を消耗するし、慣れない動きをした乱牙と高藤は疲れきっていた。真白は帰り道で既に眠ってしまい、凍牙の腕の中で幸せそうに寝息を立てながら帰ってきたのだった。
「疲れていないのか」
乱牙や高藤があれだけ消耗していたのに、涼しい顔をしている妻に凍牙が問う。
「慣れておりますもの。雪遊びには疲れないコツがあるんです。それに」
露珠が、部屋の外に気をとられて言葉と途切れさせる。気がついた凍牙が障子を開けてやると、管狐が部屋に滑り込んでくる。
首に大きく巻きつくようにした管狐からの報告を受けて、露珠が凍牙に向直る。
「あの、大蛇の件ですが」
紅玉を持っていなかった露珠の通った経路上の妖を、凍牙より先に消して回っていたのは露霞であることが分かっていた。しかし、凍牙が最も気にしていた、大量の露珠の血を摂取したはずの大蛇の行方はその露霞も知らなかった。そこで、牙鬼の縄張りの見張りに加えて、管狐に大蛇の行方を追わせるよう露珠に頼んでいたのだった。
「足取りが全くつかめない、と。あの湖にいないことは間違いないのですが、移動の形跡もないようで。それから、以前ご報告した義明なるヒトですが、どうやらあの大蛇への貢物を運んで居たようです。大蛇の不在を知っていたのかどうかは分かりませんが……」
大蛇の件をこれ以上探るかどうか、すぐには決めかねて、凍牙が考え込む。しかし、影見縁の大蛇はヒトにとって比較的近い存在で、都への影響も大きい。大蛇の不在がヒトの動きによるものか否か、都を縄張りの範囲内としている凍牙にとって見逃せる問題ではなかった。
「露珠、都へも探りを入れられるか?」
「はい、やってみます」
鬼や妖を探るのとは違い、ヒトの多く住むところへ眷属を放つのはまた別の難しさがある。特に、都ともなると対妖に特化した神職も多く、対処が難しい。基本的にヒトは妖との共生を目指しているようだが、何事にも例外があり、ヒトの多い都ではその例外の絶対数が多いのだ。
「したいこともしたくないことも、聞かせて欲しい」
「大丈夫です、凍牙様。都を探ることに、何の戸惑いもありません。そのことではないのなら」
露珠が珍しく強い視線で凍牙を見つめる。
「私の願いをいつも叶えていただく必要はないのです。希望通りにならないことがあると分かれば、私はもっと我儘になれます」
その言い様に虚を突かれた凍牙がまじまじと露珠を見つめる。
「逆ではないのか、それは」
「いいえ。どのような願いでも叶えようとしてくださると思ったら、怖くて滅多なことを言えないではありませんか」
「……そういう、ものか?」
「はい。そういうものです。だって凍牙様、先ほど凍牙様が仰ったのだって」
同じ意味ではないのですか、と言いながら、そろりと凍牙の傍に近寄ってきていた露珠そっと腕をとって寄り添う。凍牙から傍に行くか、凍牙に呼ばれるか。凍牙に対しては受身だった露珠が自らこうするのは珍しい。
「しばらくこうしていても?」
「あぁ」
「また二人でお出かけしてくださいます?」
「あぁ」
「雪崩遊びも」
「……あぁ」
「では毎日」
「……」
笑いを堪えた露珠の肩が揺れて、凍牙は露珠の意図を察する。
「毎日は、困る」
「はい」
凍牙を見上げて露珠が笑う。
「なるほど」
思案した風の凍牙が、露珠の腰に手を回して抱き上げる。突然のことに驚いた露珠が目の前の凍牙の頭を抱きこむようにしがみついたので、座っている凍牙に露珠が乗り上げている格好になる。
「と、と、凍牙様っ」
珍しく慌てた様子で、露珠が声を上擦らせる。変化を解いているときとは違い、完全に凍牙を踏んでしまっているようで恐れ多いし、自ら凍牙を胸に抱きこんでいる形なのも少々どころかかなり恥ずかしい。そこを離れようとすると、足に力を入れざるを得ないが、それはそれで凍牙を更に足で踏みつけるようでよろしくない。
短時間に色々と考えてしまい動けなくなった露珠を、今度は凍牙が見上げる。
「ずっとこうしていても?」
「あ、は、はい」
条件反射で肯定すると、凍牙がくつくつと笑う。まだ先ほどのやり取りが続いていることに気がついて、露珠が聞き返す。
「ずっと?」
「ずっと」
「夜まで?」
「夜になっても」
「……朝、まで?」
「もっと」
「……もう、少し、短くしていただくわけには」
ためらいがちな、拒否ともいえないような露珠の言葉を聞いて、凍牙が露珠を下ろしてやる。露珠が凍牙に乗っている状態は解消されたものの、凍牙は腕の中に露珠を囲い込む。
「慣れが必要そうだな、お互い」
いつもどおりの位置から、想像以上にやさしい凍牙の表情を見上げながら、露珠が頷く。
見つめ合って笑う二人の周りを、管狐がくるくると回った。
「疲れていないのか」
乱牙や高藤があれだけ消耗していたのに、涼しい顔をしている妻に凍牙が問う。
「慣れておりますもの。雪遊びには疲れないコツがあるんです。それに」
露珠が、部屋の外に気をとられて言葉と途切れさせる。気がついた凍牙が障子を開けてやると、管狐が部屋に滑り込んでくる。
首に大きく巻きつくようにした管狐からの報告を受けて、露珠が凍牙に向直る。
「あの、大蛇の件ですが」
紅玉を持っていなかった露珠の通った経路上の妖を、凍牙より先に消して回っていたのは露霞であることが分かっていた。しかし、凍牙が最も気にしていた、大量の露珠の血を摂取したはずの大蛇の行方はその露霞も知らなかった。そこで、牙鬼の縄張りの見張りに加えて、管狐に大蛇の行方を追わせるよう露珠に頼んでいたのだった。
「足取りが全くつかめない、と。あの湖にいないことは間違いないのですが、移動の形跡もないようで。それから、以前ご報告した義明なるヒトですが、どうやらあの大蛇への貢物を運んで居たようです。大蛇の不在を知っていたのかどうかは分かりませんが……」
大蛇の件をこれ以上探るかどうか、すぐには決めかねて、凍牙が考え込む。しかし、影見縁の大蛇はヒトにとって比較的近い存在で、都への影響も大きい。大蛇の不在がヒトの動きによるものか否か、都を縄張りの範囲内としている凍牙にとって見逃せる問題ではなかった。
「露珠、都へも探りを入れられるか?」
「はい、やってみます」
鬼や妖を探るのとは違い、ヒトの多く住むところへ眷属を放つのはまた別の難しさがある。特に、都ともなると対妖に特化した神職も多く、対処が難しい。基本的にヒトは妖との共生を目指しているようだが、何事にも例外があり、ヒトの多い都ではその例外の絶対数が多いのだ。
「したいこともしたくないことも、聞かせて欲しい」
「大丈夫です、凍牙様。都を探ることに、何の戸惑いもありません。そのことではないのなら」
露珠が珍しく強い視線で凍牙を見つめる。
「私の願いをいつも叶えていただく必要はないのです。希望通りにならないことがあると分かれば、私はもっと我儘になれます」
その言い様に虚を突かれた凍牙がまじまじと露珠を見つめる。
「逆ではないのか、それは」
「いいえ。どのような願いでも叶えようとしてくださると思ったら、怖くて滅多なことを言えないではありませんか」
「……そういう、ものか?」
「はい。そういうものです。だって凍牙様、先ほど凍牙様が仰ったのだって」
同じ意味ではないのですか、と言いながら、そろりと凍牙の傍に近寄ってきていた露珠そっと腕をとって寄り添う。凍牙から傍に行くか、凍牙に呼ばれるか。凍牙に対しては受身だった露珠が自らこうするのは珍しい。
「しばらくこうしていても?」
「あぁ」
「また二人でお出かけしてくださいます?」
「あぁ」
「雪崩遊びも」
「……あぁ」
「では毎日」
「……」
笑いを堪えた露珠の肩が揺れて、凍牙は露珠の意図を察する。
「毎日は、困る」
「はい」
凍牙を見上げて露珠が笑う。
「なるほど」
思案した風の凍牙が、露珠の腰に手を回して抱き上げる。突然のことに驚いた露珠が目の前の凍牙の頭を抱きこむようにしがみついたので、座っている凍牙に露珠が乗り上げている格好になる。
「と、と、凍牙様っ」
珍しく慌てた様子で、露珠が声を上擦らせる。変化を解いているときとは違い、完全に凍牙を踏んでしまっているようで恐れ多いし、自ら凍牙を胸に抱きこんでいる形なのも少々どころかかなり恥ずかしい。そこを離れようとすると、足に力を入れざるを得ないが、それはそれで凍牙を更に足で踏みつけるようでよろしくない。
短時間に色々と考えてしまい動けなくなった露珠を、今度は凍牙が見上げる。
「ずっとこうしていても?」
「あ、は、はい」
条件反射で肯定すると、凍牙がくつくつと笑う。まだ先ほどのやり取りが続いていることに気がついて、露珠が聞き返す。
「ずっと?」
「ずっと」
「夜まで?」
「夜になっても」
「……朝、まで?」
「もっと」
「……もう、少し、短くしていただくわけには」
ためらいがちな、拒否ともいえないような露珠の言葉を聞いて、凍牙が露珠を下ろしてやる。露珠が凍牙に乗っている状態は解消されたものの、凍牙は腕の中に露珠を囲い込む。
「慣れが必要そうだな、お互い」
いつもどおりの位置から、想像以上にやさしい凍牙の表情を見上げながら、露珠が頷く。
見つめ合って笑う二人の周りを、管狐がくるくると回った。
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