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第三章
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昔、都が今よりも西にあった頃、都を守護する鬼神は今よりもずっと人々に近く、都を訪れては市井を騒がせることが度々あったという。圧倒的な力を持つ鬼神は他国の侵略や外の神々から都を守り人々からの信仰を集めたが、同時にその強大な力を恐れられてもいた。
帝は鬼神を崇め、鬼神は基本的にこれを助けたが、それにより鬼神を疎む貴族もある。気まぐれな鬼神の動きや、敵を葬るときの余波で犠牲になる民もいることで、治世が安定するにつれ、鬼神の力に頼り続けるかどうかについて人々の意見は割れた。
そのような折、入内を控えた有力貴族の娘が鬼神に攫われるという事件が起きる。娘を攫われた貴族は、その娘を使って帝の権力を手に入れようとしており、代々帝に与する鬼神を邪魔に思っていた。そして、娘が攫われたこの機会を逃さず、帝に鬼神討伐を強く進言する。
承和帝は、既に宮中で大きな権力を持っていたこの貴族の訴えを退けることができず、四天王と呼ばれる武官を鬼神討伐に差し向けた。
そして――
四天王は返り討ちにあい、その首は都の四つ角にそれぞれ晒され、鬼神の怒りと呼ばれた長雨に悩まされた。娘を攫われた貴族は失脚、暗殺され、武力の要であった四天王を失った承和帝は四の島へ配流。承和帝の弟の息子が新たな帝となり、東へ遷都、改元することとなった。
「え――?でも、今も牙鬼様は都を守ってくれているんでしょ?そう聞いたよ」
話を聞いていた子供から疑問の声が上がる。私も聞いた、と同調する子もいて、そうだそうだ、と場が盛り上がる。
「そうね。でも、遷都した常盤帝が赦しを得るために手を尽くして、その後の帝も皆牙鬼様を崇めてきたの。それで、今でも都《ここ》は牙鬼様に守られているのよ」
集まった子供たちに、この都が出来た経緯を語って聞かせていた女が答える。
「でも、誰も牙鬼様を見たことがないんでしょ?」
「都がここになってからは、一度もお姿を見せてくれないって」
ここでこの話を聞くのが何回目かになる子供が、鼻を膨らませて言う。ここで聞いた話を子供から聞いた大人とどのような話をしたのかよくわかる。
以前のように人々が鬼神を恐れすぎないように、姿を見せないよう配慮してくださっているのよ――と、お決まりの台詞を口にしようとしたとき、いつもとは違う言葉がそれを遮った。
「偉い人が会ったんでしょう?それで、都の東側に新しくお社を建ててるんだって。おかげで仕事に困らないって、父ちゃんが言ってた。牙鬼様だけじゃなくて、狐のお社もだって。半妖の巫女様が来るって聞いたよ」
★★★
居室で胡坐をかき、その中に白い狐を収めた部屋の主は、その毛並みを優しく撫でている。その者の額には、左右に二本の角が生えていて、彼が鬼であることを表している。
ヒトの都を含むこの辺り一体を縄張りとする牙鬼一族の頭、凍牙だ。
そして、その膝の中で寛いでいるのが、その妻であり銀露と言う妖狐、露珠である。
凍牙や、屋敷内のものにあわせて人型を取っていることが多い妻が本来の姿で寛ぐ姿は、凍牙にとって、妻が自分に心を許している証でもある。それが自分の膝の中ともなれば、それはこの生活の幸せの象徴と言っていい。
二人――特に露珠が、我が子のように可愛がっている半妖、真白が、都から帰ってきたらしいことを、屋敷の雰囲気から察した凍牙は、膝の中の妻の様子をうかがう。真白が挨拶にくるか、それより前に気がついた彼女が人型に変化して真白を迎えるだろうことを、彼はわかっている。
この時間がここで途切れるのは残念だが、それを阻むほど狭量ではないつもりだ。真白を外に出すことに最後まで難色を示していた露珠のこと、真白の帰宅を知れば喜ぶだろう。
帝は鬼神を崇め、鬼神は基本的にこれを助けたが、それにより鬼神を疎む貴族もある。気まぐれな鬼神の動きや、敵を葬るときの余波で犠牲になる民もいることで、治世が安定するにつれ、鬼神の力に頼り続けるかどうかについて人々の意見は割れた。
そのような折、入内を控えた有力貴族の娘が鬼神に攫われるという事件が起きる。娘を攫われた貴族は、その娘を使って帝の権力を手に入れようとしており、代々帝に与する鬼神を邪魔に思っていた。そして、娘が攫われたこの機会を逃さず、帝に鬼神討伐を強く進言する。
承和帝は、既に宮中で大きな権力を持っていたこの貴族の訴えを退けることができず、四天王と呼ばれる武官を鬼神討伐に差し向けた。
そして――
四天王は返り討ちにあい、その首は都の四つ角にそれぞれ晒され、鬼神の怒りと呼ばれた長雨に悩まされた。娘を攫われた貴族は失脚、暗殺され、武力の要であった四天王を失った承和帝は四の島へ配流。承和帝の弟の息子が新たな帝となり、東へ遷都、改元することとなった。
「え――?でも、今も牙鬼様は都を守ってくれているんでしょ?そう聞いたよ」
話を聞いていた子供から疑問の声が上がる。私も聞いた、と同調する子もいて、そうだそうだ、と場が盛り上がる。
「そうね。でも、遷都した常盤帝が赦しを得るために手を尽くして、その後の帝も皆牙鬼様を崇めてきたの。それで、今でも都《ここ》は牙鬼様に守られているのよ」
集まった子供たちに、この都が出来た経緯を語って聞かせていた女が答える。
「でも、誰も牙鬼様を見たことがないんでしょ?」
「都がここになってからは、一度もお姿を見せてくれないって」
ここでこの話を聞くのが何回目かになる子供が、鼻を膨らませて言う。ここで聞いた話を子供から聞いた大人とどのような話をしたのかよくわかる。
以前のように人々が鬼神を恐れすぎないように、姿を見せないよう配慮してくださっているのよ――と、お決まりの台詞を口にしようとしたとき、いつもとは違う言葉がそれを遮った。
「偉い人が会ったんでしょう?それで、都の東側に新しくお社を建ててるんだって。おかげで仕事に困らないって、父ちゃんが言ってた。牙鬼様だけじゃなくて、狐のお社もだって。半妖の巫女様が来るって聞いたよ」
★★★
居室で胡坐をかき、その中に白い狐を収めた部屋の主は、その毛並みを優しく撫でている。その者の額には、左右に二本の角が生えていて、彼が鬼であることを表している。
ヒトの都を含むこの辺り一体を縄張りとする牙鬼一族の頭、凍牙だ。
そして、その膝の中で寛いでいるのが、その妻であり銀露と言う妖狐、露珠である。
凍牙や、屋敷内のものにあわせて人型を取っていることが多い妻が本来の姿で寛ぐ姿は、凍牙にとって、妻が自分に心を許している証でもある。それが自分の膝の中ともなれば、それはこの生活の幸せの象徴と言っていい。
二人――特に露珠が、我が子のように可愛がっている半妖、真白が、都から帰ってきたらしいことを、屋敷の雰囲気から察した凍牙は、膝の中の妻の様子をうかがう。真白が挨拶にくるか、それより前に気がついた彼女が人型に変化して真白を迎えるだろうことを、彼はわかっている。
この時間がここで途切れるのは残念だが、それを阻むほど狭量ではないつもりだ。真白を外に出すことに最後まで難色を示していた露珠のこと、真白の帰宅を知れば喜ぶだろう。
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