貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第三章

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 鬼である凍牙や高藤、妖狐である露珠、そして半鬼である乱牙。屋敷にいるもので最も若く、最も寿命が短いのが半妖である真白だ。寿命の違いはそのまま成長の違いでもある。いずれ皆、真白に年齢を追い越される。最も急激に成長する真白が、いつか屋敷から出たがるだろうとは、言葉にせずとも皆認識していたように思う。一番良く真白の面倒を見ていた高藤などは、いずれ真白を嫁に出すつもりのようであった。
 それでも、恐らく露珠が思うよりずっと早く訪れたその時に、彼女は酷くうろたえた。ヒトであっても、やっと親元を離れて働くことがあるかどうかくらいの歳だろう真白は、初め乱牙と共に旅をしたい、と言っていた。

 乱牙は暫く屋敷で生活を共にしていたが、凍牙が縄張りの維持と牙鬼の統率の意思を見せると、その手助けのために凡そ月の半分は縄張り内を移動して様子を見てくれている。他の牙鬼の鬼と会うにしても、凍牙が出向くよりは半鬼である乱牙が行く方が、何かと都合が良いこともある。屋敷を出て生活していたこともある乱牙は、凍牙よりも世情に詳しく、その辺りも含めて適任だった。

 その際、外で生活していた頃に一緒に旅をしていた仲間と合流することもあるようで、屋敷を出ようかと考えていた真白を乱牙が誘ったようだった。半鬼である乱牙の仲間には半妖もおり、他の妖やヒトとの交流を求めていた真白には丁度よいと思ったようで、凍牙も同じ考えだった。
 しかし、表立っては反対しないものの、あっさりとは頷けない様子の露珠のために、すぐではなく、行き先が近場である時にとりあえず付いていってみる、ということで数ヶ月先延ばしにしていた折、その知らせはあった。

 都から末黒への道程、屋敷のある山を抜ける際に妖に襲われていたところを露珠に助けられたという都の役人が、無事に役目を果たして都へ戻ったということで、約束どおり社を建てたという。「狐」や「銀露」ではなく、露珠個人に向けた祈祷を感じたことと、都へ遣わしている管狐がその知らせを持ち帰ったことでわかった。屋敷から近い都で、しかも露珠を祀る社の神域内であれば危険も少ない。乱牙に付いていくことに比べて行き来も容易であり、真白が求めていた他者との交流も持ちやすい。元々ヒトと生活していた真白も喜んだし、露珠も納得したようなので、都の役人の庇護も得て、真白はその社に使える巫女として都で生活し始めたのだった。
 初めの頃は、時折社に出向いていた露珠だが、真白が生活に慣れたころからは、真白が屋敷に戻るのを待つようになった。


 いつ気がついて、人型になって笑ってくれるだろう、と撫でる手はそのままに露珠の様子を見ていると、急に、その体が倍に膨らんだかのように思えた。
 全身の毛を逆立て、顔を上げた妖狐の瞳に、青い攻撃色が混じる。ぐる、と小さな唸り声さえ聞こえて、妻が怒ったところなどほとんど記憶にない凍牙は驚く。

「どうした、露珠。真白になにかあったか」

 凍牙からかけられた声に我に返った露珠の異様な警戒が霧散した。



 玄関では、高藤と家令が真白を出迎えていた。
 そこに、露珠だけでなく凍牙まで現れたことに、三人が驚く。露珠以外の誰のことも、凍牙が玄関まで出て出迎えることなど滅多にない。

「凍牙様、どうかなさい……」

 高藤が言い終わる前に、露珠が真白に駆け寄る。

「真白、無事なの?怪我は――」

 真白の頬を両手で包みこんで顔を覗き込んだ後、肩、腕、体、と恐る恐る真白の状態を確認する。衣の乱れもなく、怪我をした様子のない真白への露珠のその行動に、高藤も家令も困惑の色を隠せない。
 ちら、と高藤が凍牙の様子を伺うが、凍牙はそんな露珠の様子を静かに見ているだけだ。真白だけは、居心地が悪そうに体を揺らした。


「狼の匂い?」

 玄関先で話し込むこともないだろう、という凍牙の言葉に座敷に移動した四人は、家令が煎れたお茶を飲みながら、露珠が異常なほど真白を心配した理由を聞いた。

 妖狐にとってオオカミは天敵だ。
 狐にとって狼が天敵なのと同様、そのものが神聖を帯びる大神《オオカミ》は妖狐にとってもそうだ。その昔、都のさらに南西にある四の島で、オオカミとの争いに敗れてこちらに逃げてきて以降、その溝は決定的なものになっている。
 最近は都でも、凍牙の妻が妖狐であることに配慮して、狼は都の外に追われている。

 その、都にはいないはずの狼の匂いを、露珠は真白から感じたという。妖狐との半妖である真白にとっても、当然狼は天敵であり、狼の匂いをまとって帰宅した真白が怪我をしているのではないかと慌てたということらしい。
 実際のところ、真白には傷一つなく、本人曰く狼と接触した覚えもないという。もしかしたら、と視線を右上にして考えている様子だった真白が言う。

「友達ができました。犬の半妖で――」

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