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一章 飛空島
35 アールベルの恋③
しおりを挟む(アールベル視点)
噴水の調査について、研究員らに過去の資料を提出させたものの、大した記録はなかったように思う。
飛空島というのは不思議なところで、魔法研究は専門的な資料や記録、様々なものが残されているし保管されているのに、《魔道具》についての記録が、ほぼないのだ。
クライン血族特有の何かがあるのか、私にはわからないが…。
ツインタワーで得られる限りのすべての資料をかき集め、私は彼のために貸した部屋を訪ねた。
ほんの少しの管理記録や、担当者の日誌など…まぁ、役に立つかも怪しい物だったが、それらをティルエリー様に渡すと、意外なことにティルエリー様は日誌を手に取ると表情を変えた。
(凄い…。一瞬で大人のような顔になる。…成程、あの堅物が傾倒するのは…こういった一面があるからか…?)
ヴォルカーは、自らをあまり主張せず、挑戦もせず「親の言いなり」を演じてきたにもかかわらず、本当の馬鹿が大嫌いだった。
穏やかな表情を浮かべていても、心の底は冷え切っている。
上辺だけのやり取りだけで社交界を生きてきた彼が、あのように溶けそうなほどの笑顔が出来るなど、信じられないことだった。
そんな彼が、ティルエリー様という存在を知って変わったのだ。
しばらくして、ティルエリー様はパタン、と日誌を閉じて私の方を見た。
その表情は、いつもの愛らしい少年の顔に戻っていた。
「ありがとうございます。調査の日までに、僕も考察してみますね。」
「こんな資料だけで、本当に……?」
「うーん……。何ていうか、ここだけの話、僕にはクラインの魔力からある程度、その製作者の意図…みたいなものがわかる気がするんです。」
「作者の…心が分かる…という感じかな?不思議だね。」
「ははっ。父さんも、似たようなモノです。……の血が濃いので。」
「………?」
ティルエリー様が、何か大事なことを言った気がしたのだが、私はその時は聞き流してしまった。
「いえ。何でもないです。あ、コーヒー飲みます?僕、今練習中で…!」
そう言って淹れてくださったコーヒーは、かなり本格的なものだった。
(ヴォルカーが好みそうな味だな。……そうか。ひょっとして、ティルエリー様も?)
そう思うと、私は嬉しく思えた。
そうか。良い傾向だな。
「では、指定の日に、また伺いますね。コーヒーご馳走様でした。」
「あ、はい!」
ティルエリー様と別れ、自室へ戻りかけて…私はふと、学園の方へ足を運んだ。
彼女に、会えるといいのだが。
◆◇
学園の門を潜ると、やはりすぐ視界に飛び込んでくる、柔らかなピンクブロンド。
「シャルル嬢、今、帰りか?」
「アールベル王子!ごきげんよう。それが、ティル様を追いかけていたんですが担任の先生に呼び止められてしまって…見失って探してたんですけど…もう工房に行ってしまったのかしら。」
「ふっ……。ふははっ。君はブレないねぇ。」
「はい!ティル様は今日も尊かったです!…それで、何か御用ですか?」
うーん。
ティルエリー様意外にはそっけない態度。ブレないね。
けれども、彼女のティルエリー様への思いは不思議と嫌な気分にならない。
まるで崇拝する神や天使を崇めるような、手の届かない魅惑の果実を眺めているような。そんな瞳で見つめている。
これまで出逢った令嬢たちのように、ティルエリー様を手に入れようとギラギラした様子が全く無いのだ。
「君に、会いに来たんだ。」
「私に?ですか…?」
「ティルエリー様は、予想通り工房にいらっしゃるよ。今日は忙しそうだったから、また明日、訊ねてごらん。…そして、私は君に教えてもらいたくて。」
「??」
「君は、何故未来に起こることを知っていたの?」
シャルル嬢の未来予知は、ヴォルカーの神託以上に詳細であった。
もしかして、あいつ以上の神聖力を持っているのかとも思ったが、彼女からは感じられなかった。
ならば、どうして?と思うのは自然なことだと思う。
「わ、私は……この飛空島で起こることを、知ってるんです。何故か……と言われても、その。」
言えないような、秘密があるのか……?困ったような顔で、俯いてしまった。
「すまない。困らせるつもりはなかったのだ。…ただ、未来を知る君の行動のおかげでティルエリー様は救われたのだから、私も感謝しているんだと、伝えたくて。」
「ティル様を助けたことは、間違いじゃなかった……ですよね。ティルエリー様が、学園で笑顔でいられることが望みだったんです。」
「ああ。あの方はとても幸せそうに過ごされているよね。」
そう答えると、シャルル嬢は花が綻ぶように微笑んだ。
なんて美しい笑顔。
だが、その笑顔は私に向けられたものではない。そう考えると、少し寂しい気もするが。
「……アールベル王子、貴方も、未来を変えられたことがあるんじゃないですか?」
「………え?」
シャルル嬢から、思いもよらない言葉を聞き、私は固まってしまった。
何故、これまで接点も何もなかったはずの令嬢が、そのことを知っているのか。
「だって、アールベル王子は、本当なら遠い国の商業ギルドで働いてるはずなんですよ。やり手の商人として成り上がって、二年後独立して、飛空島に店を開くんです。なのに、貴方は王子のまま、総責任者としてここにいます。…おかしいなぁ~と思っていたんですけど…違いますか?」
私が…商業ギルドに身を寄せている…?飛空島に、店を開く…?何を言っているんだ?
いや、だが…。
「ッ………そのとおりだ。私はヴォルカーの助言で最悪の事態を免れたことがある。…第一王子派の貴族に嵌められてね。もう少しで冤罪により追放されるところだったのを、ヴォルカーの指示によりノクティス公爵家の隠密が手に入れた証拠を突きつけて、回避できたのだ。代わりに…私を嵌めた貴族は……遠い国に追放された。…そうか。本当なら私が……他国へ渡っていたのだな。」
「でも、私は今のアールベル王子が好きですよ!」
「えっ!?」
「だって、商人のアールベル王子って、顔に大きな傷があって怖い感じだったし、信頼しない人には、メチャクチャな高値で売りつけるような、非道で悪どい商売人なんですよぉー。」
「………なんだそれは。想像できない……。」
「ふふっ。だから、今の王子はキレイでカッコいいし、性格も穏やかで明るいし……素敵ですよ!」
「シャルル嬢っ、待って。ちょっ……それ以上……褒めないで……くれないか。あまり……慣れていなくて……。」
駄目だ、顔から火が出そうだ…!!
私は、好いた相手から褒められることに耐性がないのだと、この年になって初めて知ったのだった。
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