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はじめてのクレジットカード
しおりを挟む手に入れた。彼女は遂に手に入れてしまった。
お父様、お母様、ごめんなさい。彼女は家族写真に向かって手を合わせ、深々と頭を下げる。大事に育てて頂いた愛娘にも関わらず、こんな親不孝者である私をどうか許して頂きたい。
ひとえにこれは私の未熟さゆえ。私の弱い心が招いたことなのです。
手を出してはいけない物。頭では分かっていました。しかしどうしてもその誘惑を振り払うことが出来なかったのです。耳元で囁かれる甘言。眼前にチラつかされた餌。誇大に膨れあげさせられた自分自身の欲望を私は押さえ付けることができませんでした。
私は大きな過ちを犯しました。償っても償い切れません。
思えば私の人生、短いようでとても長かったようにも思います。
人並に勉学に励み、人並に部活にも励み、人並に恋愛にも勤しみました。
自慢ですが、そのおかげでわぁめっちゃ凄いじゃん! と言われるほどではないにしても、大学は比較的偏差値の高い所に入り、部活動も地域レベルであれば高い水準になれたと思っています。出身大学と自己PRの部活動のおかげか、就活も内定を貰えない、という事態は回避できました。
恋愛は……、聞かないでください。自分なりに色々頑張ったつもりではあるのですが、結局未だに彼氏できません。メイクも学び、ファッションも学び、アプローチ方法も学び、一生懸命好きな人にハマろうとしてきたのですが、告白してもフラれてばかりです。助けてください。
まぁ、それはともかく、今回のことをきっかけに、ひょっとしたら我が家は崩壊の一途を辿るかもしれません。それほどの過ちを私は今回犯してしまったのです。
彼女は震える両手でソレを持つ。
彼女は遂に、クレジットカードを手に入れてしまったのだ。
このカードは悪魔のカードと呼ばれている。使えば欲しい物は何でも手に入るが、代償として使った者の一生を棒に振らせる魔性のカード。クレジットカード会社という悪の組織がお金という対価の代わりに使った者の人生を奪うと言われる死のカード。
普通に考えれば、命を代償にしてまで欲しい物など早々無いハズだ。クレジットカードを使ってまで欲しい物など早々無いハズだった。
確かに。キャッシュレスの店は増えていっている。しかし一方で、現金しかダメ、という店も依然根強い。クレジットカードを持たなくとも、生活できない、なんてレベルではまだ無い。だから持たなくても大丈夫。そのハズだった。
しかし今回。持っているカードなど図書カード、クオカード、定期の交通系カードくらいだったハズの彼女が、ど~してもクレジットカードを手に入れなければいけない理由ができてしまったのだ。命を懸けるに足る理由ができてしまったのだ。
それはとあるアイドルのグッズがネット限定販売で、クレジットカードの決済しか受け付けて無かったのである。
汚い。実に狡猾だ。こんなのクレジットカードを作る以外の選択肢が存在していないではないか。オタクが推しのためなら全てを投げ売れるという性質を良く理解している。
ということで、ほとんど思考停止でクレジットカードを作ることにした彼女だが、地味に理性も残っており、どうせ作るなら普段使いでポイント還元大きいところがいいなぁ~、ということで、よく行くスーパーの系列会社のクレジットカードを作ることとした。
社会人一年目。審査が落ちればそれでOKなんて思いつつ、でもどこかで通ってほしいとも思いつつ、クレジットカードの申請を出してみたところ、何と拍子抜けするほどあっさりと通ったのである。
やはりクレジットカード会社は悪の会社だ。来る者拒まず、去る者は逃がさず。この手のものは始めるのは簡単なのだ。始めた後に抜け出すのが大変なのだ。
けどせっかく作ったんだしな、と彼女はネットサイトのアカウントを作成し、アイドルグッズの注文を行う。注文はあっさりと完了できた。現金を持ってコンビニまで支払いに行っていたことがどこか遠い過去のようにさえ感じる。
「終わった……」
一時の快楽のために、彼女は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
「あれ? 何も起きない」
それから数日、悪魔のカードを使ったにも関わらず、彼女の身には特に何も起こらなかった。強いて言えば後日、口座からしっかりと商品のお金が引き落とされていたが、これは正規の請求なので問題無い。
何ならどうせ作ってしまったのだから、と開き直って近所のスーパーなどでも使ってみたが、決済が驚くほど速く終わる。おまけに現金とは違ってポイントまで付く。このカード一枚で会計済むならこの財布要らなくない? と長財布から小さい財布への乗り換えまで検討しているくらいだ。
とあるタレントさんが、ポイントが貯まる人生と貯まらない人生、どっちがいい? なんて言っていて、聞いた当時は何言ってんだコイツ、なんて思ったものだったが、実際に貯まってみると分かる。同じお金を使っているのであれば、貯まる方が絶対いいだろう。
もちろん、使い方には注意が必要だ。誰が何と言おうとリボ払いはすべきではないと思うし、収入以上の金額を使うのも辞めた方がいいと思うが、ちゃんと適切に自分のお金を管理して使えるのであれば、クレジットカードって、
「めっちゃ便利じゃん」
こうして彼女はまた一個、文明の利器に触れたのではあった。
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