道一本間違えて

うたた寝

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道一本間違えて

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 飲み会が好きなタイプには大きく分けて2つのタイプが居るだろう。飲むのが好きなタイプと飲みの場が好きなタイプだ。なお、上司にゴマを擦って出世したい、というタイプは今回除外する。
 彼女の会社で行われる飲み会は基本的に全て会社の予算で行われる(二次会は別)。なのでお酒が好きな人からすれば、ただ飯とただ酒がしこたま頂ける、という発想にもなる。一方、お酒がそれほど好きでない人の中にも、人と話すのが大好きです、という異常にコミュ力が高い猛者たちも存在する。
 お酒も好きでもなく、人と話すのも好きではない彼女はもちろん、会社の飲み会が好きではない。ただ飯が食べられる、と開き直れないこともないが、居酒屋で出てくるメニューはお酒と合う用の、いわゆるあてのようなものが多い。それほどお腹が膨れないのである。
 歓送迎会程度は入って来た新入社員と出て行ってしまう社員のために出席はするが、それ以外の、例えば打ち上げ的なノリの飲み会、というのは基本的に全て断ってきていた。
 ところが、そんな彼女にも実は、会社の飲み会に参加したい時、というのはある。
 最近仕事がひと段落したこともあり、上司がプロジェクトの参加者をまとめたチャットに『飲み会行く人ー』とチャットを投げている。
 いつもであれば秒で『行きません』と返信する彼女だが、今日は少し様子を見ている。しばらく見ていると続々、『行きます!』『行くー』『行く』という返事が着始める。彼女はもう少し様子を見てチャットを見守っていると、『行きます』という返信が追加された。
 あんまりすぐに返すと露骨なので、その返信の1分後くらいに彼女も『行きます』とチャットを投げた。


 飲み会嫌いの彼女が飲み会に行きたい時、それは彼が行くのであれば、彼女も行きたい、という感じなのだ。
 それを彼に直接『行きますか? 行くなら私も行きます』とでも言えれば、ちょっとした恋の駆け引きでも始まるのかもしれないが、恋愛初心者の彼女にはそんな高度な駆け引きなどできようハズもない。好きって気付いてほしいような、でもバレたくないような、という複雑な乙女心なのである。
 だから当然、直接ご飯とかに誘えるわけもない。精一杯できたとして、『最近近所に新しくご飯屋さんできたんですよね~』みたいなことを言って、さり気無く誘ってくれるのを待つくらいなものである。まぁ、これさえもできたことはない彼女だが。
 そんな彼女からすると、彼と自然と出会えるタイミング、というのは会社の飲み会くらいになってくる。嫌いな飲み会にも頑張って参加しようというものだ。
 そこまで頑張って飲み会に参加したとしても、特別彼と距離を縮められるようなことなどできていない。隣の席にも座れはしないし、飲み会に行っても彼とは一言も話さないことが多い。離れた席から彼が話しているのを見ている。そんな感じだ。
 隣に座って彼と話している姿を他の人に見られてる、と思うととてもではないがそんな大胆なことできそうにない。いや、自意識過剰で誰も気にしないであろうことくらい分かっているが、それでもやはり恥ずかしいのである。それに下手に隣に座って会話を始め、つまらない人、と思われたくもない。
 嫌われるくらいなら、好かれないままでいい。そういう場で積極的に話し掛けでもしなければ距離が縮まらないことくらい分かっている。彼女は絶世の美女でも何でもない。何もしなくても相手が勝手に好きになってくれるようなご都合主義な展開など起こらない。
 何もアピールしなければ、アピールする女の子に取られるだけ。向こうから好きになってくれないのであれば、こちらから好きになってもらうしかない。けどそれが、彼女にはできそうにない。
 ただ仕事のことを話すだけなのに、彼と二人で話すと緊張してロクに話せなくなる。聞いてる? 分かってる? と確認されることなどしょっちゅうだ。質問するのも気が引けて、大分ギリギリに質問することも多い。『俺って質問しづらい?』と確認されたこともある。自分が話しづらいと思わせてしまったようだが違う。彼女が話せないだけなのだ。
 仕事のこと、という話す大義名分があってそれだ。仕事に関係ないプライベートな話なんてこちらから切り出せそうにもない。それにアプローチしてフラれたらどうするのだ? この先仕事で関わることも多いだろう。気まずくなるだけ。それであればやはり今のままでいい。
 誰にも気付かれず、この恋心はしまっておこうと彼女は思った。仕事で一緒に話したり、飲み会で話しているところを遠目で見たり。それくらいできっとちょうどいいのだ。
 飲み会当日。彼女はリモートワークをしているので、飲み会の場所へは自宅から向かう。楽しみにしていたから、というのもあるが、遅れては困ると早めに家を出たせいか、最寄り駅には大分早く着いた。
 駅で時間を潰そうかとも思ったが、店の前にもう会社の人が集まってるかもな、と思い直し、スマホの地図アプリを起動させて店へと向かう。GPSでの位置情報の誤差のせいか、渡ってない横断歩道を渡ったとみなされ、そのおかげで少し迷いはしたが、お店へとは大分近付いてきた。分かれ道に差し掛かった彼女は地図を確認しようとアプリに目を落とすと、
「あれ?」
 背後から声を掛けられた。その声を聞いただけで、自然と頬が緩むのが分かった。けどマスクをしているから気付かれまいと彼女は背後を振り返る。そこにはやはり彼が居た。
「お疲れ様です」
 彼女が会釈で挨拶すると、彼も『お疲れ様です』と返し、
「いやー。会えて良かったー。迷子になったかと思った……」
 そう言った彼が手に持っているのは社内のチャットで共有されたお店への簡易的な地図であった。どうやらあれを印刷してそれを頼りにここまで来たらしい。あの地図、最短通路しか書かれていないから、一本道を間違えると正規の道へと復帰するのはかなり難易度が高いと思われるが、結構方向感覚がいいのか、無事ここまでたどり着いたらしい。
「げっ……。まーた分かれ道? もう建物突っ切りたくなってくるよね」
 まぁ一番分かりやすい方法だろうな、と彼女は曖昧に微笑んでおく。
「……こっちかな?」
 彼は左を指差して彼女の方を見る。彼女は起動している地図アプリを見て、少し考えてからアプリを閉じ、
「……行ってみましょうか?」
 発したのはたったそれだけの言葉ではあったが、それは臆病になっていた恋心を必死に奮い立たせた彼女の勇気の表れだったのかもしれない。
 二人っきりで話してみたい、とは思っても、そんなきっかけを自分から作ることなどできなかった。そして、相手が作ってくれるわけも無かった。
 だからずっと距離は縮まらないんだろうな。そんな風に諦めてもいた。色々理由も付けて、諦める自分を肯定もしていた。
 けどダメだ。やっぱり、どれだけ必死に諦めようとしていても、好きになってもらえなくてもいいと思っていても、やっぱり、好きになってもらいたいという感情はどこかにはある。
 一緒に居たい、話をしたい。そんな想いはずっとどこかにあった。
 そんな時に訪れたこの偶然を手放したくは無かった。
 お店からは遠ざかる道のりを歩きながら、マスクに隠れた彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
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