上 下
1 / 55

プロローグ

しおりを挟む
【夢の中】

「ん?ここは、どこだろう?」
神崎大成は、体を起こして辺りを見渡す。

しかし、周りは、まるで霧の様に真っ白で視界は悪く何も見えなかった。

「ねぇ、あなたのお名前と歳はいくつなの?」
突然、背後から女の子に声を掛けられた大成は、後ろに振り向く。

大成の目の前には、同い年ぐらいの2人の女の子がいた。

大成に話し掛けてきた女の子は髪の毛が黄色で、もう1人の女の子は少し背が低く髪の毛は水色だった。
2人の少女の髪の毛は、腰の辺りまで伸びている。

ただ2人共、目元から上は霧がかかっていて見えなかった。


大成に話し掛けてきた女の子の声は透き通る様な声音で、そして、何処かで聞いたことのある懐かしい感じがし、大成は思い出そうとしても思い出せなかった。


「僕は大成、神崎大成。10歳だけど、君たちは?」
大成が少し動くと、水色の髪の女の子が大成を警戒した。

「○○○○、警戒しないでいいわよ。私は○○○○・○○○○。○○○○で良いわ。あなたと同じ10歳よ」

「わかりました、姫様。あの、わ、私は、○○○○です。8歳です」
大成は、女の子達の名前だけは聞き取れなかった。


金髪の少女が、腰を落として大成に手を差し伸べる。

「よろしく!」
大成は、無邪気な笑顔を浮かべながら右手で少女の手を取った。

「こちらこそ、よろしくね」
「よ、宜しくお願いします」
3人は、笑顔で握手を交わした。



【児童施設・ひまわり】

「…セ…タ…セイ…大成ってば、いつまで寝てるのよ、いい加減に起きなさいよ」
別の女の子の声が聞こえてくる。

「うっ、ううん…あれ?奈々子…おはよう」
「おはよう、じゃないわよ!早く起きなさい。今日も、裏山に行くのでしょう?」
目を覚ました大成は、目をこすりながら起き上がった。
見慣れた児童保護施設ひまわりの自分の部屋だった。

目の前には、黒髪でロングヘアーの大和なでしこと言われても納得するほどの少女・奈々子がいた。

この児童保護施設は戦争で親を亡くした子供達が多く、その中で大成と同い年の13歳は人数が少なかった。

奈々子は大成が気になっており、いつも一緒にいた。

「早く、準備しないと間に合わないわよ!」
奈々子は、腰に手を当て前屈みで怒った。


「あっ、ごめん。すぐに行くよ」
苦笑いしながら謝る大成。

「もう!って…。大成、あなた悲しい夢でも見たの?涙が溢れているわよ」

「ん?あ、本当だ。でも、悲しい夢じゃない。とても懐かしい夢を見ただけ。ほら、前に話したことあるだろ?10才だった頃に見た不思議な夢の話」
右手で涙を拭いながら大成は、ベッドから降りる。

「ええ、確か、あなたが目を覚ました時、着ていた寝間着が見たことのない服に変わっていた奇妙な事件だったわね。あの時以来、児童施設七不思議の1つと言われる様になったよね。まぁ、あと6つは知らないけど」

「ハハハ…。そういえば、そんなことにもなったよな。今回は服に変化はなかったけどね。それに、今回も夢に出てきた2人の女の子の顔と名前がわからなかったよ」
大成は、苦笑いを浮かべた。

「ふ~ん。そんなに落ち込むということは、とても可愛い女の子だったのね」
奈々子は面白くなさそうな表情で、大成をジッと見つめた。

「う~ん、どうだろう?口元の辺りしか見えなかったから、わからないけど。ん?ところで、奈々子。何でそんなに不機嫌になっているんだ?」

「別に~」
奈々子は、視線を逸らして軽く唇を尖らせながら頬を膨らませる。

「まぁ、1つ言えることは、奈々子の慎ましい小さなおっぱいと比べたら、きっと、あの2人は大きくなっていると思うよ」
大成は、笑いながら奈々子の胸に視線を向けて冗談を言った。

「~っ!た、た、大成!あんたって人は、人が心配してあげていると言うのに!今日こそは許さないわよ!待ってぇ~!大成~!」
大成を心配していた奈々子の表情が一変し、顔を真っ赤になるほど激怒しながら、部屋を出て逃げる大成を追いかける。

2人は騒ぎながら廊下を走り、周りの大人達は、いつもの見慣れた光景だったのでいつも通りに笑って見守っていた。


1人の女性が、大成の前に飛び出したので、大成は慌てて避けるが…。

「廊下を走らない!」
女性は大成とすれ違う瞬間に、大成の襟首を掴んで止めた。

「うっ、ぐっ…。」
大成は一瞬息が詰まり、大成を追っていた奈々子は慌てて立ち止まった。


「お、おはようございます、七海さん」

「ゴホッゴホッ…。おはようございます」
奈々子はすぐに挨拶をし、大成は咳をして挨拶をする。

「2人とも、おはよう」
奈々子と大成から挨拶された七海は、笑顔で挨拶をした。

七海は、ここの児童保護施設の責任者である。


捕まっている大成は逃げようと試みるが、七海に襟首を持たれているため逃げることはできなかった。

「2人とも早起きは感心しますが、まだ寝ている人もいます。静かにすること。それに、大成、いつも言っているでしょう。廊下を走ったら危ないわ。後、もうわかっているとは思いますけど、大成は食事が終わったら、私のところに来なさい。理由は、わかっていますよね?」

「はい…。」
七海の凄みのある笑みを見た大成は、恐る恐る承諾した。


「い、行くわよ、大成。それでは、七海さん。失礼します」
奈々子は、大成の手をとった。

「2人共、気を付けるのよ」
笑顔で手を振りながら2人を見送る七海。

「「は~い」」
大成と奈々子は、七海に手を振りながら裏山へと向かった。


「ハァ…また、あの2人ですか?」
七海の後ろから、歩いてくる男性は溜め息する。

「ええ。でも、あの大成があんなにも元気で明るくなって良かったと思いませんか?林さん」
七海は後ろを振り向きながら笑顔で、歩み寄る男性・林に話しかけた。


「確かにそうですね。流星君が、大成君をここに連れて来た時は、大成君は無口で誰とも話さなかったし、誰とも関わろうとしなかった。まぁ、ここに来るまで、大成君は特殊部隊の人達に助けられて育てられたみたいで、そのせいなのか、大成君はまだ子供なのに、もう大人のような思考と行動をとっていましたから余計に周りの子供達との距離が開いて浮いていましたからね」

「ええ。でも、大成は奈々子ちゃんと関わっていくに連れて、少しずつ年齢相応に戻っていくのが実感できて、私はとても嬉しいです。まぁ、今では施設一番の問題児ですけど」

「そうですね。いや、本当に…」
再び林は溜め息をつき、七海は笑顔を浮かべた。



3年前…。
施設に大成を連れてきた大和流星も幼い頃、特殊部隊に入るまでは、ここの児童保護施設で七海にお世話になっていた。

流星と大成の出会いは、流星が特殊部隊で活動していた時、戦場で両親を失った大成を見つけたのだった。

そして、長い間2人は共にいたので、流星は大成とは血が繋がってないが弟の様な存在になっていた。
大成も流星を実の兄の様に接していた。


暫く時は経ち、極秘の任務を受けた流星は軍法に違反するのを承知の上で児童保護施設の皆に、これから起きることを話す。

今度の任務が成功すれば他国との争いが収まり停戦になるが、生きて帰れそうにないことや大成だけは何も知らされていないことなどを流星は明かした。

当日に流星は断固拒否していた大成をどうにか説得し、七海は大成の身を引き取った。

その後、流星が説明した通り停戦になったが、流星を含む特殊部隊の全員が行方不明となり帰らぬ人となった。



「やはり、子供は明るく無邪気が一番良いですよ」
流星のことを思い出した七海は、暗い表情になったが施設の子供達を思い出して笑顔に変わった。

「まぁ、そうですね…。」
七海と林の2人は、大成と奈々子が通った廊下を眺めていた。



【裏山】

大成と奈々子は裏山の頂上に辿り着いた。

普段毎日、大成は朝食が始まる前に裏山を走ったり、頂上で筋肉トレーニングをしたり、武術の型を練習している。
奈々子は、そんな大成を見るのが好きだった。


前に、奈々子は気になったことがあったので、大成に尋ねたことがある。
「何で毎日、そんなことしているの?」
「ん?それは、体が鈍るからだよ」
大成は即答したが、特殊部隊の人達との暮らしを忘れないためだと奈々子は何となくだがそう感じた。

物思いに耽ていた奈々子が気が付いたら、既に大成はトレーニングが終わって、大成が近くまで来ていた。


「は、はい、これ」
奈々子は、慌てて大成にタオルと水筒と着替えを渡した。

「いつも、ありがとう。奈々子」
「ううん、気にしないで」
受け取った大成は、その場で着替えようとシャツを脱ごうとしたら奈々子と目が合った。

「あっ…」
奈々子は、慌てて目を逸らした。

(ん?どうしたんだろう?ああ…)
なぜ、奈々子は目を逸らしたのか思い当たった大成。

「ごめん、こんな傷だらけの体を見せてしまって、気持ち悪い思いをさせて、ごめん」
「ちっ、ち、違うわよ、ただ…その…」
大成に見とれていたことが本人にバレてしまったかと思い、奈々子は恥ずかしさから目を逸らしただけなのだが、大成に勘違いされたので慌てて否定する。

「ん?」
大成は気になったが、それ以上は深く追求はしなかった。

大成の体に刻まれている沢山の傷は、特殊部隊の訓練と任務をこなしていくうち負った傷だった。


そのあと、2人は朝食の時間が迫っていたので施設に戻ろうと下山をしていた際、遠くから施設を見て異変に気付いた。

「ねぇ?大成。施設に沢山の人達が来ているわ。どうしたのかしら?何かあったのかしら?」
嫌な予感がした奈々子は、不安な表情で大成の袖を引っ張り施設を指差した。

「急ごう、奈々子」
「そ、そうね」
2人は、駆け足で施設に戻ろうとする。

「きゃっ」
下山の途中で、奈々子は躓いて転びそうになったが、大成が奈々子の体を支えた。

「あ、ありがとう」
後ろから抱き締められた格好になった奈々子は、顔を真っ赤にしながら小さな声で感謝した。

「奈々子、スピード上げるから乗って」
大成は、奈々子の前に出て腰を屈めておんぶの格好する。

「えっ!?」

「早く!時間がないから」

「わ、わかったわ。だけど、そ、その…私は重いよ」

「大丈夫、毎日鍛えているから、奈々子がお相撲さんぐらい重くっても抱えられるから」
大成の発言と同時に甲高い音が響き、奈々子をおんぶする大成の頬には赤い紅葉みたいな掌の跡があった。


裏から降りる最中、児童施設が見えてきて大成と奈々子は嫌な予感が強まった。

なぜなら、入り口に日本の軍人が30人ぐらいが、集まっていたのだ。



【児童施設・ひまわり】

「大成、奈々子ちゃん」
軍人と話していた七海は、裏山から戻ってきた大成と奈々子に気付いた。

「おや?君が、あの特殊部隊にいた神埼大成君かね?私は日本軍大佐・田中孝作だ。君に大事な話がある。そのために、我々はここまで足を運んで君に会いに来たのだよ」
田中は眼鏡をかけており、軍服の胸には派手な勲章を付けていた。


「おいおい…。」
「嘘だろ、まだ子供じゃないか…。」
軍人達は大成の姿を見て信じられずにいたが、田中だけは真剣な表情で大成を見定めている。


「とりあえず、あがって下さい。話はそれからです。それと皆は、料理が冷める前に朝食にしましょうね」
七海は、軽く手を叩きながら施設の子供達に指示して促した。

「ふん…まぁ、良い」
田中は七海の提案を呑んで頷き、施設の2階の部屋で話をすることにした。

児童施設の子供達は、心配そうな表情で大成や七海を見ていたが七海の指示に従った。



【児童施設・2階の空き部屋】

部屋には、田中含む軍人3人、施設側は七海含む大人5人、そして大成と奈々子が集まっていた。

部屋に重い空気が漂っている。

「では、単刀直入に言うぞ、神埼大成。君は軍に戻るか、今ここで、すぐに死ぬかだ」
右手で眼鏡を押し上げながら、田中は大成を見ながら要件だけを伝える。

「予想はしていましたが、やはり軍は僕を連れ戻しに来たのですね。ですが、僕は軍に戻るつもりはありません。一般人として生きていくって決めていますので」

「フフフ、ハハハ…。君が一般人としてだと?笑わせるな!君は何人、いや何百人その手にかけた?今更、一般人は無理だろ」
大成の意見を田中は、即座に否定して盛大に笑い飛ばした。

「あなた達が大成に命令をしたから、大成は多くの人を手にかけたのだと思います。それに、大の大人が、私達、子供の自由を奪って良いと思っているのですか?」
「私達も、奈々子ちゃんと同じ意見です」
「そうだ!そうだ!」
奈々子が激怒し、七海、それに皆は賛同する。

「お前ら!我々が黙ってれば、いい気になりやがって!」
田中の部下一人が、激怒し拳銃を取り出して、銃口を奈々子に向けようとする。

大成は躊躇わず、一気に拳銃を持った軍人との距離を詰め、軍人の拳銃を持っている手を左手で反らして鳩尾に右膝を入れた。

「ぐぁ」
軍人は、膝から崩れ落ち倒れた。


「ガキが!」
「あまい!」
隣にいたもう1人の軍人が大成に殴りにいったが、大成は屈んで拳を避けながら回蹴りをして軍人の顎を蹴って倒した。
あっという間に大成は、軍人2人を気絶させた。

「なるほど。これは、とても素晴らしい!」
「あんたは、どうする?」
パチパチと拍手をしている田中を睨みつける大成。

「いや、これ程とは予想以上だ。上層部が報復を恐れているはずなのに、それでも欲しがるわけだな。だが次は、どうするかね?」
田中は、右手に持っていた援軍要請のボタンを押していた。

「チッ、しまった」
大成は舌打ちをする。


廊下から聞こえる足音が、徐々に大きくなっていく。
軍人達が、この部屋に近づいてくるのがわかる。

「大成、逃げて!」
「大成、逃げなさい!」
「「大成君、逃げるんだ!」」
奈々子や七海、施設の皆が同時に叫ぶ。

「しかし…」
皆を心配した大成は、戸惑った。

「私達は大丈夫だから」
奈々子は頷き、施設の皆は大成の盾となるように大成の前に出る。

「わかったよ、必ず助ける」
大成は窓ガラスを蹴り破り、飛び降りたと同時に廊下から軍人達が、部屋に入ってきた。

「行かせない」
「邪魔だ!お前達。どけっ!」
奈々子達は、必死に軍人達の腰を掴み離さない。

「糞、逃がすかぁ!」
身動きがとれず近寄れない田中は、急いでポケットから手榴弾を取り出して、大成が飛び降りた場所に放り投げた。

「大成!」
「「大成君!」」
施設の皆は大声で叫んだ。

手榴弾は、大成がいる場所に落下して爆発し、衝撃波と轟音が響き土煙が舞う。

施設の窓ガラスは、衝撃波で粉々に砕けて室内に砂埃が入る。


「大成っ!」
軍人を押さえていた奈々子は、慌てて窓に向かい窓から大成が無事かを確かめる。

風が吹き、徐々に煙が晴れていく。

そこには、何事もなかった様に大成が無傷で立っていた。

「バカな…間近で手榴弾が爆発したのだぞ、それなのに無傷だと?あり得ない…。しかも、あれは何だ?」
信じられないという表情する田中は呟き、他の軍人達と奈々子達も動揺した。

「良かった…」
大成が無事だと知った奈々子は、ホッとして腰が抜け、その場にへたり込む。

(何で僕は、無傷なんだ?しかも、この周囲を囲んでいる模様は何だろう?もしかして、信じられないけど魔法陣とかいうやつかな?まぁ、このおかげで助かったと思うけど。とりあえず不気味だから離れた方が良いよな)
大成は、魔法陣から離れようと移動した時だった。

「あ…の…ちか…いて…」
大成は、知っているような、知らないような、懐かしいような少女の声が聞こえた気がした。

「ん?」
大成は、周りを見渡すが誰もいない。

そして…。
「あなたの力で、私達を導いてっ!」
今度は、はっきりと少女の声が聞こえた瞬間に魔法陣が輝き出した。

輝きが収まるとともに、大成の姿と魔法陣はその場から消えていた。

「大成~!」
奈々子は、悲鳴の様な声で叫んだ。
しおりを挟む

処理中です...