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決着と別れ

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【過去・魔人の国・ラーバス国・屋敷一階・召喚の間の廊下】

「痛っ!?」
ウルミラの悲鳴が響くほど、静寂になっていた。
槍に刺された痛みではなく、後ろに倒れて地面にお尻を打った痛みだった。

ウルミラは、閉じていた瞳を恐る恐ると開けて驚いた。

「えっ!?」
ウルミラの目の前には、ウルミラの胸に刺さるはずのパールの槍は倒れたウルミラの目の前で止まっており、パールはプルプルと震えていた。

よく見たらパールの関節部に剣や折れた剣などが、あっちこっちに刺さって、関節を動かせない状態になっている。


「あっ、やぁっ!」
すぐに我に返ったウルミラは慌てて立ち上がり、握っている矛に残りの僅かな魔力を全て込めてパールの胴体を凪ぎ払った。

パールの胴体部分の甲冑が、意図も容易く粉々になり上半身と下半身に真二つに粉砕されて分かれ倒れる。

そして、パールに蓄積されていた膨大な紫色の魔力が、霧のように霧散して消え失せ威圧感もなくなった。


「えっ!?え!?」
あまりにも簡単にパールを倒せたことで、倒したウルミラ本人も予想外な出来事に困惑する。

攻撃しても、パールが纏っている膨大な魔力の前だと無傷で終わると思っていたからだ。


「「……。」」
ジャンヌはホッとして腰が抜けて座り込み、美咲もその場で固まり、2人は呆然としていた。

一体何がどうなったか、なぜパールは壊れたのか、3人は何が起きたのか理解できずにいた。


ジャンヌがわかったことは、誰もいない後ろから剣や折れた剣がとんでもないスピードで飛んできたということだけだった。


一方、美咲はウルミラを見ていたので、初めは後ろにいたジャンヌが投擲したかと思ったが、ジャンヌに振り返って見たら、ジャンヌは腰が抜けており、その場で座りこんでいたので違うと判断した。

そこで、何者かが潜んでいるのかと警戒したが、後ろはジャンヌ以外、誰もいない。

周りにあるのは、騎士団と暗部の死体の山と破壊された甲冑だけだった。


「まさかね…」
念のため、美咲はジャンヌを素通りして、後ろにある死体や破壊された甲冑の山に向かい、レイピアで大まかに串刺しにしていく。

だが、串刺しにしていくが悲鳴は聞こえず、刺す音が廊下に響くだけだった。


もう1度、美咲は辺りを見渡す。
「流石にないわね…」
他に隠れることができる場所は、遠く離れた突き当たりに角があるのだが、だいぶ距離があるため、タイミングよく的確にパールの関節に当てることは困難だと誰にもわかる。

結局は、美咲はわからないままだった。


美咲は、ジャンヌとウルミラに振り向き歩み寄る。
「私のパールが倒されたことは予想外だったけど。結果は変わらないわ」
美咲は、一生懸命作った力作のパールが破壊された苛立ちと、正体がわからない何者かの不意打ちで不安が入り交じっていたが一息ついて心を落ち着かせる。

そして、落ち着きを取り戻した美咲は余裕の笑みを浮かべた。


「くっ、無念だわ。だけど、きっと必ず、お父様やローケンス達、ヘルレウス・メンバーが、美咲あなた達、人間の野望を打ち砕くわ」

「そうです。魔王様達は負けません」
ジャンヌとウルミラは、その場で地面に両手を付き立ち上がろうとするが疲弊して立ち上がれなかった。


「フフフ…。まだ、強がるのね。それより、殺す前にどうしても2人に聞きたいことがあるの。部隊の配分を考えた人と私のパールに対して…。いえ、能力の何かしらの対策を考えた人は同一人物でしょう?そして、その人物は、あの男の子、大成君なのかしら?」
そんな2人を見て笑いながら、美咲は目を細め2人の表情を窺う。


「あなたに、教えることは何もないわ」

「死んでも教えません」

「あら、残念ね。まぁ良いわ、そろそろ時間も迫ってきているから終わりにしましょう。まずは姫様から。さようなら姫様」
美咲は、2人に聞きたいことを尋ねたが予想通りの返答が返ってきたので、もう2人に用がなくなり、右手に握っているレイピアを逆手に持ち変えてジャンヌを刺し殺そうと振り上げた。

その時だった、美咲のすぐ後ろの死体の山から大成が飛び出した。


「なっ!?」
驚いて振り向こうとした美咲。
大成は両手を伸ばして美咲の頭を掴み、逃がさず振り向けさせない様に固定して、後ろに引っ張り倒しながら片足で美咲の片膝の間接を後ろから蹴った。

美咲は、膝をカックンと曲げらされ片膝の力を失い、体が硬直してバランスを崩す。

大成は、バランスを崩した美咲を後ろに倒しながら美咲の首を捻り、そして首の骨を折った。

「ぐっ」
美咲は、小さな悲鳴をあげて絶命した。



大成が美咲を倒した時、すぐに魔王達の声が聞こえてきた。
「ジャンヌ、ウルミラ大丈夫か?!」
「姫様、大丈夫ですか?」
「「姫様、ウルミラ様、大丈夫ですか?」」
魔王とヘルレウス・メンバー、それに各部屋に突入させた騎士団と暗部達が慌ててジャンヌ達に駆けつける。



ジャンヌとウルミラは、助からないと思っていた自分達の命が助かったことや、大成の鮮やかな技に見とれて呆然としていた。

「は、はい、大丈夫です。お父様」
「だ、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
我に返ったジャンヌとウルミラは慌てて答えた。


「良かった。無事で…。本当に良かったぞ…」
魔王は、ジャンヌとウルミラに傍に駆け付けて2人を強く抱き締める。
皆は、その光景を温かく見守った。


「く、苦しいです。お父様!」
「おっと、すまんな2人とも。つい力が入ってしまったわい。許せ」
魔王は2人を離し、左右の手で2人の頭を撫でる。
ジャンヌとウルミラは、ホッとして笑顔になった。


「それより、魔王様。やはり、この人間の子供は危険です。この場で始末しましょう」
ローケンスは背中に掛けていた大剣を抜いて殺気を放ち、場の空気が一変する。


先頭を走っていた魔王とヘルレウス・メンバーは、大成が美咲を倒すところを遠くから見ていた。

大成の流れる一連の動作は手練れている証拠で、ローケンスの警戒心を最大にするには十分だった。

いや、ローケンスだけではなかった見ていた者全員が、大成を警戒した。


「待って!大成は、私達を助けてくれたの!大成が居なかったら、私もウルミラも死んでいたわ!」

「そうなのです!それに、大成さんは今回の作戦も考えて下さいました!だから…」
ジャンヌとウルミラは、必死に皆を説得を試みる。



「フッ、そうだな。おい!小僧…。いや、大成だったか。この度は心から感謝する、ありがとう。お前のお陰で、娘達が助かった。そうだ!これから、場所を変えてパーティーをしようと思う。ぜひ、参加してくれ」
魔王は、大成と握手をしてパーティーに誘った。

「魔王様!」
ローケンスは、魔王の判断に納得いかず声を荒げる。

「落ち着けローケンス。確かに、お前の言うことも行動も正しい。だが、実際に大成はジャンヌとウルミラ…。いや、この国を救ったのも確かだ。受けた恩は返す、それでも反論はあるか?」

「……。わかりました」
反論したローケンスだったが、魔王の言い分も正しいので渋々納得した。

「ありがとうございます」
「お父様!ありがとうございます」
「魔王様、ありがとうございます」
大成達3人は、笑顔で魔王にお礼を言った。

その後、一度解散し別館でメイド達は急いでパーティーの準備をする。



【過去・魔人の国・ラーバス国・別館の屋敷一階・医療室】

戦い傷付いたジャンヌとウルミラ、他に騎士団と暗部達は医療室で手当てを受けていた。

ウルシアはハイポーションを飲み、完治までとは言えないが普段の日常には差し支えないほど回復した。

「お母様!」
そんな母であるウルシアの姿を見て、ウルミラは泣きながらウルシアに抱きついた。

ウルシアはジャンヌを手招きして、ジャンヌとウルミラにコソコソと耳打ちをする。

ウルシアの話を聞いた2人は、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。



【過去・魔人の国・ラーバス国・別館の屋敷1階・客室】

その頃、大成はメイドからジャンヌ達とは違う部屋に案内されて客室にいた。

血塗れになったパジャマ姿は流石に酷かったので、メイドから代わりの着替えを貰った大成は、とりあえずシャワーを浴びてその服に着替えた。

未だに夢なのか、現実なのか区別がつかないでいた大成。
(感覚、感触は現実みたいだな…。だけど魔法とかあることが非現実なんだよな…)
結局、大成は今は深く考えずに楽しもうと結論を出した。


そんな時、コンコンっとドアからノックの音が聞こえた。

「大成様」
ドアの廊下側からメイドの声が聞こえたので、大成はドアを開ける。

「大成様、この度は私達を救って頂き、誠にありごとうございます。パーティーの準備が整いましたので、2階へお越し下さい」
メイドは、深々とお辞儀をして感謝と案内をする。

「こちらこそ招待して頂き、ありごとうございます」
大成も感謝して、メイドについていった。



【過去・魔人の国・ラーバス国・別館】

別館は、建物が古いだけで本館と変わらないほど大きな屋敷だった。

古いと言っても、ただボロボロの建物ではなく、年代を感じらせる味わいのある建物だ。

「ハハ…」
もう、規模が違いすぎて呆れた大成は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。



【過去・魔人の国・ラーバス国・別館の屋敷2階・パーティー会場】

「こちらです」
メイドは、パーティー会場の扉の前まで大成を案内した。

「「お待ちしておりました」」
扉の左右に立っているメイドの2人が、お辞儀をして扉を開ける。


会場は盛大に盛り上がっていた。

騎士団や暗部達は、着替えても軍服を着ており乾杯したり、メイドと中央で踊ったりしている。

「うぁ~」
初めての豪快なパーティーを前にした大成は、辺りを見渡して驚く。

よく見たら壁際にヘルレウス・メンバーもおり、ヘルレウス・メンバー全員は大成に気付いて視線を向けていた。

ローケンスは大成を睨みつけ、他のヘルレウス・メンバーは大成に手を振る者、軽くお辞儀する者、値踏みするような視線を向ける者、いろいろだった。


「あっ、大成。やっと来たわね。こっちよ、大成!」
白のドレスを着たジャンヌは手を振ってアピールする。
近くに同じく黒のドレスを身に纏ったウルミラもいた。

「もう、大成!遅いわよ」
大成は歩いて2人の傍に歩み寄っていたが、ジャンヌは待ちきれずウルミラと一緒に大成の傍に駆けつけた。

「2人とも可愛いね。似合っているよ」
「なっ、あ、当たり前でしょ!」
「あ、ありがとうございます…」
大成に褒められた2人は顔が真っ赤になり、ジャンヌは強がり、ウルミラは恥ずかしくモジモジしながら俯いた。

「そ、それより、大成。あなたに見せたい場所があるわ。ついてきて」
ジャンヌは、周りに悟られないように大成の手を取って会場を出る。

ウルミラも2人についていった。


【過去・魔人の国・ラーバス国・別館2階・廊下】

会場を出たジャンヌ達は廊下を少し歩き、端に設置されてある魔王の銅像の前にいた。

「えい!」
ジャンヌは、魔王の両髭を下に引っ張る。

すると、カチッと小さな音がし、銅像が左にスライドして壁から通路が開いた。 

いろいろと、突っ込みたかった大成だったがスルーすることにした。



【過去・魔人の国・ラーバス国・別館の屋敷2階・隠し部屋】

隠し通路を通ると扉があり、扉を開き中に入ると大きな部屋だった。

「こっちよ」
ジャンヌは大成の手を引き、ベランダに向かう。

「ここよ、どう?大成。綺麗でしょう?」

「うぁ~。神秘的だね」

「ウフフ。ここは、私とウルミラのお気に入りの場所よ」

「そうです」

「教えてくれて、ありがとう」
2人が自慢するほどの神秘的な光景が目の前に広がっており、大成は目を大きく見開く。

夜なのだが紫色の月の光に照らされ、近くには綺麗な中庭、その奥に両端に林が生え、中央には湖があり月を映し出していた。



その後、大成達は会場から料理を持ってきて、3人でベランダの床に座り風景を見ながら食事をする。

「ところで、大成。あなたに聞きたいことがあるのだけど!」
「わ、私もです!」
「えっ!?な、何?」
ジャンヌとウルミラに急に大きな声で話しかけられ、大成は驚いた。

「美咲の件よ。大成、あなたが言ってた通りだったわ。戦闘が始まり、最初はパールを動かしている時は美咲は殆ど動かなかった。なぜ、わかったの?」

「それは、美咲さんが自分で言っていたから」

「「え!?」」
ジャンヌとウルミラは驚愕する。

「ほら、ジャンヌの部屋で美咲さんは自然の魔力も使用すると言っていたよね。それは、つまり普段から自分の魔力だけではなく自然の魔力も使っていたということ。なら、今回みたいに特別な日は自然の魔力が満ちている分だけ強化されるけど、その分、制御も難しくなるのはごく自然なこと。だから、常に意識を集中して制御していないと無理の可能性がある。そういうわけで、慣れるまで自分からは攻撃しなかった。いや、正しく言えば、できなかった。もし、自分で攻撃や身を守るために迎撃する時は、パールを暴走させないために強さを弱めて、他の甲冑みたいに自動制御にするしかできないと考えられる。まぁ、ウルミラを槍で突き刺す時は、美咲さんが操作していたみたいだけどね。だけど、逆に意識がパールに向き、周囲の警戒を怠ったからパールの関節に剣を刺すことができた」
ジャンヌの質問に大成はわかりやすく答え、オレンジジュースが入っているコップを手に取り一口飲んだ。


「なるほどね」

「そうだったのですね」
ジャンヌとウルミラは納得し頷く。


「次は、私が質問しても良いですか?」
「良いよ、ウルミラ。それで何?」
大成は、持っているコップを床に置いた。

「ありがとうございます。では、質問させて貰います。私は、なぜ簡単にパールを倒すことができたのですか?パールは凄い魔力を纏っていたから、普通だとあの攻撃程度では甲冑に阻まれ弾かれて無傷で終わるはずですが」

「それは、僕が言った通りに戦ったからだよ。自分達より強い甲冑が出てきた時、氷魔法と炎魔法で交互に攻撃するように教えたよね?」

「はい」

「それは、パールを直接倒すためではなく、弱らせるための攻撃だったんだ。正確に言うと、鎧の素材を利用しただけだけど」

「鎧の素材ですか?」

「そう、あの鋼は急冷と加熱を繰り返すと脆くなる性質を持っていたんだよ。鉄じゃなくて本当に良かった。鉄だと無意味だからね」

「なるほどね」
「そうだったのですね」
ウルミラの質問に大成は答え、ジャンヌとウルミラは納得して頷いた。

「ん?ちょっと待って!大成は、なぜ鎧の材質を知っていたの?」

「知っている訳ないよ。そこは、極僅な賭けだったけどね」

「大成、あなた…」
「ハハハ…」
呆れた表情で大成を見るジャンヌと、苦笑いを浮かべるウルミラ。


「あと、大成。聞きたいことが3つあるわ」
ジャンヌは、身を乗り上げる。

「ふぁ~、って、えっ!?あと3つもあるの!何?ジャンヌ」
大成は、右手で目を擦りながら左手を口に当てて欠伸をする。

「1つは、美咲を倒す時、剣を投擲してパールの関節に剣を刺して動かなくした時みたいに、剣を投擲すれば良かったと思うのだけど、なぜ危険が高い接近戦したの?もう1つは、いつから居たの?そして、最後、大成あなたの武術は、どうして達人の域なの?」
質問するたび、指を1本ずつ伸ばしていくジャンヌ。

「ふぁ~。1つ目は、美咲さんぐらいの達人だと避けられるか、当たっても致命傷にならない可能性があったから。2つ目は、皆が突撃した時からいたよ。一番後方の人から離れて後を追った…けど。それと、死体の山に隠れたのは、【召喚の間】の前の廊下だった…かな?そこで…普通の甲冑と…乱戦になった時…。3つ目は…」
大成が、最後の質問を答えようとした時に後ろに倒れた。


「た、大成!?」

「た、大成さん!?」
2人は、急に倒れた大成を心配する。

「くぅ…くぅ…」
しかし、大成は寝むっただけだった。

「もう、大成。起きなさい、ここで寝たら風邪を引くわよ」
「そうですよ、大成さん」
「……。」
心配したジャンヌとウルミラは、大成の体を揺すったが大成は起きる気配がなかった。


「もう、大成ったら仕方ないわね。ウルミラ、ごめんだけどタオルケット持ってきて」

「はい。えっと、確か…ここに…ありました。どうぞ、姫様」
ウルミラは、クローゼットの中からタオルケットを取り出してジャンヌに渡した。

「ありがとう、ウルミラ」
ジャンヌはタオルケットを受け取り、大成の左側で横になり大成に引っ付き、顔を赤く染めてタオルケットを大成と自分にかける。

「えっ!?ひ、姫様!?」
ジャンヌの行動を見て、ウルミラはオドオドしてながら顔を赤く染めた。

「う、ウルミラも、は、入りたいのでしょう?は、早く入りなさい。反対側が空いているわよ」
ジャンヌは、顔を真っ赤にしてウルミラに勧める。

大成の右側には、タオルケットの長さが丁度1人分空いていた。


「い、いえ、わ、私は…その…」
「う、ウルシアも、い、言っていたでしょう。こ、こういう時は、素直になりなさいウルミラ。そ、損するわよ」

「で、でも…」

「ウルミラも、そ、その…。た、大成のこと、す、好きなのでしょう。わ、私も、た、大成のこと、す、す、好きよ。でも、独り占めするより、ウルミラと一緒に幸せになりたいのよ。それに、そ、側室もあるから問題ないでしょう?」

「ひ、姫様が良いのでしたら…」

「もう、良いって言ってるでしょう。早くしなさい」

「は、はい。で、では、ふ、ふつ、ふつつつ、ふつつかものですが、よ、よろしくお願いします」
ウルミラは顔を真っ赤にして、もう自分が何を言っているのか、わからなくなるほど混乱しており、ジャンヌも冷静ではなかった。

大成とは1日だけと、父である魔王との約束をしたのを忘れていた。
ウルミラは、大成の右側で横になりタオルケットに入って大成に引っ付いた。


それから、静寂が訪れた。
「「……。」」
2人は起きているが、恥ずかしく何も喋れなくなっていた。
そして、気がついたら、いつの間にか2人は眠りについていた。



「ふ~。やっと、寝たみたいだな」
大成は上半身だけ起き上がる。

そもそも大成は、寝てはいなかった。
寝たふりをしていたのだった。


まさか、2人から告白され、更にピッタリと抱きつかれるとは思っていなかった大成はドキドキしていた。

寝たふりをしたのは、大成が質問に答えている時から殺気と気配は消しているが、扉の影にいる魔王の視線が、いや、殺意がビンビン伝わってきていたのだ。

それで、大成は寝たフリをして、2人を寝かす作戦に出たのだ。
結果は、大成功だった。


大成は、2人を起こさないように慎重にゆっくりと離れ、タオルケットをもう一枚出し、2人にかけた。
そして、魔王のところへ向かう。



「き、気付いていたのか。さ、流石だな」
「それほどでも、ありません」
魔王は、まさか気付かれるとは思っておらず、声が裏返り動揺していた。

慌てて魔王は体裁を取り作ったが、動揺していることは声や態度でわかるほどだった。

「それより、僕を帰還させるのでしょう?」
魔王が動揺していることに大成は気付いたが、気付かないフリをする。

「そ、そうなのだが、ゴホン…。もし、お前が望むのなら、ここで人生を送らないか?お前ほどの実力者なら歓迎するぞ。地位も権力もやる、どうだ?」
魔王は、大成が美咲を倒すところを見た時、帰還させるより仲間に入れたいと思った。

「心遣いありがとうございます。ですが、もとの世界に帰還したいですね。僕は、この世界の住人じゃない。そして、何より…もとの世界には、尊敬する兄がいますので」

「そうか…残念だ。しかし、お前が帰還を望むなら帰還させよう。それが、お前に返せる唯一の恩返しなのだからな」
大成と魔王はお互いに苦笑いをし、2人は【召喚の間】のある新館へと向かった。



【過去・魔人の国・ラーバス国・新館一階・召喚の間】

大成と魔王は【召喚の間】に着いたが、部屋に誰かいるような気配があった。

「待たせたな、ミリーナよ」

「いいえ、私こそ大事な時に地元に帰国していて、ごめんなさい。あなた」
【召喚の間】に居た女性は、魔王の妻でありジャンヌの母である妃のミリーナは謝った。


「大成君、話は聞いたわ。今回は本当に助かったわ、ありがとう。それにしても、ジャンヌもウルミラも、男性を見る目があるわね。ウフフフ…」
ミリーナは大成を見て、ジャンヌとウルミラが好意を寄せるのも納得した。

「な、何~!やはり、貴様はこの場で始末する!可愛いジャンヌとウルミラのために死ねるのなら光栄と思え!」
魔王はミリーナの言葉で腰にかけていた剣を抜刀したが、ミリーナは魔王の背後から近づき、慣れた手つきで首筋に手刀して魔王を気絶させた。


「ごめんなさいね、大成君」
「い、いえ…」
ミリーナは大成に謝罪をし、大成は頬が引きつった。

「あら、まぁ、この人ったら情けないわね。早く起きなさい、あなた。大成君が待っていますよ」
ミリーナは言いながら、魔王に往復ビンタをして甲高い音が部屋に響く。

「……。」
その光景を目の辺りにした大成はドン引きした。


「う、うっ、うっ…。ミリーナか?ところで、私はどうして気を失っていたのだ?」

「疲れが、溜まっていたかも知れないわ。それよりも、あなた早く大成君を帰還させないと」

「あ、ああ、そうだったな…」
頭を傾げる魔王の顔は腫れていた。

(前後の記憶が飛んでいますよ、魔王さん。本当に大丈夫ですか…?)
2人のやり取りを見た大成は、心の中で魔王を心配をした。



「まぁいい、大成。お主は、そこの魔法陣の中に立っているだけで良い。後は私達に任せろ」
魔王は、目の前にある魔法陣に指を指して説明する。

「わ、わかりました」

「では、始めるぞ」

「お願いします」
大成は歩み、魔法陣の上に立つ。

魔王と妃は、手を繋いで空いている手を魔法陣に置く。


「いくぞ!」
「ええ!」
大成は、まだ魔力が見えないが、魔王と妃の威圧感が増したと感じた。

そして、次第にお互い共鳴して、大きくなっていく感じがした瞬間。

「うっ…」
魔法陣が輝き出し、大成は目を瞑った。

そして、屋敷の中から眩しい光が照らし、光が終息して消えた時には、大成の姿も消えていた。
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