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第一章
婚約者としての仮面
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ここは王国随一の名門校。王族と大貴族の子弟だけが通える学び舎で、日々の授業は礼儀作法から歴史、政治学、魔法理論に至るまで多岐にわたる。
私はリシェル=ベルトラム。グランツフェルト国の筆頭公爵家の長女であり、この国の王太子の婚約者でもある。
このクラス、いえ学園中から、公爵令嬢、そして王太子の婚約者として、周囲から羨望の目を向けられる立場にある。
「リシェル様、またノートをまとめてこられたの?本当に尊敬します」
クラスメイトが声をかけてくる。私は微笑んで応じた。
「ええ、まとめておくと自分の理解にもなるから」
視線は時折、教室の中央に座る王太子──レオナルト様へと向かう。
彼はレオナルト=グランツフェルト。この国唯一の王子であり、昨年立太子された。眉目秀麗で、物腰の柔らかさもあり、国民からも人気が高い。
一方で、私との仲でいうと政略結婚の相手でしかない。
同じクラスにいても、グランツフェルト彼には彼の仲間がいて、私には私の交友関係がある。
こちらに気づいて、型にはまった笑顔で手を振ってきた。こちらも笑顔で返す。
夫婦になる予定だからこそ、もっと近づきたいのに……いつもどこか遠く、何を考えていらっしゃるのか、読み取れない。
(……また、あの笑み。嬉しいはずなのに、胸の奥が少し疲れてしまう)
「お二人は、仲睦まじいのですね」
周りから紡がれた言葉に、微笑みで返した。
放課後。王家の慣例として、週に1、2回、私たちは二人でお茶の時間をとっている。
場所は、学園や公爵家、王家などその時々で変わる。今日は、講義終了後、学園の庭園でそのままお茶会となった。
「授業の進みはどうだ?」
レオナルト様の穏やかな声に、微笑みで応える。
「順調ですわ。……レオナルト様は?」
「問題ない。君の努力には、いつも感心している。公爵たちも鼻が高いだろう。」
その言葉は温かいはずなのに、どこか壁越しに聞いているようで、寂しい。
いつも王族としての姿勢を崩さないレオナルト様とのお茶会は、距離をはかりかねてしまう。
思わず、胸の奥の弱さを口にしてしまった。
「……最近、父は忙しく、義母や義妹ともどう話したらよいか悩むのです。父と二人の時とは変わってしまい…」
けれど彼は曖昧に微笑むだけだった。
「家のことは家のことだ。君は君の務めを果たせばいい」
その返答に、私は寂しさを覚えた。
父の再婚が決まったのは、ほんの数年前のこと。
公爵である父には、すでに十分すぎる領地も財力もあった。後ろ盾など必要ないはずだった。
けれど王家の強い希望で「鉱山から新たに宝石を産出した」という伯爵家と縁を繋ぐこととなった。
その伯爵家の娘-現在の義理の母-がもともと嫁ぎ先でご主人が亡くなり、未亡人となって子を連れて戻ってきたそうだ。彼女を迎えることで、王太子の婚約者である公爵家の力も強くなり、と王家の結びつきがさらに強固になるという背景だ。
父は再婚が決まった時、短くため息をついて、「国のためだ」とだけ言った。
私も必死に笑顔を作り、「おめでとうございます」と返した。
本当は……母を忘れてしまうようで、胸が張り裂けそうに寂しかったのに。そんな弱音を吐くことは許されないと分かっていた。
父は仕事人間で、公爵家当主としてはとても立派だった。ただ私にとって父とは名ばかりで、親子としての交流は昔から乏しかった。
義母となった方は、決して冷酷な女性ではなかった。会えば話すし、お茶の時間も設ける。ただ、あまりに不器用だった。
彼女の心は常に、死別した最初の夫とその娘を愛していたため、子供を連れてくることを条件に再婚した。お互い納得している政略結婚だったはずだった。
しかし、実際はどうだろう。連れ子である義妹を大事にし、再婚相手の子にはどう接していいのか分からず、よそよそしい態度だった。特に義妹との差は激しかったが、期待するだけ無駄だと感じてからは何も感じなくなった。
義妹は、可愛がられて育ったせいか、華やかで愛嬌があった。けれど時折、人を見下すような仕草をする。その小さな意地悪に、父も義母も気づいていながら、いつも目をつむってしまう。……そのたびに、私の胸の奥は少しずつ冷えていった。
食卓で、父が義母に穏やかに微笑み、義妹が楽しげに話す。
その輪の中に入れず、私はただ、微笑んで座っていた。あの光景は、今も鮮やかに焼き付いている。
(……あの頃から、私は家族の中で余分な存在になってしまったのかもしれない)
小さく息を吐いたとき、レオナルト様の怪訝な顔をしていることに気づいた。
そういえばお茶会をしていたのだった。
「どうした、リシェル?」
「いえ、なんでもございません。おっしゃるように私の務めを果たしますわ」
できたらレオナルト様とは心を通わせた夫婦に、そして家族になりたい。
私は慌てて笑みを浮かべた。けれど、胸の奥にはどうしても拭えない孤独が広がっていた。
私はリシェル=ベルトラム。グランツフェルト国の筆頭公爵家の長女であり、この国の王太子の婚約者でもある。
このクラス、いえ学園中から、公爵令嬢、そして王太子の婚約者として、周囲から羨望の目を向けられる立場にある。
「リシェル様、またノートをまとめてこられたの?本当に尊敬します」
クラスメイトが声をかけてくる。私は微笑んで応じた。
「ええ、まとめておくと自分の理解にもなるから」
視線は時折、教室の中央に座る王太子──レオナルト様へと向かう。
彼はレオナルト=グランツフェルト。この国唯一の王子であり、昨年立太子された。眉目秀麗で、物腰の柔らかさもあり、国民からも人気が高い。
一方で、私との仲でいうと政略結婚の相手でしかない。
同じクラスにいても、グランツフェルト彼には彼の仲間がいて、私には私の交友関係がある。
こちらに気づいて、型にはまった笑顔で手を振ってきた。こちらも笑顔で返す。
夫婦になる予定だからこそ、もっと近づきたいのに……いつもどこか遠く、何を考えていらっしゃるのか、読み取れない。
(……また、あの笑み。嬉しいはずなのに、胸の奥が少し疲れてしまう)
「お二人は、仲睦まじいのですね」
周りから紡がれた言葉に、微笑みで返した。
放課後。王家の慣例として、週に1、2回、私たちは二人でお茶の時間をとっている。
場所は、学園や公爵家、王家などその時々で変わる。今日は、講義終了後、学園の庭園でそのままお茶会となった。
「授業の進みはどうだ?」
レオナルト様の穏やかな声に、微笑みで応える。
「順調ですわ。……レオナルト様は?」
「問題ない。君の努力には、いつも感心している。公爵たちも鼻が高いだろう。」
その言葉は温かいはずなのに、どこか壁越しに聞いているようで、寂しい。
いつも王族としての姿勢を崩さないレオナルト様とのお茶会は、距離をはかりかねてしまう。
思わず、胸の奥の弱さを口にしてしまった。
「……最近、父は忙しく、義母や義妹ともどう話したらよいか悩むのです。父と二人の時とは変わってしまい…」
けれど彼は曖昧に微笑むだけだった。
「家のことは家のことだ。君は君の務めを果たせばいい」
その返答に、私は寂しさを覚えた。
父の再婚が決まったのは、ほんの数年前のこと。
公爵である父には、すでに十分すぎる領地も財力もあった。後ろ盾など必要ないはずだった。
けれど王家の強い希望で「鉱山から新たに宝石を産出した」という伯爵家と縁を繋ぐこととなった。
その伯爵家の娘-現在の義理の母-がもともと嫁ぎ先でご主人が亡くなり、未亡人となって子を連れて戻ってきたそうだ。彼女を迎えることで、王太子の婚約者である公爵家の力も強くなり、と王家の結びつきがさらに強固になるという背景だ。
父は再婚が決まった時、短くため息をついて、「国のためだ」とだけ言った。
私も必死に笑顔を作り、「おめでとうございます」と返した。
本当は……母を忘れてしまうようで、胸が張り裂けそうに寂しかったのに。そんな弱音を吐くことは許されないと分かっていた。
父は仕事人間で、公爵家当主としてはとても立派だった。ただ私にとって父とは名ばかりで、親子としての交流は昔から乏しかった。
義母となった方は、決して冷酷な女性ではなかった。会えば話すし、お茶の時間も設ける。ただ、あまりに不器用だった。
彼女の心は常に、死別した最初の夫とその娘を愛していたため、子供を連れてくることを条件に再婚した。お互い納得している政略結婚だったはずだった。
しかし、実際はどうだろう。連れ子である義妹を大事にし、再婚相手の子にはどう接していいのか分からず、よそよそしい態度だった。特に義妹との差は激しかったが、期待するだけ無駄だと感じてからは何も感じなくなった。
義妹は、可愛がられて育ったせいか、華やかで愛嬌があった。けれど時折、人を見下すような仕草をする。その小さな意地悪に、父も義母も気づいていながら、いつも目をつむってしまう。……そのたびに、私の胸の奥は少しずつ冷えていった。
食卓で、父が義母に穏やかに微笑み、義妹が楽しげに話す。
その輪の中に入れず、私はただ、微笑んで座っていた。あの光景は、今も鮮やかに焼き付いている。
(……あの頃から、私は家族の中で余分な存在になってしまったのかもしれない)
小さく息を吐いたとき、レオナルト様の怪訝な顔をしていることに気づいた。
そういえばお茶会をしていたのだった。
「どうした、リシェル?」
「いえ、なんでもございません。おっしゃるように私の務めを果たしますわ」
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