【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの

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第二章

断罪と求婚

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 王城謁見の間は、いつになく重苦しい空気に包まれていた。
 王の前にひざまずくのは、ドミナード辺境伯――レティシアの父。
 その傍らに、緊張を貼り付けた面持ちの娘が控えていた。

「ドミナード辺境伯。貴殿の領で発覚した誘拐事件、そしてその背後にある不正について、弁明はあるか。」

 玉座の上から放たれた王の声は静かだった。
 だがその一語一語に、冷たい怒りが宿っている。
 辺境伯は、恭しく頭を垂れながらも、その唇にはわずかな笑みが浮かんでいた。

「陛下。何やら誤解があるようでございますな。あれは単なる、領内で暴れた傭兵崩れどもの仕業。たまたま留学生が巻き込まれた。それだけのことです。」

「たまたま、だと?」

 アレクが低く呟いた。声には抑えがたい怒気が滲む。

「“たまたま”連れ去られた相手が、他国の公爵令嬢で、しかも俺が護ると誓った人間だというのにか。」

「……殿下、それはお気の毒なことでしたな。しかし、領主が民のすべてを監視できるわけではございません。辺境は広く、法も人の手も届かぬ地。そこを守るのが、我らの務めであり、負担でもあるのです。」

 そう言いながら、辺境伯はほんのわずかに胸を張った。
 まるで、告発されていることは他人事であり、いくらでも回避できるかのような自信を滲ませる。

「貴殿の務めが、国王の命に背くことか?」

 今度は王太子が声を発した。

「報告では、辺境伯領では近年、独自に軍備を増強し、隣国との密貿易も確認されている。」

「軍備の増強は、防衛のためです。王都の兵が我らの地を顧みぬ以上、民を守る手立ては自ら整えるしかない。……密貿易とは、言いがかりでございましょうな。物資の流通を断てば、国境はすぐに飢えますゆえ。」

 堂々とした言葉。しかし、その目はどこか濁っていた。
 正義を語る者の顔ではなく、自らの利を守ろうとする商人のような冷たさ。

「貴殿は“国境を守る盾”であるはずだ。だが実際には、その盾を私物化し、商人どもと手を結び、民の税を掠め取っていた。」

 宰相が淡々と書簡を広げる。

 「これらは押収した書簡の写しだ。貴殿の印がある。弁明はあるか。」

 辺境伯は沈黙した。
 だがその沈黙も束の間、ふと鼻で笑った。

「……陛下。この国を支えてきたのは、王都ではなく我ら辺境の血と汗。貴殿らが玉座で言葉を並べる間にも、我らは剣を取り、寒風の中で国を護ってきた。その功を忘れ、老臣を切り捨てるとは――お若い王家らしい。」

「その言葉を忠義と呼ぶのか。」

 アレクの声は震えていた。
 怒りでも恐れでもなく、失望の震え。

「おまえのせいで、何人の人が傷ついたか分かっているのか。」

 辺境伯は肩をすくめた。

「……娘を利用したというのなら、それもまた王家の過干渉が招いたこと。レティシアを“政治の道具”にしたのは、私ではない。殿下、貴殿が王子である限り――彼女は常に“駒”でしかなかった。」

「――黙れ。」

 アレクの拳が玉座の前で音を立てた。
 鋭い視線が突き刺さる。

「俺はおまえの娘を利用などしていない。彼女は、己の意思で真実を明かした。……父親であるおまえより、はるかに勇敢にな。」

 その言葉に、辺境伯の顔がわずかに歪んだ。
 一瞬だけ、怒りと羞恥が入り混じった表情。
 だがすぐに取り繕い、苦笑を浮かべる。

「娘はまだ若い。理想に酔っておるのだ。やがて、王都の薄情さを知る時が来よう。」

 沈黙を破ったのは、レティシアだった。
 ドレスの裾を握りしめ、毅然と立ち上がる。

「お父様。それでも、私はこの道を選びました。リシェル様を陥れたこと、そして、あなたのやり方を見過ごしたことを恥じています。たとえ一族に背を向けることになっても、私は……私の信じる正しさを貫きます。」

 辺境伯は、静かに娘を見た。
 その目には、本来娘に向けるべきではない蔑む色が滲み出ていたが、ゆっくりと瞼を下ろした。

 王がゆっくりと立ち上がる。

「ドミナード辺境伯。汝の爵位を剥奪し、領地は一時預かりとする。今後は王家の監督のもと、辺境を再編する。……その責を、娘のレティシアに一任する。」

 玉座の間に、低いざわめきが広がった。
 レティシアは深く頭を下げ、涙をこらえるように答える。

「……畏まりました。」

 その瞬間、辺境伯は小さく笑った。
 かすれた声で、最後の言葉を残す。

「この国がいつまで“理想”で立っていられるか、見ものですな。」

 そのまま、衛兵に連れられ、静かに玉座の間を後にした。
 扉が閉じる音が、永い年月の終わりを告げるように響いた。







 昼下がり、柔らかな光が差し込む病室に、足音が近づいてきた。
 扉がノックされ、カイル様の静かな声が響く。

「リシェル様。陛下と王妃殿下が、お見舞いにお越しです。」

 思わず息を呑んだ。
 アレク様のご両親――つまり、この国の王と王妃が。
 慌てて身を起こそうとすると、アレク様がすぐ傍で手を差し出してくれる。

「無理しなくていい。座ったままで構わない。」

 扉が開くと、王と王妃、そして王太子殿下も姿を現した。
 みな穏やかな表情をしていたが、その瞳には深い悔恨が宿っている。

「……まずは、謝らねばならぬ。」

 王が口を開く。

「我が国の不手際により、貴女に多大な苦痛と危険を与えた。しかも、その背後に我が臣下が関わっていたとは、王として恥ずべきことだ。」

 静かな声だった。だが、玉座の間よりもずっと人の温かさがあった。
 私は胸の前で手を組み、深く頭を下げる。

「……恐れ多いお言葉です。私こそ、文化交流生という立場でありながら、この国に多くのご迷惑をおかけしました。」

「そんなことないわ。」

 今度は王妃が、優しく首を振った。
 柔らかな微笑みが、まるで春の陽だまりのようだった。

「貴女がいてくれたからこそ、アレクもこの国も、守るべきものを見つけられたのだと、そう感じています。」

「母上……」

 アレク様の声が小さく震えた。王妃は穏やかに彼を見やる。

「そして、私たちは息子の選んだ道を尊重します。アレク。あなたの言葉で、彼女に伝えなさい。」

 促され、アレク様が一歩前に出た。
 陽の光を背に、少し緊張したように息を整え、まっすぐ私を見る。

「……リシェル。」

 その名を呼ぶ声が、部屋の空気を震わせた。

「おまえを失いかけたとき、初めて気づいた。俺は、どんな地位も、どんな名誉も、国さえも――おまえのいない世界には意味がないって。」

 リシェルの胸が熱くなる。
 あの砦で見た、彼の傷だらけの手が脳裏に浮かんだ。
 何度も危険を顧みず、私を探してくれた人。その想いのすべてが、言葉に宿っていた。

「……だから、言わせてくれ。」

 アレク様が膝をつく。
 静まり返った部屋に、彼の声だけが響いた。

「俺と、共に生きてほしい。この国で、おまえが“客人”ではなく、“この国の未来”として笑っていられるように。リシェル、どうか俺の妻になってくれ。」

 涙がこぼれた。
 止めようとしても、あふれてくる。
 もう、何も言葉はいらなかった。

「……はい。喜んで。」

 それだけで、アレク様の瞳が柔らかく揺れる。
 王と王妃は微笑み、王太子も静かに頷いた。
 外では、風が花の香りを運んでくる。
 温室のようだったこの部屋が――いま、本当の春を迎えたように感じられた。


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