【完結】王城文官は恋に疎い

ふじの

文字の大きさ
2 / 24

2舞踏会はすれ違いの渦

しおりを挟む
 煌びやかな大広間。天井から吊るされた幾十ものシャンデリアが光を放ち、磨き上げられた大理石の床に七色の輝きを散らしていた。壁には王家の紋章を描いたタペストリーが掲げられ、楽団が奏でる弦楽の調べが、夜会の空気をさらに艶やかに彩っている。

 絹や宝石をまとった貴族たちは思い思いに会話を交わし、あるいは笑みを浮かべて舞い、あるいは政略の糸を張り巡らせていた。その喧噪の只中に、ひとりだけやや場違いなほどに真面目な表情をした女性がいた。

 文官、セリーヌ・アシュレイ。
 今宵は伯爵家の娘として招かれたが、舞踏会に浮かれる性分ではない。彼女の視線は煌めく装飾や人々の衣装ではなく、貴族たちの立ち位置や言葉の選び方に注がれていた。

「……あちらの侯爵家は南方派閥と接近。こちらの伯爵家は財政問題を気にしている様子。ふむ、次の議会の票読みは……」

 せっかくの舞踏会でも、彼女の頭の中は国政分析一色だった。

「セリーヌ」

 背後から低く響く声。
 彼女はびくりと肩を震わせ、振り返る。そこに立っていたのは、漆黒の礼装に身を包んだ第三王子カイン。

「殿下。ご公務はよろしいのですか?」

「……君と踊りに来た」
「!」

 心臓が一瞬だけ跳ねる。だが理性がすぐにそれを抑え込む。
 ――殿下は王族。舞踏会で誰とも踊らぬなど体裁を損なう。だから学院時代の知り合いである自分を誘ったのだ。
 周囲の人たちは固唾を飲んで二人の行方を見守っている。
 導き出した結論に、セリーヌはすっと背筋を伸ばし、深く頷いた。

「かしこまりました。殿下の名誉を守ることも、文官の務めにございます!」

「「「……(違う。そうじゃない)」」」

 差し出されたカインの手を、彼女は真剣な顔で取った。その瞬間、王族の兄弟王子、見物の観客、そして何より本人が一斉に同じ心の声を抱いていた。

 ◇

 ホール中央。楽団の旋律が流麗に波打ち、二人はゆるやかに舞い始める。

 カインはセリーヌの腰に手を添え、彼女の手を握り導こうとする。が――。

「右足、左足、ターン……」

 セリーヌは小声でリズムを数えながら、正確無比なステップを踏む。

「なぜ君は数学の授業みたいに踊るんだ……」

 カインが小さく呟くが、音楽にかき消された。

 観客席からはざわめきが起こる。

「まあ!カイン殿下があのセリーヌ嬢と!」
「ずっと文官室で堅物と言われてたけど……お似合いじゃない?」
「これはもう公認の仲では?」

 当人二人は気づかない。

「殿下、次は右足です!」
「あ、ああ……」
「リズムが乱れています。私が導きます!」
「……(違う、俺がリードするんだ……)」

 カインは必死に想いを伝えようとする。
 音楽に合わせ、彼は口を開いた。

「セリーヌ、俺はずっと君と――」
「踊り続ける体力づくり、素晴らしいですね!」

「……(台無しだ……)」

 彼女にとって、舞踏会も鍛錬の一環らしい。
 観客の中では、王妃と王子たちが息をひそめて見守っていた。

「がんばれ、カイン……!」
「言え、言うんだ……!」
「……(母上はなぜ双眼鏡を持っているんだ)」

 そんなささやきが飛び交うが、当人たちは気づくはずもない。

 その時――。

 セリーヌのドレスの裾がカインの靴にかかり、彼女は体勢を崩した。

「きゃっ――!」

 咄嗟にカインが抱き寄せる。細い身体がしっかりと腕に収まり、至近距離で目が合った。

 彼女の頬がかすかに赤く染まる。観客から「きゃー!」と大歓声が上がった。

 ――だが。

「も、申し訳ありません!殿下の経歴に傷を!」

 セリーヌは慌てふためき、真っ赤な顔で距離を取り、深々と頭を下げた。

「……(俺は君を守りたかっただけだ……なのにどうして謝るんだ……)」

 カインは顔を覆って天を仰ぐ。観客は「照れている!」と勝手に解釈し、勝手に盛り上がる。

 楽団は何事もなかったように演奏を続け、舞踏会はさらなる熱を帯びていった。
 だが当の二人の心は、互いにすれ違ったまま。

 煌めく大広間の真ん中で、文官と王子の距離は近くて遠い。
 そのもどかしい一夜は、やがて王城奥での「第二回ラブラブ大作戦・反省会」へと持ち越されることになるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄の罰として、冷酷公爵様に引き取られたのですが…溺愛が過ぎます!

22時完結
恋愛
「公爵家に身柄を預ける。それが、きみへの罰だ」 社交界で“悪役令嬢”と噂されていた侯爵令嬢・リディアは、ある日突然、婚約者である王太子から婚約を破棄された。 その場で断罪され、王家の名誉を傷つけた罰として命じられたのは――冷酷で知られる隣国の大公爵、アレクセイ・レオンハルトへの“引き渡し”だった。 周囲は誰もが「破滅だ」と囁いた。 なぜなら、アレクセイ公爵は血も涙もない男として恐れられており、社交界では『氷の獣』とさえ呼ばれていたからだ。 だが、リディアを待ち受けていたのは―― 「今夜は、私の隣で眠るといい。罰とは、そういう意味だよ」 「…え?」 戸惑う彼女に注がれるのは、冷たい瞳とは裏腹の、甘すぎる眼差しと過保護なほどの愛情。 強引で不器用なアレクセイの溺愛は日に日に増していき、ついには「君を誰にも渡したくない」と独占欲全開に!? 婚約破棄されたはずの令嬢が、冷酷公爵に甘やかされて溺愛される―― これは、人生のどん底から始まる、予想外すぎる恋の物語。

【完結】ネズミの王子様の声は、氷の令嬢には届かない。

たまこ
恋愛
第二王子フィリップの婚約者レナは、いつも冷たく笑顔を見せないため『氷の令嬢』と呼ばれており二人は不仲だった。そんなある日、フィリップは魔術師によって薄汚いネズミの姿に変えられてしまう。どの人間からも嫌われ、行く当てもないフィリップを救ったのは……。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

第一王子と見捨てられた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
アナトール公爵令嬢のマリアは婚約者である第一王子のザイツからあしらわれていた。昼間お話することも、夜に身体を重ねることも、なにもなかったのだ。形だけの夫婦生活。ザイツ様の新しい婚約者になってやろうと躍起になるメイドたち。そんな中、ザイツは戦地に赴くと知らせが入った。夫婦関係なんてとっくに終わっていると思っていた矢先、マリアの前にザイツが現れたのだった。 お読みいただきありがとうございます。こちらの話は24話で完結とさせていただきます。この後は「第一王子と愛された公爵令嬢」に続いていきます。こちらもよろしくお願い致します。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ
恋愛
「お前には華がない! 婚約を破棄する!」 公爵令嬢ヴェールは、夜会の中心でアシュレイ王子から断罪を突きつけられる。しかし、悲しむ暇はなかった。なぜなら、王子の冤罪がいかにもガバガバで、聖女リリアンの言動があまりに支離滅裂だったから。

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

処理中です...