【完結】オネェ伯爵令息に狙われています

ふじの

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うまくいかないふたりのうまくいく未来

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とは言ったが…。
なんだろう、この状況は。

黒髪を撫で付け、ブラックのフォーマルを着こなしたフランが鼻歌を歌いながら私の隣に座っている。

アーガス伯爵家にいつまでもお世話になるわけにはいかないので、昼食後に荷物を整えて一人でサクッと家に戻る予定だったのに。
気付いたら正装のフランに捕まり、あれよあれよ馬車に押し込まれ、今この状況である。


「…フランツはなぜ正装?」

「なぜって?」

にやりと笑ったフランが、首元のタイをわざと強調するように指で直す。

「ご挨拶に決まってるだろ?ティアのおじさんとおばさんに」

「……は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。
いやいや待って待って。
なぜこんなことになっているのだろう。
まさか「相応の対応」ってそういうこと?
おじさまの「責任を取る」に対して「それを狙ってた」って本気だった?
この“鼻歌交じりの正装男”と一緒に?

「だって、ティアは大事なお嬢様だろ?泥酔して転がり込んだまま返すなんて、俺の沽券に関わるだろう。」

「…沽券というほどのものではないかと」

「まぁ失礼ね!」

軽口の裏に隠しきれない真剣さがあるのが腹立たしい。
もう一度整理しよう。


確か伯爵家を出発する時、見送りに出てきてくださったおじさまとおばさまは、肩を並べて立っているものの、まるで心ここにあらずといった様子だったかもしれない。

「ティアちゃん、アレンとセリーナには(わけありの)早馬を出しているから、安心して帰って大丈夫よ。……きっとすぐに我が家に戻ってくることになると思うけど…」

おばさまは微笑もうとしたが、口元が引き攣っていた気がする。あと、最後が尻すぼみになって聞こえなかったけど、その時に何か言っていた?

「……フランツ、貴様、殴られる覚悟でいけよ」

おじさまは低く一言。それ以上は言葉にしなかった。


おじさまとおばさまの視線に耐えきれず、私は小さく頭を下げて馬車に乗り込んだ矢先、フランは私の後ろで軽やかなステップを踏むように乗り込み、扉が閉まると同時に窓越しに手を振る。

「それでは行ってまいります!」

爽やかな声が玄関先に響き渡る。
まるで遠足にでも行くかのような軽やかさ。
……いや、こっちは心臓が潰れそうなんですけど。

窓の外に残るおじさまとおばさまは、そんな息子の様子に、諦めたような、でも温かさを滲ませた視線を交わし合っていた。


おっと、気が遠のいていた。
目の前のご機嫌な男に目を向ける。

黒い髪を撫で付け、きっちりとした燕尾服。
背筋も伸びて、まるで舞踏会にでも臨むような姿勢。
これは、冗談じゃない。
本気で「挨拶」に行く気だ。

「フラン、本当に行くの?」

「行きますとも。それとも、ティアは嫌?」

低く落ち着いた声音に、思わず息が詰まる。
からかいの色を帯びないフランの顔は、驚くほど整っていて、ぞっとするほど真剣だった。

「い、嫌というか……突然すぎるのよ」

「突然じゃないさ。ずっと前から決めていた」

彼は平然と答える。
きっちり結んだタイを指でなぞりながら、黒曜石の瞳がまっすぐこちらを射抜いていた。

「ティアと出会った時から、結婚するって決めてたんだ。今、このタイミングを逃したら一生後悔する。」

「後悔って……なにを大げさな」

「大げさじゃない」

フランはわずかに身を乗り出し、私の手を取り、唇を寄せる。
触れはしない。
ただ、触れそうで触れない距離で、唇が小さく動く。

「君の両親に、俺が君を大切にする人間だと伝える。ティア、俺を選んでくれる?」

にやりと笑う癖はそのままなのに、今は違って見えた。
決意を隠さない男の笑み。

「私、恋人を取られた女よ?」
「そんな男、くれてやれ」
「跡取り同士よ。子爵家はどうするの?」
「どうとでもなる。俺たちの子供に継がせればいいさ。」
「仕事もまだやめられないわ」
「別に今やめなくていい」
「私、酔っ払うと愚痴がすごいわよ」
「可愛いよ」
「あと、あと…」
「ティア」

手を引かれて、フランの腕の中に収まる。
心臓が、耳の奥に移動したくらい大きな音で脈打つ。

「さっきから嫌がってないってことは、同じ想いだって思ってもいい?俺、浮かれちゃうよ?」

フランの答えが、想いが、私の逃げ道を一つ一つ塞いでいくようだった。

「……っ」

声が出ない。
嫌じゃない。
むしろ胸の奥が熱くて、体の芯まで満たされてしまいそうで、言葉が出てこないのだ。

「ティア」

もう一度、名前を呼ばれる。
黒曜石の瞳に吸い込まれそうで、逸らせない。

「俺は、君が酔って倒れようが、愚痴で潰れようが、全部まとめて抱えていきたいんだ」

「……フラン、ずるい」

やっと絞り出した言葉が、それだった。

彼は嬉しそうに目を細めると、からかうように小さく笑う。

「ずるい?だって俺はずっと、君のことばかり考えてたからね。俺を選んでくれる?」

ああ、この人は本気なのだ。
胸がじんわり熱くなり、ふっと体の力が抜けた。
こくりと頷いて、フランの胸にもたれかかる。

「……知らないわよ?私の両親怒ると怖いんだから」

「もう共寝もしちゃったからね。一発くらい殴られておくか~」

「その言い方…。ほんと、私の人生うまくいかないわ」

そう呟いた私に、彼は得意げに笑う。

「俺といると“うまくいく”だろ?」

「……っ!」

思わず息を呑んだ瞬間、馬車が小さく揺れて止まった。
窓の外には、私の生まれ育った家の門。
そして、これから二人で越えていく未来の入り口が、確かにそこにあった。

――どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。
不安も怖さもあるのに、隣に彼がいるだけで前を向ける。

「……フラン」

呼びかけると、彼は迷いのない微笑みを浮かべ、私の手を優しく握りしめた。

その温もりがある限り、きっと――この先も。






【完】






「…そういえばいつのまに口調戻したの?」

「別に俺はずっとこうだったよ?」

「……(嘘つき)…」






ありがとうございました。
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連載作品、『婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国の王子がついてきました』も読んでいたけると幸いです。
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