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第1章.嘘つき預言者の目覚め
18 ハルケ山へ ③
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ニキアスとマヤの乗る馬はぬかるんだ道の泥を跳ね上げながら、ハルケ山への道を真っ直ぐに進んでいた。
何故なのかマヤにはわからなかったのだがニキアスは、今回先につけていた手枷をつけなかった。
重苦しい灰色の雲が空に広がり北から吹いているのだろう――少しひんやりした風と共に一度は止んだ小雨がまた降り始めている。
この時期のゼピウス国としては滅多にない気候だった。
農作物にもかなり深刻な影響が出ている。
宿の主人の話ではハルケ山の麓までは悪路ではあるが、馬で行く事が出来る。
ただここ数か月、餓えた野犬の集団がハルケ山中に出没するという噂もあるらしい。
ニキアスは馬を駆りながら考えていた。
(麓に馬を繋いでいくのは良いが暗くならない内に山を探索しなければ)
************
空はまだ時折小雨混じりの曇天が続いている。
ニキアスはハルケ山の麓近くまでほとんど休みなく愛馬を走らせた。
(…山中に入り過ぎると野犬に見つかり易くなるから厄介だな)
軍馬と言っても餓えて獰猛な数匹で囲まれてしまったら、ひとたまりもない。
山の麓の適当な木の近くでニキアスは馬を降りて、何かあればすぐ逃げられるように木に繋いだ。
そして馬の背に乗っているマヤ王女が降りるのに手を差し出した。
「気を付けて降りてくれ」
「はい…今降りま…」
マヤが下りようと身体を翻したその時、王女の雨よけのマントが馬具の一部に引っ張られる様に引っ掛かった。
「あ…きゃあっ!」
マントの首元が引っ掛かったまま、マヤが馬の背から滑り落ちそうになる。
『…見捨てないで』
ニキアスは昨夜のマヤの寝言を一瞬思いだした。
「マヤ!」
地面へと転落寸前で抱き止めた彼女の身体をニキアスは思わず強く抱きしめた。
「あ…ありがとうございます。ごめ…」
「――気を付けろと言っただろう!?」
自分でも驚く位の強い口調で言ってしまったのに気づいてニキアスは口をつぐんだ。
「…ご、ごめんなさい」
自分の言葉に少し怯えた様子のマヤに何故かまたもイライラしてしまう。
(今さら何故彼女と話すとこんなに感情が揺さぶられるのだろうか?)
ニキアスには理由が未だに分からなかった。
*****************
(ニキアスにはいつも怒られているような気がするわ…)
ひとえに自分の行動のポカが多いのが原因だからなのだが。
いや――今はそれどころじゃない。
ニキアスに怒られて凹むのは後でもいいのだ。
小説の設定と日付を関連付けると土砂災害が起こるまであと四、五日しかない。
(早く土砂崩れの前兆を見つけて、ニキアスに証明しなければ)
土砂災害の前兆としてよく言われているのが『匂い』や『音』である。
山中にいるにも拘わらず強い緑の『匂い』がしたら要注意だし、『音』はいわゆる樹々が裂けたり倒れたりする音だ。他にも地面に亀裂が入ったり、小石が降ってきたり湧き水が噴き出したり、濁ったりする例もある。
都合よくそんな現象がすぐ目の前で起こるとは考えにくいがニキアスなら山中の行軍のルートをある程度理解しているはずである。
その行軍ルート沿いを捜せば見つかる可能性は高いだろう。
ニキアスには『前兆』の現象を事前に馬上で説明してある。
(そしてなるべくそれを実際見てもらう必要があるわ)
もしかすると一度に複数見つかる可能性もあるし。
実際に現象が起こっているのをニキアスに確認してもらえれば、慎重派の彼はルートの迂回を考えてくれるかもしれない。
もし実際に迂回をしなかったとしてもニキアスへ警告したという実績は残る筈である。
***************
わたしは小説『亡国の皇子』の内容を思い出していた。
現在軍神『ドゥーガ』の加護を受けているニキアスが神の加護を失うのはここから数年後のこと。
冷酷になったニキアスが義理の兄のガウディ皇帝の位を汚い謀略で簒奪したからだと言われている。
いくら非道な皇帝でも、その運命を人間であるニキアスが覆そうとしたからというのが小説内での説明だった。
本来であれば、皇位をガウディ皇帝から奪うのはギデオンとその反乱軍――と神の『予定調和』は決まっていたらしい。
(でも…それは本当の事なのかしら?)
その話の設定がわたしは腑に落ちなかった。
神の加護とは神がその人間を受け入れて力を与えるという事だ。
一度受け入れられればその神をニキアス自らが否定するまで続くものではないのだろうか?。
『予定調和』を知らず皇帝を弑逆しようとするニキアスを、ドゥーガの神は警告もなく簡単に見放すのだろうか?
小説のそこが曖昧で、わたしには良く分からなかった部分でもある。
***************
山中の木々が生い茂っていて通りにくい所は、ニキアスが刀で枝を叩き折りながら先頭を歩いて行く。
ぬかるみのひどい砂利交じりの細い道を小雨が降りだす中、わたしの着ているマントもしっとりと少しずつ重くなっていった。
「マヤ王女足元に気を付けろ」
ニキアスはわたしの歩く様子を確認しながら、足場の悪い所ではさりげなく手を差し出してくれた。
わたしはニキアスに手を引っ張ってもらいながら
(ニキアスは何故神の加護を失ってしまうのだろう)
と考えていた。
何故なのかマヤにはわからなかったのだがニキアスは、今回先につけていた手枷をつけなかった。
重苦しい灰色の雲が空に広がり北から吹いているのだろう――少しひんやりした風と共に一度は止んだ小雨がまた降り始めている。
この時期のゼピウス国としては滅多にない気候だった。
農作物にもかなり深刻な影響が出ている。
宿の主人の話ではハルケ山の麓までは悪路ではあるが、馬で行く事が出来る。
ただここ数か月、餓えた野犬の集団がハルケ山中に出没するという噂もあるらしい。
ニキアスは馬を駆りながら考えていた。
(麓に馬を繋いでいくのは良いが暗くならない内に山を探索しなければ)
************
空はまだ時折小雨混じりの曇天が続いている。
ニキアスはハルケ山の麓近くまでほとんど休みなく愛馬を走らせた。
(…山中に入り過ぎると野犬に見つかり易くなるから厄介だな)
軍馬と言っても餓えて獰猛な数匹で囲まれてしまったら、ひとたまりもない。
山の麓の適当な木の近くでニキアスは馬を降りて、何かあればすぐ逃げられるように木に繋いだ。
そして馬の背に乗っているマヤ王女が降りるのに手を差し出した。
「気を付けて降りてくれ」
「はい…今降りま…」
マヤが下りようと身体を翻したその時、王女の雨よけのマントが馬具の一部に引っ張られる様に引っ掛かった。
「あ…きゃあっ!」
マントの首元が引っ掛かったまま、マヤが馬の背から滑り落ちそうになる。
『…見捨てないで』
ニキアスは昨夜のマヤの寝言を一瞬思いだした。
「マヤ!」
地面へと転落寸前で抱き止めた彼女の身体をニキアスは思わず強く抱きしめた。
「あ…ありがとうございます。ごめ…」
「――気を付けろと言っただろう!?」
自分でも驚く位の強い口調で言ってしまったのに気づいてニキアスは口をつぐんだ。
「…ご、ごめんなさい」
自分の言葉に少し怯えた様子のマヤに何故かまたもイライラしてしまう。
(今さら何故彼女と話すとこんなに感情が揺さぶられるのだろうか?)
ニキアスには理由が未だに分からなかった。
*****************
(ニキアスにはいつも怒られているような気がするわ…)
ひとえに自分の行動のポカが多いのが原因だからなのだが。
いや――今はそれどころじゃない。
ニキアスに怒られて凹むのは後でもいいのだ。
小説の設定と日付を関連付けると土砂災害が起こるまであと四、五日しかない。
(早く土砂崩れの前兆を見つけて、ニキアスに証明しなければ)
土砂災害の前兆としてよく言われているのが『匂い』や『音』である。
山中にいるにも拘わらず強い緑の『匂い』がしたら要注意だし、『音』はいわゆる樹々が裂けたり倒れたりする音だ。他にも地面に亀裂が入ったり、小石が降ってきたり湧き水が噴き出したり、濁ったりする例もある。
都合よくそんな現象がすぐ目の前で起こるとは考えにくいがニキアスなら山中の行軍のルートをある程度理解しているはずである。
その行軍ルート沿いを捜せば見つかる可能性は高いだろう。
ニキアスには『前兆』の現象を事前に馬上で説明してある。
(そしてなるべくそれを実際見てもらう必要があるわ)
もしかすると一度に複数見つかる可能性もあるし。
実際に現象が起こっているのをニキアスに確認してもらえれば、慎重派の彼はルートの迂回を考えてくれるかもしれない。
もし実際に迂回をしなかったとしてもニキアスへ警告したという実績は残る筈である。
***************
わたしは小説『亡国の皇子』の内容を思い出していた。
現在軍神『ドゥーガ』の加護を受けているニキアスが神の加護を失うのはここから数年後のこと。
冷酷になったニキアスが義理の兄のガウディ皇帝の位を汚い謀略で簒奪したからだと言われている。
いくら非道な皇帝でも、その運命を人間であるニキアスが覆そうとしたからというのが小説内での説明だった。
本来であれば、皇位をガウディ皇帝から奪うのはギデオンとその反乱軍――と神の『予定調和』は決まっていたらしい。
(でも…それは本当の事なのかしら?)
その話の設定がわたしは腑に落ちなかった。
神の加護とは神がその人間を受け入れて力を与えるという事だ。
一度受け入れられればその神をニキアス自らが否定するまで続くものではないのだろうか?。
『予定調和』を知らず皇帝を弑逆しようとするニキアスを、ドゥーガの神は警告もなく簡単に見放すのだろうか?
小説のそこが曖昧で、わたしには良く分からなかった部分でもある。
***************
山中の木々が生い茂っていて通りにくい所は、ニキアスが刀で枝を叩き折りながら先頭を歩いて行く。
ぬかるみのひどい砂利交じりの細い道を小雨が降りだす中、わたしの着ているマントもしっとりと少しずつ重くなっていった。
「マヤ王女足元に気を付けろ」
ニキアスはわたしの歩く様子を確認しながら、足場の悪い所ではさりげなく手を差し出してくれた。
わたしはニキアスに手を引っ張ってもらいながら
(ニキアスは何故神の加護を失ってしまうのだろう)
と考えていた。
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