20 / 138
第1章.嘘つき預言者の目覚め
20 兆し ②
しおりを挟む
「ニキアス危ない!土砂崩れが起こるわ!」
わたしは振り向いてニキアスへと叫んだ。
(――一体どうして!?二日も早いなんて…!?)
しかも今じゃなくて行軍中に起きる予定だったはずなのに。
山の斜面を次々と小石や土がパラパラと転がって落ちてくる。
わたしが叫んだ瞬間、山の上の方を確認するや否や直ぐにニキアスはわたしを抱きかかえた。
ニキアスから見て右の上側――山の木々がわずかに揺れて傾いていくのを目の端で確認したのだ。
山の麓側に向かって斜め左下に横断する様に、ニキアスはわたしを抱えて走り始めた。
草木と土の香りが暴力的に立ち昇り、地鳴りのような音と共に樹々が裂けて薙ぎ倒される音が後ろから聞こえた。
ニキアスは一度舌打ちすると、
わたしの前で小さくドゥーガ神への加護の祈りの言葉を唱え始めた。
**********
ニキアスは闘神ドゥーガへの加護を祈り続けた。
マヤはニキアスの胸元にしがみついていた。
「ご…ごめんなさい、ニキアス。わたしが神託を証明したいばかりに、貴方を巻き込んで…」
「――うるさい、黙れ。舌を噛むぞ」
ドゥーガへの加護により身体が薄っすら光に覆われ始めると、ニキアスは足を止めてその場で自身のマントを頭から被りそのままマヤを抱え込んだ。
「ニキアス…!」
マヤはニキアスを見上げて涙混じりの声で彼の名を呼んだ。
ニキアスはそのまま彼女を見降ろして言った。
「いいかマヤ、聞け。必ず助ける。俺を信じろ」
**********
(あ…)
その瞬間わたしの脳裏に覚えていないはずの幼い頃のマヤ王女の記憶が流れ込んできた。
それと同時に、倒れた樹々を巻き込んだ岩と石混じりの泥の波が、ニキアスとわたしの頭上を襲った。
**********
マヤ王女はゼピウス国の第二王女だ。
生誕して三歳の時に『レダ神の祝福の神託』を受けた。
そしてそれは、ゼピウス国の不幸の始まりでもあった。
王として即位してからずっと、マヤ王女の父であるゼピウス国王の愚かな政治は始まってはいたが、国が傾く程ではなかった。
本来であれば、マヤは神託を受けた時からレダ神の神殿で神官のよる教育を受けるはずだった。
そのまま神殿の中で真面目に学べば、レダ神の預言者の中でも抜きんでた存在になっていたに違いない。
それをゼピウス王は、自分の娘が優秀な預言者だと知るや否や、国王の私欲による『神託』を歪んだ解釈に落とし込みゼピウスの国力を確実に弱体化させていった。
マヤが受けたレダ神の神託を無視し、預言で事前に不作による飢饉の恐れがあることを指摘されていたにも拘わらず全く対策をしなかった。
それどころか過度な国民への税の負担を強いて王族の為の豪奢な宮殿の建設や、見栄の為に巨大な堀を作ったり必要のない国境への軍隊の編成を行った。
そうしてゼピウス国は砂で作った城のように崩れていったのだった。
***************
わたしの脳裏に幼いニキアスが視えた。
幼い頃から美しい顔立ちをしていたのは顔の右側を見れば既にわかる。
左側の顔の上半分は布で覆われてはいるが。
マヤは少年を本で見たルチアダ神に似ていると思っていた。
ルチアダ神は芸術の神で美しい乙女の姿をしていた。
そう…マヤはこの下働きをするしては美しすぎる少年を気に入っていた。
わざわざ本や文章の読み書きを教えたりしたのはその為だ。
しかし数式や星の動きなどはニキアスは既に理解していた。
マヤは数字が苦手だったので、ニキアスに時折宿題の答えを教えてもらっていた。
数式を教えてくれる時のニキアスの右側の顔をうっとり見つめていたりする事もあった。
(彼はいつか――『ドゥーガ神』の加護を受けるだろう)
彼が現在いるのは『レダ神』の神殿であるにも関わらず、何故かマヤはそう思った。
(雄々しく美しい戦士の青年に成長するニキアスが視えるわ)
しかし成長した時も、彼は顔の左上部だけ布で覆われていた。
マヤ王女は気になって仕方が無かった。
だから何度も頼んだのだ。
『その布の下はどうしたの?どうしてそれを外せないの?』
お願い。
見せて――と。
「姫さまに見せるようなものではありません。どうぞこの布の下の事は捨て置いてください」
ニキアスは少し微笑んで、マヤが分からないと言った数式の解き方を教えてくれた。
(王女であるわたしが頼んでいるのに…)
何故かマヤは、ニキアスに拒絶されたようで寂しくなったのだ。
わたしは振り向いてニキアスへと叫んだ。
(――一体どうして!?二日も早いなんて…!?)
しかも今じゃなくて行軍中に起きる予定だったはずなのに。
山の斜面を次々と小石や土がパラパラと転がって落ちてくる。
わたしが叫んだ瞬間、山の上の方を確認するや否や直ぐにニキアスはわたしを抱きかかえた。
ニキアスから見て右の上側――山の木々がわずかに揺れて傾いていくのを目の端で確認したのだ。
山の麓側に向かって斜め左下に横断する様に、ニキアスはわたしを抱えて走り始めた。
草木と土の香りが暴力的に立ち昇り、地鳴りのような音と共に樹々が裂けて薙ぎ倒される音が後ろから聞こえた。
ニキアスは一度舌打ちすると、
わたしの前で小さくドゥーガ神への加護の祈りの言葉を唱え始めた。
**********
ニキアスは闘神ドゥーガへの加護を祈り続けた。
マヤはニキアスの胸元にしがみついていた。
「ご…ごめんなさい、ニキアス。わたしが神託を証明したいばかりに、貴方を巻き込んで…」
「――うるさい、黙れ。舌を噛むぞ」
ドゥーガへの加護により身体が薄っすら光に覆われ始めると、ニキアスは足を止めてその場で自身のマントを頭から被りそのままマヤを抱え込んだ。
「ニキアス…!」
マヤはニキアスを見上げて涙混じりの声で彼の名を呼んだ。
ニキアスはそのまま彼女を見降ろして言った。
「いいかマヤ、聞け。必ず助ける。俺を信じろ」
**********
(あ…)
その瞬間わたしの脳裏に覚えていないはずの幼い頃のマヤ王女の記憶が流れ込んできた。
それと同時に、倒れた樹々を巻き込んだ岩と石混じりの泥の波が、ニキアスとわたしの頭上を襲った。
**********
マヤ王女はゼピウス国の第二王女だ。
生誕して三歳の時に『レダ神の祝福の神託』を受けた。
そしてそれは、ゼピウス国の不幸の始まりでもあった。
王として即位してからずっと、マヤ王女の父であるゼピウス国王の愚かな政治は始まってはいたが、国が傾く程ではなかった。
本来であれば、マヤは神託を受けた時からレダ神の神殿で神官のよる教育を受けるはずだった。
そのまま神殿の中で真面目に学べば、レダ神の預言者の中でも抜きんでた存在になっていたに違いない。
それをゼピウス王は、自分の娘が優秀な預言者だと知るや否や、国王の私欲による『神託』を歪んだ解釈に落とし込みゼピウスの国力を確実に弱体化させていった。
マヤが受けたレダ神の神託を無視し、預言で事前に不作による飢饉の恐れがあることを指摘されていたにも拘わらず全く対策をしなかった。
それどころか過度な国民への税の負担を強いて王族の為の豪奢な宮殿の建設や、見栄の為に巨大な堀を作ったり必要のない国境への軍隊の編成を行った。
そうしてゼピウス国は砂で作った城のように崩れていったのだった。
***************
わたしの脳裏に幼いニキアスが視えた。
幼い頃から美しい顔立ちをしていたのは顔の右側を見れば既にわかる。
左側の顔の上半分は布で覆われてはいるが。
マヤは少年を本で見たルチアダ神に似ていると思っていた。
ルチアダ神は芸術の神で美しい乙女の姿をしていた。
そう…マヤはこの下働きをするしては美しすぎる少年を気に入っていた。
わざわざ本や文章の読み書きを教えたりしたのはその為だ。
しかし数式や星の動きなどはニキアスは既に理解していた。
マヤは数字が苦手だったので、ニキアスに時折宿題の答えを教えてもらっていた。
数式を教えてくれる時のニキアスの右側の顔をうっとり見つめていたりする事もあった。
(彼はいつか――『ドゥーガ神』の加護を受けるだろう)
彼が現在いるのは『レダ神』の神殿であるにも関わらず、何故かマヤはそう思った。
(雄々しく美しい戦士の青年に成長するニキアスが視えるわ)
しかし成長した時も、彼は顔の左上部だけ布で覆われていた。
マヤ王女は気になって仕方が無かった。
だから何度も頼んだのだ。
『その布の下はどうしたの?どうしてそれを外せないの?』
お願い。
見せて――と。
「姫さまに見せるようなものではありません。どうぞこの布の下の事は捨て置いてください」
ニキアスは少し微笑んで、マヤが分からないと言った数式の解き方を教えてくれた。
(王女であるわたしが頼んでいるのに…)
何故かマヤは、ニキアスに拒絶されたようで寂しくなったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる