嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第1章.嘘つき預言者の目覚め

37 警告 ①

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テントからちらほら奴隷や就寝中だった兵が出てきて、一体何が起きたのかとあちこちでざわついている。

ニキアスの目に、細長い手足のユリウスが丁度大雨の中をこちらのテントへ向かって走ってくるのが見えた。

いつもなら隙無くきっちりとトーガを纏ってくるのだが、流石にその時間はなかったようだ。
浴衣のように合わせ襟の上衣に緩い膝下の下穿きとサンダルといった出で立ちだった。

「――どうした?雷が落ちたようだが被害は分かるか?」

ニキアスがユリウスへ問うと、
「そのようです。こちらに向かいながら確認したところ厩舎のテント近くの木に落ちて、馬が興奮状態で落ち着かないみたいです」

「分かった。そちらに俺も行こう」
そこにはニキアスの愛馬もいるはずだった。

「ダナス副将軍はどうした?」
「カーラとお楽しみだったんじゃないですか?ちらりと見たら、泥酔状態で起きてきやしませんでしたよ。新しい兄弟が出来て、母上に怒られなきゃいいですけどね」

ユリウスはさらりと言ってから、ニキアスをまじまじと見つめた。

「あれぇ…嘘でしょ?うわ、ニキアス様もですか?珍しいですね。僕知ってるだけで一年…いや一年半ぶり位ですよ!?」
『イェラキ隊』から上司を知るユリウスは、おもちゃを見つけた時の子供のような声を上げた。

「上官の閨の数まで覚えなくていい」
ニキアスは苦笑してユリウスへと指示をした。

「ユリウス、お前は部隊長等と連携をして他のテントや人間に被害が出てないか確認してくれ」
この騒ぎでもダナス副将軍のように女奴隷とねんごろになり、酒を呑んでテントの外に出てこない者も数多くいたからだ。

「分かりました――確認してきます」
ユリウスは敬礼をすると、そのまま身を翻しテントの密集する方向へ走っていった。

ニキアスがもう一度テントの中に戻ると、掛布を裸の胸に引き上げたマヤが心配そうにこちらを見ていた。
「ニキアス様…大丈夫でしたか?皆は…」

ニキアスは長い髪を後ろでまとめ合わせ襟の上衣を肩へ羽織るとそのままサンダルを履きながら
「――分からん。これから確認にいくところだ」
とだけ言った。

それから面布のある方の目でマヤをちらと見ると
「…俺が間違っていたのかもしれんな。やはりレダの神殿で拒絶された時から君には触れるべきではなかった」
そう言ってバサッと天幕を開け外へ出て行った。

マヤは一人テントの中に残されてしまった。

 ******

ニキアスがテントを出て馬たちのいる簡易的な厩舎に向かおうとすると雨の中を転がるように駆けてくる少女の姿があった。

「ニ…ニキアス様っ!」
(ナラと言ったか)
「マ、マヤ様はご無事ですか…?」

少女はニキアスを見上げて訊いた。
どうやらこの少女は先程のテント内にはいなかったらしい。

「あの…お二人の声が聞こえて…」
『お邪魔になるかと思って別のテントで待機してました』と真っ赤になりながらナラは言った。

「…そうか、気を遣わせたな」
とナラの頭をポンポンとするとナラへと言った。
「マヤが独りになっている。他の奴隷と共にテントに戻ってやってくれ」

そして今度は顔見知りの――自分の命令をきちんと遂行しそうな兵へ命令した。

「この少女…ナラを俺のテントへ連れて行ってくれ。俺が戻るまで警護も頼む」
「承知しました」

兵と共にニキアスのテントへ戻るナラを振り返って見送ると、ニキアスはまた厩舎に向かって歩き出した。

 *******

雨足は大分落ち着き、雷はすっかり遠ざかった様だった。

ぬかるんだ地面を歩いて厩舎に着くと、既に世話役の奴隷と兵が集まり大分興奮する馬を宥められていたらしい。
随分落ち着いている様子だったからである。

ニキアスが皇帝ガウディからこの皇軍『ティグリス』の将軍に抜擢されたのは理由がある。

勿論ガウディの義弟であるという事のみならず、個々の戦闘能力は戦いの神『ドゥーガ神』の加護を受ける戦士のなかでもずば抜けて高かった。

しかしガウディが最も重要視したのは馬を使った戦闘能力だ。
(因みにこの時代馬を活用するのは騎馬民族のみだった)

実際の戦闘に馬を入れ始めたのは『イェラキ隊』率いるニキアスが先がけである。
そして馬を飼育して交配し、育てるのを始めたのもニキアスが初めてだった。

それまでアウロニア帝国で馬を飼うというのは『野馬を捕まえては乗りこなせるまで乗り続ける』という効率の悪い方法のみだったからである。

ニキアスが厩舎の馬を一頭一頭確認しながら回ると、ニキアスの愛馬が佇んでいる。
下草を食みながら、思っていたより落ち着いた様子だった。

黒毛の他のそれより一際大きな馬だが、雄馬で本来の性格は猛々しい。
もともとニキアスが神殿にいた時に、騎馬民族よりドゥーガ神に捧げられた仔馬の内の一頭だった。
その性格の激しさに神殿内で飼う個体としては不向きと言われニキアスが世話をするようになったのである。

「…どうだ、雷が怖くなかったか?」
太い首元を撫でると『別に』と言った様子でブルルッと鳴くと、ニキアスに顔を擦りつけてきた。

「そうか。良かった」
ニキアスが首筋をポンポンと撫でると、彼は気が済んだようにまた下草を食み始めた。

ニキアスが辺りを見渡すと厩舎の近くの大木の一つに雷は派手に落ちたらしい。

厩舎のテントをぎりぎり躱す形で雷で裂けた木が倒れている。
直撃したら数頭の馬に大きな影響が出たに違いない。

ニキアスは先程の会話を思い出していた。

『――マヤ、お前か?』
『ち、違います…違うと思います…』

(――天罰)
ニキアスの脳裏にその言葉がうかぶ。

(それとも――警告か)
『レダの預言者へ手を出すな』という――。

ニキアスは踵を返し、厩舎とテントを後にした。
何時の間にかあんなにふっていた雨は上がっていた。
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