嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第1章.嘘つき預言者の目覚め

39 持って帰らねばならぬ宝

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明け方カタンとテント内で物音がした。

わたしが目をこすりながら顔を上げると、戻ってきたばかりのニキアスの姿がそこにあった。

「…すまない。起こした」
ニキアスは替えの面布の幾つかと黒い仮面を手に持っている。

彼はわたしに背中をみせたまま
「朝食後に街道をアウロニアに向かって出発する」
とだけ言ってテントを出て行こうとした。

わたしは彼を呼び止めようと起き上がった。
「待って下さい!…ニキアスさ......きゃっ…」

ニキアスの背中を追いかけようとした――次の瞬間掛布が足の指にひっかかって、寝台より頭から転がり落ちそうになった。

「!…マヤッ!」
片腕だけでわたしの身体を軽々と支えたニキアスは、わたしの顔を見て安堵の息を吐いた。

ニキアスはすう、と少し息を吸ってもう我慢できないというように
「...何をやっているんだ、不注意にも程がある…」
わたしに向かって滔々と文句を言い始めた。

「この間も馬からも落ちそうになるし、何なら塔の階段を降りる時も怪しかった。もっと昔から言うなら神殿にいた時から何もない所で何回も躓き転んでいたのは何故だ?」
わたしはびっくりして思わずニキアスを見上げてしまった。

「どうして君はいつもそんなに危なっかし……」
ニキアスはわたしの表情を見て人形の様に固まった。

そのまま数秒間わたしの顔を見つめていたが
「…それでは」
と唐突に言って外へ行こうとする。

わたしはニキアスの太い腕に両手でしがみついた。
「待って!ニキアス…!お願い、まだ行かないで」
「マヤ…」

ニキアスが戻らない寝台でずっと考えていた事があるのだ。

それは小説の中に書いてあったたった一文だった。
『ニキアス=レオス将軍はハルケ山の惨劇にて兵とガウディ皇帝の信頼両方を損なったのだ』

これが大事な事だったと思い出したのだ。

**********

「お願いです。少しだけでいいんです…!話を聞いて欲しいんです…!」

わたしはしがみ付いたままニキアスへと必死に訴えた。
その様子に彼はわたしを見下ろして尋ねた。

「もしや…神託か?」
「...あ、いえ、神託ではなく…警告です」

(やだわ…これ、また信じられないって言われちゃうやつかもしれない)
わたしはひとりでツッコミをいれたが、ニキアスはどうやら違っていたらしい。

「…予知夢でもみたか?」
ニキアスはしがみついていたわたしの腕を丁寧に外すと、真剣な表情でわたしを見つめた。

「予知夢?…」
わたしは鸚鵡の様にそのままニキアスの言葉を繰り返した。

(本当の預言者じゃないんだからそんなの見てないけど…)
この流れを説明するには、ニキアスへそう伝えたほうがスムーズかもしれない、と考えはじめた。

『でも嘘をつくことになってしまうわ』
――何処からかそんな声が聞こえた様な気がした。

 *******

マヤは一度俯いて考えて込んでいた様子だった。
今までなら彼女が『何かを企んでいる』と思っただろう。

しかしハルケ山の事から彼女への見方が変わってきた。

以前神殿での...可愛らしい我儘を言いながら、無自覚に甘えてくる幼いマヤの姿を思い出す事が多くなっていき、自分の気持ちが変化してしまう事にも戸惑っていた。。

また昨夜の煽情的なマヤの姿も一瞬思い浮かべたが、目の前の真剣なマヤの表情を見るとやはり気まずい気持ちになった。

彼女は一度頭を振った。
「いいえ...予知夢を見たわけでもありません。嘘を申し上げたくないので、はっきり言います。知っているんです」
と言ってニキアスを見上げた。

「…何故知っているかまで言えませんが」

 ********


「ニキアス様...ガウディ皇帝陛下に必ず持って帰るように言われたものがありますね?他の何よりも優先しろと言われている...大事なものです」

ニキアスは眉をピクリと動かした。
「...何故それを知っている?もしや君の父王にでも聞いたか?」

わたしはニキウスの言葉に返した。
「今、父の事をどうこう言うつもりはありません。ゼピウス国の『心臓』...『国璽』印を持ち出していますね?」

ニキアスはゼピウス国の『国爾』を持って帰る様にガウディ皇帝から命令されている。
ゼピウス国が必ず他国と同盟を交わした際に使われるもので、再度『玉璽』として利用されると厄介な代物である。

もちろん反乱軍などの反対勢力が使えば、『実は国王が生きていた』と偽文書を偽造する事もできる。

以前の世界ではただ『価値のある判子でしょう?』と言われているけれど、この世界ではもっと貴重だとされている。
『ゼピウス国の心臓』とも言われているものだからだ。

それが、ニキアスが皇帝ガウディに宝物と共に必ず回収するようにいわれている物の一つなのである。

金と貴石で作られていてもちろんその価値自体も非常に高いが、特筆すべきは『強力なレダ神の加護』までもが付いているのが厄介な代物らしい。

完璧主義の神経質なガウディは、自分自身でそれを破壊しなければ気が済まないようだ。

今までにも占領した国の国爾は全て破壊されている。

ニキアスが小説内でゼピウス遠征後、ガウディに責められ遠ざけられるのは、ハルケ山での土砂崩れによる兵の喪失だと書かれていたが――。

わたしは、玉璽が泥に流されて無くなった事への怒りだったと睨んでいる。

皇帝が実はニキアスが盗んだのではないかと疑う程だったからだ。
(…だから心配なのよ)

今やハルケ山の危険性は無いが、街道を行進すれば細長く移動する部隊を部分的に遮断し、孤立化させて宝物と共に玉璽を奪う者がいるかもしれないからである。

しかも昨日の様子を見れば、帰国ムードが高まってみんなが油断しているのが手にとるように分かる。

(もしもここで玉璽を盗まれたとしたら)
ニキアスが戦歴を上げて帰国しても、ガウディの気を損ねるのは分かっている。

兵らの命は助かるが、折角ハルケ山を迂回して回った事が幾何か無駄になる可能性があるのだ。

「ニキアス…国爾は必ずご自身で持っていてください」
ニキアスはその言葉を聞いて、一瞬眉を顰めた。

(...面倒になりそうで嫌なのね)
――分かっているけど。

わたしは自分の手をニキアスの手に重ねて言った。
「お願い...きっとそこが一番安全な場所ですから」
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