40 / 138
第1章.嘘つき預言者の目覚め
39 持って帰らねばならぬ宝
しおりを挟む
明け方カタンとテント内で物音がした。
わたしが目をこすりながら顔を上げると、戻ってきたばかりのニキアスの姿がそこにあった。
「…すまない。起こした」
ニキアスは替えの面布の幾つかと黒い仮面を手に持っている。
彼はわたしに背中をみせたまま
「朝食後に街道をアウロニアに向かって出発する」
とだけ言ってテントを出て行こうとした。
わたしは彼を呼び止めようと起き上がった。
「待って下さい!…ニキアスさ......きゃっ…」
ニキアスの背中を追いかけようとした――次の瞬間掛布が足の指にひっかかって、寝台より頭から転がり落ちそうになった。
「!…マヤッ!」
片腕だけでわたしの身体を軽々と支えたニキアスは、わたしの顔を見て安堵の息を吐いた。
ニキアスはすう、と少し息を吸ってもう我慢できないというように
「...何をやっているんだ、不注意にも程がある…」
わたしに向かって滔々と文句を言い始めた。
「この間も馬からも落ちそうになるし、何なら塔の階段を降りる時も怪しかった。もっと昔から言うなら神殿にいた時から何もない所で何回も躓き転んでいたのは何故だ?」
わたしはびっくりして思わずニキアスを見上げてしまった。
「どうして君はいつもそんなに危なっかし……」
ニキアスはわたしの表情を見て人形の様に固まった。
そのまま数秒間わたしの顔を見つめていたが
「…それでは」
と唐突に言って外へ行こうとする。
わたしはニキアスの太い腕に両手でしがみついた。
「待って!ニキアス…!お願い、まだ行かないで」
「マヤ…」
ニキアスが戻らない寝台でずっと考えていた事があるのだ。
それは小説の中に書いてあったたった一文だった。
『ニキアス=レオス将軍はハルケ山の惨劇にて兵とガウディ皇帝の信頼両方を損なったのだ』
これが大事な事だったと思い出したのだ。
**********
「お願いです。少しだけでいいんです…!話を聞いて欲しいんです…!」
わたしはしがみ付いたままニキアスへと必死に訴えた。
その様子に彼はわたしを見下ろして尋ねた。
「もしや…神託か?」
「...あ、いえ、神託ではなく…警告です」
(やだわ…これ、また信じられないって言われちゃうやつかもしれない)
わたしはひとりでツッコミをいれたが、ニキアスはどうやら違っていたらしい。
「…予知夢でもみたか?」
ニキアスはしがみついていたわたしの腕を丁寧に外すと、真剣な表情でわたしを見つめた。
「予知夢?…」
わたしは鸚鵡の様にそのままニキアスの言葉を繰り返した。
(本当の預言者じゃないんだからそんなの見てないけど…)
この流れを説明するには、ニキアスへそう伝えたほうがスムーズかもしれない、と考えはじめた。
『でも嘘をつくことになってしまうわ』
――何処からかそんな声が聞こえた様な気がした。
*******
マヤは一度俯いて考えて込んでいた様子だった。
今までなら彼女が『何かを企んでいる』と思っただろう。
しかしハルケ山の事から彼女への見方が変わってきた。
以前神殿での...可愛らしい我儘を言いながら、無自覚に甘えてくる幼いマヤの姿を思い出す事が多くなっていき、自分の気持ちが変化してしまう事にも戸惑っていた。。
また昨夜の煽情的なマヤの姿も一瞬思い浮かべたが、目の前の真剣なマヤの表情を見るとやはり気まずい気持ちになった。
彼女は一度頭を振った。
「いいえ...予知夢を見たわけでもありません。嘘を申し上げたくないので、はっきり言います。知っているんです」
と言ってニキアスを見上げた。
「…何故知っているかまで言えませんが」
********
「ニキアス様...ガウディ皇帝陛下に必ず持って帰るように言われたものがありますね?他の何よりも優先しろと言われている...大事なものです」
ニキアスは眉をピクリと動かした。
「...何故それを知っている?もしや君の父王にでも聞いたか?」
わたしはニキウスの言葉に返した。
「今、父の事をどうこう言うつもりはありません。ゼピウス国の『心臓』...『国璽』印を持ち出していますね?」
ニキアスはゼピウス国の『国爾』を持って帰る様にガウディ皇帝から命令されている。
ゼピウス国が必ず他国と同盟を交わした際に使われるもので、再度『玉璽』として利用されると厄介な代物である。
もちろん反乱軍などの反対勢力が使えば、『実は国王が生きていた』と偽文書を偽造する事もできる。
以前の世界ではただ『価値のある判子でしょう?』と言われているけれど、この世界ではもっと貴重だとされている。
『ゼピウス国の心臓』とも言われているものだからだ。
それが、ニキアスが皇帝ガウディに宝物と共に必ず回収するようにいわれている物の一つなのである。
金と貴石で作られていてもちろんその価値自体も非常に高いが、特筆すべきは『強力なレダ神の加護』までもが付いているのが厄介な代物らしい。
完璧主義の神経質なガウディは、自分自身でそれを破壊しなければ気が済まないようだ。
今までにも占領した国の国爾は全て彼自身の手で破壊されている。
ニキアスが小説内でゼピウス遠征後、ガウディに責められ遠ざけられるのは、ハルケ山での土砂崩れによる兵の喪失だと書かれていたが――。
わたしは、玉璽が泥に流されて無くなった事への怒りだったと睨んでいる。
皇帝が実はニキアスが盗んだのではないかと疑う程だったからだ。
(…だから心配なのよ)
今やハルケ山の危険性は無いが、街道を行進すれば細長く移動する部隊を部分的に遮断し、孤立化させて宝物と共に玉璽を奪う者がいるかもしれないからである。
しかも昨日の様子を見れば、帰国ムードが高まってみんなが油断しているのが手にとるように分かる。
(もしもここで玉璽を盗まれたとしたら)
ニキアスが戦歴を上げて帰国しても、ガウディの気を損ねるのは分かっている。
兵らの命は助かるが、折角ハルケ山を迂回して回った事が幾何か無駄になる可能性があるのだ。
「ニキアス…国爾は必ずご自身で持っていてください」
ニキアスはその言葉を聞いて、一瞬眉を顰めた。
(...面倒になりそうで嫌なのね)
――分かっているけど。
わたしは自分の手をニキアスの手に重ねて言った。
「お願い...きっとそこが一番安全な場所ですから」
わたしが目をこすりながら顔を上げると、戻ってきたばかりのニキアスの姿がそこにあった。
「…すまない。起こした」
ニキアスは替えの面布の幾つかと黒い仮面を手に持っている。
彼はわたしに背中をみせたまま
「朝食後に街道をアウロニアに向かって出発する」
とだけ言ってテントを出て行こうとした。
わたしは彼を呼び止めようと起き上がった。
「待って下さい!…ニキアスさ......きゃっ…」
ニキアスの背中を追いかけようとした――次の瞬間掛布が足の指にひっかかって、寝台より頭から転がり落ちそうになった。
「!…マヤッ!」
片腕だけでわたしの身体を軽々と支えたニキアスは、わたしの顔を見て安堵の息を吐いた。
ニキアスはすう、と少し息を吸ってもう我慢できないというように
「...何をやっているんだ、不注意にも程がある…」
わたしに向かって滔々と文句を言い始めた。
「この間も馬からも落ちそうになるし、何なら塔の階段を降りる時も怪しかった。もっと昔から言うなら神殿にいた時から何もない所で何回も躓き転んでいたのは何故だ?」
わたしはびっくりして思わずニキアスを見上げてしまった。
「どうして君はいつもそんなに危なっかし……」
ニキアスはわたしの表情を見て人形の様に固まった。
そのまま数秒間わたしの顔を見つめていたが
「…それでは」
と唐突に言って外へ行こうとする。
わたしはニキアスの太い腕に両手でしがみついた。
「待って!ニキアス…!お願い、まだ行かないで」
「マヤ…」
ニキアスが戻らない寝台でずっと考えていた事があるのだ。
それは小説の中に書いてあったたった一文だった。
『ニキアス=レオス将軍はハルケ山の惨劇にて兵とガウディ皇帝の信頼両方を損なったのだ』
これが大事な事だったと思い出したのだ。
**********
「お願いです。少しだけでいいんです…!話を聞いて欲しいんです…!」
わたしはしがみ付いたままニキアスへと必死に訴えた。
その様子に彼はわたしを見下ろして尋ねた。
「もしや…神託か?」
「...あ、いえ、神託ではなく…警告です」
(やだわ…これ、また信じられないって言われちゃうやつかもしれない)
わたしはひとりでツッコミをいれたが、ニキアスはどうやら違っていたらしい。
「…予知夢でもみたか?」
ニキアスはしがみついていたわたしの腕を丁寧に外すと、真剣な表情でわたしを見つめた。
「予知夢?…」
わたしは鸚鵡の様にそのままニキアスの言葉を繰り返した。
(本当の預言者じゃないんだからそんなの見てないけど…)
この流れを説明するには、ニキアスへそう伝えたほうがスムーズかもしれない、と考えはじめた。
『でも嘘をつくことになってしまうわ』
――何処からかそんな声が聞こえた様な気がした。
*******
マヤは一度俯いて考えて込んでいた様子だった。
今までなら彼女が『何かを企んでいる』と思っただろう。
しかしハルケ山の事から彼女への見方が変わってきた。
以前神殿での...可愛らしい我儘を言いながら、無自覚に甘えてくる幼いマヤの姿を思い出す事が多くなっていき、自分の気持ちが変化してしまう事にも戸惑っていた。。
また昨夜の煽情的なマヤの姿も一瞬思い浮かべたが、目の前の真剣なマヤの表情を見るとやはり気まずい気持ちになった。
彼女は一度頭を振った。
「いいえ...予知夢を見たわけでもありません。嘘を申し上げたくないので、はっきり言います。知っているんです」
と言ってニキアスを見上げた。
「…何故知っているかまで言えませんが」
********
「ニキアス様...ガウディ皇帝陛下に必ず持って帰るように言われたものがありますね?他の何よりも優先しろと言われている...大事なものです」
ニキアスは眉をピクリと動かした。
「...何故それを知っている?もしや君の父王にでも聞いたか?」
わたしはニキウスの言葉に返した。
「今、父の事をどうこう言うつもりはありません。ゼピウス国の『心臓』...『国璽』印を持ち出していますね?」
ニキアスはゼピウス国の『国爾』を持って帰る様にガウディ皇帝から命令されている。
ゼピウス国が必ず他国と同盟を交わした際に使われるもので、再度『玉璽』として利用されると厄介な代物である。
もちろん反乱軍などの反対勢力が使えば、『実は国王が生きていた』と偽文書を偽造する事もできる。
以前の世界ではただ『価値のある判子でしょう?』と言われているけれど、この世界ではもっと貴重だとされている。
『ゼピウス国の心臓』とも言われているものだからだ。
それが、ニキアスが皇帝ガウディに宝物と共に必ず回収するようにいわれている物の一つなのである。
金と貴石で作られていてもちろんその価値自体も非常に高いが、特筆すべきは『強力なレダ神の加護』までもが付いているのが厄介な代物らしい。
完璧主義の神経質なガウディは、自分自身でそれを破壊しなければ気が済まないようだ。
今までにも占領した国の国爾は全て彼自身の手で破壊されている。
ニキアスが小説内でゼピウス遠征後、ガウディに責められ遠ざけられるのは、ハルケ山での土砂崩れによる兵の喪失だと書かれていたが――。
わたしは、玉璽が泥に流されて無くなった事への怒りだったと睨んでいる。
皇帝が実はニキアスが盗んだのではないかと疑う程だったからだ。
(…だから心配なのよ)
今やハルケ山の危険性は無いが、街道を行進すれば細長く移動する部隊を部分的に遮断し、孤立化させて宝物と共に玉璽を奪う者がいるかもしれないからである。
しかも昨日の様子を見れば、帰国ムードが高まってみんなが油断しているのが手にとるように分かる。
(もしもここで玉璽を盗まれたとしたら)
ニキアスが戦歴を上げて帰国しても、ガウディの気を損ねるのは分かっている。
兵らの命は助かるが、折角ハルケ山を迂回して回った事が幾何か無駄になる可能性があるのだ。
「ニキアス…国爾は必ずご自身で持っていてください」
ニキアスはその言葉を聞いて、一瞬眉を顰めた。
(...面倒になりそうで嫌なのね)
――分かっているけど。
わたしは自分の手をニキアスの手に重ねて言った。
「お願い...きっとそこが一番安全な場所ですから」
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる