嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第1章.嘘つき預言者の目覚め

62 奪取 ⑥

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「な…何故?…どうして…」

アナラビ――ギデオン王子はそれを何度も繰り返し、呟いていた。
先程までの余裕の表情はすっかり無くなっていて、わたしを見ながら絶句している。

(…それはそうよね…)
隣国ゼピウスの王宮にすらずっと居なかった筈の預言者のマヤが、実際に会った事も無い隣国のお家事情や王子様の顔など知る由も無い。

しかもギデオン王子は、幼い頃家来1人のみ伴って当時の王宮から逃げ延びている。
だからその時にはすでに王宮から身を消していたニキアスも、当時のギデオン王子の顔やその後どうなったかは知らない筈だ。

わたしは、蒼白になって固まったままわたしを見つめるギデオン王子の手にそっと手を置いた。

そして安心させるように
「あの…大丈夫よ。誰にも言わないわ」
と言うと、バシっとギデオン王子にすごい勢いで手を振り払われてしまった。

それからゾッとする様な低い声でわたしに詰め寄った。
「誰に訊いた?一体…誰が知っている?」

(こ…怖い…)
わたしは自分に『冷静になれ』と言い聞かせて、声が震えそうになるのを我慢し何とか答えた。
「…誰からも聞いていないし、知っているのはわたくしだけです」

 *******

ギデオンはわたしの腕を引っ張ると、わたしの方を見たまま唸る様にボレアスへ言った。
「これから起こる事を邪魔したらボアレス――メサダ神にかけてお前とお前の子を殺す。地の果てまで追いかけて引き裂くからな」

そしてわたしはそのまま、グイグイと強引に隣続きになっている寝台のあるテントの方に引っ張られた。

そのままギデオンに寝台に投げだされる様に放り出された。
彼はわたしを見下ろして言った。

「選べ――オレに殺されるか、このままオレの物になるかだ」
わたしは呆然としながらギデオンの顔を見上げた。

(…どうしてこの小説の男達はこうなんだろう)
わたしはギデオン王子のその台詞に頭が冷静になると同時に、この展開を苦々しく思ってしまった。

(こんな事をして、本当に自分のいう事を聞くと思っているのかしら)
中身はアラサーのわたしは、半分近く下の歳になるギデオン王子を見上げて半ば呆れていた。

女性がほとんど人権を持たなかった(男性の所有物とみなされることが多かった)ローマ時代なんかを背景のモデルに、色々なぞらえて設定したからといってここまで同じにしなくてもいいのに。

(…なんだかな…どうしよう)
とにかく今は落ち着いても貰うのが一番大事だ。

わたしが考えていると、ふと彼の眉根が何かに気づいた様に寄せられた。
次の瞬間――ギデオンが両手でいきなりガバっとわたしの上衣の襟元を思い切り開けた。

わたしは思わず悲鳴をあげてしまった。
「…きゃあ!」

「クソ…もうニキアス将軍の手付きかよ」
ギデオンはそう言うと、わたしの襟元をバサっと手荒に元に戻した。

「…手付きって、ち、違います。(まだ)…」
と言いかけてわたしは自分の顔に熱が昇るのを感じた。

「首にがっつり痕があるぜ」

ギデオンは自分の頸を指差してわたしを見下ろしてアッサリ言った。
そして自分がしようとした事は棚に上げて呆れた様に言った。

「あいつ…ガウディに引き渡す前に戦利品に手を付けるなんて良い度胸してるぜ…ああ、バカバカしい」
そう言うと、興をそがれたとばかりにギデオンはひょいと寝台から降りた。

 *******

岩のような体格の男の大槍から繰り出される攻撃は、すさまじかった。

ニキアスがその激しい攻撃を自分の槍で受け流しその隙に男の懐に入ろうとした瞬間、いきなり後ろの部隊の方向で花火のような照明が上がった。

辺りを照らすような派手な光だった。

ドゥーガ神の加護で暗闇でも見える様に引き上げられた視力には眩しすぎたのだ。
ニキアスが一瞬その火花に目が眩み――視界を奪われた瞬間。

「うぐッ!」
岩男の強烈な蹴りをニキアスは腹に食らった。
後方に吹っ飛ばされそうになったのを、ニキアスは数歩下がり両脚で踏ん張り耐えたが、加護が無ければあばらの骨を数本持っていかれる威力だ。

次の瞬間、岩男が身を翻してその場から駆け出した。
巨体の筈が驚くほど、身軽な身のこなしだった。

「待て!」
ニキアスが追いかけようとした時、兵等の間から大きな声が聞こえた。

そして
「レオス将軍!宝物が――奪われました!」
ゼピウス国から奪取した宝物を管理する部隊長を含めた兵達が、叫びながらこちらに走ってくるのが見えた。

******************

パンッ!と大きな破裂音が外で響くと、一瞬テントの外が明るくなった。

ギデオン王子は頸を巡らせた。
「撤収の合図か…仕方がねえな」

ギデオンはまだ寝台に倒されたままのわたしにちらっと目をやってから、わたしの上にいきなりがばっと覆いかぶさった。

「な――…」
「黙んな。王女」
わたしの額と自分の額を合わせ、彼の燃えるような赤い目をわたしの目に合わせると、何か口の中で唱えた。

(――あの子犬と同じ呪いだわ)
と思う間もなくわたしの全身は硬直した。
なんと指一本動かす事が出来なくなってしまっていたのだ。

「このままあんたを連れて行くぜ」
ギデオン王子は、にっと笑って言ったのだった。
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