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第1章.嘘つき預言者の目覚め
68 筋書き ⑤
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いきなり黒い煙の様な塊――虻の大群にニキアスの視界は奪われた。
腕を振ってニキアスはアブの攻撃を避けたが、ニキアスの乗っていた馬はそうはいかない。
流石の軍馬もアブに巻かれ、刺されてパニックになり嘶いてニキアスを振り落とそうとした。
この間に白い髪の男とアナラビと言われた盗賊が逃げてしまったのが分かったが、この状態では追っていけない。
「どうどう…落ち着け」
馬から振り落とされる前に飛び降りたニキアスが綱を掴んでも宥めても、軍馬はブルル、ブルルっと鼻を激しく鳴らし首を動かしていっこうに落ち着かなかった。
しつこく攻撃してくる虻に辟易してニキアスが仕方なく手綱を離すと、軍馬は走って黒い身体を揺らしながら森の奥へ消えた。
(上手く野営地に戻ってくれれば良いが…)
今まで幾つもの戦いを共にした大事な相棒ではある。
けれど馬が消えた森の奥を見つめながら、ニキアスは『マヤを優先すべきだ』と考えていた。
何故優先すべきなのかはニキアス自身にも分からない。
甘酸っぱい初恋の記憶からなどでは無いのは確かである。
ただ今となっては、ガウディ皇帝に『褒賞として』マヤ王女を貰い受けると考えたのは、ニキアス自身の肉欲や何度も拒否された事の執着からだけでは無いような気もしていた。
マヤ王女――かつての初恋の少女。そしてその後自分との婚約を拒否した女。消滅したゼピウス国の第二王女。
そして――レダ神の預言者。
『マヤを取り返さなければ』
ニキアスは自分自身でいられなくなる様な黒い不安に飲み込まれそうになった。
自分にはマヤが必要だ。
それは最早恋や愛という様なニキアスにとっては情動的な物では無く、必然のような気がしてならなかったのだ。
******
羽音を立て襲ってくる虻を両手で払いながら、ニキアスはザザっと足先で円陣を書いた。
円陣に片膝をドカッと着き、剣を置いて今度は寄ってくるアブには構わず目を閉じて、ドゥーガ神の加護を願う。
ニキアスがドゥーガ神の祈りを唱える内に、円陣の周りをほんのり淡い光が包む。
その途端にあんなに固まってニキアスに向かってきた虫の大群は、蜘蛛の子を散らすかのよう去っていってしまった。
そのまま徐々に――淡い光の輪が広がっていく。
そしてやはりあのアナラビと言う男が張っただろう『加護の障壁』にぶつかる。
(――向こうか)
ニキアスは目を開けた。
障壁を強く感じる方向こそが、あの男が向かった先だ。
ニキアスは膝に付いた土を片手で払うと剣帯に剣を納めてから、そちらの方向へ移動を始めた。
******
一瞬雲間から朝焼けが見えた様な気がしたが、霧がひどくなって冷たい風が吹くとまた少し小雨が降り始めた。
わたしはじりじりした思いで、ギデオンを待っていた。
(早く、早く帰ってきてギデオン…!)
ギデオンじゃなければ、この岩男は止められないとボレアスが言っていた様に、タウロスは盗賊団が盗んできた宝物を次々に纏めてさっさと移動する為の準備をしていた。
「こんなラバに乗るなんて、乗り心地が悪すぎますわ!」
本来のマヤ王女っぽく我儘も言ってみたが、タウロスには貴女の魂胆は見え見えだと言わんばかりに
「…ほう。ではわたしの前にお座りになりますか?」
とわたしと並走するタウロスの乗っている馬の前を指差さした。
「…いいえ、ごめんなさい。いいです…」
すごすごと引き下がるしかなく、わたしはタウロスと盗賊等から失笑されてしまった。
(それにしてもよく統率されているなあ)
盗賊等は統率が取れて無く自分の好きに動くものだと思いきや、ニキアスが率いてきたアウロニア帝国の兵達とは全く違った緊張感に包まれた精鋭達の何というか――そう私設部隊みたいだ。
ギデオンは小説内で後に寝返るユリウスを始め、優秀な人達に多く助けられて反乱軍をどんどん大きくした後に妥当アウロニア帝国を目指すのだが――ニキアスは反対にどんどん孤立し、周囲から取り残されていく。
わたしがラバの背中に揺られながら以前読んでいた『亡国の皇子』の小説を思い出していると、馬を並べていたタウロスがわたしに訊いてきた。
よっぽど間の抜けた表情だったのかもしれない。
「…預言でも来ましたか?」
軽い口調の割に少し心配そうなタウロスの顔を見て、わたしは笑ってしまいそうになった。
わたしは、違うと首を振りそうになったが
(これはちょっと…チャンスじゃない?)
そう思った瞬間――思わずわたしは口に出していた。
「ええ…このままでは、あなた方は皆死ぬことになるでしょう」
*******
「助かるものはいません。恐らくわたくしも含め全員巻き込まれて死にます」
(…ちょっと大袈裟な表現だったかもしれないわね)
タウロスは無言でわたしをちらと見ただけだが、彼の周りにいる盗賊達が騒めき始めた。
嘘つきとして有名なマヤ王女だけど、実際の預言者を見た事の無い盗賊達にとってはどうやら『腐っても鯛』的な扱いらしい。
先程の神託の件も含め『いくら嘘つきと言われた預言者でも、何回もこの状況でここまでの嘘は言わんだろう』的な雰囲気も若干漂っている。
その空気を感じて仮面をいつの間にか外したタウロスの顔が『面倒な事になった』と歪んだのを、わたしは見逃がさなかった。
(…朝になって視界が少しだけ明るいせいかしら、集まっている盗賊達の姿や人数が確認し易いわね)
わたしはすかさずタウロス以外のわたしの周りにいる盗賊達に言った。
「こんな重要な事は…やはりアナラビに直接伝えるべきなのではありませんか」
腕を振ってニキアスはアブの攻撃を避けたが、ニキアスの乗っていた馬はそうはいかない。
流石の軍馬もアブに巻かれ、刺されてパニックになり嘶いてニキアスを振り落とそうとした。
この間に白い髪の男とアナラビと言われた盗賊が逃げてしまったのが分かったが、この状態では追っていけない。
「どうどう…落ち着け」
馬から振り落とされる前に飛び降りたニキアスが綱を掴んでも宥めても、軍馬はブルル、ブルルっと鼻を激しく鳴らし首を動かしていっこうに落ち着かなかった。
しつこく攻撃してくる虻に辟易してニキアスが仕方なく手綱を離すと、軍馬は走って黒い身体を揺らしながら森の奥へ消えた。
(上手く野営地に戻ってくれれば良いが…)
今まで幾つもの戦いを共にした大事な相棒ではある。
けれど馬が消えた森の奥を見つめながら、ニキアスは『マヤを優先すべきだ』と考えていた。
何故優先すべきなのかはニキアス自身にも分からない。
甘酸っぱい初恋の記憶からなどでは無いのは確かである。
ただ今となっては、ガウディ皇帝に『褒賞として』マヤ王女を貰い受けると考えたのは、ニキアス自身の肉欲や何度も拒否された事の執着からだけでは無いような気もしていた。
マヤ王女――かつての初恋の少女。そしてその後自分との婚約を拒否した女。消滅したゼピウス国の第二王女。
そして――レダ神の預言者。
『マヤを取り返さなければ』
ニキアスは自分自身でいられなくなる様な黒い不安に飲み込まれそうになった。
自分にはマヤが必要だ。
それは最早恋や愛という様なニキアスにとっては情動的な物では無く、必然のような気がしてならなかったのだ。
******
羽音を立て襲ってくる虻を両手で払いながら、ニキアスはザザっと足先で円陣を書いた。
円陣に片膝をドカッと着き、剣を置いて今度は寄ってくるアブには構わず目を閉じて、ドゥーガ神の加護を願う。
ニキアスがドゥーガ神の祈りを唱える内に、円陣の周りをほんのり淡い光が包む。
その途端にあんなに固まってニキアスに向かってきた虫の大群は、蜘蛛の子を散らすかのよう去っていってしまった。
そのまま徐々に――淡い光の輪が広がっていく。
そしてやはりあのアナラビと言う男が張っただろう『加護の障壁』にぶつかる。
(――向こうか)
ニキアスは目を開けた。
障壁を強く感じる方向こそが、あの男が向かった先だ。
ニキアスは膝に付いた土を片手で払うと剣帯に剣を納めてから、そちらの方向へ移動を始めた。
******
一瞬雲間から朝焼けが見えた様な気がしたが、霧がひどくなって冷たい風が吹くとまた少し小雨が降り始めた。
わたしはじりじりした思いで、ギデオンを待っていた。
(早く、早く帰ってきてギデオン…!)
ギデオンじゃなければ、この岩男は止められないとボレアスが言っていた様に、タウロスは盗賊団が盗んできた宝物を次々に纏めてさっさと移動する為の準備をしていた。
「こんなラバに乗るなんて、乗り心地が悪すぎますわ!」
本来のマヤ王女っぽく我儘も言ってみたが、タウロスには貴女の魂胆は見え見えだと言わんばかりに
「…ほう。ではわたしの前にお座りになりますか?」
とわたしと並走するタウロスの乗っている馬の前を指差さした。
「…いいえ、ごめんなさい。いいです…」
すごすごと引き下がるしかなく、わたしはタウロスと盗賊等から失笑されてしまった。
(それにしてもよく統率されているなあ)
盗賊等は統率が取れて無く自分の好きに動くものだと思いきや、ニキアスが率いてきたアウロニア帝国の兵達とは全く違った緊張感に包まれた精鋭達の何というか――そう私設部隊みたいだ。
ギデオンは小説内で後に寝返るユリウスを始め、優秀な人達に多く助けられて反乱軍をどんどん大きくした後に妥当アウロニア帝国を目指すのだが――ニキアスは反対にどんどん孤立し、周囲から取り残されていく。
わたしがラバの背中に揺られながら以前読んでいた『亡国の皇子』の小説を思い出していると、馬を並べていたタウロスがわたしに訊いてきた。
よっぽど間の抜けた表情だったのかもしれない。
「…預言でも来ましたか?」
軽い口調の割に少し心配そうなタウロスの顔を見て、わたしは笑ってしまいそうになった。
わたしは、違うと首を振りそうになったが
(これはちょっと…チャンスじゃない?)
そう思った瞬間――思わずわたしは口に出していた。
「ええ…このままでは、あなた方は皆死ぬことになるでしょう」
*******
「助かるものはいません。恐らくわたくしも含め全員巻き込まれて死にます」
(…ちょっと大袈裟な表現だったかもしれないわね)
タウロスは無言でわたしをちらと見ただけだが、彼の周りにいる盗賊達が騒めき始めた。
嘘つきとして有名なマヤ王女だけど、実際の預言者を見た事の無い盗賊達にとってはどうやら『腐っても鯛』的な扱いらしい。
先程の神託の件も含め『いくら嘘つきと言われた預言者でも、何回もこの状況でここまでの嘘は言わんだろう』的な雰囲気も若干漂っている。
その空気を感じて仮面をいつの間にか外したタウロスの顔が『面倒な事になった』と歪んだのを、わたしは見逃がさなかった。
(…朝になって視界が少しだけ明るいせいかしら、集まっている盗賊達の姿や人数が確認し易いわね)
わたしはすかさずタウロス以外のわたしの周りにいる盗賊達に言った。
「こんな重要な事は…やはりアナラビに直接伝えるべきなのではありませんか」
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