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第1章.嘘つき預言者の目覚め
83 ギデオンの疑問
しおりを挟む「…あーあ、完全に埋まっちまったな」
数日後の話だ。
ギデオンはハルケ山の『アドステラ盗賊団』のアジトになっている洞窟の入り口を見て呟いた。
盗賊団のアジトを新しくハルケ山中に作ったのはいいが、数人はアジトの整理で山中にいたらしく、土砂崩れの後洞窟に入っていた数人の姿が確認できなかったとその時付近に居た盗賊団メンバーから報告を受けた。
(メサダ神め、知っていたならもっと早く教えてくれれば良かったのに)
仲間の何人かは土砂崩れとやらの犠牲になったのは間違いない。
ギデオンは常々、メサダ神は『ギデオンさえ無事なら、他はどうでもよい』思っている節があるのを感じていたが、今回の事態でそれがより鮮明に浮彫になってしまった。
あのゼピウス国の預言者の姫の預言を信じずにどんどん山中へ入っていったら、自分はメサダ神の加護があるからともかくも仲間の被害はもっと大きかったに違いない。
危機一髪だったのだ。
(くそ、やっぱりマヤ王女を連れ去るべきだった…)
******
ギデオンは盗賊団の団員をまとめながら、ハルケ山近くのアジトをつくるまでの仮小屋まで戻ってきた。
怪我人の手当や、盗品と武器の確認を指示するタウロスを横目で見ながら、蜂蜜酒を呑みつつ考えていた。
(――疑問は三つある)
まず第一に、なぜメサダ神はこの土砂災害について教えなかったのか。
今までここぞという命の危機がある時は、メサダ神が預言者を通じて教えてくれたり、神官から警告が出たりしていたのが、今回は全くのノータッチだ。
(まさかマヤ姫の警告を期待してとかじゃねえだろうな)
第二にトリガーと言われていたニキアス将軍だ。
(親父の方には…似ていないな。…すげえ美男子だったじゃねえか)
これからまだ成長するであろうギデオンでも羨ましくなる長身と、堂々たる体躯、そして馬術・剣技――そして、将軍としてのカリスマが揃うあの男が、アウロニア帝国を滅ぼす切っ掛けになるというのは一体どういう事なんだ?
第三に――あの女預言者マヤ王女だ。
なぜあの女は『盗賊団のアナラビ』を『ギデオン王子』と見破ったのか?
(一体いつ、どこで知ったんだ――?)
神殿にずっといたはずの姫君に、王族とはいえ他国の王位争いで王宮を追われた王子の詳細など知るはずが無い。
しかもその逃亡先まで知る由などない筈だ。
(何故だ?預言者だからか?いや、それは無いな…)
メサダ神殿の関係者なら兎も角も、もし他の神殿の神官も含めた預言者達が知っているとしたら――ギデオンは、とうの昔にガウディ皇帝に殺されていたに違いない。
――だとすれば。
(あの女が特別なのか…?)
ギデオンは混乱する考えをまとめられずに、また蜂蜜酒の杯をがぶりと傾けた。
******
「アナラビ…、こんな卓じゃなくて部屋で休んでください」
タウロスが何度揺り起こしても、ギデオンは起きる様子が無かった。
ため息をついたタウロスは、ギデオンを肩に担ぎ上げるとそのままギデオンの私室へ連れて行った。
そして寝台に横たえると、軽くいびきをかいているギデオンを見つめてから部屋を出て、後ろ手で扉を閉めた。
その時――険のある女の声に、タウロスは弾かれたように面を上げた。
「…説明して、タウロス。どうなっているの?」
薄暗い廊下に腕組みしながら立っていたのは、カーラと呼ばれたあの女だった。
豊満な胸の前に腕を組んで立っている。
「ハルケ山のアジトが埋まったってどういう事?それから、宝を持って帰るって言ってたけど玉璽もマヤ王女もボアレスの子犬の姿も居ないじゃない。一体なにがあったの?」
ギデオンが酒を煽っていたというので事態の推測はされるが、女はタウロスから直接事情を訊くつもりだった。
「――土砂で洞窟が塞がれました」
災害について説明したタウロスは、更に続けて状況を女に話して行った。
「アジトに向かう途中で地面と土砂が崩れると言う現象が起こったのです」
カーラにはマヤ王女の警告については離さなかった。
今この場でそれを言うような雰囲気では無かったのだ。
それにギデオンに近づく女性を目の敵にする傾向もあった。
「…アナラビはニキアス将軍に力及ばなかったようです、残念ですが」
「そう…でも仕方がないわ」
それからタウロスは言いにくそうに下を向き、遠まわしにカーラへと告げた。
「マヤ王女に珍しく執着しているように見えました」
「…執着?」
眉を顰めてカーラはタウロスに尋ねた。
何故かその答えに、彼女は嫌な予感を覚えたのだ。
「それは…ニキアス将軍がってこと?」
「それもそうですが…ギデオン王子がという事です。お頭のいるコルダ国まで連れて行こうとしました」
「……」
タウロスはカーラの方をそっと見た。
一点を見つめて動かない女が、両の手の平をぎゅっと握りしめているのが見えた。
「ニキアスの時も邪魔をしたあの女が、そう…」
震える声で彼女はそう言うといきなり踵を返して歩き去り、彼女の姿は見えなくなった。
そして明かりの無い廊下の奥で、カチリと扉を閉める音だけが聞こえた。
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