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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
7 価値の証明
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ギリシャ神話のカッサンドラという女性の話を知っているだろうか?
彼女はトロイアの王女だった。
神アポロンに愛されて預言者としての能力を与えられたが、その愛が冷めて捨てられる未来を得た力で見てしまい、結局アポロンの求愛を拒んでしまう。
そして、怒ったアポロンに『カッサンドラの預言を誰も信じない様に』という呪いをかけられてしまった。
彼女は自分の兄パリス王子が、ミュケーナイの王アガメムノンの弟の妻であるヘレネ―を攫ってきた時も、トロイアの木馬を市内に運び込もうとした時も、破滅への行動だとして預言し警告したが、誰も彼女の言葉を信じなかった。
結果トロイアは、アガメムノンの率いるギリシア軍によって陥落した。
ここまでは有名な話だが、祖国を失ったその後のカッサンドラの生涯は更に悲劇的であった。
トロイア陥落時、小アイアスにアテナの神殿の中で神に助けを求めながら凌辱され、アガメムノンの戦利品として妾になる為に異国ミュケーナイに連れていかれる。
そして結局、アガメムノンの妻クリュタイムネーストラーに殺害され、彼女の生涯はあっけなく幕を閉じるのだった。
******
わたしはガクガクとうつ伏せで震えながら、生まれて初めてこんなにも激しい憎悪の感情を抱いた。
目の前が真っ赤になり、恐ろしく激しい黒い炎が自分の中で燃え盛っている。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――ガウディが憎い。
わたしから全て奪おうとするこの男が憎い。
(このままこいつの前で死んでやれば…!!)
敗戦国の姫らしくこいつへ抵抗して――そして多分…簡単に斬られるだろう。
わたしの血まみれの死体を見れば、ニキアスがガウディに反旗を翻す可能性だってある。
(そうしたら――?)
そうしたらニキアスは勝利できるだろうか?
このガウディに今のニキアスが勝って、この帝国を治められることがだろうか?
(いえ…無理だわ)
ガウディはニキアスの力を常に削ぐ為に、皇軍を任せるという一見誉ある立場に就かせながら、ニキアスが統制し力の及ぶ『イェラキ隊』から彼を引き離したではないか。
宮殿の中も影響を及ぼせない様にニキアスを完全に締め出している。
ニキアスに帝国内での権力が揮えないよう、作意的な排除をしているのだ。
わたしは徐々に自分の中に冷静な部分が蘇ってくるのを感じた。
(ここで怒りのままに行動しても、わたしの死には何も意味がないんだわ。ニキアスへ呪いの言葉を吐いて死んだ、小説内のマヤ王女と同様に)
反対にニキアスを巻き込んで、彼を勝てない戦に巻き込む可能性があると思うと、どんどんわたしの頭が冷えてきた。
けれど、毎回こんな扱いも耐えられない。
宮殿から逃げてもいいが一人では逃げ切れる自信が無い。
ガウディ皇帝はニキアスへの見せしめにも、わたしへ執拗に追手をかけるだろう。捕まえて殺すまで。
残されたリラにもきっと迷惑が掛かる。
そしてニキアスの方にも、少なからず影響が出るはずだ。
ニキアスや親切にして貰った人達の顔が脳裏に次々に浮かんでは消える。
消えてはまた浮かんで――
わたしはどうしたらいいのか、分からなくなってきたのだった。
(どうしたらいいのか考えるの!マヤ、どうしたら…)
******
「か、かち…価値なら、あり…ます」
わたしはようやく言葉を押し出した。
自分でも情けない程の小さなかすれ声で、陛下には聞き取りにくいだろう。
「わ…わたしは…預言者です。それで…」
と言った途端――。
ガウディ陛下はわたしを仰向けに転がして、そのままドサリと寝台の中央へと放り投げた。
「お言葉だが、姫君」
ぎし、と音を鳴らせてガウディ陛下が寝台に上がってきた。
「余は様々な神とやらの預言者を何人か抱えている。今のところレダ神の預言者は居ないが――。お前がやつらと同等、若しくはそれ以上だと?」
手足の長い蜘蛛のようにガウディ陛下がわたしに覆いかぶさってきたと思うと、囁き声でわたしに訊いた。
「陛下に、しょ…証明します。か…必ず」
わたしはガウディを下から睨みつけるようにして言った。
ガウディ陛下は、わたしに顔を近づけて目をうっすら細め、またかくんと首を傾けた。
「証明して何を得るつもりだ?自分の命の価値か、それとも正当な立場か?」
(何故こんな事を訊くの?)
疑問に思いつつもわたしは
「りょ…両方です。どちらも…勝ち取ります」
わたしはガウディ陛下の真っ黒い無機質な目を見返しながら、宣言をしていた。
すると――驚く事にガウディ陛下は、すっとわたしの上から身体を引いた。
「いいだろう」
と言ってさっと寝台を降り、身支度をし始めたではないか。
紺色のチュニックを直し剣帯を身に付けると先ほどの剣を鞘に仕舞ってそこへと挿した。
そして寝台の上で裸のまま呆然とガウディ陛下を見るわたしに、床に落ちていたわたしの服を無言で投げてよこした。
そのまま歩いて扉をノックすると、外で待機している兵を呼んだ。
「マヤ王女は我の預言者の1人として働くそうだ。後に預言者の棟へ移る。それに相応しい部屋の支度をしておけ」
と兵に告げ、わたしの方をくるりと向いて言った。
「預言者としての働きは期待する。相応しい賞与が欲しければ結果を出す事だ」
無表情で言うと、ガウディ陛下は今度は振り向かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたわたしは、皇帝陛下に言ってしまった言葉を反芻して――また身体の震えが止まらなくなってしまった。
彼女はトロイアの王女だった。
神アポロンに愛されて預言者としての能力を与えられたが、その愛が冷めて捨てられる未来を得た力で見てしまい、結局アポロンの求愛を拒んでしまう。
そして、怒ったアポロンに『カッサンドラの預言を誰も信じない様に』という呪いをかけられてしまった。
彼女は自分の兄パリス王子が、ミュケーナイの王アガメムノンの弟の妻であるヘレネ―を攫ってきた時も、トロイアの木馬を市内に運び込もうとした時も、破滅への行動だとして預言し警告したが、誰も彼女の言葉を信じなかった。
結果トロイアは、アガメムノンの率いるギリシア軍によって陥落した。
ここまでは有名な話だが、祖国を失ったその後のカッサンドラの生涯は更に悲劇的であった。
トロイア陥落時、小アイアスにアテナの神殿の中で神に助けを求めながら凌辱され、アガメムノンの戦利品として妾になる為に異国ミュケーナイに連れていかれる。
そして結局、アガメムノンの妻クリュタイムネーストラーに殺害され、彼女の生涯はあっけなく幕を閉じるのだった。
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わたしはガクガクとうつ伏せで震えながら、生まれて初めてこんなにも激しい憎悪の感情を抱いた。
目の前が真っ赤になり、恐ろしく激しい黒い炎が自分の中で燃え盛っている。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――ガウディが憎い。
わたしから全て奪おうとするこの男が憎い。
(このままこいつの前で死んでやれば…!!)
敗戦国の姫らしくこいつへ抵抗して――そして多分…簡単に斬られるだろう。
わたしの血まみれの死体を見れば、ニキアスがガウディに反旗を翻す可能性だってある。
(そうしたら――?)
そうしたらニキアスは勝利できるだろうか?
このガウディに今のニキアスが勝って、この帝国を治められることがだろうか?
(いえ…無理だわ)
ガウディはニキアスの力を常に削ぐ為に、皇軍を任せるという一見誉ある立場に就かせながら、ニキアスが統制し力の及ぶ『イェラキ隊』から彼を引き離したではないか。
宮殿の中も影響を及ぼせない様にニキアスを完全に締め出している。
ニキアスに帝国内での権力が揮えないよう、作意的な排除をしているのだ。
わたしは徐々に自分の中に冷静な部分が蘇ってくるのを感じた。
(ここで怒りのままに行動しても、わたしの死には何も意味がないんだわ。ニキアスへ呪いの言葉を吐いて死んだ、小説内のマヤ王女と同様に)
反対にニキアスを巻き込んで、彼を勝てない戦に巻き込む可能性があると思うと、どんどんわたしの頭が冷えてきた。
けれど、毎回こんな扱いも耐えられない。
宮殿から逃げてもいいが一人では逃げ切れる自信が無い。
ガウディ皇帝はニキアスへの見せしめにも、わたしへ執拗に追手をかけるだろう。捕まえて殺すまで。
残されたリラにもきっと迷惑が掛かる。
そしてニキアスの方にも、少なからず影響が出るはずだ。
ニキアスや親切にして貰った人達の顔が脳裏に次々に浮かんでは消える。
消えてはまた浮かんで――
わたしはどうしたらいいのか、分からなくなってきたのだった。
(どうしたらいいのか考えるの!マヤ、どうしたら…)
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「か、かち…価値なら、あり…ます」
わたしはようやく言葉を押し出した。
自分でも情けない程の小さなかすれ声で、陛下には聞き取りにくいだろう。
「わ…わたしは…預言者です。それで…」
と言った途端――。
ガウディ陛下はわたしを仰向けに転がして、そのままドサリと寝台の中央へと放り投げた。
「お言葉だが、姫君」
ぎし、と音を鳴らせてガウディ陛下が寝台に上がってきた。
「余は様々な神とやらの預言者を何人か抱えている。今のところレダ神の預言者は居ないが――。お前がやつらと同等、若しくはそれ以上だと?」
手足の長い蜘蛛のようにガウディ陛下がわたしに覆いかぶさってきたと思うと、囁き声でわたしに訊いた。
「陛下に、しょ…証明します。か…必ず」
わたしはガウディを下から睨みつけるようにして言った。
ガウディ陛下は、わたしに顔を近づけて目をうっすら細め、またかくんと首を傾けた。
「証明して何を得るつもりだ?自分の命の価値か、それとも正当な立場か?」
(何故こんな事を訊くの?)
疑問に思いつつもわたしは
「りょ…両方です。どちらも…勝ち取ります」
わたしはガウディ陛下の真っ黒い無機質な目を見返しながら、宣言をしていた。
すると――驚く事にガウディ陛下は、すっとわたしの上から身体を引いた。
「いいだろう」
と言ってさっと寝台を降り、身支度をし始めたではないか。
紺色のチュニックを直し剣帯を身に付けると先ほどの剣を鞘に仕舞ってそこへと挿した。
そして寝台の上で裸のまま呆然とガウディ陛下を見るわたしに、床に落ちていたわたしの服を無言で投げてよこした。
そのまま歩いて扉をノックすると、外で待機している兵を呼んだ。
「マヤ王女は我の預言者の1人として働くそうだ。後に預言者の棟へ移る。それに相応しい部屋の支度をしておけ」
と兵に告げ、わたしの方をくるりと向いて言った。
「預言者としての働きは期待する。相応しい賞与が欲しければ結果を出す事だ」
無表情で言うと、ガウディ陛下は今度は振り向かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたわたしは、皇帝陛下に言ってしまった言葉を反芻して――また身体の震えが止まらなくなってしまった。
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