嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

12 コダ神の預言者

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「…陛下が認めてくださったんです。ニキアスは関係がありません」
少し面白がる様な表情のフィロンに、わたしはようやく答えた。

「な、何だかその言い方に…棘を感じますわ」
「そりゃ、悪意を込めて訊いているから」
フィロンは花の様に、にっこりと笑った。

「そんな、初めて会ったのに…」
(一体何なのかしら…)

「預言者嘘をつくべからず、だろ?ご自分がルールを破っておいてよく言うね」
フィロンはわたしを見つめた。

(…あ、そうだったわ)
預言者はその『神託』内容に対し正直でなければならない。

『神託』は即ち神の言葉だ。
その内容は預言者が神から直接頂く言葉の為、明らかな捏造や嘘言は許されない。

ただ神託を伝えた相手――神殿やその国の王がその『神託』の内容をどう解釈しても自由だ。
マヤの父王ゼピウス国の王の様に。

マヤが完全に神託の内容に嘘をついたとまで言われているのは、父王が「マヤがそう預言した」と周りに嘘をついたからである。

正確に言えば、今までマヤは『神託の内容』に対し『嘘』は言っていない。神託があった事自体を敢えて報告せず隠す事があっても。
ただゼピウス国が陥落し、ニキアスに再開してからのマヤ王女の行動は、よく分からない。

『亡国の皇子』小説内でのマヤが、ニキアス憎さにハルケ山の土砂崩れに対してもきちんと伝えたかどうか不明だ。
預言自体を隠していたのかもしれない。

結局『預言があった』事が誰かの密告に因ってかバレて、嘘つきと罵られる事になったのだが、なにせ小説の中ではそこまでの細かい記載が無かった気がするから、あまり覚えていないのだ。

ただ世間一般には、マヤわたしが『嘘つき預言者』と言われているのは間違いがない。

フィロンはわたしを見据えて無表情で言った。

「…すっごく迷惑なんだよね。アンタみたいに嘘をつかれるのって。ボク等の様に真面目に仕事預言している者にとってはさ」
「ご、ごめんなさい。そう…そんな風に思われているとは知らなくて…」

(正直色々と言い訳したかったけれど)
彼等他の預言者に何らかの形で迷惑や負担が生まれてしまったかと思うと、謝らずにはいられなかった。

 *******

「ま、ここで謝って貰っても仕方がないんだけどね」
フィロンは両膝をパンと叩きながら立ち上がると、すらりとした肢体を上下に伸ばした。

そして女性のような美しい顔に、また花のような笑顔を浮かべた。

「聞きたい事が聞けて気が済んだなら、出て行ってもらえる?
僕等は同じ預言者で同類であっても、お互いがライバルだしね。
甘えないでほしい」
「わ…分かりましたわ。失礼しました」

(『兄弟神の預言者だから優しく対応してくれるかも』と考えたのは自分勝手な甘い考えだった…)
わたしは後悔しながら、部屋の出口に向かった。

そして、扉を開けようとした時だった。

後ろからヌッと影が覆い被さり――わたしが開けようとした扉を手の平でバン!と大きな音を立てて叩いた。

「きゃあっ!な、何ですか?」

恐る恐る後ろを振り向くと、右手を扉についたフィロンが前髪が触れそうな距離まで近づいて立っている。

わたしと同じ蒼色だが、びっくりするぐらい冷たい眼でわたしを見下ろしていた。

長い金髪がサラサラと肩から滑り落ちる。
そして陶器細工の様に繊細な目鼻立ちの顔を近づけ、冷たく低い声で耳元で囁いた。

「…アンタが本当の嘘つきかどうかは、これから分かる。
本当に嘘をついているなら、化けの皮が剥がれる前に宮殿を去った方がいいよ。そうじゃなくてもここは魑魅魍魎でいっぱいだしさ」

「…さ、去りません。きちんと預言者の仕事を果たしますわ」
フィロンの言葉に気圧されて、わたしはようやく答えた。

「あっ、そう。ボクは警告はしたよ」
フィロンはそう言うとスッとわたしから離れ、鮮やかな花の入れ墨のある左手で優雅に扉を開け放した。

「じゃ…巻き込まれ事故も御免だからさ。もう会いに来ないで?」

(…巻き込まれ事故?)

わたしが後ろを振り向きつつ預言者の間から隣の控えの部屋に出た途端、フィロンは、にっこりと笑いながら勢いよくバン!と扉を閉めて、ガチャリと内鍵を掛けた。

わたしはその塩対応に、呆然としてその場に佇んでいた。


 ******

「実はフィロン様は、隣の景国王宮付きの元宦官なのです」
控室で座って待っていたリタは教えてくれた。

東の隣国である景国にアウロニア帝国が攻め入り、その時に攫ってきた美女の中に取り分け美しかったフィロンも混じっていた。

宦官ながら景国でも珍しい『コダ神』の預言者だった彼は、コダの神殿で学びながら王宮付きで働いていた。

しかしそれは、アウロニアの侵略で全て失われたのだった。

「…お気の毒なのは宦官出身で男性のシンボルがないので、アウロニアでは男性として認められず、いろいろな帝国の権利が与えられてない事です」

わたしはリタの言葉に頷いた。

「そう…。だから…」
(だから…あの成人男性に当たらないって言葉が出たのね)
預言者と言えど――様々な境遇の人々がいるのだ。
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