103 / 138
第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
16 バアルとの面会 ②
しおりを挟む
「今日はお忙しい所お時間つくって頂き、有難うございます。バアル様」
わたしはバアル様に一礼をしてお礼を述べた。
バアル様はわたしを見下ろして微笑んでいる。
「初めまして、レダの娘よ…やはり噂で聞いていたのとは違うお嬢さんに見えるのだが不思議だ」
その言葉にわたしは内心でぎくりとしながらも
「わたくしも敗戦国の姫となり、地に落ちて心を入れ替えました。
今までの預言内容の評価と、わたくしの悪評に異論を唱えるつもりは、全く御座いませんが…」
わたしはバアル様と目を合わせて言葉を続けた。
「アウロニア国専属の預言者となったからには、これまで以上に自分の言葉の重さを噛み締めつつ、ガウディ陛下にお仕えするつもりでございます」
バアル様は微笑んだまま表情は動かない。
(…バアル様って…何を考えらっしゃるのか分からないわ)
リラからの情報に因ると、バアル様は元々は、南国ベルガモンに近い地域出身の剣闘士だったという。
奴隷に近い出身だったが、剣闘士としての確かな腕と闘神ドゥーガの加護を経て預言者としての顕著な資質を著わし、前々国王自ら奴隷の階級から引き抜いたのだと聞いた。
もう50歳近くになるお年の筈だというのに、長身で筋肉が隆々とした精悍な顔つきは、かつての剣闘士のままの面影を残している。
髪の毛こそ白いものが多く混じっているが、真っ黒い肌は年齢を感じさせず艶々とし、黒々した瞳は夜の星のように理知的に光っていた。
「…今日は私と話がしたいとニキアスから聞いたのだがーー」
バアル様のにこやかな表情は変わらないのに、妙に圧迫感を感じた。
ふと横を見ると、リラが少し青ざめている。
「バアル様…リラを下がらせてもよろしいでしょうか」
わたしはバアル様に尋ねた。
「ふむ…いいだろう。では君は隣の控え室で待ちたまえ」
バアル様に声を掛けられ、リラが心配そうにこちらを向きながら部屋を退出して行った。
「…今のはわざとですか?」
「何の事だろうか?」
「リラへの殺気です」
途端にバアル様はくすくすと笑い始めた。
「『殺気』ではない。『闘気』だ。彼女だけではなく君自身にも放った。動じないのはさすが元王女というべきかな。
自ら預言者として陛下に売り込んだだけの胆力はある」
「…わたしをお試しになるのはお止めください。バアル様はお忙しいと聞きました。お時間がもったいないですわ」
バアル様は、ふふと笑ってから、わたしを手招きをして椅子に座る様に促した。
「そうだな。では、話をきこう」
「実は…ある預言を受けました。
それでバアル様にご相談をしたかったのです」
わたしはバアル様に話し始めた。
*******
「…ちょっと待て。レダ神の預言内容を、私に軽々しく話してよいのか?」
「今からお話するのは…預言の内容その物ではありません。
しかしその内容は、大変重いものでした。
それでわたしが世間知らずと云う事もあり、是非バアル様にご相談させていただきたかったのです」
「相談?…どういう事かな?」
バアル様は質問の意図が分からないようだった。
「わたくしはゼピウス以外の国を知りません。他国の様々な情勢や地理にも疎いのです」
(正確にいえばゼピウス国も小説のうろ覚えの知識しかないけれど)
「…ふむ」
「ある災害が起こるのですが…」
「…ある災害?それが預言か?」
「はい、その通りです。その災害の後、国内では食料の奪い合いが起こる可能性があるのです。その果てには…実は、帝国内でも内戦が起こる可能性まであります」
バアル様は瞳をきらっとさせると小さく頷いた。
「……成程」
「…これは地理に疎いわたしがバアル様にお聞きしたいのですが、テヌべ川のどの辺りで氾濫が起きやすいか、又は起こる可能性が高いのか、を知りたいのです。
バアル様は長く帝国内を旅をしているとお聞きしました。
何か情報としてご存じではないですか?」
『蝗害』は、普段は水量が少ないテヌべ川の周囲で川の氾濫が起こって、餌である植物が豊富になった為に、バッタの尋常じゃない大量発生が起こるのが始まりだ。
それがその後、群生して飛び回り、帝国内の穀物を食い荒らす蝗害へと進む。
帝国内では食料の奪い合いによる小さな争いが増え、合併したばかりの国々から次々と反乱が起こり、長い内戦が続く為にアウロニア帝国の国土は徐々に荒れていく。
そして小説内ではその混乱に乗じて、ニキアス将軍がガウディ皇帝を弑逆し――王位簒奪を目論むストーリ展開になる。
「…そのサイクロンとやらが預言の内容ではないのか?」
「サイクロンは預言の一部ですが、大変な事態はその後に起こるのです」
「あともう一つ…これはサイクロン発生の前に、大がかりな天体の変化が起こります。
他の方やバアル様はその預言をお聞きになった事はないですか?
若しくはその預言をされた方がいらっしゃるかだけでも、バアル様はご存じないですか?」
バアル様はわたしをじっと見つめていた。
それはまるで、わたしへと何を言うべきか考えているような表情だった。
わたしはバアル様に一礼をしてお礼を述べた。
バアル様はわたしを見下ろして微笑んでいる。
「初めまして、レダの娘よ…やはり噂で聞いていたのとは違うお嬢さんに見えるのだが不思議だ」
その言葉にわたしは内心でぎくりとしながらも
「わたくしも敗戦国の姫となり、地に落ちて心を入れ替えました。
今までの預言内容の評価と、わたくしの悪評に異論を唱えるつもりは、全く御座いませんが…」
わたしはバアル様と目を合わせて言葉を続けた。
「アウロニア国専属の預言者となったからには、これまで以上に自分の言葉の重さを噛み締めつつ、ガウディ陛下にお仕えするつもりでございます」
バアル様は微笑んだまま表情は動かない。
(…バアル様って…何を考えらっしゃるのか分からないわ)
リラからの情報に因ると、バアル様は元々は、南国ベルガモンに近い地域出身の剣闘士だったという。
奴隷に近い出身だったが、剣闘士としての確かな腕と闘神ドゥーガの加護を経て預言者としての顕著な資質を著わし、前々国王自ら奴隷の階級から引き抜いたのだと聞いた。
もう50歳近くになるお年の筈だというのに、長身で筋肉が隆々とした精悍な顔つきは、かつての剣闘士のままの面影を残している。
髪の毛こそ白いものが多く混じっているが、真っ黒い肌は年齢を感じさせず艶々とし、黒々した瞳は夜の星のように理知的に光っていた。
「…今日は私と話がしたいとニキアスから聞いたのだがーー」
バアル様のにこやかな表情は変わらないのに、妙に圧迫感を感じた。
ふと横を見ると、リラが少し青ざめている。
「バアル様…リラを下がらせてもよろしいでしょうか」
わたしはバアル様に尋ねた。
「ふむ…いいだろう。では君は隣の控え室で待ちたまえ」
バアル様に声を掛けられ、リラが心配そうにこちらを向きながら部屋を退出して行った。
「…今のはわざとですか?」
「何の事だろうか?」
「リラへの殺気です」
途端にバアル様はくすくすと笑い始めた。
「『殺気』ではない。『闘気』だ。彼女だけではなく君自身にも放った。動じないのはさすが元王女というべきかな。
自ら預言者として陛下に売り込んだだけの胆力はある」
「…わたしをお試しになるのはお止めください。バアル様はお忙しいと聞きました。お時間がもったいないですわ」
バアル様は、ふふと笑ってから、わたしを手招きをして椅子に座る様に促した。
「そうだな。では、話をきこう」
「実は…ある預言を受けました。
それでバアル様にご相談をしたかったのです」
わたしはバアル様に話し始めた。
*******
「…ちょっと待て。レダ神の預言内容を、私に軽々しく話してよいのか?」
「今からお話するのは…預言の内容その物ではありません。
しかしその内容は、大変重いものでした。
それでわたしが世間知らずと云う事もあり、是非バアル様にご相談させていただきたかったのです」
「相談?…どういう事かな?」
バアル様は質問の意図が分からないようだった。
「わたくしはゼピウス以外の国を知りません。他国の様々な情勢や地理にも疎いのです」
(正確にいえばゼピウス国も小説のうろ覚えの知識しかないけれど)
「…ふむ」
「ある災害が起こるのですが…」
「…ある災害?それが預言か?」
「はい、その通りです。その災害の後、国内では食料の奪い合いが起こる可能性があるのです。その果てには…実は、帝国内でも内戦が起こる可能性まであります」
バアル様は瞳をきらっとさせると小さく頷いた。
「……成程」
「…これは地理に疎いわたしがバアル様にお聞きしたいのですが、テヌべ川のどの辺りで氾濫が起きやすいか、又は起こる可能性が高いのか、を知りたいのです。
バアル様は長く帝国内を旅をしているとお聞きしました。
何か情報としてご存じではないですか?」
『蝗害』は、普段は水量が少ないテヌべ川の周囲で川の氾濫が起こって、餌である植物が豊富になった為に、バッタの尋常じゃない大量発生が起こるのが始まりだ。
それがその後、群生して飛び回り、帝国内の穀物を食い荒らす蝗害へと進む。
帝国内では食料の奪い合いによる小さな争いが増え、合併したばかりの国々から次々と反乱が起こり、長い内戦が続く為にアウロニア帝国の国土は徐々に荒れていく。
そして小説内ではその混乱に乗じて、ニキアス将軍がガウディ皇帝を弑逆し――王位簒奪を目論むストーリ展開になる。
「…そのサイクロンとやらが預言の内容ではないのか?」
「サイクロンは預言の一部ですが、大変な事態はその後に起こるのです」
「あともう一つ…これはサイクロン発生の前に、大がかりな天体の変化が起こります。
他の方やバアル様はその預言をお聞きになった事はないですか?
若しくはその預言をされた方がいらっしゃるかだけでも、バアル様はご存じないですか?」
バアル様はわたしをじっと見つめていた。
それはまるで、わたしへと何を言うべきか考えているような表情だった。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる