嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

25 皇帝の母

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部屋に帰るまでの時間程、居たたまれなかった時間はなかっただろう。

無言でむくっと起き上がり、頭の先まで真っ赤になったドロレスは、廊下の途中で鬘(?)を乱暴に拾い上げ、トーガを乱暴に揺らしながら私の近くまで大股で歩いて来た。

「あ、あの…」
「女狐め、覚えてろよ」

通り過ぎながらギリっと奥歯を鳴らし捨て台詞を言って、廊下の先に無言でどんどん進み歩いていく。

わたしは慌ててドロレスの後を追った。

鬘が取れてしまったのは気の毒だけれど、自分で勝手に転んだ上に怒られても困ってしまう。

けれど、ケガの功名と言うべきかそのおかげで(?)、陛下からの圧の恐怖がかなり和らいだまであった。

預言者等の居宅のある棟まで来た時、すでに送ってもらうレベルは過ぎて、ドロレスはただ前を歩く人になっていた。

そのままドロレスとお付きの奴隷一行は、わたしに声をかける事なく皇宮の方向へ姿を消した。

自室にリラと共に入ると、わたしは大きくため息をついた。 
(なんだか、今日一日でとても疲れてしまったわ)

 ******


「…今日はマヤ様にとって大変な一日でございましたね」

お風呂を出て髪を拭いてもらっている時に、側に控えるリラがぽつりと言った。

わたしは頷いて、思わず苦笑した。
「そうね、確かに。いろいろあり過ぎてくたびれたわ」

トドメのドロレスの鬘に至っては、『何故このタイミングで?』とツッコミを入れたいぐらいだ。
「ドロレス様には申し訳なかったわ。知られたくなかったでしょうに…」

リラは浴室係の奴隷を下がらせると、わたしの着替えを手伝いながらあっさりと言った。

「ドロレス様の鬘は周知の事なので、今更どうって事はありませんわ」
「そ、そうだったの?」

「それよりも問題なのは、陛下です」
「それ、どういう意味?」

リラはかなり言いにくそうに答えた。

「わたくし最初陛下は、マヤ様をニキアス様の人質として使うおつもりなのだと思っていました…政治的に離反しない為の。
ニキアス様が、マヤ様に恋情を抱いていらっしゃるのを知っておられるからだとは思っていたのですが」

わたしが頷くと、更にリラは言いにくそうに言葉をつづけた。
「実は先日、元老院の古参であるわたしの父から聞いた事なのですが、元々陛下はニキアス様に執着していたそうです」

「え…?どういう事?」
(執着?)

「それは前国王の王弟殿下――ガウディ陛下のお父様が泥酔し、御不幸にもご自宅の浴室で溺死されてしまった後のお話になりますが」

リラは前置きをしてから
「陛下は当主に成られる前後でニキアス様以外のご兄弟を亡くされております」

「それは…お気の毒だわ。『執着』というよりたった一人残った兄弟であればこそ、ニキアスを大切にしたいのではないの?」

「いいえ、もっと…もっと以前からです」

リラは首をゆっくりと横に振った。
「陛下は…ニキアス様を特別目を掛けていらっしゃったのですから」
 
 ******

「陛下が御当主になられる前後に、二十人近く居たご兄弟が、何故か時期を合わせたかの様に、次々と事故や病気でお亡くなりになりました」

リラは更に声を潜めて言った。

「いいですか?…です」

「え?」
(それって…まさか)
まさかの恐ろしい結論になりそうだったが、あの陛下であれば、おかしな話でもないのかもしれない。

「陛下…が?」

リラはしっと唇に人差し指を当て、小声でわたしに注意した。
「想像するのはご自由ですが、それを口に出してはいけません。どこで誰が聞き耳を立てているか分かりませんから」

そして彼女はまた少し憂鬱そうに続けた。

「わたくしも陛下に頻繁に普段お目にかかれる様な立場ではありませんが、他人伝手に様々な噂は耳に入ります。陛下は滅多に、あの様な振る舞いを致しません」

「あの様な振る舞い…?」
わたしは陛下と並んで、雷が鳴り響く廊下を歩いた事を思い出していた。
(あれが珍しかった事なの?)

「それこそマヤ様の様な成人の女性の肩に手を置いたり、部屋まで送ろうとしたりする事です」
「リラ、よく意味が分からないわ」

リラは大きくため息をついた。
「お許しください。陛下御自身の性癖については不敬になりますから、お話しできないのです」

(成人女性に触れず、興味が無いってこと…?)

わたしはリラの言い方にもどかしくなって、思わず口に出して聞いてしまった。
「つまり陛下は…小年とか男性愛好家でいらっしゃるってこと?」

次の瞬間リラのひッと小さい悲鳴が聞こえた。

「何て事を…ち、違います!」
 
 *******

「ガウディ、またレダ様とお話をしたわ」

母は、チュニックが土で汚れるのも憚らずぼうっと座り込んで、ブチブチと邸宅庭の草花を種類を問わず、手当たり次第に両手でむしっては放り投げていた。

「母上…そんな勢いで引っこ抜いていたら庭の花々が無くなります。その草の下にいる虫の居場所がなくなりますし、奴隷の庭師の仕事が増えます」

「そう?でもそれが何か問題なの?花はまた植えればいいし、虫はただの虫だし、奴隷はただの奴隷じゃない」

『花も虫も奴隷もいくらでも代わりはいるから気に留める必要が無い』という口ぶりだった。

思考は子供でも、身分は大貴族の娘の母だ。
この考えの母に何を言っても無駄だと知っているガウディは、説明を諦め話題を変えた。

「そうですか。ところで、レダ様はなんて仰ってましたか?」
「それが、分からなかったの。ただとても哀し気だったわ」

「…哀しげですか?」
「そう。とても哀しいけれど、わたくしにしか出来ないことがあると。大変だけど世界をにする為に出来るかって訊かれたわ」

「より良いもの…ですか?」
「だからわたくし言ったの。どうかやらせて下さい、レダ様の哀しみを分かち合わせて欲しいってね」

さすがのガウディも母親の言っている事が分からず、眉を顰めた。
「母上、仰っている事が…」

「ある子を王様にする為には、どうしても必要なことなのですって」
「母上?」

ガウディの母はふふっと我が子に微笑んだ。

「貴方の義兄弟で、これから生まれてくる男の子よ。
…とても、とても美しいなの」
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