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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
27 潜入 ①
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アウロニア帝国の主要都市ウビン=ソリスは、華やかな都であり統合した国々の情報が集まる中継地点でもある。
都市の下町にあるバザールでは、異国との交易で輸入された香辛料をはじめ、絹や綿などの織物、新鮮な果物や肉や魚だけでなく燻製された食物、薬の原料となる薬草や酒類の数々が各店の軒下にところ狭しと並んでいる。
人々の喧騒と様々な匂いに満ち溢れたこの界隈を、麻のマントのフードを被って歩く青年がいた。
片手で無造作に持った袋に果物と雑穀のパンと酒が入っており、もう片方の手では、串焼きの肉が数本乗った紙ナフキンを持っている。
多くの人が行き来する道を、細身ながらも筋肉の付いた長身の彼は人にぶつからない様に避けながら歩いていた。
その流れる様な動作は、どこか優雅でもある。
人気のない裏路地に入り、少し地下に下る階段を軽々と降りてから、彼は古い木戸の扉を足のつま先でガンガンと蹴った。
木戸がゆっくりと開くと、そこには巨岩のように佇む大男の姿があった。
「…お帰りなさい、アナ…」
「重いからさ、早く持ってくれよタウロス」
持っていた大袋を大男の胸にどさりと押し付けると、空いた片手で頭のフードを外した。
そこにはくせのある鳶色の髪と、更に赤味がかった瞳の端正な顔立ちの少年が現れた。
ここは盗賊団がもつ隠れ家の一つである。
現在アナラビ達は数人の部下を連れて、このアウロニア帝国内のアジトに潜伏中なのであった。
「あぁ腹減った」
片手で持っていた串焼きの肉を持ちあげると、アナラビはそのままカブっと肉に齧り付いた。
肉汁が滴り落ちる口の端を舌でペロリと拭うと、口元の印象的な黒子がより目立つ。
「メサダ神から何か新たな神託はあったのか?」
「神殿からの連絡は何も無いです。一応神官長にも確認しましたが、預言者等に神託は新に降りて無いとのことでした」
「ふん…」
アナラビは鼻を鳴らした。
「じゃあやはり預言通り、その…『皆既日食』とやらが起こるのは間違いないんだな」
「そのようですね」
「しかし、本当に太陽が無くなって黒く見えるのか」
アナラビはまだ信じられないといった口ぶりだった。
「しかも辺りも闇に包まれた様に真っ暗になる様です」
「マジか…怖えな…」
アナラビはぶるっと身体を震わせた。
あんなに上空で輝いている太陽が、一時的でも黒くなり夜の様に光が消えるなんて恐ろしい事だ。
「まさに世界の終わりってやつか。確かに神の怒り、不吉の象徴だが、これがオレらの時代の始まりの合図ってことだな」
「そうです。ようやく」
タウロスは頷いたのだった。
アナラビは隠れ家の中を一見して
「あれ?」
と首を傾げると、タウロスへと尋ねた。
「そういえば、タヴィア…いや、カーラは何処へ行った?」
「彼女は彼女で情報を集めに行くと言っておりました」
「フーン…」
アナラビは少しため息をついてタウロスへ向き直った。
「あんま無理をして欲しくないんだけどよ…なぁ、あいつの態度最近ちょっと変じゃね?」
タウロスは返答に困ってしまった。
原因はアナラビにあるのだが、どうやら無自覚らしい。
「ええと…もう少ししたら戻ってくると思います。それよりも日蝕後の我々の行動をもう一度確認していきましょう…」
***************
カーラは情報収集の為に皇宮の下働きの一員として、紛れ込んでいた。
下心満載の皇宮付きの奴隷の男の一人に頼み込んで、妹として入らせて貰ったのである。
皇帝や皇后、側妃、預言者の居住地区は不可能だが、皇宮内でも一般的な施設は、『奴隷は人間で無い』と豪語して憚らない成人男性と、そこで働く何百位人以上いる奴隷が集まる場所だ。
そのため奴隷の顔ぶれが多少変わっても気にするものもいない。
貴人付きの役職付きの立場になればまた別であるが、それ以外は有象無象である。
しかし、ただの奴隷の中でさえカーラの様なハッキリした目鼻立ちの美貌の少女は目立った。
エキゾチックで艶やかなブルネットの髪や森のような深い緑色の瞳が宮殿の男の目に留まって、問答無用で部屋に引き込まれたりする恐れもあった。
カーラはなるべく身体のラインの出ないダブダブのチュニックを着用し、自分のスタイルの良さを誤魔化した。
髪を無造作にまとめ、薄く顔に炭を伸ばして塗り肌の美しさも目立たないように細工したのだ。
(それでも美しい緑色の瞳を隠せていないのだが)
仕事中の奴隷の様に振る舞いながら、宮殿の中を警戒しながら歩いていると、奥から聞き覚えのある声が近づいてくるのに気付いた。
カーラはサッと庭園の木立の影に隠れた。
通路の奥から、恰幅の良い中年の男と華奢な少年が並びながらこちらに歩いて来る。
カーラは思わず「あッ」と声を上げそうになった。
見覚えのある二人組――それはあの盗賊団襲撃の前に潜入したテントで会った人物であった。
アウロニア皇軍『ティグリス』ダナス副将軍と、その息子ユリウス=リガルト=ダナスに間違えなかったからである。
都市の下町にあるバザールでは、異国との交易で輸入された香辛料をはじめ、絹や綿などの織物、新鮮な果物や肉や魚だけでなく燻製された食物、薬の原料となる薬草や酒類の数々が各店の軒下にところ狭しと並んでいる。
人々の喧騒と様々な匂いに満ち溢れたこの界隈を、麻のマントのフードを被って歩く青年がいた。
片手で無造作に持った袋に果物と雑穀のパンと酒が入っており、もう片方の手では、串焼きの肉が数本乗った紙ナフキンを持っている。
多くの人が行き来する道を、細身ながらも筋肉の付いた長身の彼は人にぶつからない様に避けながら歩いていた。
その流れる様な動作は、どこか優雅でもある。
人気のない裏路地に入り、少し地下に下る階段を軽々と降りてから、彼は古い木戸の扉を足のつま先でガンガンと蹴った。
木戸がゆっくりと開くと、そこには巨岩のように佇む大男の姿があった。
「…お帰りなさい、アナ…」
「重いからさ、早く持ってくれよタウロス」
持っていた大袋を大男の胸にどさりと押し付けると、空いた片手で頭のフードを外した。
そこにはくせのある鳶色の髪と、更に赤味がかった瞳の端正な顔立ちの少年が現れた。
ここは盗賊団がもつ隠れ家の一つである。
現在アナラビ達は数人の部下を連れて、このアウロニア帝国内のアジトに潜伏中なのであった。
「あぁ腹減った」
片手で持っていた串焼きの肉を持ちあげると、アナラビはそのままカブっと肉に齧り付いた。
肉汁が滴り落ちる口の端を舌でペロリと拭うと、口元の印象的な黒子がより目立つ。
「メサダ神から何か新たな神託はあったのか?」
「神殿からの連絡は何も無いです。一応神官長にも確認しましたが、預言者等に神託は新に降りて無いとのことでした」
「ふん…」
アナラビは鼻を鳴らした。
「じゃあやはり預言通り、その…『皆既日食』とやらが起こるのは間違いないんだな」
「そのようですね」
「しかし、本当に太陽が無くなって黒く見えるのか」
アナラビはまだ信じられないといった口ぶりだった。
「しかも辺りも闇に包まれた様に真っ暗になる様です」
「マジか…怖えな…」
アナラビはぶるっと身体を震わせた。
あんなに上空で輝いている太陽が、一時的でも黒くなり夜の様に光が消えるなんて恐ろしい事だ。
「まさに世界の終わりってやつか。確かに神の怒り、不吉の象徴だが、これがオレらの時代の始まりの合図ってことだな」
「そうです。ようやく」
タウロスは頷いたのだった。
アナラビは隠れ家の中を一見して
「あれ?」
と首を傾げると、タウロスへと尋ねた。
「そういえば、タヴィア…いや、カーラは何処へ行った?」
「彼女は彼女で情報を集めに行くと言っておりました」
「フーン…」
アナラビは少しため息をついてタウロスへ向き直った。
「あんま無理をして欲しくないんだけどよ…なぁ、あいつの態度最近ちょっと変じゃね?」
タウロスは返答に困ってしまった。
原因はアナラビにあるのだが、どうやら無自覚らしい。
「ええと…もう少ししたら戻ってくると思います。それよりも日蝕後の我々の行動をもう一度確認していきましょう…」
***************
カーラは情報収集の為に皇宮の下働きの一員として、紛れ込んでいた。
下心満載の皇宮付きの奴隷の男の一人に頼み込んで、妹として入らせて貰ったのである。
皇帝や皇后、側妃、預言者の居住地区は不可能だが、皇宮内でも一般的な施設は、『奴隷は人間で無い』と豪語して憚らない成人男性と、そこで働く何百位人以上いる奴隷が集まる場所だ。
そのため奴隷の顔ぶれが多少変わっても気にするものもいない。
貴人付きの役職付きの立場になればまた別であるが、それ以外は有象無象である。
しかし、ただの奴隷の中でさえカーラの様なハッキリした目鼻立ちの美貌の少女は目立った。
エキゾチックで艶やかなブルネットの髪や森のような深い緑色の瞳が宮殿の男の目に留まって、問答無用で部屋に引き込まれたりする恐れもあった。
カーラはなるべく身体のラインの出ないダブダブのチュニックを着用し、自分のスタイルの良さを誤魔化した。
髪を無造作にまとめ、薄く顔に炭を伸ばして塗り肌の美しさも目立たないように細工したのだ。
(それでも美しい緑色の瞳を隠せていないのだが)
仕事中の奴隷の様に振る舞いながら、宮殿の中を警戒しながら歩いていると、奥から聞き覚えのある声が近づいてくるのに気付いた。
カーラはサッと庭園の木立の影に隠れた。
通路の奥から、恰幅の良い中年の男と華奢な少年が並びながらこちらに歩いて来る。
カーラは思わず「あッ」と声を上げそうになった。
見覚えのある二人組――それはあの盗賊団襲撃の前に潜入したテントで会った人物であった。
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