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1.頂かれる嫁ぎ先

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「どうかお義父様…お願いします。わたくし、絶対にモルゴール侯爵には嫁ぎません。
わたくし…嫁ぎ先で食べられたくありませんもの」

ほっそりとした見るからに儚げなレティシアは、悲し気に金髪を揺らしながら俯いて言った。

「しかし、相手は『若くて艶々と元気である女性』とピンポイントで希望されているのだぞ、レティシア。
当家の中でそんな娘他に誰がいると云うのだ」
項垂れて絶望するレティシアへと、とりなす様にお父様はわたしの義妹に言った。

『ああ…またいつもの彼女の我儘劇場が始まったわ…』
とわたしはお父様と妹のレティシアを見上げながら思ったのだが。

(もう部屋に戻りたい。またこれで睡眠時間が少なくなるわ…)
慌てて二人に見えないところでそっと顔を背け、欠伸が出そうなのを噛み殺して、ため息をつく。

せめて今日こそは、わたしの愛読する小説の中の登場人物、ツンデレショタの『ラインハルト』に会って眠りたい。

深夜になっても、妹レティシアの嘆きの訴えは止まらなかった。

今やイーデン伯爵家の豪華な居間に残っているのは、私と妹とお父様だけだ。

とは云っても義妹レティシアが訴えているのは、
『食べられると分かってて、嫁ぎたくない』
『お義父様はわたくしが可哀想だと思わないのですか』
『やっぱり本当の娘じゃないから…』
の繰り返してだけではあったけれど。

 +++++

「嫌ったら、嫌なのですわ!」

義妹レティシアは泣き落としで通用しないお父様に対し、最終形態――美しい金髪を振り乱し、ヒステリックに首を思い切り横に振って喚く攻撃に変更した様だった。

彼女が身体を震わせて嫁ぐのを全身で嫌がっている相手は、吸血鬼と名高い『怪物ダニエル=モルゴール侯爵』だった。

太古の昔に魔法と魔獣が入り乱れ、それから大きく繁栄したオスティリア国は、今も人間と魔物・魔獣との混合による祖先からの血を脈々を受け継ぐ名家が多い。

侯爵閣下はその血縁の家門の中でも、祖先は吸血鬼と人間の混合の方だったらしく、その後生まれた子供の中には、時々先祖返りの様に吸血もしくは生気吸いの習慣が宿ってしまう人間が生まれるらしい。

今となっては、その性質が表に出ない者が大半だが、ダニエル=モルゴール侯爵閣下は異なっていた様だ。

先日長かった国境との戦いが休戦になり、モルゴール侯爵がどうやら久しぶりに、王都に戻ってきた時のことだ。

そして戦勝の報告をする謁見の間での事。

せっかく久しぶりに王都へと戻って来れたのだから、『今のうちに良い娘と婚姻を』と、現オスティリア王へ婚姻を勧められた時に、モルゴール侯爵閣下は条件をつけたのだ。

なんと彼は
『では、生気がたっぷり吸える女性が良いです』
と上申したのだという。

それを聞いた陛下以外の臣下達は思い切りざわついたらしい。

それはそうなるというものだ。
妻になる令嬢を『僕、思いっきり食べちゃいますよ』と宣言しているも同然なのだから。

そして妻になる娘を選定するにあたって、モルゴール侯爵からいくつか条件が出た。

それは――。
『どうせなら若くて艶々と元気な女性が良い』(どれだけ吸う気マンマンなのか)というものだった。

侯爵家に釣り合った年頃の娘を持つ家名の当主は、怖れの余り震えた。
嫁がせたら確実に生気を吸われ尽くして、娘は死んでしまうだろう。

もし、娘に何かあって、その責任や影響が実家にまで響いたらどうしてくれるのか。

『触らぬ神に祟りなし』
モルゴール侯爵家との婚姻に誰も手を挙げる家が無かったため、国王は一計を案じた。

皆平等になる様に対象となる家にを引かせたのである。

皆で一斉にくじ引きをし、はずれくじを引いたのが『イーデン伯爵』…当家だった。

そして最初の話に戻るという訳なのだ。
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