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13 子豚令嬢の告解
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肖像画の黒髪の青年の彼が、ダニエル=モルゴール侯爵様であるのには間違えが無い。
けれど目の前にいる妖しい美しさを放つ少年とは、あまりにも雰囲気が異なっていた。
「この方が…本来のダニエル様なのですね」
「そうです。この絵の姿とは、ずいぶんかけ離れてしまいましたが…」
髪が半分銀髪になり瞳の色も変わってしまったダニエル様は、少し切なそうに微笑んだ。
わたしは少し震える声で、少年の姿のダニエル様へ訊いた。
「この御姿に戻る為には…ち、血を吸わないとダメと云う事…なのですね?」
するとダニエル様は可笑しそうにフッと笑った。
「キャロルは何か勘違いをしている様ですね。
僕は昔の吸血鬼の様に、牙を立てて血液や生気を吸い取る訳ではありません。
本人の許可さえあれば、それこそ手の平を合わせるだけでも『生気』は吸えるのです。
ただ吸われた相手にはそこそこの影響が出ますから、むやみやたらには出来ないだけで」
「そ、そうなんですか…?」
「不確かな…恐ろしい噂に惑わされないで下さい、キャロル。
色々と良くない噂を聞いているのかもしれませんが、殆どが無知故の間違いです。
僕も含めた魔人家系の貴族の素行がそんなに悪ければ、とうの昔に王から爵位を取り上げられ家系ごと潰されてこの国から追い出されている筈ですよ」
「た、確かに…それは、その通りですわ」
今この王国の発展は、うまい具合に魔族と人間が混じり合って出来た結果なのだ。
どちらかが暴走してしまえば、直ぐに終わってしまうのに、そうはならなかったのは先達が努力して均衡を保っていたからなのだ。
「それから君の『不健康』の状態の身体についてですが、先程マダム・オランジュと良く話し合いました。
だから明日は教会に相談しようかとも思っています。
やさぐれていますが、大変優秀な神父が居るので、きっと良い解決方法を捜してくれる筈ですよ」
ダニエル様はわたしに安心させる様ににっこりと笑った。
何だか申し訳なさと有り難さで胸が『きゅっ』となってしまうのを感じた。
最初ここに来た時はただ『餌にされる』と思っていたのに。
ダニエル様はとても丁寧で親切だった。
(少なくともわたしに対して誠実であろうとはしてくれるわ)
わたしときたら、お父様やレティシアが云っていた事や貴族間で流れていた噂をそのまま信じ、鵜呑みにして禄に調べもせずここへ嫁いできてしまった。
そして、何も知ろうとせずにここから逃げ出そうとした。
(なんて考え無しな行動を取ってしまったのだろう…)
「わたくし…ダニエル様に申し訳ない気持ちでいっぱいですわ…」
「どうしましたキャロル。貴女が謝る事なんて何も…」
「いえ…わたくし実は…大変色々と恥ずかしい勘違いをしておりました。ダニエル様に謝らなければ気がすみません」
「はい?…『恥ずかしい勘違い』…ですか?」
ダニエル様は疑問符を顔に浮かべ、小首を優雅に傾げてわたしに尋ねた。
わたしは下を向いたまま両手でドレスをぎゅっと握り、『これを聞けば、ダニエル様が気分を害されるかもしれない』と思いながらも、話し始めた。
「は…はい。わたくしは愚かにもまわりの言う事をただ信じ、恥ずかしながら自分が『ただ餌にされるなんて絶対に嫌だ』などと思いながら、嫁いできてしまったのです」
「な…成程…そんな風に思われていたなんて、僕は…」
ダニエル様は下を向いて口元を手で押さえた。
「も、申し訳ありません!良く知りもせず失礼な事ばかり…。でもわたくし、実際ただの子豚ですし。けれどそんな思い込みは決して良くないと云う事に遅ればせながらやっと気付きました。わたくし、もっと…ダニエル様とモルゴール侯爵様家について、きちんと知らなければいけないと思いましたわ…!」
「……」
必死で訴えるわたしに、ダニエル様は口元を押さえたまま微動だにしなかった。
シーンとした気まずい時間が流れる。
(ああ…もしかしたらダニエル様は完全に怒ってしまわれたのかもしれないわ)
――と一瞬絶望した次の瞬間、ダニエル様は身を震わせた。
そして
「ぷ、くくくく…ふ、あっははははははは…、ごめんよ、くく…」
何と声を上げて笑い始めたのだった。
+++++
ダニエル様の笑いは暫く止まらなかった。
「ごめん…ごめんよ。ああ、何て可愛いひとなんだ、君は」
ダニエル様は笑い過ぎで浮かんだ涙を拭う様に少し目を擦った。
「はい?…あの…」
「別に僕にその都度自分の気持ちを正直に打ち明けなくてもいいんだよ。君や君の家にとって都合の悪い事もあるでしょう。僕に申し訳ないという気持ちは、とてもありがたいけれどね」
それからダニエル様はわたしを見上げてにっこりと笑って言った。
「あと君は気付いていないと思うけれど、君はただの子豚では無いよ。『不健康』の原因が除去されれば、驚く程の美女に変わる――まあ、僕の好みとしては胸は大きい方がいいけれど」
何か何処かで聞いた様な台詞が、後半聞こえた気がするけれど、ダニエル様がわたしの告解に気を悪くしていない気がする。
「ダニエル様…怒っていらっしゃらないのですか?」
「怒っていたら、こんな風には笑わないでしょう、キャロル?」
「ああ、ダニエル様が心の広い方で良かったですわ…」
わたしはため息を付きながら、安堵に胸を撫で下ろした。
ダニエル様はそんなわたしを見ながら優しく微笑んで、わたしに腕を差し出した。
「さあ、貴女の部屋まで送りますよ、キャロル。明日は僕と教会に行きますからね」
「はい。分かりましたわ…」
ダニエル様に許されて、何処かうきうきとした気分で歩いていたわたしには、その時ダニエル様が妖しく
『生気を吸えば…どんなに君が僕を嫌いでも、僕に夢中になるんだよ?可愛いキャロル』
と呟いたのには気が付かなかった。
けれど目の前にいる妖しい美しさを放つ少年とは、あまりにも雰囲気が異なっていた。
「この方が…本来のダニエル様なのですね」
「そうです。この絵の姿とは、ずいぶんかけ離れてしまいましたが…」
髪が半分銀髪になり瞳の色も変わってしまったダニエル様は、少し切なそうに微笑んだ。
わたしは少し震える声で、少年の姿のダニエル様へ訊いた。
「この御姿に戻る為には…ち、血を吸わないとダメと云う事…なのですね?」
するとダニエル様は可笑しそうにフッと笑った。
「キャロルは何か勘違いをしている様ですね。
僕は昔の吸血鬼の様に、牙を立てて血液や生気を吸い取る訳ではありません。
本人の許可さえあれば、それこそ手の平を合わせるだけでも『生気』は吸えるのです。
ただ吸われた相手にはそこそこの影響が出ますから、むやみやたらには出来ないだけで」
「そ、そうなんですか…?」
「不確かな…恐ろしい噂に惑わされないで下さい、キャロル。
色々と良くない噂を聞いているのかもしれませんが、殆どが無知故の間違いです。
僕も含めた魔人家系の貴族の素行がそんなに悪ければ、とうの昔に王から爵位を取り上げられ家系ごと潰されてこの国から追い出されている筈ですよ」
「た、確かに…それは、その通りですわ」
今この王国の発展は、うまい具合に魔族と人間が混じり合って出来た結果なのだ。
どちらかが暴走してしまえば、直ぐに終わってしまうのに、そうはならなかったのは先達が努力して均衡を保っていたからなのだ。
「それから君の『不健康』の状態の身体についてですが、先程マダム・オランジュと良く話し合いました。
だから明日は教会に相談しようかとも思っています。
やさぐれていますが、大変優秀な神父が居るので、きっと良い解決方法を捜してくれる筈ですよ」
ダニエル様はわたしに安心させる様ににっこりと笑った。
何だか申し訳なさと有り難さで胸が『きゅっ』となってしまうのを感じた。
最初ここに来た時はただ『餌にされる』と思っていたのに。
ダニエル様はとても丁寧で親切だった。
(少なくともわたしに対して誠実であろうとはしてくれるわ)
わたしときたら、お父様やレティシアが云っていた事や貴族間で流れていた噂をそのまま信じ、鵜呑みにして禄に調べもせずここへ嫁いできてしまった。
そして、何も知ろうとせずにここから逃げ出そうとした。
(なんて考え無しな行動を取ってしまったのだろう…)
「わたくし…ダニエル様に申し訳ない気持ちでいっぱいですわ…」
「どうしましたキャロル。貴女が謝る事なんて何も…」
「いえ…わたくし実は…大変色々と恥ずかしい勘違いをしておりました。ダニエル様に謝らなければ気がすみません」
「はい?…『恥ずかしい勘違い』…ですか?」
ダニエル様は疑問符を顔に浮かべ、小首を優雅に傾げてわたしに尋ねた。
わたしは下を向いたまま両手でドレスをぎゅっと握り、『これを聞けば、ダニエル様が気分を害されるかもしれない』と思いながらも、話し始めた。
「は…はい。わたくしは愚かにもまわりの言う事をただ信じ、恥ずかしながら自分が『ただ餌にされるなんて絶対に嫌だ』などと思いながら、嫁いできてしまったのです」
「な…成程…そんな風に思われていたなんて、僕は…」
ダニエル様は下を向いて口元を手で押さえた。
「も、申し訳ありません!良く知りもせず失礼な事ばかり…。でもわたくし、実際ただの子豚ですし。けれどそんな思い込みは決して良くないと云う事に遅ればせながらやっと気付きました。わたくし、もっと…ダニエル様とモルゴール侯爵様家について、きちんと知らなければいけないと思いましたわ…!」
「……」
必死で訴えるわたしに、ダニエル様は口元を押さえたまま微動だにしなかった。
シーンとした気まずい時間が流れる。
(ああ…もしかしたらダニエル様は完全に怒ってしまわれたのかもしれないわ)
――と一瞬絶望した次の瞬間、ダニエル様は身を震わせた。
そして
「ぷ、くくくく…ふ、あっははははははは…、ごめんよ、くく…」
何と声を上げて笑い始めたのだった。
+++++
ダニエル様の笑いは暫く止まらなかった。
「ごめん…ごめんよ。ああ、何て可愛いひとなんだ、君は」
ダニエル様は笑い過ぎで浮かんだ涙を拭う様に少し目を擦った。
「はい?…あの…」
「別に僕にその都度自分の気持ちを正直に打ち明けなくてもいいんだよ。君や君の家にとって都合の悪い事もあるでしょう。僕に申し訳ないという気持ちは、とてもありがたいけれどね」
それからダニエル様はわたしを見上げてにっこりと笑って言った。
「あと君は気付いていないと思うけれど、君はただの子豚では無いよ。『不健康』の原因が除去されれば、驚く程の美女に変わる――まあ、僕の好みとしては胸は大きい方がいいけれど」
何か何処かで聞いた様な台詞が、後半聞こえた気がするけれど、ダニエル様がわたしの告解に気を悪くしていない気がする。
「ダニエル様…怒っていらっしゃらないのですか?」
「怒っていたら、こんな風には笑わないでしょう、キャロル?」
「ああ、ダニエル様が心の広い方で良かったですわ…」
わたしはため息を付きながら、安堵に胸を撫で下ろした。
ダニエル様はそんなわたしを見ながら優しく微笑んで、わたしに腕を差し出した。
「さあ、貴女の部屋まで送りますよ、キャロル。明日は僕と教会に行きますからね」
「はい。分かりましたわ…」
ダニエル様に許されて、何処かうきうきとした気分で歩いていたわたしには、その時ダニエル様が妖しく
『生気を吸えば…どんなに君が僕を嫌いでも、僕に夢中になるんだよ?可愛いキャロル』
と呟いたのには気が付かなかった。
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