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太陽の国から来た男

10 愛おしくて ★

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 その夜、カロリーネはもう一つの隣家フィンチ家に招かれた。フィンチ氏は銀行の役員で五十前後、妻は四十前後だった。子どものいない夫妻は若いカロリーネが未亡人と知ると同情し、困ったことがあったらいつでも相談して欲しいと言った。
 カロリーネは本当はフィンチ夫妻よりも長く生きているのだがと思ったが、二人に感謝した。
 食後はフィンチ夫人と小説の話をした。

「シャーリー・ブランウェルの『エレン・ジョーンズ』はお読みになったかしら?」
「ええ」

 二人はヒロインの夫となるランチェスター氏について、あれこれ話し合った。

「型破りな方だけど、紳士的だと思います」
「そうね。夫はそんな女にとって都合のいい男なんていないって言うけれど、小説の中なんですもの。いたっていいわよね」
「ええ。それに『荒野にて』のアーノルドよりは現実的ではないでしょうか」
「まあ! エマ・ブランウェルの『荒野にて』もお読みになったの?」
「長かったので少し時間はかかりましたけれど」
「凄いわ。ゲマルン語訳はまだ出版されてないでしょ」
「インガレス語の勉強のためですから」
「他には何をお読みになったの?」

 フィンチ夫人は伯爵夫人の読書量に驚き、カロリーネの帰宅後、夫に会話の内容を伝えた。

「あの方、若いのにゲマルン語だけでなく、インガレス語もフロラン語もご存知だし、ジルパンの話まで知ってたわ。それに大概の小説を知っているし。『モンテ・ローザ伯』も読んでるなんて。あれ十五巻もあるのに」
「伯爵夫人だから当然だろ」

 フィンチ氏はそう言うと、読んでいた新聞に目をやった。パブリックスクールで貴族とともに勉学した経験のあるフィンチ氏は貴族は自分達中流階級とは違うことを知っていた。
 貴族は中流階級と違い働く必要がないから、金融、法律、医学など実学を専門的に学ぶ必要はない。そんなものは専門家を雇えば済む話だった。極論すれば貴族女性などは社交に必要なフロラン語や教養、ダンス、音楽を学んでいればいいのだ。「モンテ・ローザ伯」などという長ったらしい娯楽小説を読む暇ならたっぷりあるだろう。

「カポレオンの頃の話にも詳しいし」

 真面目に話を聞いてくれない夫に業を煮やしたのか、夫人が言った。

「まるであの時代に生きてた人みたい」
「貴族というのは昔からの生活を変えようとしないからね」
「それじゃ、なんで、こんな場所に住むわけ?」
「珍しかったんだろ。金持ちの気まぐれさ」

 隣人の話題はそれで終わった。
 近隣の人々のヴァッケンローダー伯爵夫人への興味はほぼフィンチ夫妻と一致していた。妻たちは外国人貴族の若い未亡人の生活に興味津々、夫たちは一部を除いて貴族の未亡人への関心が薄かった。夫たちは毎日の仕事に忙しかったのだ。ただし一部の例外的な若い紳士は伯爵夫人へのアプローチをしようと、屋敷を訪れた。だが、屈強な執事のカールに約束のない方とは面会できませんと玄関先で追い返されるのが常だった。
 たいていの紳士はこれで諦める。だが、例外中の例外もたまにはいる。
 通りを挟んで斜め向かいに住むブライトン弁護士の次男ラルフがそうだった。彼はエイムズ家の息子リチャードと同じ大学の学生だが、大学内で顔を合わせることはなかった。たまに大学近くのパブで見かけることはあったが。
 この日もラルフは忠犬のような執事に門前払いをくらって、仕方なく大学に行った。講義を聞いた後、パブで友人と騒いで帰宅する足元にはすでに闇が忍び寄っていた。

「ん?」

 件の伯爵夫人の屋敷の前を通った時だった。バラの生垣の隙間から屋敷の灯りが見え、さらに庭先に立つ女性の姿が見えた。
 それはまるでフロランの印象派の絵画のようだった。部屋の明かりを受けて輝く金色の巻き毛の美女がバラを一輪手に持ち、メイドらしい若い女と談笑していた。何を話しているかわからぬが、透き通るような笑い声にラルフは聞きほれてしまった。
 姉や母が美人だと言っていたけれど、これほどとは思っていなかった。単なる好奇心だった彼の気持ちが恋心に変わるのはたやすかった。元から飽きっぽい男だから、気持ちはすぐに変わるのだ。
 だが、この棘だらけの生垣を飛び越えるのは危険だった。彼もそれほど馬鹿ではない。忠犬執事に追い返され、父に御注進されてはたまらない。
 ひとまず家に戻り作戦を練ることにした。



 フィンチ夫妻の家を尋ねた晩、カロリーネは幾三郎を訪ねなかった。さすがに血を二度も吸われてはあの身体ではダメージが大きいはずである。
 翌日の晩部屋を訪ねると、幾三郎は本を開いたまま机に突っ伏して眠っていた。
 カロリーネは窓の鍵がされていないことに気付き、部屋に入った。そばのベッドに眠らせてやらねばと身体に触れた時だった。
 びくりと身を震わせ、幾三郎は振り返った。

「どうして、ここに?」
「愛の力があれば、飛んできます」

 そう言ったカロリーネはすぐに幾三郎に抱きしめられた。

「会いたかった」

 嬉しい言葉だった。

 馴れるというのは恐ろしいことだった。カロリーネは幾三郎の腕に抱きしめられるだけで、鏡のことも年齢のことも忘れてしまった。ただただ欲しくてたまらなかった。身体中が欲望に支配され、欲望が身体を動かした。
 互いの服を脱がし合い硬い寝台の上に重なり合えば、二人が望むことはただ一つだけだった。
 長い口づけの後、互いの顔を見つめ合った。

「あなたのいない夜は、つらかった」

 血を二度も吸われて体力は落ちているはずなのに、言葉には力がこもっていた。カロリーネの胸が高鳴る。

「私も、会いたかった」

 ため息のようにこぼれた言葉に幾三郎の目が輝いた。

「あなたに嫌われてしまったのではないかと心配で」
「え?」

 意外な言葉だった。

「会ってから物思いばかりしているなどという歌を教えてしまって、まるで、あなたを責めているように聞こえたのではないかと」

 そんなことはない。幾三郎はなんと繊細なのだろう。

「そんなことはありません。あの歌はまるで私の気持ちのようで。あなたを知ってから、私はあなたのことばかり考えてしまって……」

 言葉は再びの口づけで途切れた。口づけながら、乳房、背中や腰をさすられ、カロリーネは声を上げたかったが、幾三郎の唇はそれを許さなかった。内にこもった快楽の熱が出口を求めて、カロリーネをさいなんだ。このままは嫌、どうにかしてとすり合わせた両足の太ももを幾三郎の手が割って、指があふれ出る泉の水を掬い上げるように辺りを擦り上げた。

「んんあっおおっ」

 唇が離れた途端に上がった声に、カロリーネ自身驚いた。なんとあさましく恥ずかしい声か。

「もっと乱れて」

 囁かれるのと同時に花びらの奥に指を入れられ、カロリーネは慄いた。ぴりぴりと触れられた箇所から刺激が背筋を駆け上っていく。早く欲しいと思った。が、幾三郎は指で触れるばかりで、なかなか一物を入れてくれない。幾度も出入りする指は湿った音を立てて刺激するばかりで、じれったさばかりが募った。
 もっと欲しい、このまま終わるのは嫌、硬く丸みを帯びた幾三郎の小刀のような一物を受け入れたい。それなのに、どうしていつまでも、指ばかりなのか。二本の指の動きは相変わらず巧みだが、それだけではもう耐えられなかった。

「幾三郎、お願い」

 いつの間にか潤んだ目で見上げた。

「いいですか」

 こくりと頷いた。
 
「私の上に乗ってください。あなたをもっと見たいから」

 カロリーネはごくりと唾を呑み込んだ。

 横たわった幾三郎の腰の上にカロリーネはまたがると、膝を床に着けた。そのありさまを幾三郎はじっと見ている。乱れた髪、半開きになった唇、白い肌、二つのほどよく膨らんだ乳房、硬くしこった先端、小さく窪んだ臍、濡れてきらきらと光る金色の巻き毛に覆われたヴィーナスの丘、すべてが淫らで美しかった。
 カロリーネもまた幾三郎の視線の強さを感じていた。見られているだけなのに、指で触れられているような感触を覚えた。
 ゆっくりと腰を下ろしていく。天を仰ぐ幾三郎の小刀のような一物の先端に向かって。あの丸みを帯びた先端を支える凶暴なほどに硬い竿が中に満ちるのを想像するだけで、カロリーネの花から露が滴りそうだった。幾三郎の先端もまた、カロリーネの花芯の奥の心地よさを思い出したのか、透き通った液体を分泌して光っていた。まるで名刀に滴る村雨の露のごとくに。
 
「あっ」

 花びらに一物が触れた瞬間、声が出た。互いの身体からあふれる露が溶け合っていくようだった。露を味わうように、カロリーネはできるだけゆっくり腰を落とす。腰から背筋にかけてぴりぴりと興奮が駆け抜ける。
 
「はあっ」

 幾三郎の声が聞こえた。カロリーネの中にゆっくりと侵入していく感触に目を細めていた。
 なんと、可愛らしい。カロリーネは微笑みたくなったが、できなかった。花の奥へと進む硬い一物が中を刺激して、微笑む余裕などなかった。クロードとの行為を思い出そうとしても思い出せなかった。同じような姿勢で交わったことがあるはずなのに。感触も先端の当る箇所も何もかもが、以前の経験を凌駕していた。
 すべてが納まると、幾三郎はカロリーネの腰の両側に手を伸ばした。

「動いて、好きに」

 言われるまでもなかった。カロリーネはじっとしてなどいられなかった。欲しかった。もっと強い刺激が。強い快楽が。
 自分でも信じられないくらいの速さで腰を上げすぐに下げた。たまらなく気持ちがよかった。もう止められなかった。幾度も腰を上下させた。そのたびに二人の身体から溢れる露が触れ合う音がした。幾三郎は艶めかしい声を上げた。

「あっ、あああっ!」

 すぐに熱いほとばしりが中に放たれた。だが、カロリーネはまだ頂上に手すらかけていなかった。少し萎えた一物を抜くと、ためらわずに、その先端に口を付けた。

「やっ、それは!」

 幾三郎は驚きの声を上げた。だが、カロリーネはやめなかった。先端を口にほおばった。愛おしい人の分身を。



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