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第二章 初恋(正徳二年~正徳三年)
20 乳兄弟
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書物は何のお咎めもなく中奥まで持ちこめた。
誰も風呂敷包の中を探ったりしなかった。
もし、自分が殿のお命を狙う間者であったらどうするのだろうと、惣左衛門が心配になるほどだった。
さすがに中奥では前後を小姓に挟まれての移動だったが、部屋に案内されると新右衛門以外誰もいなかったので、惣左衛門は安堵した。
「松之丞」
新右衛門がすがるような目で見たので惣左衛門は驚いた。
十畳ほどの座敷の上座に座る新右衛門は心細くてならないという顔であった。
惣左衛門は頭を下げた。
「面を上げよ、近う寄れ、これでいいかな」
新右衛門の言い方が殿様に似ているのはなんだかおかしかった。
惣左衛門は顔を上げて、前に置いた風呂敷包を先に押し出しながらいざり寄った。
「若君様、御所望の書をお持ちしました」
畳一枚分離れた場所から四角四面の顔で言うと、新右衛門は笑った。
「おい、そんな話し方で仕事してるのか」
「当たり前だ」
惣左衛門はそう言うともう少し前に近づいた。
「指南書も入れておいた。餞別だ」
「そうか、すまない」
「いいよ。また今度平太が上方に行った時に最新のものを頼むから」
「おい、それ手に入ったら見せろよ」
「承りました」
新右衛門は笑った。
「なんだか似合わない話し方だな」
「それはお互い」
と言おうとして惣左衛門は、やめた。
新右衛門はやはり若君様なのだ。それなりの品があるから、今まで着たこともないような上質の単も袴もすっきりと似合っている。
「どうした」
「いや、やはり着る物が違えばずいぶんと違って見えるものなのだな」
「すまぬ」
新右衛門は詫びねばならぬと思った。惣左衛門には何も言っていなかったのだ。
「わしはずっとおまえに言わなかった。本当の二親のことを」
惣左衛門は昨夜父から聞かされた時、水臭い奴だと思っていた。だが、七つの子どもが秘密を守り通そうとするのは相当のことなのだ。
己に与えられた宿命を一人で受け止めると決めた七つの子どもを、惣左衛門は簡単に非難できない。
それを見守り続けていた父のことを思えばなおのことである。
惣左衛門は幼い頃、なんとなく疎外感を覚えることがあった。
いたずら者の卯之助はよく父に一人呼ばれて叱られていた。自分の知らない父との時間を持つ卯之助がなんとなく羨ましく思われた。
仕事の忙しい時期になると家を長く明けることの多い父との時間はただでさえ少ない。それなのに、卯之助がその少ない父との時間を奪っているように思えた。
自分が実の子なのに、なぜこんなに卯之助に構うのかと思ったこともある。
だが、父は重い責務を負っていたのだ。卯之助を立派に育てなければならぬという重い責務を。
そのため、息子の自分を顧みる時間が少なくなってしまったのだと、昨夜惣左衛門は気付いてしまった。
父は一言の詫びも言い訳も言わなかったが、言葉の端々に、実の息子への思いが感じられた。
父は情に流されて、与えられた責務を全うできなくなることを恐れていたのだ。
不器用な父だった。自分に似て。
恐らく、卯之助はそんな父の重い責務に気付いていたから約束を守ったのだ。
水臭いと言うのは父をも冒涜することになるように思われた。
だが、そんな内心を、今新たな場所に立つことになって不安を覚えている新右衛門に話すわけにはいかない。
「誰にも言わなかったのは父上との約束があったからであろう。ならば仕方あるまい」
「だが、水臭い男と思ったであろう」
「ああ。だが、知っていてもわしにはどうにもできぬしな」
子どもの身では何もできない。いや、今だってそうだ。惣左衛門は普請作事掛の家の子。剣術が強いだけの男なのだ。卯之助を、新右衛門を守るために強くなりたいと思って強くなっただけの。だが、剣だけでは今の世は出世もできない。せいぜい近習見習いだ。
そんな男が殿様の弟君にできることは、書物を持って来ることだけだ。
それと於三のことを伝えること。
「そうじゃ。於三からの伝言があった、お幸せにと」
「それだけか」
新右衛門は、そっけない言葉に驚いた。あの神社の裏山での契りを忘れてしまったのだろうか。あんなに於三は乱れて悦んでいたのに。
「ああ。健気な女子じゃ。のう、おまえ、いや若君様は御分家に婿入りされるのであろう」
惣左衛門までそんなことを言うのかと、新右衛門はため息が出そうになった。
「その件は無しじゃ。お殿様がおっしゃったのを直に聞いたから間違いない」
「まことか」
「まことじゃ」
新右衛門は殿様が考えていたということまでは言わなかった。なんとなく余計な話のような気がした。
「ならば、於三にも芽はあるな」
「そうなのか」
新右衛門は目を輝かせた。
「若君様は殿の弟ゆえ、部屋住みの身だから正室は持てぬかもしれぬが、於三一人くらいなら側に仕えさせることができる」
そんなことは考えもしていなかった。
「於三と暮らせるのだな」
「殿のすぐ下の弟君は江戸においでだが、そのような女人がいると聞いた。正式ではないが、実質的には妻も同じじゃ、唯一の女人であればな」
惣左衛門は近習見習いになってから、同僚の話を通じてあれこれと殿様の一族の情報を知るようになっていた。
「そうか、わかった。実はな」
新右衛門は今朝の奥でのやりとりのことを語った。
「いやあ、参った。今さら筆おろしなどと言われては。兄の前でもう済ませましたとは言えぬ」
惣左衛門はその言葉に仰天した。
「今さら筆おろしって、まさか、おまえ」
「言わなんだか」
新右衛門はあっけらかんとした顔で言った。
「口吸いはしたと言ったが、その先のことをおまえは何も言っておらんだろ」
「あ、そうだったな」
「水臭いにもほどがある」
惣左衛門はさすがに呆れた。すでに色道指南書の実践をしていたとは。
「一番肝心なことではないか。大事なことぞ」
「すまぬ」
惣左衛門は自分の鈍さを呪いたかった。身体を交えていたのなら、話は違ってくる。
於三のお幸せにという言葉は恐ろしく重いものではないのかと気付き、惣左衛門は寒気を覚えた。
「一体、いつの間に」
「ほれ、おまえと母上が山置に行った時」
惣左衛門はそれが二か月前のことだと知り、ますます驚いた。
「あの時は口吸いだけではなかったのか」
「それだけでは終わらなかった」
とりあえずという話でもなかろうと惣左衛門は頭を抱えたくなった。
「次の日もな。最初の時が台所で板の間だったので膝がすりむけた。やはり布団の上がよいな」
こやつは昔から変わらぬと惣左衛門は思った。
陽石に登った時と同じだ。したいからするというやつだ。
「安心しろ。小治郎の寝ている横ではやっておらん」
当たり前である。だが、どこで。
「父上の布団をお借りした。次の日が良い日和で助かった。布団を干せたからな」
「父上の部屋でしたのか」
「ああ。そこしかなかった」
惣左衛門は父が知ったら怒り狂うのではないかと思った。
幼い頃は知らなかったが、父は相当の遣い手だった。小ヶ田道場では道場主の頼母と後継をめぐって争ったということもあったと聞いた。
藩命で江戸に行き、さる道場で二年で免許皆伝を得たというから並みの腕ではない。
そんな父が怒り狂ったら、どれほど恐ろしいことか。
もしやと思い尋ねた。
「祭りの夜もか」
「ああ。裏山は人が来ぬしな」
身振り手振りを入れて自慢するような話でもないのだが。
「だとすれば、於三は相当な覚悟をしておるやもしれぬ。身体を捧げた男が御殿に入ってしまったのじゃ。もう二度と会えぬと思い込んだりしたら」
「覚悟とは」
「お幸せにというのは、まるで別れのようではないか」
「まさか」
「そういえば、於三は今朝は目が赤かった。昨夜寝ておらぬのではないか。思い詰めているのではないか」
脅しではなく、実際そうだった。惣左衛門は不吉な予感を覚えた。
新右衛門もまた、於三を放ってはおけないと思った。
「今すぐ家に戻りたいが、今日は朔日で多忙だから警護がいないと言われた。松之丞、於三に伝えてくれ。必ず迎えに行くから軽はずみなことはしてくれるなと」
「わかった。おまえも言葉通り、於三を迎えに来いよ」
「そうする。そういえば平太の件はどうなったのだ」
「わからん。父上も母上もそういう話は一切せぬしな。恐らく、父上の大久間での仕事が終わってからになるのではないか」
父はほとんど現場を離れることはできなかった。今回は天候に恵まれたから早く帰って来れたのだ。だが残りの工期の天候はわからない。
「平太とのことは正式の話ではないのだから、殿様のお許しさえあれば、おまえが召し出すということになったら、誰も文句は言えぬと思う」
「そうなのか。ならば、兄上に願い出て於三を召す」
「それがよい。だが焦るなよ。根回しが大事じゃ。殿様も突然言われたら驚くであろうからな」
「そうだな」
そこへ小姓が入って来て、表御殿へおでましのお時間でございますと言う。
「なんでも、わしを御分家や重臣に披露するらしい」
「くれぐれも粗相をするなよ」
「わかっとる。殿様のやるのをよく見ておかねばな」
そんなやり取りを見た小姓は呆気に取られていたが、新右衛門が部屋を出た後、惣左衛門にきつい口調を剥き出しにして言った。
「貴殿、口のきき方をわきまえよ。若君様の御前である」
「気が付きませず、申し訳ありません」
とりあえず謝った惣左衛門もまた表御殿の近習詰所に向かったのだった。
誰も風呂敷包の中を探ったりしなかった。
もし、自分が殿のお命を狙う間者であったらどうするのだろうと、惣左衛門が心配になるほどだった。
さすがに中奥では前後を小姓に挟まれての移動だったが、部屋に案内されると新右衛門以外誰もいなかったので、惣左衛門は安堵した。
「松之丞」
新右衛門がすがるような目で見たので惣左衛門は驚いた。
十畳ほどの座敷の上座に座る新右衛門は心細くてならないという顔であった。
惣左衛門は頭を下げた。
「面を上げよ、近う寄れ、これでいいかな」
新右衛門の言い方が殿様に似ているのはなんだかおかしかった。
惣左衛門は顔を上げて、前に置いた風呂敷包を先に押し出しながらいざり寄った。
「若君様、御所望の書をお持ちしました」
畳一枚分離れた場所から四角四面の顔で言うと、新右衛門は笑った。
「おい、そんな話し方で仕事してるのか」
「当たり前だ」
惣左衛門はそう言うともう少し前に近づいた。
「指南書も入れておいた。餞別だ」
「そうか、すまない」
「いいよ。また今度平太が上方に行った時に最新のものを頼むから」
「おい、それ手に入ったら見せろよ」
「承りました」
新右衛門は笑った。
「なんだか似合わない話し方だな」
「それはお互い」
と言おうとして惣左衛門は、やめた。
新右衛門はやはり若君様なのだ。それなりの品があるから、今まで着たこともないような上質の単も袴もすっきりと似合っている。
「どうした」
「いや、やはり着る物が違えばずいぶんと違って見えるものなのだな」
「すまぬ」
新右衛門は詫びねばならぬと思った。惣左衛門には何も言っていなかったのだ。
「わしはずっとおまえに言わなかった。本当の二親のことを」
惣左衛門は昨夜父から聞かされた時、水臭い奴だと思っていた。だが、七つの子どもが秘密を守り通そうとするのは相当のことなのだ。
己に与えられた宿命を一人で受け止めると決めた七つの子どもを、惣左衛門は簡単に非難できない。
それを見守り続けていた父のことを思えばなおのことである。
惣左衛門は幼い頃、なんとなく疎外感を覚えることがあった。
いたずら者の卯之助はよく父に一人呼ばれて叱られていた。自分の知らない父との時間を持つ卯之助がなんとなく羨ましく思われた。
仕事の忙しい時期になると家を長く明けることの多い父との時間はただでさえ少ない。それなのに、卯之助がその少ない父との時間を奪っているように思えた。
自分が実の子なのに、なぜこんなに卯之助に構うのかと思ったこともある。
だが、父は重い責務を負っていたのだ。卯之助を立派に育てなければならぬという重い責務を。
そのため、息子の自分を顧みる時間が少なくなってしまったのだと、昨夜惣左衛門は気付いてしまった。
父は一言の詫びも言い訳も言わなかったが、言葉の端々に、実の息子への思いが感じられた。
父は情に流されて、与えられた責務を全うできなくなることを恐れていたのだ。
不器用な父だった。自分に似て。
恐らく、卯之助はそんな父の重い責務に気付いていたから約束を守ったのだ。
水臭いと言うのは父をも冒涜することになるように思われた。
だが、そんな内心を、今新たな場所に立つことになって不安を覚えている新右衛門に話すわけにはいかない。
「誰にも言わなかったのは父上との約束があったからであろう。ならば仕方あるまい」
「だが、水臭い男と思ったであろう」
「ああ。だが、知っていてもわしにはどうにもできぬしな」
子どもの身では何もできない。いや、今だってそうだ。惣左衛門は普請作事掛の家の子。剣術が強いだけの男なのだ。卯之助を、新右衛門を守るために強くなりたいと思って強くなっただけの。だが、剣だけでは今の世は出世もできない。せいぜい近習見習いだ。
そんな男が殿様の弟君にできることは、書物を持って来ることだけだ。
それと於三のことを伝えること。
「そうじゃ。於三からの伝言があった、お幸せにと」
「それだけか」
新右衛門は、そっけない言葉に驚いた。あの神社の裏山での契りを忘れてしまったのだろうか。あんなに於三は乱れて悦んでいたのに。
「ああ。健気な女子じゃ。のう、おまえ、いや若君様は御分家に婿入りされるのであろう」
惣左衛門までそんなことを言うのかと、新右衛門はため息が出そうになった。
「その件は無しじゃ。お殿様がおっしゃったのを直に聞いたから間違いない」
「まことか」
「まことじゃ」
新右衛門は殿様が考えていたということまでは言わなかった。なんとなく余計な話のような気がした。
「ならば、於三にも芽はあるな」
「そうなのか」
新右衛門は目を輝かせた。
「若君様は殿の弟ゆえ、部屋住みの身だから正室は持てぬかもしれぬが、於三一人くらいなら側に仕えさせることができる」
そんなことは考えもしていなかった。
「於三と暮らせるのだな」
「殿のすぐ下の弟君は江戸においでだが、そのような女人がいると聞いた。正式ではないが、実質的には妻も同じじゃ、唯一の女人であればな」
惣左衛門は近習見習いになってから、同僚の話を通じてあれこれと殿様の一族の情報を知るようになっていた。
「そうか、わかった。実はな」
新右衛門は今朝の奥でのやりとりのことを語った。
「いやあ、参った。今さら筆おろしなどと言われては。兄の前でもう済ませましたとは言えぬ」
惣左衛門はその言葉に仰天した。
「今さら筆おろしって、まさか、おまえ」
「言わなんだか」
新右衛門はあっけらかんとした顔で言った。
「口吸いはしたと言ったが、その先のことをおまえは何も言っておらんだろ」
「あ、そうだったな」
「水臭いにもほどがある」
惣左衛門はさすがに呆れた。すでに色道指南書の実践をしていたとは。
「一番肝心なことではないか。大事なことぞ」
「すまぬ」
惣左衛門は自分の鈍さを呪いたかった。身体を交えていたのなら、話は違ってくる。
於三のお幸せにという言葉は恐ろしく重いものではないのかと気付き、惣左衛門は寒気を覚えた。
「一体、いつの間に」
「ほれ、おまえと母上が山置に行った時」
惣左衛門はそれが二か月前のことだと知り、ますます驚いた。
「あの時は口吸いだけではなかったのか」
「それだけでは終わらなかった」
とりあえずという話でもなかろうと惣左衛門は頭を抱えたくなった。
「次の日もな。最初の時が台所で板の間だったので膝がすりむけた。やはり布団の上がよいな」
こやつは昔から変わらぬと惣左衛門は思った。
陽石に登った時と同じだ。したいからするというやつだ。
「安心しろ。小治郎の寝ている横ではやっておらん」
当たり前である。だが、どこで。
「父上の布団をお借りした。次の日が良い日和で助かった。布団を干せたからな」
「父上の部屋でしたのか」
「ああ。そこしかなかった」
惣左衛門は父が知ったら怒り狂うのではないかと思った。
幼い頃は知らなかったが、父は相当の遣い手だった。小ヶ田道場では道場主の頼母と後継をめぐって争ったということもあったと聞いた。
藩命で江戸に行き、さる道場で二年で免許皆伝を得たというから並みの腕ではない。
そんな父が怒り狂ったら、どれほど恐ろしいことか。
もしやと思い尋ねた。
「祭りの夜もか」
「ああ。裏山は人が来ぬしな」
身振り手振りを入れて自慢するような話でもないのだが。
「だとすれば、於三は相当な覚悟をしておるやもしれぬ。身体を捧げた男が御殿に入ってしまったのじゃ。もう二度と会えぬと思い込んだりしたら」
「覚悟とは」
「お幸せにというのは、まるで別れのようではないか」
「まさか」
「そういえば、於三は今朝は目が赤かった。昨夜寝ておらぬのではないか。思い詰めているのではないか」
脅しではなく、実際そうだった。惣左衛門は不吉な予感を覚えた。
新右衛門もまた、於三を放ってはおけないと思った。
「今すぐ家に戻りたいが、今日は朔日で多忙だから警護がいないと言われた。松之丞、於三に伝えてくれ。必ず迎えに行くから軽はずみなことはしてくれるなと」
「わかった。おまえも言葉通り、於三を迎えに来いよ」
「そうする。そういえば平太の件はどうなったのだ」
「わからん。父上も母上もそういう話は一切せぬしな。恐らく、父上の大久間での仕事が終わってからになるのではないか」
父はほとんど現場を離れることはできなかった。今回は天候に恵まれたから早く帰って来れたのだ。だが残りの工期の天候はわからない。
「平太とのことは正式の話ではないのだから、殿様のお許しさえあれば、おまえが召し出すということになったら、誰も文句は言えぬと思う」
「そうなのか。ならば、兄上に願い出て於三を召す」
「それがよい。だが焦るなよ。根回しが大事じゃ。殿様も突然言われたら驚くであろうからな」
「そうだな」
そこへ小姓が入って来て、表御殿へおでましのお時間でございますと言う。
「なんでも、わしを御分家や重臣に披露するらしい」
「くれぐれも粗相をするなよ」
「わかっとる。殿様のやるのをよく見ておかねばな」
そんなやり取りを見た小姓は呆気に取られていたが、新右衛門が部屋を出た後、惣左衛門にきつい口調を剥き出しにして言った。
「貴殿、口のきき方をわきまえよ。若君様の御前である」
「気が付きませず、申し訳ありません」
とりあえず謝った惣左衛門もまた表御殿の近習詰所に向かったのだった。
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