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第一章
玖 祝言の日
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志緒は盗人猛々しいという言葉を思い出した。
さらに杉は呪いの言葉を吐いた。
「おまえのような心の狭い女が卑しい生まれのあれと夫婦になって幸せになれるもんか……駒井も駒井だよ、死んだ息子のいいなずけを養子にあてがうんだから……大体息子が死んだのも自業」
「駒井様の屋敷にも行ったのですか」
志緒は驚きのあまり、杉の言葉を遮って叫んでいた。駒井家のある辺りは城に近い。城からここに来る途中に寄ってもおかしくない。
「お城からここに来る途中にあったから寄らせてもらったよ。今度の勤番に馬廻のお供に三男を連れて行ってくれと頼みにね。でも、あそこの奥様もおまえと同じだった。まったくいいじゃないか、一人くらいお供が増えたってさ」
杉はいつも家で話しているようなくだけた言葉遣いになっていた。こんな調子で源之輔に冷たく当たっていたのかと思うと志緒はいたたまれなかった。
「お帰りください。二度と来ないでください」
二度と来ないでは余計だったかもしれないと後で思ったが、この時の志緒は杉への嫌悪感でいっぱいだった。
「頼まれたって来ませんよ、こんな家」
捨て台詞を吐いて、杉は風呂敷包とともに去った。
一刻ばかり後に帰って来た佐登に事の次第を話した。佐登は最初唖然としていたが、しまいには笑い出していた。
「二度と来ないでくださいって、あなたも言うわね」
「言い過ぎたかしら」
「いいの。それくらい言わないとわからない人もいるんだから」
だが話はそれで終わらなかった。
その夜、志緒は両親や義兄に山中杉の話をした。三人はあまりのことに驚き呆れ果てていた。
無論、志緒の二度と来ないでください発言は褒められたものではない。だが、杉の行動はあまりに恥知らずだった。
今後は山中家との交際は慎重にすべきだという結論になったところで、きんが山中藤兵衛の来訪を告げた。
父重兵衛が座敷で応対し、半刻ほどで藤兵衛は帰った。
重兵衛は家族を座敷に呼び、藤兵衛が妻杉の行為を謝罪に来たと話した。妻から事の次第を聞いた藤兵衛は妻を叱責し、まず駒井家に謝罪に行った。それから村田家を訪ねたのだった。
「藤兵衛殿はしきりに御自分の不徳のいたすところと言っておいでで、あまりに不憫であった。これから祝言を挙げる志緒にも申し訳ないとも言っていた。次に妻が同じことをしたら離縁するとまで仰せだった。そこまで言われて許さぬわけにはいかなかった。志緒も藤兵衛殿に免じて許してくれぬか」
「わかりました。今回は許します」
許さないとは言えなかった。座敷にお茶を持って行った時に見た山中藤兵衛はひょろりとやせていて顔面蒼白だった。あの妻と毎日顔を突き合わせている藤兵衛もまた、山中家にいた頃の源之輔同様に不憫だった。許さないわけにはいかなかった。
祝言は中秋八月の下旬に行われた。
嫁入り道具は前日に駒井家に運ばれた。
当日の朝、朝食の前に小さな仏壇に手を合わせた後、両親にこれまでの恩を感謝した。
「何事も最後まで手を抜かないこと。それから、源之輔殿に物足りないことがあっても我慢すること。相手もあなたのことで我慢していることがあるのですから。それから、見て見ぬふりをすることも大切です。片方の目だけで見るつもりで。それから」
母の長くなりそうな話を父はいい加減にしろと言った。
「とにかく、二人で駒井様達に孝養を尽くせ。早く跡継ぎができるようにな」
もっと言いたいことがあったようだったが、汁が冷めると母に言われ父も黙った。
佐登と誠之助、新之助にもこれまで世話になったと挨拶した。
「源之輔殿を第一に考えることだ。そうすれば夫婦仲はうまくいく」
誠之助は真剣な顔で助言した。
「夜喧嘩をしても、朝送り出す時は笑って。城でのお勤めは何があるかわからないのだから」
姉の助言はふだんからは考えられないものだった。
「しおおばさま、いつ帰って来るの」
新之助は志緒が駒井家に泊まりに行くとでも思っているようだった。
「新之助、帰ると言ってはいけないのだ。志緒叔母様はお嫁に行くのだから」
誠之助の言葉の意味がわかったかどうかはわからないが、新之助は頷いた。
「はい。おばさま、遊びに来てください」
「ありがとう。その時はまくわ瓜をお土産に頂戴ね」
「はい」
そんなやり取りをした後、朝食を食べ、訪れる親戚に挨拶しと、あれこれしているうちに午後になった。
昼は朝の残り物ではなかった。白い飯に吸い物、煮物、焼き魚が出された。志緒の村田家の娘としての最後の食事ということで姉だけでなく誠之助の実家の兄嫁らが手伝って作った心づくしの物だった。
着付けが苦しくなるからと出された量は少なかったが、志緒は感謝して食べた。
刻々と時は迫ってくる。
姉たちに手伝ってもらって白無垢に着替え化粧をした。白粉を塗り唇に紅を差した後、鏡を見ると幼い頃に見た姉の花嫁姿に良く似た顔が映っていた。
「佐登さんにそっくりね」
誠之助の兄嫁が言った。
「そうかしら」
佐登はそう言った後で兄嫁を見た。
「私よりきれいだと思う」
姉のお世辞は珍しいと志緒は思った。
「お世辞じゃないから。誰に何を言われても、涙を見せちゃ駄目よ。志緒は三国一の花嫁なんだから」
そう言われるとなんだか照れ臭い。けれど力強い言葉だった。
夕刻、志緒は家族とともに白無垢に綿帽子をかぶり駒井家へ向かった。
行列を先導する提灯の灯りのゆらめきを見つめながら志緒は不思議な思いに駆られていた。一年前、夢とうつつの間を生きていた自分が駒井家に嫁ごうとしている。まくわ瓜を駒井家に持って行った時、甚太夫に幸之助のことを忘れて幸せになれると思えないと言ったのが信じられなかった。帰りに暑気あたりでうずくまった志緒を助けた源之輔と祝言を挙げることになろうとは。もしかすると、あれも幸之助のいたずらだったのではないか。
「よかったね」
「時薬とはよく言ったもんだね」
行列を見物する人々の声でうつつに引き戻された。皆、志緒をそっと見守っていてくれたのだ。近所の父の同僚の家族らもまた志緒を案じてくれていた。なんと有難いことか。
ゆっくりと進む行列は陽の沈む頃、駒井家の門前に到着した。馬廻組頭の遠藤弥兵衛が出迎えた。
弥兵衛夫妻の先導で駒井家に入ると、源之輔と駒井夫妻が志緒を出迎えた。
心なしか源之輔の顔は紅潮していた。志緒も頬を赤く染めていたが綿帽子に隠れて見えなかった。
座敷では駒井家の親戚や馬廻組の人々が今や遅しと花婿と花嫁を待っていた。
「いやはやどうなることかと思ったが、めでたしじゃのう」
「これで何もかも丸くおさまる」
年寄りたちの会話に、同席している者達もそうじゃそうじゃと頷いた。
皆、駒井家が跡継ぎの死という危機を脱したことを喜んでいた。
だが、末席で肩身の狭い思いをしている男は喜べなかった。源之輔の兄山中吉之進である。本来なら父が実家山中家代表としてここにいるはずだった。だが、父は先日の母の振舞を恥じて病気を理由に欠席し、長男吉之進が代理として出席することになったのだった。
先日の母の振舞は当初は関係する城の奥の者たち、駒井家、村田家の者の間でしか知られていなかった。だが、どこから漏れたのか、母が娘と息子のために奔走し断られた上に、父が駒井家と村田家に謝罪したことが人々の間に広まってしまった。友人からその話を知らされた吉之進は、あまりの恥ずかしさに母をなじった。両親、ことに父は噂が広まったことに落ち込み病人のように寝込んでしまった。
さすがに祝言に源之輔の実家である山中家から誰も出ないわけにいかず、一家を代表して吉之進が出ることになった。
源之輔は兄の出席を喜んでくれた。吉之進にとって、ある日突然父に抱かれてやって来た腹違いの弟は子どもの頃から得体が知れなかった。言葉が遅いから阿保かと思っていると、手習いを始めたらめきめきと上達し漢籍の覚えも早かった。剣術を始めたのが遅かったのに、江戸で北辰一刀流の道場で初目録を授けられた。見かけと中身がまるで違う。言葉では喜んでいても果たして内心どう思っているのか。
他の駒井家の縁者は弟ほど歓迎してはくれなかった。挨拶をしても返って来るのは型通りの言葉だけだった。中には、母上をどうにかしなければ、山中家は大変なことになると耳打ちする老人もいた。
すでに山中家は大変なことになっていた。吉之進の縁談が破談になったのである。噂で母の振舞を知った相手の家から当家には勿体ないのでという理由で断られたのだ。その噂も広まりつつあった。
吉之進にとってこの祝言は針のむしろだった。皆に好奇の目で見られているような気がしてならなかった。
これも父があの母を甘やかすからだ。父は源之輔のことで母に負い目を感じているのだろう。源之輔のせいだと言っていい。あいつがうちに来なければ。
吉之進はさらに恐ろしいことを想像していた。源之輔がいなければ、村田家の志緒と結ばれていたかもしれないのに。駒井幸之助と同い年の吉之進は、彼にいいなずけがいることが羨ましかった。だから幸之助が死んだと知った時、志緒が手に入るかもしれないと密かに思っていた。母はあの娘はいいなずけが死んでちょっとおかしくなったんじゃないかと言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
だが、源之輔にかっさらわれてしまった。しかも幸之助の後釜に座るとは。飯盛り女の子どものくせに。
花婿と花嫁が座敷に入って来た。吉之進は一人怨嗟の眼差しを向けたのだった。
さらに杉は呪いの言葉を吐いた。
「おまえのような心の狭い女が卑しい生まれのあれと夫婦になって幸せになれるもんか……駒井も駒井だよ、死んだ息子のいいなずけを養子にあてがうんだから……大体息子が死んだのも自業」
「駒井様の屋敷にも行ったのですか」
志緒は驚きのあまり、杉の言葉を遮って叫んでいた。駒井家のある辺りは城に近い。城からここに来る途中に寄ってもおかしくない。
「お城からここに来る途中にあったから寄らせてもらったよ。今度の勤番に馬廻のお供に三男を連れて行ってくれと頼みにね。でも、あそこの奥様もおまえと同じだった。まったくいいじゃないか、一人くらいお供が増えたってさ」
杉はいつも家で話しているようなくだけた言葉遣いになっていた。こんな調子で源之輔に冷たく当たっていたのかと思うと志緒はいたたまれなかった。
「お帰りください。二度と来ないでください」
二度と来ないでは余計だったかもしれないと後で思ったが、この時の志緒は杉への嫌悪感でいっぱいだった。
「頼まれたって来ませんよ、こんな家」
捨て台詞を吐いて、杉は風呂敷包とともに去った。
一刻ばかり後に帰って来た佐登に事の次第を話した。佐登は最初唖然としていたが、しまいには笑い出していた。
「二度と来ないでくださいって、あなたも言うわね」
「言い過ぎたかしら」
「いいの。それくらい言わないとわからない人もいるんだから」
だが話はそれで終わらなかった。
その夜、志緒は両親や義兄に山中杉の話をした。三人はあまりのことに驚き呆れ果てていた。
無論、志緒の二度と来ないでください発言は褒められたものではない。だが、杉の行動はあまりに恥知らずだった。
今後は山中家との交際は慎重にすべきだという結論になったところで、きんが山中藤兵衛の来訪を告げた。
父重兵衛が座敷で応対し、半刻ほどで藤兵衛は帰った。
重兵衛は家族を座敷に呼び、藤兵衛が妻杉の行為を謝罪に来たと話した。妻から事の次第を聞いた藤兵衛は妻を叱責し、まず駒井家に謝罪に行った。それから村田家を訪ねたのだった。
「藤兵衛殿はしきりに御自分の不徳のいたすところと言っておいでで、あまりに不憫であった。これから祝言を挙げる志緒にも申し訳ないとも言っていた。次に妻が同じことをしたら離縁するとまで仰せだった。そこまで言われて許さぬわけにはいかなかった。志緒も藤兵衛殿に免じて許してくれぬか」
「わかりました。今回は許します」
許さないとは言えなかった。座敷にお茶を持って行った時に見た山中藤兵衛はひょろりとやせていて顔面蒼白だった。あの妻と毎日顔を突き合わせている藤兵衛もまた、山中家にいた頃の源之輔同様に不憫だった。許さないわけにはいかなかった。
祝言は中秋八月の下旬に行われた。
嫁入り道具は前日に駒井家に運ばれた。
当日の朝、朝食の前に小さな仏壇に手を合わせた後、両親にこれまでの恩を感謝した。
「何事も最後まで手を抜かないこと。それから、源之輔殿に物足りないことがあっても我慢すること。相手もあなたのことで我慢していることがあるのですから。それから、見て見ぬふりをすることも大切です。片方の目だけで見るつもりで。それから」
母の長くなりそうな話を父はいい加減にしろと言った。
「とにかく、二人で駒井様達に孝養を尽くせ。早く跡継ぎができるようにな」
もっと言いたいことがあったようだったが、汁が冷めると母に言われ父も黙った。
佐登と誠之助、新之助にもこれまで世話になったと挨拶した。
「源之輔殿を第一に考えることだ。そうすれば夫婦仲はうまくいく」
誠之助は真剣な顔で助言した。
「夜喧嘩をしても、朝送り出す時は笑って。城でのお勤めは何があるかわからないのだから」
姉の助言はふだんからは考えられないものだった。
「しおおばさま、いつ帰って来るの」
新之助は志緒が駒井家に泊まりに行くとでも思っているようだった。
「新之助、帰ると言ってはいけないのだ。志緒叔母様はお嫁に行くのだから」
誠之助の言葉の意味がわかったかどうかはわからないが、新之助は頷いた。
「はい。おばさま、遊びに来てください」
「ありがとう。その時はまくわ瓜をお土産に頂戴ね」
「はい」
そんなやり取りをした後、朝食を食べ、訪れる親戚に挨拶しと、あれこれしているうちに午後になった。
昼は朝の残り物ではなかった。白い飯に吸い物、煮物、焼き魚が出された。志緒の村田家の娘としての最後の食事ということで姉だけでなく誠之助の実家の兄嫁らが手伝って作った心づくしの物だった。
着付けが苦しくなるからと出された量は少なかったが、志緒は感謝して食べた。
刻々と時は迫ってくる。
姉たちに手伝ってもらって白無垢に着替え化粧をした。白粉を塗り唇に紅を差した後、鏡を見ると幼い頃に見た姉の花嫁姿に良く似た顔が映っていた。
「佐登さんにそっくりね」
誠之助の兄嫁が言った。
「そうかしら」
佐登はそう言った後で兄嫁を見た。
「私よりきれいだと思う」
姉のお世辞は珍しいと志緒は思った。
「お世辞じゃないから。誰に何を言われても、涙を見せちゃ駄目よ。志緒は三国一の花嫁なんだから」
そう言われるとなんだか照れ臭い。けれど力強い言葉だった。
夕刻、志緒は家族とともに白無垢に綿帽子をかぶり駒井家へ向かった。
行列を先導する提灯の灯りのゆらめきを見つめながら志緒は不思議な思いに駆られていた。一年前、夢とうつつの間を生きていた自分が駒井家に嫁ごうとしている。まくわ瓜を駒井家に持って行った時、甚太夫に幸之助のことを忘れて幸せになれると思えないと言ったのが信じられなかった。帰りに暑気あたりでうずくまった志緒を助けた源之輔と祝言を挙げることになろうとは。もしかすると、あれも幸之助のいたずらだったのではないか。
「よかったね」
「時薬とはよく言ったもんだね」
行列を見物する人々の声でうつつに引き戻された。皆、志緒をそっと見守っていてくれたのだ。近所の父の同僚の家族らもまた志緒を案じてくれていた。なんと有難いことか。
ゆっくりと進む行列は陽の沈む頃、駒井家の門前に到着した。馬廻組頭の遠藤弥兵衛が出迎えた。
弥兵衛夫妻の先導で駒井家に入ると、源之輔と駒井夫妻が志緒を出迎えた。
心なしか源之輔の顔は紅潮していた。志緒も頬を赤く染めていたが綿帽子に隠れて見えなかった。
座敷では駒井家の親戚や馬廻組の人々が今や遅しと花婿と花嫁を待っていた。
「いやはやどうなることかと思ったが、めでたしじゃのう」
「これで何もかも丸くおさまる」
年寄りたちの会話に、同席している者達もそうじゃそうじゃと頷いた。
皆、駒井家が跡継ぎの死という危機を脱したことを喜んでいた。
だが、末席で肩身の狭い思いをしている男は喜べなかった。源之輔の兄山中吉之進である。本来なら父が実家山中家代表としてここにいるはずだった。だが、父は先日の母の振舞を恥じて病気を理由に欠席し、長男吉之進が代理として出席することになったのだった。
先日の母の振舞は当初は関係する城の奥の者たち、駒井家、村田家の者の間でしか知られていなかった。だが、どこから漏れたのか、母が娘と息子のために奔走し断られた上に、父が駒井家と村田家に謝罪したことが人々の間に広まってしまった。友人からその話を知らされた吉之進は、あまりの恥ずかしさに母をなじった。両親、ことに父は噂が広まったことに落ち込み病人のように寝込んでしまった。
さすがに祝言に源之輔の実家である山中家から誰も出ないわけにいかず、一家を代表して吉之進が出ることになった。
源之輔は兄の出席を喜んでくれた。吉之進にとって、ある日突然父に抱かれてやって来た腹違いの弟は子どもの頃から得体が知れなかった。言葉が遅いから阿保かと思っていると、手習いを始めたらめきめきと上達し漢籍の覚えも早かった。剣術を始めたのが遅かったのに、江戸で北辰一刀流の道場で初目録を授けられた。見かけと中身がまるで違う。言葉では喜んでいても果たして内心どう思っているのか。
他の駒井家の縁者は弟ほど歓迎してはくれなかった。挨拶をしても返って来るのは型通りの言葉だけだった。中には、母上をどうにかしなければ、山中家は大変なことになると耳打ちする老人もいた。
すでに山中家は大変なことになっていた。吉之進の縁談が破談になったのである。噂で母の振舞を知った相手の家から当家には勿体ないのでという理由で断られたのだ。その噂も広まりつつあった。
吉之進にとってこの祝言は針のむしろだった。皆に好奇の目で見られているような気がしてならなかった。
これも父があの母を甘やかすからだ。父は源之輔のことで母に負い目を感じているのだろう。源之輔のせいだと言っていい。あいつがうちに来なければ。
吉之進はさらに恐ろしいことを想像していた。源之輔がいなければ、村田家の志緒と結ばれていたかもしれないのに。駒井幸之助と同い年の吉之進は、彼にいいなずけがいることが羨ましかった。だから幸之助が死んだと知った時、志緒が手に入るかもしれないと密かに思っていた。母はあの娘はいいなずけが死んでちょっとおかしくなったんじゃないかと言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
だが、源之輔にかっさらわれてしまった。しかも幸之助の後釜に座るとは。飯盛り女の子どものくせに。
花婿と花嫁が座敷に入って来た。吉之進は一人怨嗟の眼差しを向けたのだった。
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