銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第九章 鬼起つ

42 舞踏会2

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「え? あなた本当にルシエンテス子爵令嬢ですか?」

 虹彩認識装置を通過した後も宮殿の警備兵はいぶかしげにアマンダを見た。

「はい」
「エスコートがおいでにならないようですが」
「はい、一人で参りました。控室には二人、従者がおります。ミランダ・ナロスとアルバ・イチジョウです」

 警護は控室に連絡を入れた。すぐに確認がとれ、アマンダは舞踏会場の大広間に案内された。
 侍従はアマンダの姿を見て一瞬だけ息を呑んだが、すぐに平常通りに対応した。

「こちらでございます」

 巨大な扉の前に立ったアマンダは緊張を覚えた。扉は人を感知し両側に開いた。まばゆい光に目がくらみ、大勢の人々のざわめく声が耳を驚かせた。

「ルシエンテス子爵令嬢アマンダ・バネサ・パルマ様」

 侍従の声が大広間に響き渡った。人々の視線が一斉にアマンダに集まった。
 怖いと思った。人々はこの姿を見て何を思うだろうか。

「え? 何? なんなの?」

 聞き覚えのある声にアマンダは何故かほっとしていた。
 次から次へと人が後ろから入ってくるので、アマンダは広間の奥へと進んだ。

「あなた、どうしちゃったの!」

 アルマが転がるように駆け寄って来た。アマンダは微笑んだ。

「いやだ! 何それ! なんでそんなメイクしたの? 髪の毛もどうしちゃったの? ルシエンテスの流行なの?」
「ごきげんよう、モラル伯爵令嬢」

 アマンダはドレスをつまんで挨拶した。映像端末で好き放題言われても礼儀は守りたかった。

「ごきげんようって、あなた、何なの、それ?」
「お久しぶりです。相変わらずお元気のようで安心しました」

 誰かがフフフと笑う声が聞こえた。だがアルマの耳には入っていないようだった。

「あら、失礼しちゃうわね。私の体重減ったのよ。10キロも落ちたんだから」
「それは失礼いたしました」
「それにしても凄いメイクね。まあ、あなたの顔は平凡だからこれくらいしないとね。私なんか、何もしなくてもこの艶やかな肌を保てるのよ」
「それは素晴らしいことですね。私など、パブロスの化粧品を使ってやっとこれですから」

 周囲の女性が一斉に沈黙した。

「まさか、ルシエンテ?」
「いえ、ルシエンテ20です」
「聞いたことないわ。もしかしてバッタモンとかいう」

 その時だった。女性が近づいた。

「ルシエンテス子爵令嬢様、お初にお目にかかります。私、テクラ・コルティナと申します。父は騎士をしております」

 テクラ・コルティナ。忘れられない名まえだった。アルマやピアとともにアマンダを苛めた少女。鼻や顎にあの頃の面影がわずかに残っていた。だが、初対面ということにしなければならない。

「初めまして。ルシエンテス子爵の娘アマンダ・バネサ・パルマと申します。以後お見知りおきを願います」
「お堅いことは言いっこなしでいきましょう。見たところ、お年も同じくらいのようだし」

 テクラの話し方は変わっていないと思った。

「そんな勿体ないことです」
「まあ、勿体ないなんて、まるでおばあさんが使うような言葉ね。その恰好に合わないわ」

 いつの間にか周囲に人が集まっていた。舞踏会だが開始までは皆大広間のあちこちで話に興じているようだった。人が集まるのは不自然ではないが、それにしてもその顔触れはアマンダにとっては緊張をもたらすものだった。

「初めまして。私はピア・イバルロンド、父は首都第一騎士団総長」
「こちらこそよろしくお願いします」
「こっちは兄のエリアス。今は宇宙軍にいて大尉なの」

 ピアのエスコートは兄だった。士官学校ではサカリアスの一年上である。

「初めまして」

 他の女性が見れば美男子だが、アマンダは特に何も感じなかった。

「エスコートの方はどちらに?」
「頼んでいた方が骨折されて」
「それはまた気の毒な」
「お兄さま、お話は後でもいいでしょ。私が話したいの」
「それは失礼」

 エリアスは妹の邪魔にならぬように離れたが、目は離さなかった。
 テクラが先に好奇心むき出しでアマンダの顔を見つめた。
 
「さっきパブロスの化粧品とか言っていたけれど」
「はい。ルシエンテ20です。20代の女性のための化粧品です」

 ピアはまあと目を丸くした。

「ルシエンテ20って何?」

 アルマも不躾にアマンダを見た。

「ルシエンテの妹みたいなブランドです。20代は学生だったら勉学・研究、会社員なら仕事と一生懸命取り組まなければない時期。忙しい女性のためにお手入れやメイクの手間を簡略化できるようにしたものです。価格もルシエンテより少しお求めやすくなっています」

 テクラもピアも真剣な顔で聞いていた。

「なんだかショッピング番組みたい」

 アルマは肩をすくめた。

「はい。私、広告塔なんです」

 アマンダはにっこりと笑って見せた。

「え! それじゃパブロスと契約してるの?」

 周囲にいた若い女性達の目の色が変わった。恐怖を感じるほどの迫力にアマンダはひるみそうになった。が、今の自分のメイクされた顔を思い出した。あれに臆病風は似合わない。

「このメイク、パブロス使ってるの?」
「はい」
「まさか、ニエベのメイク?」
「はい、ニエベさんていう方がメイクしてくださいました」
「うそ! いやだ! すごい!」

 女性達が騒然となった。どうやらニエベは有名なメイクアップアーティストだったらしい。

「それじゃヘアメイクはイザーク?」
「はい。イザークさんという方でした」

 女性達はため息をついた。

「素敵……」

 珍奇なものを見るような目つきが称賛の眼差しにあっという間に変化した。

「私、物を知らないのですが、ニエベさんとイザークさんはそんなに凄い方なのですか」

 アルマに尋ねてみた。アルマは今にも噛みつかんばかりの顔になった。

「まあ、ホントにあなたって田舎者ねえ。二人のメイクとヘアメイクは予約がなかなか取れないのよ。それにしても大胆なメイクよね。左右非対称っていうんだっけ。髪もそう。ねえ、その色、ドレスの色に合わせたのね」
「はい、そうだと思います」

 アマンダは右側の染められた髪の色がドレスの色と同じことを鏡で確認していた。

「そうだと思いますって、普通気付くでしょ。まったく田舎者はこれだから。それならドレスのビーズもただのプラスチックじゃないわよね。なんだかガラスっぽいけど。まさかアドリアナガラスってことないわよね」
「アドリアナガラスです」

 アルマだけでなく周囲の人々、それも男性までもが顔色を変えた。無理もない。宝石をドレスに縫い付けているようなものなのだ。

「アドリアナガラスだと」
「ビダル公爵領のか?」
「一体、どれだけの財力があるんだ」

 男達の視線にあからさまに欲望を感じアマンダは寒気を感じた。財力、金を彼らは女性に求めているのだ。サカリアスの足元にも及ばない卑小な姿だった。
 女達も羨望の目で見つめた。
 だが、アルマはフフンと笑った。

「サカリアス殿下、いえビダル公爵様にねだったのね。さすが卑しい愛人だこと」

 愛人という言葉がさざなみのように周囲に広がっていった。人々の眼差しが棘のようにささる。

「愛人て、まさか」
「受け答えはまるで子どもみたいなのに」
「あの殿下が? 女など知らぬという顔をしているのに」
「人はわからぬものだな」
「だから陛下と食事を」

 サカリアスまで悪く言われてしまうようでアマンダはまずいと思った。

「ねだってなどおりません」
「だって、こんなにたくさんのアドリアナガラスのビーズ、普通じゃ手に入らないもの」
「公爵様は……女性のドレスに関心がありませんので。第一、チャンドラーにおいでで連絡もままならないのに」
「メールくらいやりとりするでしょ」
「私が毎日送っても返事をされるのは10通のうち1通くらいです! それも二行か三行だけ。いつお帰りになるのかもまったくわかりません」

 本当のことを知れば、アルマは何も言うまい。周りも騒ぐまい。
 
「……何それ……信じられない」

 アルマは呆れ顔だった。

「それは宇宙軍兵士によくある話だな」

 背後の声は低く穏やかだったが周囲によく通った。アルマは顔色を変え後ずさりした。アマンダは振り返った。
 礼装用の軍服を着た男性は見ただけでひとかどの人物だとわかった。
 スカートを摘まみ深々と礼をした。

「お騒がせして申し訳ありません。ルシエンテス子爵の娘アマンダ・バネサ・パルマです」
「私はマックス・フェリクス・ファン・デル・ヘイデン、軍務大臣をしておる」
「私は妻のマリコ。ウーゴ・カリス中尉、いえサカリアス殿下が首都においでの時にうちにいらしたの。あなたが許嫁だったのね。思っていた方とはなんとなく違うけれど、会えて嬉しいわ」

 隣の目の大きなキモノと呼ばれる日本の民族衣装を着た女性はまだまだ話したそうな顔をしていたが、大臣が咳払いをした。
 実はマリコはこの時まで夫の言いつけを守ってサカリアスに許嫁がいることを誰にも話していなかったのだ。
 アマンダはサカリアスが自分のことを軍務大臣夫人に話していたとは知らなかった。しかも許嫁だなんて。

「私も出張の際は妻になかなか連絡がとれなかったものだ。だが10通のうち1通とはひどいな。せめて10通のうち5通は返事をするように言っておこう」

 よろしくお願いしますと言うのもなんだか変な気がした。
 
「あなた、10通出したら10通返事をするのが当たり前じゃないの」
「それができるような仕事ではないことくらいわかっているだろう」
「まったく男というのはこれだから。あなたエスコートは?」
「家の階段から落ちて足を骨折してしまいました」
「まあ。あなた、エスコートしてさしあげたら? あなたがそばにいたらお馬鹿な坊やたちは近づかないでしょ。どうせ私はこの格好だから踊れないし」
「うむ。よろしいか、お嬢さん」

 アマンダには伯父さんはいないが、まるで親戚の伯父さんのように思われた。

「はい。よろしくお願いします」

 その後、マリコはまるで保護者のようにアマンダを周囲の年長者に紹介した。
 夫人達は皆アマンダのメイクに興味を示した。

「不思議なお化粧ね。左と右のアイシャドーや口紅や頬紅の色が違うなんて」
「私もそう思います。でも、なんだか元気が出てくるようで」
「まあ、面白いこと」
「うちの娘が同じことをしたら、私は倒れるわね」

 少々口の悪い婦人の発言にアマンダは確かにそうだろうなと思った。
 
「私も鏡を見て驚きましたから」
「まあ!」

 夫人達の笑いにアマンダは少し安堵した。このメイクが完全に拒絶されたらと不安だったのだ。本当は社交辞令かもしれないが、そう思ったら何も信じられなくなりそうだった。
 人々が急に静まりかえった。

「これより皇族の方々の御入場です。正面に御注目ください」

 侍従長の声だけが大広間に響き渡った。




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