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第3章 ですからね、
しおりを挟む「暇」
「だからって寝っころがらないで下さい」
「徹夜で眠いんだよぉ」
「徹夜で何してたんですか?」
「内偵調査」
嘘だ。
アレはドラハンをしてたに違いない。
「ドラハンですか?」
「違う」
「ドラハンなんですね?」
「違うと言っているだろ」
「わかりました。そういう事にしておきます」
「ホントの事だから仕方ない。あたしは向かいの店が気になって仕方なかったんた」
「は?」
「あれは浮気だ」
「浮気?」
向かいの店はラーメン屋だ。
ラー屋で浮気?
「あそこの店員見えるか」
"太陽に吠えろ"の刑事の様にブラインドを指で開いてラーメン屋を覗く。
「えぇ」
「あの店員、前はたから屋にいた。なのに今はこの小倉屋にいる。浮気だ、浮気」
「あの、愛さんがラーメン好きなのは前から知ってますけど、浮気?」
「あの店員、阪田という。あいつは前は『俺は、たから屋一筋だ!』とか言っていたのに小倉屋に転身したな。まぁ、小倉屋の方が美味いが」
「あの、なんで定員の名前まで把握してるんです?」
「そんなの店長が呼ぶからな。『おい、阪田、この塩ラーメン5番に出してくれ』とか」
「盗み聞きですか?」
「聞こえの悪い言い方をするな。訓練と呼べ。それに向こうから勝手に名乗って来たんだ。それにハンカチを忘れたら追いかけられて名前を聞かれた」
「ナンパじゃないですか」
「そんな事はどうでもいい。良いか? こうやって日々、耳を澄ませていろんな音を聞いているんだ。ほら、足音が聞こえる。依頼者だ」
いや、どうでもよくないから。
とは言わない。
この手の話は通じない。
スルーする。
スルーしてもなんの問題もないのだ。
「足音? まさか。オバケでしょ」
「あたしの耳が間違えた事があるか?」
ほら。問題ない。
そしてその問いの答えは"無い"
「わかりました。じゃあ、愛さんもちゃんとして下さい」
「おぅ。机を片付けて飯の準備だ」
「え?」
「依頼者はラーメンを持ってくる」
「は?」
「ほら、おかもちの音がするだろ?」
そんな音しらねぇよ。
と、思いつつも事務所の入り口を見る。
コンコンコン
調子の良いノック音が聞こえた。
「どーぞ!」
愛が叫んだ。
「失礼します!」
「わ、まじでラーメンきた」
「だから言っただろ」
「工藤さん、お約束のラーメンお持ちしました」
愛の苗字は工藤だ。
工藤 愛。
ちなみに新の苗字は宮野だ。
宮野 新。
「お! きたきた! ラーメン!」
お約束の? ラーメン?
「あぁ、ありがとう」
「いいえ! そして、依頼です」
「え、」
「ホラな。言ったろ?」
「はぁ……」
「ホラ、茶の準備してこい。新」
そして耳元である茶の種類を囁かれた。
「はい」
「じゃ、阪田さん。座って下さい」
「失礼します!」
「で、どうしたんですか?」
「工藤さん、いつもと違いますね」
「お客様ですからね」
お客様には(のみともいう)敬語、尊敬語、謙遜語を使う。
「お……僕的にはタメというか、いつもの感じがいいんですけど」
「ご依頼内容は何でしょうか?」
「あ、はい。工藤さんは知らないかもしれませんが」
「浮気、してるんだろ?」
「え?」
「たから屋から小倉屋に浮気しているんだろ?」
「え?」
「だから、お前は浮気しているんだろ?」
「え、口調……」
「戻しましょうか? 貴方はいつも通りが良いと仰ったので」
「聞こえてました?」
「職業柄耳が良いんで」
「はぁ……参りました。そのままでお願いします、通常の口調で」
「よし、わかった。で、浮気しているんだろ?」
「あ、はい。職場を変えたのを浮気というなら」
「『たから屋一筋だ!』が他店舗に行ったら立派な浮気だ。お前は1週間前から浮気しているな」
「えぇ」
「あたしは1週間前から知っている」
「え」
「この位置からちょうど見えるんだよ、お前の浮気現場が」
「あ、」
阪田と愛は一度対面ソファーを離れ、さっきの場所へ行った。
確かにバッチリ現場が見える。
「お前のたから屋のシフトは月、水、金だったな」
「そうです」
「その月、水、金にお前は小倉屋に出没していた」
「愛さん、阪田さん、お茶です」
と、言っても愛はホットのブラック珈琲。阪田にはアイスティーだ。
「お前はこっちの方が好きなんだろ?」
「え、あ、はい。でも何故?」
「バイト上がりに飲めるジュース、お前はいつも同じ場所を押す、そこがアイスティーだったんだ」
愛さん、相変わらずよく見てるなぁと新は改めて思った。
「はぁ、よく見てますね」
「職業病だ。悪い、便所に行ってくる」
「愛さん、せめてお手洗いといいましょう」
「しょうがないだろお手洗いだろうがトイレだろうが化粧室だろうが便所だろうが意味は通じる」
「ですから、便所はやめましょう。女性なんですから」
「それは性差別だ。あたしは便所に行く」
そう言って愛は便所に立った。
「すいません、阪田さん。悪気はないんですよ、彼女」
「工藤さんって彼氏いる?」
「いません」
「好きな人は?」
「いません」
「お、チャンス? まさか、俺の事見てたのって好意があるからか? 期待してもいいのか?」
「これだけは言って置きます。彼女はやめた方がいいです。皆んなにあーなんです。本当に職業病ですから、彼女の場合」
「って、お前も好きなんだろ?」
「は?」
とっさの事でとっさに言ってしまった。
「やっぱりな、だから俺を止めるんだろ?」
「否定はしませんけど、彼女は並の男には靡きません」
「俺は並じゃない」
「お前は並だろ」
「え?」
そこには愛がいた。
「お前はいつもラーメン並だろ」
「あ、はい。並です」
「ほらな、あたしに特盛ラーメンを」
「あ、わかりました? 僕が持ってきたのが特盛ラーメンって」
「あぁ、あたしとした事がすっかり忘れていた。伸びてしまう。早く、ラーメン」
愛のラーメンに対する愛は半端じゃない。
ラーメンに関しては人格が変わる。
愛の前にラーメンがおかれた。
塩ラーメンだ。
「よし、いただきます」
割り箸をパキッと割り麺をすくう。
そしてイッキに吸う。
「ん?」
汁を飲む。
「は?」
もう一度麺を吸う。
「え?」
もう一度汁をすう。
「おかしい、これは何処のラーメンだ。たから屋と似てるがたから屋の塩ラーメンじゃないぞ」
「やっぱり! 愛さんはわかりましたか!」
「愛だと? いつあたしはお前に名前呼びを許可した」
「あ、すいません、つい」
「別に構わないが」
「じゃ、愛さんで。愛さんなら分かってくれると思ったんですよ。実は、小倉屋に移動したのはたから屋の味が変わったからなんです」
「味が落ちてる。前の方が美味い」
「ですよね!」
「あぁ。おい、新も食ってみろ」
「ですから、食べてとか言葉遣いには気を付けて下さいよ」
「また性差別か?」
「そういう問題じゃないでしょ。まぁ、いいです。いただきます」
新は愛から受け取った箸とレンゲでラーメンを食べた。
「この前と変わらないと思いますが?」
「こらだから味覚音痴は困る。新は何処のらー 屋に連れて行っても同じ味というからな。連れて行き甲斐がない」
「ですよね! なんで、違いがわからないんでしょう!」
阪田は思いっきり愛をヨイショする。
「なんだ、塩が違うのか?」
「おそらく」
「お前はホール担当だったな」
「はい」
「厨房へは入れるのか?」
「入りません。愛さんも知っての通りたから屋は普通のラーメン屋と違って完全に厨房とホールが隔離されています」
そう、ちょうどフードコート店舗の返却口とコート内のように。
「じゃあ、お前は厨房へ入れないんだな?」
「えぇ、衛生なんとかかんとかで」
「店主に言ったか? 味の事」
「言いました。いつもと違いませんか? って」
「そしたら?」
「そしたら、"変わってない"の一点張りで、面倒くさくて辞めました」
「なんで、解決してから辞めないかな~」
「す、すいません……」
「まぁ、いい。内偵に行こう」
「え?」
「ちょっとした事さ。あたしが厨房へ入るんだ」
「え?」
「だから内偵だよ、内偵」
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