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第2章 うるさいな
しおりを挟む「ほら、ほら。ちゃんと看板出せよ」
「自分で出して下さいよ」
「事務の仕事でしょ?」
「あの、いつから僕は事務員になったんですか?」
「さっき自分で言ってたじゃん」
「事務仕事をやらされてる云々は言いましたけど、事務員とは言っていません!」
「はいはい、じゃあ新は今日から相棒兼事務員ね。ヨロシク~」
ったく、都合が良いんだから。
にしても、なんで愛さんは僕を選んだんだ?
僕に好意がある?
「ないないない! 絶対ない!」
「え?」
「いやいや、この雑誌の恋愛心理学? 的なので好意のある異性にさりげなく椅子とかに座ってる時に膝をくっつけるんだってさ、ちょんって、んで離すんだってさ。ないないない。こんなんで男落とせたら苦労しない」
「それ、ガチらしいですよ?」
「まじで?」
「まじです」
「……」
「……」
長い沈黙があった。
「新に言われてもなぁ、説得力ない」
あひゃひゃひゃひゃ、
そして、またとても女の人の笑い声とは思えない声で笑うのだ。
「愛さん、ちゃんとしたら綺麗なんだからちゃんとして下さい」
「えー?」
「いや、今も綺麗ですけど」
「褒めても何も出ないわよ」
「知ってますし、お世辞でそんな事言いません」
「うむ」
やっぱ、この人は僕の事は男として見ていない。
見てたら一緒に暮らさないよな。
そうだよな。
「今日は誰か来るんだっけ?」
「来客予定はありません by事務員」
「お、認めた。事務員認めた。よし、これから相棒じゃなくて事務員と呼ぼう」
「なんですかそれ」
「よし、事務員、珈琲入れてきてくれ」
「了解」
ったく、人遣い荒いんだから。
と言いつつも新は珈琲を淹れてしまう。
えーっと、珈琲豆はここだよな、
つかあの人無駄に家電に金かけてるよな、珈琲メーカーもそこそこ良いやつだし、洗濯機も冷蔵庫も掃除機もいいヤツだし。
女子なら身だしなみに金かけろ!
心で叫びつつも、この家の家電を使うのは主に新なのでありがたくはある。
もしや俺の為?
「ないないない! 絶対ない!」
え? 俺、いま何か喋ったか?
「ねぇ、聞いてよ新。この雑誌でね、人は左より右に立たれるほうがなんか気分が良いんだって、だから商談とかに役立つ的な心理学書いてあンだけど嘘うそ。あたし右にいても左にいてもいつも同じだもん」
「それもマジな話しですよ?」
新は豆を挽きながら答える。
豆の良い香りが漂う。
キリマンジャロ。
「マジで?」
「マジで」
「なんか、新は妙なところに詳しいね」
「まぁ、これでも心理学部卒ですから」
「あたしは法学部だからか~」
「いや、知ってる人は知ってると思いますが」
「へいへい。で、なんで?」
いつも素直にわからない事を聴くのが愛の特徴のひとつでもある。
「人間の心臓は左にあります。心臓側にいられると心理的に嫌らしいです」
「あたしは気にしないけどなぁ」
お湯を注ぐ。
とぽとぽとぽと良い音を立てて珈琲がおちていく。
ガサガサガサ。
何かが足元を走る。
「わ! でた!」
「何が出た! ☆5のレアキャラか!?」
ドラハン。
ドラゴンハンターにどハマりの愛は本気なのかマジなのかわからないトーンで聞いてきた。
新も一緒にドラハンをやっている(やらさせているともいう)
「違います! Gです! G!!」
「ゴキブリか。新、掃除をサボったな」
「サボってないです! 掃除して、片付けしたそばから汚していくのは貴女でしょうが!」
「うるさいな、こんなやつはこうしてしまえばいいんだよ」
そう言って彼女はGを踏みつけた。(事務所内は土足だから彼女はスニーカーを履いている)
「愛さん、その残骸を誰が片付けるんですか?」
「なんだ、お前ゴキダメなのか?」
「愛さんは大丈夫なんですか」
「特に問題はない。ゴキで死んだ奴の話なんぞ聞いた事ないからな」
そう言いながら足をどけると奴はまだ地味に動いていた。
「チッ、面倒をかけやがって。新、そいつを監視してろ」
「監視って、」
尾行や内偵じゃないんだから、
と思いながらも言葉にはしなかった。
まだ蠢めく気持ち悪い奴をチラチラ監視しながら愛の帰りをまった。
「早くして下さいよ~」
「またせたな」
「愛さん!」
「なんだ、そんなにあたしが恋しかったか」
「はい、早く奴を処分して下さい」
「お前マル暴みたいな言い方するな」
「愛さんこそ、マル暴って」
「どけ、奴を仕留める」
「え?」
愛は新聞紙を2、3枚重ねて、ふたつ折にしてまだ蠢めく奴を掴んだのだ。
「あ、愛さん!?」
「なんだ、ゴキは仕留めたぞ。まぁ、ゴキが1匹いたら100匹はいるというからな、これからはこう殺生するんだな。新」
「殺虫剤を使わせて頂きます」
「そのようなモノは置いていない」
「買ってきます」
「経費は出ないからな」
「え」
「探偵業務に必要ないだろ?」
そうだけど! そうだけども!
「そんなにほしいなら実費で買うんだ。そんな高いモンじゃないだろ」
「わかりました」
よし、
そう言って彼女は奴を包んだ新聞をそのまま丸め込みゴミ箱へ放り込んだ。
手を洗わずに雑誌をめくろうとしたので、
「手! 洗ってから読んで下さい! 僕もそれ読みたいんですから」
「へいへい。ったく、新は潔癖だな」
「フツー誰でも奴を仕留めた後は洗いますから!」
「ったく、うるさいな。わかったよオカン」
「だから、僕は貴女のお母さんじゃありません!」
「へいへい」
はぁ……
新は溜息をついた。
フツー逆だよな、逆。
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