メープル・タイム(仮

哀川 羽純

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「あいつ、おせぇな。何処まで買い物行ってんだよ。お前ら様子見て来いよ」

サークル長が1年生2人に言った。

「了解っす」

1年生2人はマンションを出て、楓が向かったコンビニへと足を進める。

「パトカー? 万引きか?」

「あの女、万引きしたん? ウケんだけど。ヤケになったか? でも、ラッキーじゃね? 誰も万引き女の被害届なんか受理しねぇよ」

強姦は親告罪だ。

「それなー! つーかどうせ言えないだろ。あの手の女は」

「一生俺らのペットだな」

「それなー! 便利な穴が確保できて良かったわぁ」

そう言って彼らは品のない笑い方で、品のない話をしていた。

店内に入ると、警察と店員が話をして居た。

「盗み聞してやろうぜ」

「おう」

警察と先の男子高校生が話しているのを2人は盗み聞する事にした。

「それで、何らかのトラブルに巻き込まれたと思い、通報なされたと」

「はい。何かあったのかなあって心配になったので」

「ご協力感謝します。只今、この近辺をパトロール中なのでまた進捗報告にきますね。それと後日再びお話を伺うかと思うのですがご協力頂けますでしょうか?」

「勿論です」

「ありがとうございます。では、お名前、ご住所、お電話番号をこちらに……」

若い警官だったが終始丁寧な対応だ。

「え? やばくね? 佐藤楓アイツパクリに来た訳では無そうだぜ?」

「だな? パトロールしてるって? 先輩達に連絡いれねぇーと!」

2人は慌てた店を出た。
それに気付いた、若手の警官が無線に叫ぶ。

「先輩? なんか、あいつ、警察呼んだみたいっす!」

『は? 警察を呼んだ? 何やってんだアイツ……写真! アップロードしろ、お前!』

デジタルタトゥーを残すべく、少しでも多く楓を傷付ける為、彼らはさっきの写真をネットにあげる算段だ。

誰も、止める人間はいない。
楓の写真は全世界に発信されてしまった。

店を出て、少し走ると、別の警官がバイクで追ってきた。

「ちょっとお話良いかな?」

「チッ」

捕まった。

「先輩、捕まりましたァ」

『何やってんだよ、クソが。役だたずが。もういい。ポリ公に代われ」

「ん、先輩が話したいって」

そう言って、1年は警察官にスマホを突きつけた。

「お前なぁ……待ってろ」

警官は流石に呆れ顔だ。半ば諦めた様子も感じられる。
胸の階級章から推察するに警部補だ。

「君が主犯?」

『主犯てやな言い方するね。公僕の分際で』

「難しい言葉をよく知っている。だが、君が傷付けた女の子は保護されたよ。安心してね」

『フン、親告罪だろ? あの女は自供しねぇよ?』

警部補は穏やかに話しながら携帯を何かに繋いだ。

「てめ、お巡り! 俺の携帯に何するんだよ」

スマホを突きつけた1年が慌てる。

「そうかそうか。高みの見物ってところかな」

掴みかかろうとする1年をかわす。

『お前、名前は?』

電話の向こうの大学生に問う。

「人に名前を聞くのに名乗らないなんて穏やかじゃないね」

警部補は先程から掴みかかろうとする大学生2人を悠々煙に巻く。
遠くからカブのエンジン音が聞こえる。
応援に来た同僚だ。

彼に繋いだ機械をみせる。
彼は頷いて、無線に囁く。

無線の方から応答が聞こえ、2人の警官が応援に駆けつけた。

カブの警官と応援に来た1人が合流して、何か打ち合わせを始めた。

『俺の名前? そんなの知ってどうする。まぁ、良い俺は山口。アンタは? ポリ公』  

彼の名を聞いてから2人の警官は走り出した。
さっき見た機械は逆探知機だ。
最近の探知機は性能が良い。
一瞬で場所が割り出せる。

2人の警官はその機械が示す場所へ向かい、山口のポストを見つけ、その部屋に突入する手筈だ。

「どうしても私たちを嫌な呼び方で呼びたいらしいね、君は。私の名前は阿久根だよ」

『階級は』 

「そんなの知っても何の腹の足しにもならないよ」  

『良いから教えてよ』 

「警部補だよ」

『ふん、ブケホかよ。係長か?』

「ヤケに、警察に詳しいね。好意的では無いみたいだが」

『まぁね? 俺の親父、警察関係だし? 俺も将来はキャリア官僚の道が約束されてるし? 遊べるのは今だけじゃん?』

阿久根警部補はため息を吐く。

「山口君だっけ? って事は山口官房室長官の御子息かな」

「そうそう。俺の親父、かんぼーちょー!」

そう言ってケラケラ山口は笑った。

『だから、この事件は不起訴だよ。佐藤楓アイツも通報しないし、親父も事件を揉み消すから。大丈夫』

「私はこの話を聞いてしまったんだがね」

『オジサン、ヒラでしょ? ヒラが何言っても無駄無駄! 諦めろ!』

「そうか。警察に詳しい山口君、お父様の知り合いに五反田さんって方は居ないか?」

『あ? 五反田? あぁ、あのクソジジイか。親父の上司じゃねぇーの?』

「彼は、私の父親でね」

『は? だって、名前が! お前、阿久根って! 謀ったな!?』

「阿久根は母親の旧姓でね。任務に忙しい父と母は離婚したんだよ。私は母親に引き取られた。仲違いで別れた訳じゃ無いからね。離婚後も円満だったよ。だから、私も警官の道を選んだんだ。まぁ……激務を知っているから結婚する気はないがね、って私のこんな話、君は興味ないね」

『チッ、クソが』

「さて、そろそろ、私の部下がそちらへ着く頃だよ」

『何で、俺が山口って分かったから住所調べたのか? 早いな……まさか、逆探知? お前、そんなの持ち歩いてるのかよ』

ピーンポーン

電話の向こうでチャイムがなる。

「終わったな。山口君」

『てめぇ、ヒラの分際で! この俺をどうにかしようと思うなよ! 親父は優秀だったのに残念だな。テメェはヒラなんだな。なに? キャリア試験落ちたのか?』
 
負け犬の遠吠え。
その言葉が良く似合う、少しでも相手を傷付けようと、少しでも、自分が相手より秀でている事を知らしめたい。
俺はすごいんだ。
そう思いたい。
だが……
それは、所詮負け犬の遠吠えなのであり、

「私はもともと法務省の人間でね。一応キャリア官僚なんだよ。君がなる予定だった。キャリア官僚だ。ちょっと出向しているだけさ。警部補を掲げているのも私の我が儘でね。本当は警視だよ。現場に出易いんだ警部補この階級

『気に入らねぇ……いつか潰してやるからな』

まだ、吠えるか。

「のぞむところだ。法廷で会えるのを楽しみにしているよ」
 
勝者は口元だけ笑う。
目は決して、笑わない。
被害者が、心から笑えるまで、阿久根は笑わない。
彼は、警察官になり、ある事件を境に心から笑った事がない。
多分、この先、心から笑える事なんてないのではないだろうか。
の方が着くまでは。

おい、お前らなんだよ! 警察か!?
ちょ、先輩! なんか、来ましたよ!

電話の向こうで騒がしい、頭の悪そうな、若い男達の声がした。

『私の部下が着いたようだね。私の部下達は優秀だ。無駄な抵抗はしない事だな』

向こうで山口の叫び声が聞こえた。
他の大学生たちの叫び声も聞こえる。

彼らは全員もれなく逮捕された。
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