メープル・タイム(仮

哀川 羽純

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相部屋に移り、暫くは順調だった。
ルームメイトとも何となくのコミュニケーションは取れた。
ルームメイトは皆、同性だった。
同性だったが、皆んな、精神を壊している。
夜中に叫び声や笑い声、泣き声が聴こてる。

楓も夜中に泣き出す事があった。

2019年3月3日に日付が変わった頃。
その夜も楓は泣いていた。

シャーと高い音がした。
ベットを区切るカーテンが空いた音だった。
何事かと身を起こす。

隣のベットの女の子が入ってきた。
楓が比較的コミュニケーションを取っていた女の子だ。

「寂しいんだ。一緒に寝ても良い?」

楓も相当壊れていたので思わず頷いた。

「ありがとう」

楓は横になり、ベットの右端により外側を向いた。
入ってきた女の子は楓の背中側を向いている。

「ねぇ、君は何をしたの」

病院内ではあまり、お互いの情報を教えないようにとされている。
退院時、連絡先の交換などもNGだ。

「……」

「まぁ、良いや。私は、5回目の自殺未遂。今回は睡眠薬と精神安定剤のODだったんだけど……耐性ついたかな。全然ダメだった。早く死にたいなあ」

「そうなんだ」

楓は力なく呟く。

「ねぇ、ハグしても良い?」

「うん」

特に何も考えずに楓は彼女の申し入れを受け入れた。

「楓ちゃんって言ったよね。私の名前、覚えてる?」

「……ごめんなさい」

「謝らないでよ。私の名前は綾奈」

「綾奈さん」

「ねぇ、楓ちゃん、すごく良い匂いがする」

綾奈は楓の首筋の匂いを嗅いでいる。

「くすぐったいよ」

「すごくいい匂い。好き。ねぇ、女の子同士でした事ある?」

「え?」

何を、と聞く前に、綾奈の手が楓の下着の中に侵入してきた。

「楓ちゃん、楓ちゃん」

綾奈は興奮している。

「いい匂い。可愛い。あぁ、良い」

楓はまた、あの日の事を思い出した。
消し去ろうとしていた、あの忌まわしい記憶。

男の子がいないからもう大丈夫だと思った。
周りは女の子だけだから、同性だけだから、もう、ここにいれば安心だ。大丈夫だ。そう、信じ込んでいた。

カエデの周りにLGBT(Q)はいなかった。
テレビの中や物語の中だけだと思いこんでいた。
何なら、自分は偏見ないのにな、とまで思っていたが、いざ、それが自分に向けられるとどうだろうか?

恐怖だった。

同性異性関わらず、自分が好意を寄せて居ない相手から迫られるのは恐怖だ。

例え、好意を寄せていても同意が無ければそれは恐怖に変わる。

同意のない、それは、もはや、暴力である。

「いや」

「大丈夫だって。私、そこら辺の男の子より上手いから。男女問わず人気なんだ。私のコレ」

そう言って綾奈は楓に跨った。

「可愛い」

そう言って、パジャマの前を開けて、楓の胸をまさぐる。

「やだ。辞めて。お願い。辞めて下さい」

楓はまた、思い出した。
抵抗しても無駄だっという事を。

「髪も首も、どこもかしこも良い匂い」

綾奈は執拗に楓の身体を撫で回す。

さっき、触っていたところの匂いも嗅ぐ。

「良い匂い。美味しそう」

そう言って、楓のを舐め始めた。

「いや、、辞めて。お願い」

無駄と知りつつも抵抗を試みる。

「大丈夫だよ。気持ち良くなるって」

楓は枕元を弄る。
ナースコールを探している。

何かを掴んだ。ボタンを押す。

『どうされましたか?』

助けて!

楓は叫んだ。

『すぐ伺いますねー!』

精神科のナースだ。
夜中にこの様なコールは珍しくない。
大抵の場合が幻覚だったり、統合失調症の症状だったりする。
その為、ナース達はそこまで大事だとは捉えない。

「うるさいなあ!」

別のベットの患者が楓のベットのカーテンを開ける。

半裸の楓の上にまたがる綾奈を捉えた。

「え? そういう関係? バイなの?」

カーテンを開けた女性は目を白黒させる。

「助けて……」

「あの、嫌がってますけど」

「貴女も仲間に入る? 気持ちいい事しよお」

綾奈が楓から降りて、カーテンを開けた女性の方へ向かう。
彼女が出てきたと思われるベットには坂口 みなみと書いてあった。

「いや! 辞めて!」

「ちょっと! 貴女たち! 何をしているの!」

さっきのナースコールで応答したナースだ。

「この、この女が! この子に! 乱暴してました!」

「またなの!? 相沢さん! 次やったら隔離病棟って言ったでしょ! 来なさい!」

「いや! 私まだ続きする! やだ! 楓ちゃんと遊ぶの!」

綾奈は幼児のように駄々を捏ね始めた。

「ヤダヤダヤダ!」

狭い、6人部屋の病室で床に寝転がって抗議をしている。

体格のいい、男性看護師がやってきて、彼女を取り押さえて、連れて行った。

楓は震えながら一部始終を見ていた。

女だから、私が、女の子だから、
だから、何度も何度もこんな目に遭うんだ。
女に産まれなきゃ良かった。
何で、何で、私は私なの?

私が、男の子だったら、こんな目には遭わなかった。
先輩達に犯される事もなかった。
犯されなければこんな所にはきていない。
よって、女の子に手を出される事もなかった。

男だけが敵だと思って居たが、女でも、敵になる場合がある事を楓は知り、絶望した。

これから、私は誰を信じれば良いの?

勿論、助けを呼んでくれた、コンビニの彼の様に、優しい人もいるが楓にはその区別が付かなくなってしまった。

山口先輩だって、最初は優しかった。

でも、本当は違った。
怖い。

誰を信じれば良いの?

疑いたくないけど、疑いざるを得ない。

女に産まれなきゃ良かった。
私が、男だったら、もし、男だったら……

「佐藤さん? 大丈夫ですか?」

彼女の担当、藤宮が覗きにきた。

彼女のポケットに、処置用のハサミが見えた。
楓は素早くそれを奪った。

「佐藤さん! 辞めなさい!」

楓は藤宮の静止を振り払い、長く、綺麗な、自慢の髪を無造作に切った。

長い髪は女の象徴。
少しでも、男に近づく為に、

「俺は女じゃない! 女じゃない! 俺は男だ!!!!」

そう叫んで、楓は意識を飛ばした。

その日から、楓は個室になった。
その日から、楓は自分の事を男だと思い込むようになった。
その日から、楓は生理が来なくなった。
その日から、楓のマインドコントロールは始まった。
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