コトノハコダマ奇譚

市境前12アール

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第四話 安堵

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―― 刺さり続けた小さな棘 第十三話 ――――

 あれから幾日かが過ぎて。

 あの時のことは、自分でもびっくりするくらいに尾をひいて。その日は一日中、何もできなくて。次の日の月曜日、ほとんど眠れないまま、寝不足なのを無視して無理やり会社に行く。今にして思えば色々とおかしかったのだろう、先輩から心配されたりもして。……大丈夫ですって答えたけど、信じてない顔だったなぁ、あれ。

――まあ、そんなことを考える余裕ができたのも、その日の仕事も終わって家に帰って、まともに睡眠をとったあとなんだけど。

 さすがにね、いつまでも周りに心配させる訳にはいかないし、第一、詳しく聞かれたら困るのは自分だから。そう無理やりに切り替えて、カラ元気を総動員して、とにかく仕事に集中する。……で、仕事に逃げる人の心理ってこういうことかと納得している内に週末になって。

――そんな金曜の昼休みに、近くの喫茶店に一人で入って日替わりランチを注文して。うん、今週はちょっとたるんでたな、来週からはちゃんとしなきゃなんて思いながら、暇つぶしに何となく取ってきた週刊誌を半ページほど読み進めたところで、相席いいかななんて、久しく聞いてなかった横櫛よこぐしの、少しなれなれしい声が耳に入る。

「――あっちの席、空いてるけど」

 空席が目立つのにわざわざ相席を求めてきた横櫛を思わずジト目で見てから、さらりとそう返事をして。それを聞いた彼は、少し大げさに「あっちの席」に視線を送ったあと、なるほどと手を叩いて、がっくしと肩を落とす。

――そのどこかひょうきんな態度に、思わず吹き出しそうになるのをぐっとこらえながら、まあ好きにすればと口にする。

 そんな素っ気なかったはずの私の声に横櫛は、嬉しそうな表情を浮かべながら対面に座って、注文を取りに来たおばちゃんにナポリタンスパゲッティを注文する。

……そんな横櫛の様子を、週刊誌に目を落としながらこっそり様子をうかがってた私は、あれ?、こいつこんなにも表情豊かだっけなんて疑問に思ったところで、その彼に話しかけられる。

「瑞っちさー、どっか遊びにでも行かない?」

 その声を聞いて、そういえばコイツ、今週にはいってからずっと声をかけてこなかったわねと、そんなことに今更のように気がついて。でもまあいっかといつものように受け流そうとして、その言葉にささやかな引っかかりを覚える。

「……『遊び』って、何?」

 いつものコイツなら、大抵が「飲みに行こう」か「ご飯でも食べに行こう」のどちらかだった気がするんだけどと、新しく出てきた誘いのパターンに少し新鮮さを覚えて聞いてみる。

「いやあ、だって瑞っち、飲みに誘っても食事に誘っても断るし。なら、他のことなら良いのかな~、なんて思ってさ」

 横櫛から返ってきた返事を聞いて、その前向きさと何てことはない理由にため息を一つつく。

……とはいえ、まあ、そんなことはわかってたことだけど。

 なにせコイツは、飲みに誘われた時に「そうね、たまには何人かで飲むのも悪くないかもね」なんて返事をされてもめげずにそのまま「わかった!」なんて返事をして、気がつけば参加者六人の小飲み会を実現させてしまったという、そんな前歴の持ち主なのだから。……あれ、軽い悪戯のつもりだったんだけどなぁ。なのにそこまでされて、おかげで変に罪悪感を感じて少し飲み過ぎてしまったのは、今でもちょっと忘れられない。

――ただ、その時に気付いたのだけど。とにかくコイツは、何ていうかこう、見た目よりもいい加減じゃないというか。いや、チャラいんだけど。現に今も誘ってきてるし。絶対これ、私だけじゃないと思うし。

 だけど何ていうのかな、無理に踏み込んでこないというか。そういえば一度も連絡先とか聞かれたことないし。うん、よくわかんない奴だけど悪い奴じゃないかもなんて実は最近、思い始めてたりもして。

……そんな訳で。コイツはまあそんな奴だとわかっていたんだけど。それでも少し、コイツがどんな「遊び」に誘ってくるのか、少し興味を覚えて。試しに聞いてみる。

「……具体的には?」
「映画なんかどう? ほら、今イギリスを舞台にした映画がやってるじゃん。世界中なベストセラーを映画化したとかいう奴。あれなんかいいんじゃない?」

 私の質問に即答する横櫛を見て、ああコイツは最初から映画に誘うつもりだったんだなと直感する。なら最初から映画に誘えよと、そんなことを思いながら、なんだろう、たまには付き合ってあげてもいいかな、なんて気になって。

「たまにはいいわね……って、ちょっと待って? いつ観に行くつもりよ」

 珍しく、というか初めて横櫛の誘いに乗ろうとして。ふとつまらないことが気にかかる。そういえば久しく映画なんて見に行ってなかったけど、映画を見るって時間もかかるし。会社帰りに見に行くものじゃないよねなんて、そんなことを考えて始めて……

「いつって、定時ダッシュでいけばよくね? 駅前の映画館、六時過ぎから上映してたはずだから、十分間に合うでしょ」

……確かにたまにはいいかも、なんて思ったけど、だからといって、いきなり休日にコイツと二人きりでなんて思ったところで、横櫛の、少し戸惑ったような返事を聞いて。あれ?、普通、映画館に行ったらまとめて何本も映画を見るんじゃないのなんて、言い訳めいたことを考え始めて。

――そうね。確かに何本も映画を見るなんて一言もいってないわよねと、心の中で両手を上げて、降参する。

「……そうね。たまにはそんなのも良いかもね」

――何となく断りにくくなってしまい、コイツの誘いを受けてしまいながらも、確信する。コイツ、やっぱり最初からそのつもりだったよねと。何せ時間のことまでスラスラと答えたのだ、絶対に事前に調べてあったに違いない。うん、やっぱりコイツはチャラい奴だと、なんだかよくわからないことを、まるで負け惜しみのように心の中でつぶやいた。

―――――――――――――――――――――――

「負け惜しみが意味不明です(笑)」

 影仁かげひとは、前もって準備してあった最新話を、いつものように投稿して。いつものように雑事をすませて戻ってきた影仁は、コトノハからSNSに届いたメッセージに目を通す。

「うん、まあ、そこはあれかな? ペースを乱されたから、何かこう、心の中で毒づきたかったみたいな?」
「なるほど。それにしても瑞葉みずはの映画館に対する勘違いはどこから」

 しっかりと最後のオチに食いついてきたことに影仁は少し満足をしながら、メッセージに返信をして。さらに仕込んでおいたツッコミポイントに食いついてきたのを見て、前もってブックマークしておいたまとめサイトを見ながら影仁は、返信の文章を打ち始める。

「そうだね、作品は平成だけど、瑞葉の価値観はけっこう昭和なんだろうね。日本でレイトショーが一般的になり始めたのは1990年代。それまでは、よほど特別な映画でもない限り、夜中に映画を上映するなんてなかったみたいだよ。――これは推測だけど。映画館っていうのは、昔は一日がかりで遊ぶ場所だったんじゃないかな。同時上映とか普通にやってたみたいだし」

 少し長めの返事を打ち込んだ影仁は、最後に少しだけ、自分の推測を付け加えてから、メッセージを送信する。

「同時上映って、短い映画と長い映画を組み合わせて上映するやつですよね。今もやってません?」
「そうじゃなくて。昔は二本以上の『長い』映画を連続して上映してたみたいなんだ」
「……時間、かかりません?」
「もちろん。昼食を食べて映画館に行って、映画館から出た頃にはもう日が沈んでた、みたいなこともあったみたいだね」

 返信で帰ってきた、いかにも「今の人風」な答えに影仁は、自分もまとめサイトやブログから得たニワカ知識で返信をして。そんなやり取りをしていると、いかにもコトノハらしいと感じるような、そんなメッセージが彼の元に届く。

「……なるほど。きっと瑞葉っちは門人かどひとと一度映画館に行ったんだね。そこでその『同時上映』の洗礼を浴びた。で、誰とも遊びに行かなくなって、取り残されてしまったと。どうですかな、この推理」

 このメッセージを見て影仁は、心のどこかで抱いていたほんのひとかけらの不安が氷解するのを感じながら。それでもいつもと同じように返信をする。

「そうですね。あと少し付け足すのなら、瑞葉と門人が逢引していた時というのは人目をはばかっていた訳で。そうすると自然、知り合いの行きそうな場所は避けますね。――つまり、近くの映画館は避けて郊外の映画館に行っていたと」
「ふむふむ、つまり『同時上映』がまだ残っているような田舎に行った訳ですな。……そして、門人の性格を考えるに、一日をほとんど映画館で過ごすようなデートをしたと。何せ、安く済む上にずっと映画館の中ならバレにくいと一石二鳥ですからな」
「うん、ご名答。そんな感じですね」

 いかにもコトノハらしい文章に影仁は、少しだけ懐かしい気分を覚えながら、言葉を交換しあって。そろそろ潮時だと感じたのだろう、コトノハから締めくくるようなメッセージが送られてくる。

「とりあえず、瑞葉が少し立ち直ってホッとしたよ」

 そのメッセージを見て影仁は、自分もホッとしたと、心の中でそう返事をする。

――画面の向こうにいるのは間違いなくコトノハさんだと、そんな実感と共に。
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