マミルとマモル(改稿版)

舟津湊

文字の大きさ
9 / 17

マモルの長い夜

しおりを挟む
 満月亭の前では、叔母さんが待っていた。
「よう、力持ち。そのまま階段上がって真美瑠を部屋まで連れてってくれる?」
 叔母さんは外階段を先に上がってドアを開けてくれる。玄関で転ばないようにバランスをとりながら足だけで靴を脱ぎ、叔母さんに従う。居間らしき部屋の前を通って、右側のドアを開けて入るように促される。
 そこは、外からはとても想像がつかなかったが、白とライトグリーンを基調とした、女の子らしい部屋だった。
 「そのままベッドに寝かせて。」
 ぼくは、ベッドに背を向け、ゆっくりマミちゃんを下ろした。このまま寝かせちゃって大丈夫なんだろうか。
「ああ、安心して。ぐっすり寝たら明日の朝は元気に起きてくるから。」
 叔母さんは僕の心配を察したように答え、マミちゃんにタオルケットをかける。

「さあ、町村少年。どうせ夜も更けたし、もう何時に帰っても同じだから、ゆっくり語り合おうか?」
「え? あ、わかりました。」
 きつくお叱りを受けるのを覚悟した。

 叔母さんはぼくをキッチン兼居間に案内し、テーブルに着かせた。麦茶の入ったグラスを二つと、お煎餅が載った皿を置くと、ぼくと向かい合って座った。
 麦茶を一口飲み、顔を上げたら叔母さんと目が合う。
「少年。さては、見たな?」
 不意を突かれて返答に困る。
「・・・え・・・は、裸のことですか?」
「そっちも見たんかい! このドエッチ。」
「す、すみません。マミちゃんがタヌキに変身する方、ですよね。」
「そうよ。・・・でもあんた真美瑠がタヌキだってこと、知ってたんでしょう?」
「・・・はい。マミちゃんが居眠りしてるとき、シッポも見ましたし。カエルで気絶しちゃった時も・・・」
「まあ。あの子もお尻が、じゃなくて脇が甘いわねえ。」

 叔母さんは麦茶を一気に半分ほど飲むと、ぽつりと言った。
「まあ、話すべきこと、話しておこうかね。真美瑠にとっちゃ、君は恩人だし、頼りにしてるみたいだし。」

 ぼくがマミちゃんにそんな風に思われているのが、嬉しくもあり、自分のしていることが情けなくもあった。

「真美瑠、夜更けにタヌキに戻って、何してると思う?」
「・・・わかりません。」
「あの子、偉いのよ。子ダヌキたちに色々教えているのよ。」
「教えている?」
「人間のいいところと、気をつけなければいけないところ。」
「あの子はね、ヒトとタヌキ、もっとうまくやっていければと思っているのよ。」
 叔母さんがぼくに煎餅を勧める。自分でも一口かじり、ぽつりと言った。
「あの子のお父さんとお母さん、うっかり人前に出てしまった、よその子ダヌキを庇って、人間に捕まってしまったの。」

「え!」
 ぼくの脳裏には「駆除」という言葉が浮かんだ。
「あの、殺されてしまったんですか?」
「いいえ、田瀬谷区では、捕まえたタヌキは殺さないことにしているの。でも、そのまま返すわけにもいかないから、この区と提携している北関東の村の山奥に放されたの。」
「もう、マミちゃんはご両親は会えないんですか?」
「多分、そのうち会えると思うわ。お父さんもお母さんも賢いし。今は捕まったショックから、ちょっとの時間しか人間に変身できないみたいだけど。そのうち電車で帰って来るんじゃない?」
 いくぶん安心しながら、疑問に感じたことを尋ねる。
「タヌキには、人間に変身できるタヌキと、そうでないタヌキがいるんですか?」
「そうね。家系によるわね。真美瑠の一族は、元々四国の出身で、明治時代に関東にやってきて、武蔵野のタヌキの一族と合流したの。四国では、ご先祖様が中国から渡来してきたお坊さんを護ったり、村が戦に巻き込まれないようにと人間のために一生懸命尽くしたらしいわ。教育にも熱心で、子ダヌキ達に人間の学問や、変身の術も教えたと伝えられているのよ。そういう教育を受けた家系のタヌキだから、人間にも姿を変えられるんだと思う。」
 ぼくはそれを聞いて、もう一つの疑問を口にした。
「あの、叔母さんは・・・」
「言ったでしょ、私は真美瑠の叔母よ。何ならシッポ出してあげようか?」
「いや、いいです。」
「話を戻すとね、あの子は、自分の親のように捕まって欲しくない。でも人間をそんなに恐れて欲しくない、と思っている。だから、夜中は子ダヌキたちの元に行って、良くも悪くもありのままに、人間のことを教えているのよ。」
 お父さん、お母さんが辛い目にあっているのに、何で人間に拒否反応を起こさないのだろうか? ぼくの疑問を感じたかのように叔母さんは続ける。
「あの子がそこまでする理由は三つかな。一つは先祖代々、そういうスタンスで人間と接してきた。もう一つはこの私。私も子供の頃、人間に変身してここの中学校に通った。私の場合は、好奇心ね。その時の楽しかった思い出をあの子によく話してあげたわ。」
 叔母さんは目を細めて遠い昔を懐かしんでいるようだった。あ、保健室の高野先生が言ってた「前にもそういう生徒がいた」って叔母さんのことなのかも。
「学校では、高松先生がよくしてくれてね。そう、高松先生は、今の教頭先生。私が居眠りしてシッポを出したときも驚かず、いろいろと話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりした。」
 叔母さん、マミちゃんのこと、脇が甘いって言ってたけど、マミちゃんに限らず脇が甘い家系なんじゃないかな?

 叔母さんはややトーンを変えて語る。
「そうやって守ってくれる人がいたから、あまり危ない目にあわなかったし、私は人間と一緒にいることができた。人間のことを好きになれた。こうやってお店も出せてる。」
 叔母さんは、視線を麦茶のグラスからからぼくの顔に視線を移す。
「三つ目の理由は・・・あんたよ。」
「え?」
「真美瑠にも必要なのよ。そんな人が。」
「ぼ、ぼくですか?」
「あったりまえじゃない! マモル君が真美瑠をマモレなくて誰がマモルのよ。」
 脳内でマモルがリフレインされる。
「あの子、普段はおとなしいんだけど、時々大胆なことするしね。」
 そういえば、マミちゃん、大胆にも学校の図書室にいたんだっけ。でも、ぼくはその理由を知らない。
「ぼくなんか・・・気がきかなくて、マミちゃんのこと何もわかってあげられなくて・・・」
「いいのよ。そんな年がら年中、ナイト様みたいなことはできないんだから・・・でもね。真美瑠が本当に困っているとき、悲しんでいるとき。ここぞとばかりにあんたの本気を見せてあげて。真美瑠の話によると、見かけによらず、頭いいらしいしね。」
「は、はい。」
 叔母さんの真剣な眼差しに気おされて返事はしたものの、まるで自信ない。
「あの、それから・・・マミちゃんは、『ぼくがマミちゃんのことをタヌキだって知ってる』って、気づいてるんですか?」
「そりゃもちろんよ。でもね。あの子からそれを切り出すまで、黙ってなさいな。」
「え、どうして?」
「そういうとこ! あんたはもっと乙女心をわかってあげた方がいいよ。」
 確かにぼくは決して成績は悪くないが、それは「乙女心の理解」は苦手とする分野だ。

 それから高松教頭先生の武勇伝を熱く語ってくれたり、人から譲り受けたこの満月亭をいかに繁盛させていったかなど、叔母さんの細腕繁盛記の話は延々と続いた。
「おっと、いけない、話しこんじまった。もう朝まで時間あまりないけど、帰って寝な。」
 マミちゃんは、そのままスヤスヤ寝てしまったらしい。おばさんは店の残り物のヤキトリをパックに入れて持たせてくれたので、礼を言ってお店兼住居を後にした。

 空が白み始め、輪郭が戻り始めた町中を走り、家まで急ぐ。睡眠不足だが、冷たい風がさわやかで、ぼくの頭の中はスッキリしている。
 家の鍵を開けるときの「カチャリ音」を極力抑え、そっとドアを開ける。
 母親が仁王立ちで出迎え、こう宣告した。
「朝帰り不良息子は、朝飯ヌキ。」
 ぼくは玄関に正座し、ヤキトリをうやうやしく母に献呈すると、朝飯ヌキは撤回された。
 ヤキトリの大半は、母と、食べ盛り育ち盛りの高校生の姉の胃袋に収まった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜

氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。 そんな私が、突然、人気モデルに? 陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す シンデレラ・ストーリー 恋もオシャレも興味なし:日陰女子 綺咲 由凪《きさき ゆいな》 30歳:独身 ハイスペックモデル:太陽男子 鳴瀬 然《なるせ ぜん》 26歳:イケてるメンズ 甘く優しい年下の彼。 仕事も恋愛もハイスペック。 けれど実は 甘いのは仕事だけで――――

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...