僕と校長先生、25のエピソード

舟津湊

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ep.24  従兄の過去の秘密、そして思い

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「ケンにい、勉強の前にちょっといいか?」



夏鈴の部屋に入り、家庭教師用の勉強道具を取り出そうとした時の第一声だった。

幸いなことに、僕の呼ばれ方は『にいさまモドキ』ではなくなっている。

彼女は従姉が校長を務める志望校に見事、合格した。そこで僕はお役御免になるはずだったのだが、何が気に入ったのか謎だが、家庭教師継続の依頼があった。高校の勉強に慣れるまで面倒を見て欲しいとの夏鈴本人からの申し出による。僕自身の受験勉強もあるので、夏休みくらいまでなら、ということで引き受けた。



冒頭の第一声は、彼女にしてはやや深刻なトーンだった。



「タカにいさまの部屋の大掃除をしてたら、こんなモノが出てきてな」

そう言ってミニデスクの上にパサッと置いたのは三枚の写真。

普通のサイズより大きめで、やや色褪せている。

映っているのは、若い男女。



「隆行さんの部屋の大掃除?」

「おう。時々ホコリを払ったりしてやってるのさ」

桜羽邸の二階には、夏鈴の部屋の他にもいくつかの部屋があり、その一つが隆行さんの部屋、つまり『かつて彼女の兄が使っていた部屋』である。

多分、掃除以外に『物色』という目的もありそうだが、それを詮索すると話がややこしくなるので、夏鈴の話の流れに従う。

「この写真、どこにあったんだ?」

「にいさまのデスクの引き出しの奥の方」

そんな所を掃除する必要があるのかどうかは置いといて、写真に収まっている人物に注目する。

銀縁の眼鏡をかけた、若い男性……僕がいうのもなんだが、そっくりだ。自分の写真のアルバムに紛れていても、それが他人のものとは気がつかないレベルに。



「この男の人、隆行さんだよね。確かに僕に似ている。夏鈴たち家族の方々が間違うのも無理はないな」

「ああ、にいさまが亡くなるよりもだいぶ前……多分大学生くらいの写真だろうから、今のケンにいと齢としも近いだろう。余計にそう感じるな……だが、問題はそこじゃない。隣に写っている、この女だ」

夏鈴が発音する『女』には、何やら敵対心みたいなものを感じる。

写真三枚いずれも、隆行さんとその女性の写真で、一枚は学校のキャンパスらしき建物をバックに、二人並んでにこやかに写っている写真。なかなか美しい人だ。あとの二枚の写真の背景はどこかの海辺だ。どうやら自撮りっぽく、一枚は隆行さんが女性の肩に手を回し、密着して写っている。もう一枚はさらに密着していて顔を寄せ合っている。



「おい、ケンにい、なんであんたの顔が赤くなってんだよ?」

「いや、なんか自分がこの女性と抱き合ってるみたいで」

「アホか! そんなことよりアタシが聞きたかったのは、この女、どっかで見覚えがないかってことだ」

「いえ、ボクの身に覚えはありません」

「コラ! いつまでそのネタ引きずってんだよ」

確かに見覚えがある……僕はスマホを取り出して、職業や番組名などを入れて検索した。



「あった! 多分この人だな」

検索結果で表示された動画を夏鈴に見せる。それは、ニュースを読み上げる女性キャスターの映像だ。

「ほう、伏見裕佳子ふしみゆかこ……民放の女子アナか」

そう言って彼女は自分のスマホにその女性の名前を入力してググり始めた。



「早稲田の教育学部を出て、高校教師になったが、何かのきっかけで女子アナに転職したようだな……ちなみに大学はタカにいさまと同じ学部学科だ」

「ということは、大学で知り合ったのかな」

「そういうことになる。この若さからすると、学生の頃に撮った写真だろうな」

古ぼけた写真からは、この二人がかなり親しかったことを感じ取れる。



「ケンにいよ、あんたはこの二人の関係、どう思う?」

「推測で迂闊なことは言えないけど、恋人同士に見える」

「これはどう見てもそういう関係だろう」

「夏鈴はご家族から聞いたことはないのか? その、隆行さんが誰かとおつき合いしていたとか」

「いや、まったく。アタシは小さかったからウロ覚えだけど、にいさまのお葬式の時も多分来てなかったと思う。もし恋人が来てたなら、その人はムチャ泣きしてるだろうから、記憶に残るはずだ」

「……校長先生は、知っていたんだろうか?」

「そこなんだよ。もし知っていたなら特に問題はないが、初耳だったらどう思うか……なにせ、ずっとタカにいさまにゾッコンだったからな」

「まあ、そっとしておいた方がいいだろうな。その写真も元に戻しておいた方がいいと思うよ」

「ああ、そうする……この件は、アンタにも関わってくることだしな」

「え!?」

「少しは自分で考えろよ……いいか? ハルねえさまは愛するタカにいさまの遺志を継いで教師となり校長となった。にいさまのやりたかったことを実現するために」

「確かにそうだけど、それが何で僕に関係してくるのかな?」

「わかるだろ? ねえさまは、ケンにいに協力してもらってそれを成し遂げようとしているんだ」

「確かに校長先生はそんなことを僕に何度か言ってる」

「でもよ、どういう関係かわからないけど、タカにいさまが愛していた女性がいることを知ったら、ハルねえさまの気持ちも揺らぐんじゃないか……にいさまの遺志を実現させることにも。にいさまに似ているあんたと一緒にやっていこうと考えていることも」

「そういうものかな?」

「女心ってのはそういうもんだ……まあこの件は当面胸の内にしまっておいてくれ。時間をとって悪かったな……さあ、勉強の方、よろしく頼む」

夏鈴の言う通り、この話は自分の中に留めておこう。







「榊原君、放課後ちょっと時間もらえるかな?」

翌朝、文系クラスの小宮さんが僕のクラスを訪ねてきた。

「うん、少しくらいなら」

「ありがとう、じゃあ授業が終わったら生徒会室まで来てくれる?」

「生徒会室? ああ、わかった」



小宮さんは生徒会の副会長を務めているが、何で僕が呼ばれたのか、心当たりがなかった。

放課後、不思議に思いながらも生徒会室のドアをノックする。



中にいたのは、生徒会長の高島、副会長の小宮さんの二人だった。窓側に立って何か話していたようだ。

二人とも僕と同じくこの春三年生に進級したが、いずれも文系クラスなので、あまり話したことがない。



「ああ榊原、急に呼び出して悪かったな、どうぞ座って」

高島会長が部屋の中央の大テーブルの席を僕に勧め、向かい合って座った。ペットボトルの小瓶を僕の前に置いて会長の隣りに小宮さんも着席する。



「君に折り入ってお願いがあるんだけど……単刀直入に言うと、今度の五月に実施される生徒会役員の選挙に立候補してくれないか?」



「は!?」

一瞬、その意味がわからなかった。だって、ウチの学校の生徒会のシステムでは、三年生は生徒会の役員にはならないからだ。

「あの、僕は君たちと同じ三年生だけど。そもそもの話、普通三年生は生徒会役員になることはできないんじゃないかな?」

「そうね、普通はね」小宮さんが答える。

「でもそれは、慣例的なものなの。榊原君も知っていると思うけど、うちの学校の生徒会は、一、二年生を中心に運営されていて、会長や副会長もその中から選出されているわ。でも学年の制限は『生徒会則』のどこにも記載されてないの。多分だけど、三年生は受験勉強があるから、いつのまにか下級生中心の運営になっていったんだと思う。うちの高校の任期だと、三年生は期の途中で卒業することになっちゃうし」

「……えーと、僕はまさにその三年生なんだけど……君らもそうだろう?」

「うん、僕たちみたいに生徒会の役員を一年間務めた生徒は、お役御免になるんだけど、任意で『生徒会アドバイザー』として残って新しい役員をサポートすることができるんだ、これは会則にも書かれている」

高島会長は僕にペットボトルを勧めながら説明した。



「それで、君たちは、アドバイザーとして残るつもりなのかい?」

「うん、ぜひやりたい」

そう力強く答えたのは小宮さんだった。

僕は心配になって訊ねる。

「弟さんや妹さんの世話とかもしているって聞いたことがあるけど、受験勉強は大丈夫?」

「そうね、でも何とかやっていけると思う。高島君もアドバイザーで残ってくれるって言うし、そこに榊原君が会長になってくれるんなら」

新学期を迎え、夏鈴の家庭教師も一段落し(結局してないが)これから受験勉強に身を入れようと決意を新たにしていた矢先の話だ。

「なんでそこまでして生徒会の仕事を続けたいのかな?」

僕のその疑問には高島が答えた。

「来期がすごく大事だと思っている」

「?」

「今年は桜羽校長先生の任期三年目になるんだ。詳しくは言えないけど、次年度以降も校長先生を続けられるかどうかは、今年どれだけ成果を出せるかに関わっているんだ」

三学期に生徒会の呼びかけで、校長先生の取り組みに関してのコメントが募集されたが、それも何か関係があるのだろうか?

「私たちね、校長先生にすごく助けられてることがたくさんあると思うの……個人的に私自身もそうだし。それから生徒会役員としてそばで見ていたら強く感じるんだけど……桜羽先生、なにかすごくやりたいことがあるんじゃないかって思える。だからそれにぜひ協力したい」

真剣な眼差しで訴える小宮さんの熱意にほだされそうになるが、もう一つ疑問がある。

「状況はよくわかったけど……その、何で僕なんかに頼むのかな?」



生徒会役員の二人が顔を見合わせる。そして会長の高島が口を開いた。

「端的に言うと、多分、君が一番校長先生に信頼されているからだ……いろいろな意味で」

「いろいろな意味って?」

そう僕が尋ねると、小宮さんが会長を肘で小突いた。



「えーと、そうだな、君になら校長先生は何でも気さくに話したり頼めるし、従順、イテッ! じゃなくって、しっかり受け止めて、力を貸してくれるし……」

小宮さんから二度目のヒジテツを食らって、会長は顔を歪めながら説明を終えた。



せっかくのいい機会だから、普段誰にも聞けないことを僕は二人に聞いて見ることにした。

「ぶっちゃけ話で教えて欲しいんだけど、校長先生と僕はどんな関係に見える? 周りの噂とかも含めて教えて欲しい」



やや目を泳がせながら小宮さんが答える。

「そ、そうね……姫と家来みたいだとか、ボケとツッコミの夫婦漫才みたいだとか、ルパンと次元みたいだとか……」

「……えーっと、それはどう解釈したらいいんだろう?」

生徒連中はそんな目で校長先生と僕を見ていたとは!……愕然とする。



「ま、まあ、二人のことを悪く言っている生徒はほとんどいないよ。みんな温かい目で見守っている。一部榊原のことを同情している奴もいるが」

……同情してくれている生徒さん、ありがとう……

「会長は今『悪く言っている生徒はほとんどいない』と言ったけど、逆に言えば、よく思ってない生徒が少しはいるってことだろう?」



「……ああ、多少はね」

「例えばどんな生徒がどんなこと言っているのかな?」

高島は少し答えづらそうにして一度小宮さんの表情をうかがった。

「二年生の女子だが、すごいカタブツがいるんだ。生徒会にもいろいろモノ申してくる」

「モノ申す? どんなことを?」

それには小宮さんが答えた。

「その子には私が対応することが多いんだけどね、みんなに校則をちゃんと読ませてルール順守を徹底しろとか、服装がルーズな子がいるから注意しろとか、放課後にショッピングモールで遊び回っているのを何とかしろとか、行き過ぎた男女交際を取り締まれとか……その流れで榊原君と校長先生のことが引き合いに出されるの。お手本を示すべき教師があれでいいのかって……」

一つひとつ、耳が痛い話だ。

「ちょっとクレーマーっぽい生徒だな」

僕が感想を述べたら小宮さんの表情が曇る。

「クレーマーをやってるだけならいいけど……今度の生徒会役員の選挙、彼女も立候補するのよ。生徒会長として」

ははあ。現職の二人の役員が僕に立候補を勧める大きな理由はソレだな。



「生徒のみんなが彼女の主張を好むかどうかわからないけど、彼女の言っていることは正論だしな」

高島会長が溜息をつく。

「でも、その子とペアを組む生徒はいるのかな?」

ウチの学校の生徒会役員の立候補の条件として、お互いに推薦したい生徒同士でペアを組むことになっている。当選したペアを中心に新しい生徒会メンバーを決めて運営チームが構成されるのだ。

「ああ、その子はすでに一年の男子をペアの相手として決めている」

生徒会長は立候補の届け出用紙が入っているクリアファイルをヒラヒラと降ってみせた。



「榊原君、だからお願い! ぜひ立候補して欲しいの」

そう言って小宮さんは僕の手を両手で握った。



彼女が口走った『だから』の意味を考える。



・生徒をルールでがんじがらめに縛りつけたくないから

・その子が会長になると、アドバイザーとして骨が折れそうだから

・校長先生と僕の関係に横やりを入れまくりそうだから



おそらくこれらの意味を全部含んで言ってるんだろう。



「話はわかったけど、僕にだって受験勉強があるし……それに確かめたいこともあるので、ちょっと考えさせてもらえないかな」

「ああ、わかった。いい返事を期待している」

「それから、もし僕が立候補することになったら、ペアは自分で決めていいのかな?」

「ええ、もちろんよ」



僕は生徒会室を後にし、階段を上がって二階の校長室に向かった。







「校長先生、いらっしゃいますか?」

「はい♡ どうぞ」



ファンシーな部屋に入ると、校長先生は応接セットの椅子を勧めてくれた。



「珍しいですね。ここにじっとしていて、しかも制服じゃないなんて」

「あら、のっけから棘のある言い方ね」

「……おうかがいしたいんですけど」

「なあに?」

「次の生徒会役員の立候補の件ですが」

「え、出てくれることになったの! それはありがと……」

「早とちりしないでください、まだ決めてません」

「あら、そうなの?」

先生はちょっと悲しそうな表情を浮かべる。

「あの、聞いておきたいんですけど、高島君と小宮さんが僕に話を持ちかけたのは、先生の差し金ですか?」

「まあ、差し金なんて人聞きが悪いわね……あの子たちから『榊原君にやってもらうのはどうか』って相談があったのよ」

「それは失礼しました……で賛成したんですか?」

「そりゃあ、もちろんよ!」

「……僕、今年受験生なんですけど?」

「大丈夫、君なら両立できる。君はできる子! できなくてもバンバン推薦入試の枠をあげちゃうから!」

「僕が行きたい大学の学部の推薦枠は、確かウチの学校には無かったはずです」

「あら、それは残念」

そう言って校長先生は指をパチンと鳴らした。



「で、先生は僕が生徒会の役員になったら何をやらせたいんですか?」

「……別にやらせたいことなんてないわ」

「だって先生、先輩たちの合同勉強会の時に『来年度になったら色々手伝ってもらうから』っておっしゃってたじゃないですか?」

「もちろん手伝って欲しいことはあるけど、まずは君がやりたいことを好きなようにやって欲しいの」

「まあこの話は追い追い」

「ということは、引き受けてくれるのかしら?」

「……まだ決めてません。もう一つおうかがいしますが――この際、聞きづらいこと聞いちゃいますけど――僕は亡くなった隆行さんの代役みたいに考えてらっしゃるんですかね?」

明らかに先生の表情が曇った。でも、聞かずにはいられない。

「……そうね、タカニイ、従兄のやりたかったことを一緒にかなえて欲しい、というのはその通りよ。でも……」

「わかりました」

僕は少し語気を強くして先生の答えをさえぎった。

「お聞きしたかったのは、それだけです」

そう言って僕は席を立った。

このまま会話を続けていたら、夕べ夏鈴に見せてもらった隆行さんの写真について、あーだこーだと言ったり聞いたりしそうだったからだ。

『隆行さんには大事に思っていた人がいたんです。それを知らされてなかったのに、彼のために尽くすって言うんですか? 僕もその巻き添えになるんですか』って。



僕は何でこんなにイラついているんだろう。何に向かってイラついているんだろう?

自分でもわからなかった。







その日の夕方。

昨日から連チャンで夏鈴の家庭教師の予定が入っている。

桜羽家を訪ねるとお母さんが出てきて、娘の帰りが遅れているので、彼女の部屋で待っていて欲しいと二階に上がるように言われた。

……普通、娘が留守の部屋に同年代の男子を通すものだろうか?



カバンを床に置き、ミニテーブルセットの椅子に座ろうとした時に気がついた。昨日見せてもらったお兄さんの写真が彼女の勉強机の上にそのまま放置されているのだ。

これはヤバいだろう! 校長先生は大概ノックもせずに従妹の部屋のドアをバーンと開ける。その時この写真とご対面したら、いったいどうなることやら……



僕はその三枚の写真を拾い上げ、どうしたものかと迷った。

夏鈴の話を思い出し、写真を持って廊下に出た。確か隆行さんの部屋は、彼女の部屋の隣りだったはずだ。ドアのレバーを押し下げてみた。鍵はかかっておらず、スーッと簡単に開いた。



窓のレースのカーテンの隙間からは西陽にしびが射す。夏鈴の部屋より幾分広く、十畳くらいか。逆光の眩しい中、従兄さんのデスクを探した。

オレンジ色の光が射し込む窓に向かって大きな机が置かれていた。そこに写真を元に戻そうと近寄りかけ、すぐに足を停めた。

その椅子に誰かが座っている。こちらに背中を向けて。

椅子がくるりと回り、その人影は僕と向き合う。



銀縁メガネ。僕にそっくりな男性が、軽く手を上げた。

「やあ、君が榊原君か。従妹と妹が随分世話になっているようだね」

そう言って軽く微笑んだ。

「た、隆行さん……ですか?」

不思議と恐怖感はなかった。

僕の質問には答えず、彼は話を続ける。

「ハルカが色々と無理難題を押しつけているようだが、あいつはそういう子でね、何でもかんでも馬鹿丁寧につきあってたら身が持たないから、ホドホドにしておいたほうがいいぞ」

「……はい、僕もそう思ってるんですが、ついついペースに乗せられてしまって」

「ハハハ、あの子はそういうの、うまいからね……でも言っておいてくれないかな。僕が死ぬ間際にハルカに話したことに随分縛られちゃったみたいでね。悪いことをしたよ」

「は、はい?」

僕は隆行さんの写真を持っていることを思い出した。

「あの、これ……」

「あれ? こんなもの、どこから?……さてはカリンのヤツが持ち出したな」

僕が写真を差し出すと、彼はありがとうと言って手を伸ばし、受け取った。

もうこの際だ、聞いてしまえ。

「差支えなかったらでいいんですけど、この女の人は……」

「ああ、大学の同じクラスだった子でね、一年半くらいつきあってたけど、フラれちゃった。ハハハ」

「好きだったんですか?」

「もちろん! 愛してた」

「……校長先生……遥さんのことはどう思ってたんですか?」

「もちろん! 愛してる」

「それって、どう違うんですか?」

「さあ……でも、そういうことをハルカは追い求め、突きとめようとしている。その答えを彼女と一緒に探してくれると助かる」

「それって隆行さんも知りたかったことなんでしょう?」

「そうだね、だから……矛盾するようだけど、時々ブレーキをかけて欲しいんだ」

「ブレーキ……ですか?」

「ああ、無理するなって、自分のペースでいいんだって。自分のやりたいことを優先してくれって」

「……わかりました」

「それからね、君は気にしているようだけど」

「え?」

「ハルカが君のことを僕の代用品みたいに思っているから、自分と一緒にいるんじゃないかって」

図星を突かれた。

「……はい」

「全然違うから」

「……何がどう違うんですか?」



「僕に抱いている愛と、君に抱いている愛の中身がね」

「?」

「……じゃあ、ハルカのこと、カリンのこと、よろしく頼むよ」



そう言うと彼は写真を持った手を挙げ、フッと消えてしまった。



今、僕は誰と話していたんだろう?

隆行さん?……それとも、自分自身か?







僕が夏鈴の部屋に戻ると、彼女はゲーミングチェアに座っていた。

「おう、ケンにい。いったいどこをウロウロしてたんだ? まさか家探ししてたんじゃないだろうな? この家には金目のものはどこにも……いやあるか」

「ああごめん。さあ、勉強を始めよう」

「ところでさ、アタシの机の上にタカにいさまの写真置いてたんだけど、知らないか? あのヤバいヤツ」

「ああ、あれなら隆行さんに……隆行さんの部屋に返してきた」

「それでココにいなかったのか……悪かったな」



「夏鈴……ひとつ頼みがあるんだ」

「なんだよ、借りを作ってるのはあんたの方だぞ……あの『ヤマトタケル』の件で」

「それは置いといて……ハルねえさまの役に立ちたいんだろう?」

「おうよ。そのためにこの学校に入ったんだ」



「僕は、今度の生徒会役員の選挙で会長に立候補する」

「えええ!!!」



「だから夏鈴、君も僕とペアを組んで立候補してくれ」

「ええええええええええ!!!!!!!!!」







その日の夕ご飯は、桜羽家でごちそうになった。それが常態化しつつあるのがよろしくない。

校長先生は既に大テーブルに着席している。めずらしくテレビがついていて、大画面モニタに映し出されているニュース映像を見ながらカツ丼をパクついていた。



遅れて夏鈴と僕が座布団に座ると、お母さまが食事を運んできてくれた。



ドンブリの蓋を開けようとした時。

隣りに座っていた夏鈴が僕の肩をつつく。



「おい、アレ……」



ニュース番組は、現場の映像からスタジオに切り替わり、女性のキャスターが話し始めた。



「伏見裕佳子さん!?」



夏鈴と僕は顔を見合わせる。そして恐るおそる校長先生の様子をうかがう。



「あー出て出た、伏見キャスター、超美人よね」

……返答に困る。

「ねえ知ってたっけ? タカにいね、学生時代この人とつきあってたんだけど、超速でフラれたんだよ! あの時は無茶苦茶落ち込んでたなー、ザマミロ! アハハ」



夏鈴と僕は再び顔を見合わせる。彼女の目と口が点点点となっている。ハニワ顔だ。きっと僕もそうなっていたに違いない。





翌日、僕は、現職の会長・副会長、そして校長先生に夏鈴とペアで生徒会役員に立候補することを伝えた。

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