鮭川くんとむすびくん complete（2.5）小ネタ

beta以前の話

大人になって再会した次の日の話

「結くん、ここで働いてたんだー」
「……」
「卒業ギリギリまで働くなんて偉いね」
うんうん、などと感心している高校生時代の元恋人（仮）鮭川に開いた口が塞がらない。個人情報を漏洩したであろうバイト仲間の池本をキッと睨んで、無言で胸倉を掴んで揺さぶった。
「そんなに責めないでよ。俺が無理やり聞き出したんだから」
　そうだろうなとは思ってたけど。昨日、最悪にも再会を果たしてしまった俺達だが何故か鮭川は池本の家に泊まると言い出し、本当に泊まったらしい。嫌な予感しかしないが。
「結くん、もう上がりなんでしょ」
「ご、ごめん。結っ、この人、ずっと笑ってるのになんか怖くて、気づいたら全部話しちゃって」
「いいよ。気持ちわからなくもないし」


「……鮭川、何処までついてくるの？」
「結くんの家まで」
「いれないからね」
「そっか～。残念。俺の家、実は昨日燃えちゃってさ」
「嘘ついたら駄目だよ？」
「本当、ほんと。だから昨日、初めましての池田君の部屋に泊まったんだけど」
「池本だよ。昨日の……恋人に泊めてもらえば」
「恋人？ああ、紅君？紅君は恋人じゃないし、絶対泊めてくれないよ。そもそも実家だから」
「じゃあ、漫画喫茶とか、というか普通にビジネスホテル泊まりなよ。高そうなスーツ着て、稼いでるんでしょ」
「まぁ、結くんよりはね。ホテルとかパス。俺、潔癖だから」
また嘘ついた。それに、潔癖なら、あのお世辞にも綺麗と言えない池本の部屋なんて泊まれないだろうに。
「ね、結くん。可哀想だと思わない？二月の寒空の下、野宿は死ぬかも」
ホテルの方が野宿よりマシなのに。自分を可哀想だと思うやつは、ニコニコ笑いながらも上から圧を掛けたりはしないのだ。家が燃えたっていうのも怪しいというのに。
昔はもう少し、ツンツンしてた。大人の余裕ってやつだろうか。少し色気も増した気がする。
「結くんは、俺が好きでしょ？」
　この自信はどこからくるのか。もうそうだとも、嫌いとも言えないのだ。
「出来るだけ俺の視界に入らないで、早朝に俺が起きる前に出て行ってくれるなら、いいよ」
「手厳しいね。昔は、伊織君伊織君って言ってたのに」
　もう誰でもいい。誰でもいいから、この男を心底惚れさせて、こっぴどく振って、立ち直れなくしてほしい。
「伊織君、だーいすきって」
「記憶に、ございません」
「そ。まぁ、俺としては泊めてくれればいいんだけどね」


家に入れると、俺の言いつけ通り視界には入ろうとしなかった。というか、俺がすぐに寝室に入って寝ただけなんだけど。鮭川にはソファーに寝るように言って、毛布を押し付けた。
問題は朝だ。
「おはよ。むすびくん」
朝、鮭川はわざわざ遅く起きようとしていた俺を早くに起こして、頬にわざと音を立ててキスをした。
「……おれ、起きる前に出て行ってって言ったよ？」
「なんだ。もっと慌てるものだと思ったのに」
「俺、彼女とか普通にいるから、今更慌てるも何もないよ」
「ふーん？」
　いたのは一回だけで他に好きな人いるでしょって言われて、三日でフラれたけど。
「じゃあ、バイバイ。むすびくん。泊めてくれてありがと」
　ぱたんと、扉が閉まる。俺は起こした身体を横にして、枕を床に叩きつけて、頬っぺたを抑えて布団にくるまった。ドキドキ鳴る心臓と、顔に集まった熱を誤魔化すように頬を手のひらで捏ねる。
　ドキドキしてるのは耐え性がないせいだ。俺が恋愛経験が少ないから、ただそれだけ。多分もう会えないし、鮭川のことなんて絶対忘れる。
　絶対、忘れてやる。

　
「この前、俺、結に合コン参加、結構強引にお願いしてただろ～？」
「え」
「お前、言わないけど、俺本当は忙しいの気づいてたんだよね。気が利くからさ。こういうのにも興味ないだろうに無理に誘ってごめんな」
「え、あの？」
「実はダメ元で、鮭川君誘ったら来てくれることになったんだ。泊めてくれたお礼ってことで」
「……」
「むすび？頬、膨らませてどうした？かわいいけど」
「そんなの、鮭川に女の子、全部とられちゃうんだからな」
「えっ、確かに……。どうしよ、結！」
「おれ、知らないっ」