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complete 序

鮭川くんとむすびくん complete 序

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 離島に転勤が決まって引っ越しの日。俺、遠野結は気持ちを新たにしたくて船に乗り込んだ。島に着いて船を降りると町内会長がウェルカムボードを持って待っていてくれた。下見もせずに引っ越してきたわけじゃないから、ほんの少しのコミュニティはある。
「遠野くん、ようこそ」
「お迎えありがとうございます。お言葉に甘えてしまってすみません」
「いいんだよ。船の到着に合わせてバスが走ってないこの島がどうかしているんだ。むしろ、老人の話し相手をさせて申し訳ないね」
「とんでもない。嬉しいです」
 この島にはお決まりの商業施設なんかはないけど、町はいくつかある。顔見知りは都会に比べて多いんだろうけど、全員が顔見知りってわけでもなくて程よい田舎だと思う。
 俺と会話しているはずなのに、町内会長は俺の頭の上を見ながら喋ってる。会ってからずっとだ。気になるんだろう。無視しろという方がおかしい。
「その子は?」
 遂に、聞かれてしまった。俺の初恋の相手の鮭川伊織は数年前、同級生とヤクザのいざこざに巻き込まれて行方不明だった……だったのだ。
「……お気になさらないでください」
 船の中で偶然会ってから、俺を後ろから抱きしめて離れなくなった鮭川。船で行方不明だった数年の話をしてくれると言うから、大人しく言い訳を聞いてあげようと思ったのにちゅーばっかりしてごまかすから。
「お兄さん、かっこいいのに両頬に綺麗なビンタの跡がついてるね。遠野くんにフラれたのかい?」
「まぁ、そんなところです。酷いと思いませんか?」
「ちょ、違います」
「まぁまぁ。この島の婿候補が増えたって思ったが、こんなイケメン連れて来られたんじゃん、世話焼き婆さんたちが悲しむね。お兄さんも乗っていきな」
「助かります」
 車に乗り込んで、家まで三十分。なんでこんなにビップ待遇なのかというと、移住してくる人が少ないっていうのもあるけど買ってしまったのだ。……家を。
「やぁ、あんな古い平屋を買いたいなんて言うから、どこの物好きかと思ったら内見に来たのが若い独身男性だって不動産屋に聞いて驚いたよ」
「ああ、自分でも少し思い切ったことしたなって思って」
 まぁ、なんとなくわかっていたけど個人情報筒抜けだな。苦笑いをして、外を見る。鮭川は車に乗ってから、全然喋らなくて外を見ている。
「古いから安いしね。今のところ悪いところもないし、老朽化で悪くなるところはちょいちょい出てくるだろうけど直せば愛着も湧くだろう」
「ですね。不動産屋さんには心配されたけど、少し楽しみなんです」
 家は町の端っこにある。家の裏の田んぼ道をしばらく進むと小さな山になっていて、山を越えるとまた町がある。この島には電車は通ってないけれどその景色は、君と訪れた君のお父さんの実家と少し似ている。家に着いて、車を降りる。玄関先まで荷物を運んでくれた町内会長は汗を拭きながら手を振った。
「じゃあ、引っ越し業者がそろそろ来ると思うから。何かあったら、連絡してね。近所の昔からの知り合いが同年代だからあとで来るように言っておいたよ。こき使ってやんな」
「すみません」
「しばらく住んで落ち着いたら、お茶でも飲みにおいで。お兄さんも」
「はーい」
 じゃあねと笑って、車で去っていくのを見届けて、ハッとする。流れで鮭川を連れてきてしまったけど。
「結くん、家買ったんだ。ずっとここに住む気なんだ」
「なに?」
「俺と会える確率が下がってしまうのに」
「……けど、会えたじゃないか」
「そうだね。引っ越し業者が来るんだっけ、俺は帰ろうかな」
 どこに? って、立ち去ろうとする鮭川の腕を咄嗟に掴む。首を傾げた鮭川が、どうしたのって聞いてきた。
 あの頃の君は散々、帰る場所がないって言っていたのに。
「鮭川」
「ん? なぁに、結くん」
「俺、君のこと軟禁する」
「へ?」
 鮭川にぎゅっと抱きついて、背中に腕を回す。また身体おっきくなったかもしれない。腕が全然回らない。引きずるようにして家に入れようとすると鮭川が、どうしたのってくすぐったそうに笑っている。笑いごとじゃない。さっき、船に乗ってる時、どうしてキスしたの? これから、どこに行くの?
「鮭川、この家はね、広いよ。庭もあるし、キッチンも大きい。ちょっと古いけど、好きなようにリフォームだってできる」
「……うん。いいね」
「部屋もいっぱい余ってるからね」
「泊まり放題だ」
 また泊まりにきてくれるの? って聞きそうになって頭を振る。違う。もっと、こう。
「君と一緒に住んであげてもいいよ」
 君は、俺の元を去る時に呪いをかけて言った。自分のこと忘れるなと。俺のことを好きでもないくせに、曖昧な言葉で俺のことをずっと縛ってた。少しくらいのわがままは許されると思う。というか、許してほしい。一日たりとも忘れられなかった。面倒な男に惚れられたと思っているかもしれないが、それは君が悪い。
「無理」
 その答えにふっと笑って、なんちゃってと身体を離した。鮭川が手を伸ばしてきたからその手を押し返すと引っ越し業者のトラックが家の前に停まった。
「またね、鮭川」
 続々と家に上がってきた引っ越し業者と共に作業を開始する。しばらくその様子を見ていた鮭川だけど、気づいたらいなくなってた。
「遠野さん、これどこ置きます? ……遠野さん?」
 家の場所を知ってるからまた来てくれるとか、何を甘えたことを言ってるんだ。これじゃあ、前と同じだ。玄関を飛び出して道路まで出る。俺が急に走り出したからびっくりしたんだろう。追いかけてきた業者さんが座り込んだ俺の肩を叩いた。
「遠野さん、あの大丈夫ですか?」
「あとは全部適当に置いていってもらえたら大丈夫です」
「はい。大きいものは運び終わったので、まとめておきますね」
 業者が撤収してから、片付けも始めずにテーブルに突っ伏する。夢だったんだろうか。頬を抓っても現実だ。ヤクザ云々はもう心配ないって言ってた。でも俺が一番気になることは、うまく聞けないことは。
「鮭川の馬鹿。責任とれ」
 片桐小夜くん。鮭川の友達で、鮭川をトラブルに巻き込んだ人物。俺の同級生でもある。彼がどうなったかとか。
「結くん」
「……はぇ?」
「物騒だな。鍵開けっ放しだし、返事がないから勝手に入ってきちゃったけど、俺が泥棒だったらどうするの」
「鮭川だ」
「うん。お泊りの道具持ってきたの」
 随分と大きな鞄を床に置いた鮭川が俺の隣に座る。びっくりして、瞬きを何度もしてしまう。
「泊まるの?」
「うん。いい? 引っ越し業者、帰った?」
「帰った」
「軟禁されにきた」
「でも一緒に住みたくないんでしょ」
「俺、そんな風に言った?」
「無理って言った」
「うーん。今結くんと住んだら、理性がいくつあっても足りないから無理って意味」
「理性? 顔、近い」
「もうビンタしないの? 恥ずかしくてビンタしたの? 俺、結構傷ついたよ」
 人差し指を丸めて、口先を優しく擦られる。何が起こってるんだろう。
「もう家だから、別に」
「あー、嫌がってくれないんだ。じゃあ、仕方ないね。結くんのせいだ」
 膝を立てた鮭川が俺をその間に引きずり込む。背中に回った腕は太くて、きっと暴れたってびくともしない。名前を呼ばれて、顔が近づいてくるから、ぎゅっと目を瞑る。でもちゅーはされなくて、恐る恐る目を開けると頬っぺたをちょっとだけ摘まれて、ちゅってキスをされた。
「うー」
「なにその顔、悔しいの?」
「君がわからない」
「顔、真っ赤。かわいいね」
 俺が拒まないのをいいことに、好き放題顔中にちゅーしてくる。おでこ、まぶた、鼻とか頬っぺたとか。
「結くん、お口開けて」
「あー?」
「うわ、この子、本当に開けちゃった。心配だなぁ」
 君が開けろって言ったんだろうに。首を傾げているも、船での出来事を思い出して、咄嗟に口を閉じようとしたけど、時すでに遅し。口の中に舌が入ってきた。
「んっ」
 引っ込めようとした俺の舌を吸ってきたり、とにかく口の中をくちゅくちゅと絡められる。
「結くん、気持ちよさそう。いやなら、抵抗しないと俺結くんのこと食べちゃうかも」
 ひとつひとつの言葉を丁寧に、よく考えて返さなきゃ、君がいなくなってしまうかも。君の言う通りにしないとどこかに消えてなくなっちゃうかも。だけど、どうしよう。気持ち良くて何も考えられない。
 ちゅって音を立てて唇が離れていく。船の時もそうだったけどキスしたのなんて、何年ぶりだろう。胸の辺りがトクントクンって鳴ってる。
「きもちよかった」
 鮭川の胸板に頭を預けて、肩にしがみつくと鮭川が俺の肩を掴んで引き剥がして正座させてきた。
「結くん。俺ね、君が思ってるより浮かれてるの。今だって、夢なんじゃないかなって思ってる。だから、あんまりかわいいこと言わないでね」
「鮭川」
「タガが外れてしまう」
「? 鮭川、あのね。どうしてちゅーするの?」
「どうしてって、わからない?」
「うん」
「……あれ?」
 一緒に首を傾げた鮭川に抱きつく。鮭川だ。いなくなってから、ずっと寂しかった。ずっと悲しかった。もう、会えないのかと思った。なのに君にはなんだか、緊張感がない。
「またちゅーするの?」
「うん。だめ?」
「だめなんて言ってないよ。どうしてお尻揉むの?」
「だめ?」
「……ううん」
 仰向けになった鮭川が俺の手を引っ張って上に乗せる。顎を撫でられて猫にでもなった気分。
「君も今日から引っ越してきたの?」
「ううん。一か月くらい前からいるよ。隣町になるけどね。昨日はちょっと用事があって島から出ていて今日戻ってきたところ」
「そうなの」
「結くん。息上がってる」
「なんか、変だ」
 俺も鮭川にちゅーしていいんだろうか。許されるはず、君だけしていいってことはないはず。君になにか思われるのが、なんだか今とっても怖い。
「結くん。俺と会ってからずっと泣きそうな顔しているね」
「……うん」
「会いたくなかった? 船ではあんなに情熱的に感動してくれたのに」
「会いたくて、仕方なかった」
「うん。俺も」
「鮭川の言葉は」
「ん?」
 喉仏を舐めあげられて、身体が震える。これも気持ちいいってやつなのかもしれない。首元にもちゅーされて、変な声が出た。やっぱり手慣れてる。
「……なんだか薄っぺらい」
「んんん?」
 インターフォンが鳴って、起き上がろうとするけど鮭川が放してくれない。いっそう多くなったキスの嵐に、無視しようと訴えているのだってわかる。不意をついて、俺からちゅってするとびっくりするどころか、唇ごと食べられちゃいそうになった。
「ん、んっ。お客さん、出なきゃ」
「こんなかわいい結くんの顔、見せられない」
「おこる」
「怒っちゃうの? 全然、こわくない」
「あとでいっぱい、鮭川のしたいようにしていいから」
 俺だってずっとこうしていたい。でも、そうもいかないだろう。鮭川の思ってることが俺と同じじゃなかった場合を考えるととても怖い。でも、そうだったらこの行動はなに?
「鮭川」
 黙って立ち上がった鮭川が、俺の頭を撫でる。困った顔をしているんだろうって思ったら、なんかちょっと違った。なんか、必死だ。
「わかった。絶対約束ね。でも対応は俺がするから待ってて。約束、守ってね」
「うん?」



 結くんの代わりに、玄関に行くと同じ歳くらいの男が立っていた。爽やか系の……いかにも好青年って感じ。結くん。こういう男は惚れたりしないかな。大丈夫だろうか。
「遅かったな。爺さんに言われて手伝いに来たんだけど、移住者ってあんた? あ、俺は七瀬雪美ね。よろしく」
「……どーも。鮭川伊織」
 たしかに、結くんに町内会長がそんなことを言っていたような。あえて怠そうに挨拶してみたものの、相手は気にした様子もなく話しかけてくる。
「早速、女連れ込んでんの? 普通、そんな下半身のまま堂々と来客対応する?」
「あんたが邪魔したの」
 ズボンの上からでもわかる勃起したものをみて、呆れたような引いたような声を出す声の主に苛立ちさえ覚える。悪い意味でもいい意味でも素直な人間らしい。
「そりゃ、悪かったな。引っ越しの手伝いきたんだけど帰って大丈夫そう?」
「ん。まぁ、これからだけど」
「そ。じゃあ、困ったことあったら言ってな。あんたの家からちょっと歩いて一軒目の家が俺の家だから。てっきり知り合いが越してきたかと思ったけど拍子抜けした」
「もういい?」
「なんだよ。少しは愛想よくしろよ」
「いつもはその余裕があるんだけど、下半身みてわかんない?」
 ああ、じゃあなって笑って帰ろうとする七瀬。後ろから物音が聞こえたと思ったら、俺の横を結くんが駆け抜けていって、七瀬に抱きついた。……俺の前なのに抱きつきやがった。
「七瀬! 久しぶりっ」
「お、やっぱり結だったか。よく来たなぁ」
「驚かそうと思ったんだよ。びっくりした?」
「うん。びっくりした」
 嬉しそうに笑う結くん。どうやら、顔見知りらしい。町内会長の話だと、結くんは数回この島に来たことがあるらしいし、まぁ知り合いがいても不思議じゃない。ちょっと仲良くしすぎじゃないか?
「結くん。こいつ何。なんで抱きついてんの」
「下見に来た時に仲良くしてくれたんだぁ」
「ふーん」
「鮭川って結の彼氏?」
「違うよ。付き合ってないし、ただの友達」
 ……やっぱり。俺達って付き合ってないのか。相思相愛でもうただの友達ではないと思うけどね。船でのちゅーは結くんがせがんできたようなもんだし、てっきりそういうもんだと思った。
 薄っぺらい。そう言われたから、今ちゃんと好きって言って告白しても真剣に取り合ってもらえないんだろうか。浮かれて馬鹿をみたくない。慎重に確実に君の恋人になりたい。ちょっとキスしただけで、とろとろになっちゃう結くんが心配だ。
「土地勘ないだろうし、都会みたいに何でもあるわけじゃないからな。遊び方教えてやるよ。海近いから、釣りとかもできるぞ」
「七瀬のこと、頼りにしてるよ。いっぱい遊ぼうね」
 なんですか。そのかわいい笑顔、他の野郎に見せていいと思ってるの。
「お前の友達、なんか、その、大丈夫か?」
「鮭川? 鮭川、何処か具合悪いの?」
 玄関先でしゃがみこんだ俺に、結くんが声をかけてくる。七瀬は完全に俺を不審者扱いしているけど。
 付き合ってないんじゃ、この選択は間違えてるんだろうがやむを得ない。うっかり手を出したりなんかしたら、信用もなんもなくなって最悪だが俺が我慢すればいいだけ。
「俺、やっぱり結くんと住んでいい?」
 とりあえず、悪い虫は排除しなきゃ。
「お前の友達、本当にカタギの人間? なんか怖いんだけど」



 また同じ繰り返しだと思った。君がいるせいで、暗くて社会の歪に落ちることができない。なのに、君に会えない。だけど、いつかは会えるかもしれない。そんな繰り返し。学生の時言われた大嫌いとは違う。今度は違う。君が俺を好きって言った。それだけで無敵に思えた。でもそれはもう俺が失踪する何年も前の話になる。それは、もう時効?
「鮭川?」
 今度こそ、君のものになる。今度こそ君をものにする。
「七瀬、今日夜デート行こうよ」
「お前っ! それ前にノリで言ったやつ……」
 引っ越しの手伝いをしていた最中に信じられない台詞が聞こえて、皿をシンクに落とす。向こうは向こうでくっついて作業していて、蚊帳の外だ。
「俺もノリで言ってるよ?」
「冗談通じないやつがいるから、今後それを使うな」
「察しがいいお友達で助かるよ」
 七瀬は空気の読める男でもあるらしい。結局結くんに言われるがままに家に上がったのはどうかと思うが、すぐに俺が結くんに良からぬ感情を抱いていると感じとったらしい。良からぬ……ではないか。
 キッチンの整理をやめて、服の整理をしている二人の間に割り込むように座る。きょとんとした結くんの尖った唇にちゅーしたいのを抑えて、できるだけ優しい顔で笑いかけた。久しくやってないから、結くんが弱いかわい子ぶる表情の作り方を忘れてしまった。
「結くん、そのデートって俺も行っていいの?」
「だめ。鮭川には内緒」
「……ふーん。まぁ、俺も今日は夜仕事だからいけないけど」
「イオリクン、これには深いわけがありまして。結、彼氏の前でそういうこと言うな」
「彼氏じゃないもん」
「結、ちゃんと鮭川に確認した? この人、付き合ってるもんだと思ってた反応よ?」
「俺に向かって指をさすな、間男」
「間男……」
「だって、俺鮭川に置いてかれたもん」
 根に持ってらっしゃる。小夜のこともちゃんと話さなきゃ。……話さなきゃ、ダメだよな。結くんが俺といない間、どうやって過ごしていたか聞きたいことは山ほどあるけど、流石に無神経だろうか。結くんは聞きたいみたいだけど。
「あんた、夜職?」
「そう。キャバクラでボーイしてんの。あんたにはいい子紹介してあげるから、結くんから手を引きな」
「いや、俺、手を引くもなにも女の子が好きだけど」
 心配そうな顔をした結くんを横から抱きしめる。仕事も伝手で、まだ黒服をしている。もう危ないことは一切していないから安心させてあげたいんだけど、どうしたら安心してくれるんだろう。
「おい。俺もいるからいちゃつくな。気まずい」
 トイレ借りると部屋を出ていった七瀬が戻ってくる頃、待ち伏せをする。めちゃくちゃ失礼な声を出されたけど。
「で、夜はどこに行くの? まさか危ないところじゃないよね」
「まさか。友達が経営してるバーだよ」
「バー? あの子、お酒飲めないんだけど」
 飲めるけど、飲んだら恐ろしく甘えたになるから他人の前で飲むのは本当に勘弁してほしい。
「軽食がうまいの。洋食屋にしてほしいんだけどさ、バーテンが聞いてくれなくて」
「バーテンなんて悪い男に決まってる。俺の結くんが誑かされたらどうする気」
「偏見がすごい。性格は良いとは言えないけど、悪いやつじゃないよ。結も会ったことある。一応デートスポットってのを売りにしてるから、冗談であそこに行く時はデートとか言ってんの。あんたが思っていることなんて何もないよ」
「そう」
「てか、結の周りの男にいつもこんな牽制してんの? 引く」
「今日から始めた」
「最悪な日に俺は居合わせたのか」
 話は済んだから、一緒に部屋に戻って襖を開けると結の頬がぱんぱん。頬っぺたを潰して、ぐりぐりすると顔を赤くさせた。
「結くん、あらあら。どうしたの?」
「好きな子っていうより、過保護な母親みたいだな。あんた」
 あほか。母親に欲情するか。
「七瀬と鮭川って仲いいね」
「ん?」
 まさか、嫉妬かな。ドヤ顔で七瀬の顔を見ると、七瀬が呆れたような顔をした。
「俺の方が七瀬と先に仲良くなったのに」
「結、お前はわざとしているのか? いや、お前に限ってそんなことはないんだろうけど。怖い怖い」
「鮭川は元ヤンだよ。すっごいの」
「もう昔の話だよ。俺、暴力とか好きじゃないし」
「片鱗が見えてるんだよな」
 暴力は嫌いでもない。時折、トラブルを生むけど大抵のことが解決できてしまうから。君のこと以外は。
 この子は、どうしたら俺のものになるんだろう。
「結、仕事は明日から?」
「ううん。一週間後くらい」
「なら、片付けは明日にしようか。明日なら車を出してやれるから、買い出しにも行こう」
「うん。いいの?」
「お前にくっついてる図体でかい男が、なんかやばそうだから。夜は来れる?」
「うん。行くよ」
「じゃあ、迎えにくるね」
 去り際に、頭を軽く叩かれる。困らせるなってことなんだろうけど。……なんだ。俺って結構限界だったんだ。
「結くん。会いたかった。本当に苦しかった」
「なら、鮭川はどうして会いにきてくれなかったの。俺は君が生きてるかさえ知らなかったのに、君があの街に戻れば俺がいることは知っていたでしょう。俺は君を待っていたのに」
「それは……」
「嘘だよ。責めるような風に言ってごめん」
 本当は抱きしめる資格すらないのかもしれない。ここに来たのだって、待つのをやめた証なんだろう。本当に俺は迷惑じゃないかな。
「鮭川、美味しいの食べようか」
 今度は君を逃がしてはあげられないけど。
「その前に結くん。来客応対したら、俺の好きにしていいって言った」
「言ったっけ」
「言ったよ」
「うそだ~。ほら、レトルトカレー食べよう」
「手料理じゃないんだ」
 距離感が難しい。


 夜、結を迎えにいくと奴の姿はなかった。仕事に行ったんだろう。徒歩十分程度のところに、顔見知りのバ―がある。店に入るとすぐにこの店のオ―ナ―兼バ―テンの杉崎千佳は嫌そうな顔をした。酒を飲まないからだろう。
「珍しい。お友達連れてきたんだ」
「何言ってんだ。結だよ」
「久しぶり。杉崎」
「あ、本当だ。なら、爺さんたちが言ってた若者って結のことか。婆さんたちが婿候補がどうのって躍起になってたぞ」
「だめだめ。これ、もう先約いるから」
「そうなん? やるなぁ。結」
「なんの話?」
 結が男とそういう関係なのはかなり意外だったけど、相手が相手だから少し心配になってしまう。まるでライオンとハムスタ―。杉崎にも早くみてほしい。世にも怖ろしいアレを。
「鮭川の馬鹿、阿呆」
 電話がかかってきて、数分席を外していただけだというのに、戻ると結が目を潤ませながらグラスを握りしめていた。
「杉崎、酒を飲ませたのか」
「うん。ちょっと入れてみた。だって、お祝いだし、なんか晴れない顔してたからさ。んで、鮭川って誰?」
「結のなんか、アレ」
 アレは、なんと表現したらいいんだろう。結も嫌がってる様子はないけど、友達ではないんだろうな。
「アレ?」
「結に巨大感情を抱いてる男で、俺もだけど多分お前も嫉妬対象だから気をつけろ。多分、カタギの人間じゃない」
「それは見てみたいけど会いたくはないな」
 俺だって会いたくてあったわけじゃないんだが。あと、酒飲ませたの知られたら俺が悪くなくても俺が怒られそう。
「結、その鮭川ってやつ好きなの?」
「地雷を踏みに行くな」
「だっておもしろいし」
 止めに入ったものの、少し興味があったのもある。このちんちくりんがあんな危なそうな男をどうやって釣り上げてしまったのか。そして、俺たちは聞いて後悔したのだ。
「「結が、悪いと思う」」
 いや、鮭川も大概なんだろう。話せないこともあるようだが、どこをどう聞いて切り取ってもあいつはお前のことを死ぬほど好きなんだが。鮭川が可哀想になってきた。今日の無礼も邪魔したことも今度謝っておこう。
「で、結。好き?」
「おれは……まだすき」
 一時間かけてようやく認めさせた杉崎は満足そうに、カウンターに肘をついて笑う。めでたしめでたしと小さく拍手をする。何気なく店の入り口をみると……この世のものとは思えない気を放っている鮭川がいた。とんでもない部分だけ聞いてしまって、とんでもなく面倒な勘違いをしているんだろうとわかって俺は頭を抱える。
「お客さん? 見ない顔ですね。好きな席どうぞ」
「よう。鮭川、よく場所がわかったな。仕事は?」
「終わった。場所は爺さんに聞いた。結くん、帰るよ」
「あえ?」
「お酒飲んだの?」
「すぎさきが、くれた」
「杉崎ぃ?」
 俺を睨みつけた鮭川に小さな悲鳴をあげてしまう。だけど、俺を杉崎ではないと知っている鮭川は俺から視線を逸らして杉崎を睨みつけた。杉崎に両手を合わせる。終わったな。
「さけかわ、むかえきてくれたの?」
「……結くん」
「よかったね。結、彼氏が大事な結のことを迎えきてくれたんだね。今日はもう帰ろうね」
 結の甘えた声に正気を取り戻したのか、彼氏という言葉に気を良くしたのか、怒りを収めた鮭川は結を抱きあげる。……お姫様だっこ、初めてみたわ。いや、俺も高校の時、文化祭で杉崎にされたっけか。
「次あったら、タダじゃおかないから」
「毎度あり~」
 ポケットから万札を出しておいていった鮭川が、店をあとにする。杉崎はおかしそうに笑ったから俺も呆れてしまう。
「想像以上だろ。それにしたって余裕がなさすぎだろ。あんなの選び放題だろうに」
「あんなに結のことを愛してくれる人は、これまでもこれ以降も現れないだろうね」
 
 

 俺は本当に神様になにかしてしまったんだろうか。なんだ。この拷問。抱きあげ方が悪かったかもしれない。横抱きをしたが故に、顔の右側をちゅっちゅってずっとされてる。抱っこをやめようにもさっき、自分の足で歩いてねって降ろそうとしたら、いやいやって抱きついて泣きそうになってしまったし。
「ね。ぎゅーしよ?」
「しない。君、酔ってるし」
 なんだ。この、あざといの。浮気者。俺以外に好きって言った。好きって……。
「結くん、さっきの男好きなの?」
「?」
「杉崎って男」
「ん。すき。ともだち!」
「七瀬は?」
「すき、ともだち!」
「……俺のことは?」
「ん」
 ん。ってなんだ。答えになってない。酔っ払い相手に何してんだ。格好悪い。結くんがこっちにきたの、あの男の為とかはないんだろうけど。結くんが俺のことまだ好きなのは当然って思ってたけど、そうじゃないことなんて大いにあり得るんだよな。まぁ、絶対振り向かせるから、関係ないけど。
 家に着いて、ベッドに寝かせる。酒くさくはないけど、ベッドに寝かせてよかったかな。起き上がろうとしたら、首に回った腕が外れない。何度も心みたけど、離れなくて結くんの機嫌を損ねないように話かける。
「結くん、離して~」
「いっしょにねよ」
「ん―、ちょっとだけだよ」
 添い寝して、結くんの肩をポンポン叩く。まじで子守だ。人の気も知らないで、クスクス笑ったと思ったら、腕の中に入りこんできて、俺の胸に顔を埋める。前から思っていたけど。
「結くんは、俺のおっぱい好きだね」
「うん! ふかふかだもん」
「そうかい。早よ、寝てくれ」
「おきても、となりにいてね」
「うん。そうだね。明日七瀬とでかけるんでしょ? その間、俺はここに住む荷物、持って来ていい?」
「うん。たのしみ」
 こんなに幸せでいいんだろうか。怖くなる。
 いつの間にか、眠っていたんだろう。朝日が差し込んできて、目が覚める。瞬きをひとつするとまつ毛が重なってしまいそうなほど近くに君がいた。
「ん。鮭川、おはよう」
「……おはよう」
 心臓に悪い。なんでこの子、普通なんだ。たしかに以前も一緒に寝ていたりはしたけれど。
「鮭川、あのね」
「うん」
 布団の中で結くんが膝で俺の脚をつつく。枕に顔を押しつけたり、そわそわした結くんの頭を撫でると小さくてかわいい口を開いた。
「小夜くんは?」
「……俺の話、聞いてくれるの?」
 いつかは話さないといけないけれど、泣いてしまうだろうか。
「自首したんだ。父親を道連れに。小夜があんなことをしていたのは、父親の命令だった。だから、あのあと色々あったけど、一緒に証拠をみつけてね」
「……」
「小夜はちゃんと償った」
「それでよかったと思う? 俺はそう思うのだけど」
「うん。俺もそう思うよ」
 シャツが温かく濡れる。泣いているんだろう。泣かしてしまった。
「一緒に火事のことも振り返ってみた。原因は近所の出火だって聞いたけど、ぼんやりしていたから。出火の際に出火元に弟がいたことがわかった。あの子に放火なんて度胸はないけど、きっと止められたかもしれないね。罪悪感から、命を絶ったのかも」
 もっともっと、泣かせてしまうってわかっているのに、俺の口からは酷いことばかり吐き出してしまう。
「整理できるまで、結くんには会えないって思った」
 罪を償っていないのは、俺だけで。この子に泣いて消えろと言われたら、死んでしまえるのに俺は自分に甘いから。
「いいこ、いいこ。鮭川はがんばったんだね」
「みんな、いなくなっていく」
 そんな言葉を欲してしまう。こんな小さな身体に、自分の存在価値すべてを委ねてしまう。
「鮭川、泣いちゃったの?」
「……うん」
「えらいね。ちゃんと話してくれて、ありがとう」

 

 昨日、結と鮭川は喧嘩になったんだろうか。あの様子だと結は泥酔していたから喧嘩にもならないだろうか。二人の関係性はまだわからないけど少しだけ心配だ。
「結ー。迎えに来たぞーって、まだ寝てるのか?」
 玄関の引き戸を開いて、顔を突っ込んで家主の名前を呼ぶ。都会の人間って、もっと警戒心が強くて鍵とか絶対かけると思ってたけどそうでもないのか、結がおかしいのか。こっちの人間だってかけるぞ。何度か呼んだが反応がなくて、一度家に戻るかと引き戸を閉めようとしたら、奥からすごい音が聞こえた。今度から鍵はかけるように教えてやろう。
「お邪魔しまーす」
 何か物を落としただけだろうけど、念の為。廊下を歩いて、音のした居間の引き戸を開ける。そこで見た光景に首を傾げた。結が土下座している鮭川に、洗濯物を投げている。……どういう状態?
「鮭川の馬鹿、バカ、ばかっ!」
「結くん、落ち着いてっ!」
「おはよう?」
 俺に気がついた結が、俺を見るなり大きな瞳にたくさん涙を溜めていく。結の色白の肌、顎のラインに際立つ複数の紫色の痛々しい痣をみつけて、頭に血がのぼるのがわかった。結を後ろに隠して、正座したままの鮭川の前に仁王立ちする。
「鮭川。お前、結のこと殴ったのか? 二人のことはわからないけど、暴力は駄目だろ。暴力は」
「七瀬っ」
「結も、こんな男はやめておけ。いくら顔が良くてもこの先いいことないぞ。警察行くか?」
 背中にしがみついてきた結に向き合うと、目を泳がせる。ん?
「ち、違うの。七瀬、俺は殴られてなくて」
「でも、顔にこんな痣が……なるほど?」
 顔を隠すから腕を退かしてみると、次第にゆでだこのように顔を赤くする結。痣をよくみるとなんとなく察してしまった。要するに俺は、痴話喧嘩に首を突っ込んでしまったらしい。……家に一度帰っておけばよかった。呆れて腕を掴んだまま挙動不審な結を観察していると、俺と結に影がかかる。振り返って後悔した。
「七瀬クン?」
「ヒッ」
「結くんから、手離してね」
「やだ! 七瀬、気をつけて。食べられちゃうよ!」
 庇うように俺の腕を組んできた結に、末恐ろしい鮭川の笑みが濃くなる。結、なんて空気の読めないやつなんだ。ドッドッと心臓に悪いくらい心拍数が上がる。怖い、怖い。助けて、杉崎。一人じゃ対応無理すぎる。
「はぁ」
 俺の精神がおかしくなり始めた頃に、鮭川が溜息を吐いて結の頭に手を伸ばす。ぎゅっと目を瞑った結に一度手を止めてから優しげに笑って、頭を撫でた。なんていうか、本当に結のことを愛しそうに触れるなぁ。ずっとそうしてりゃいいのに。
「ごめんね。ちょっとからかっただけだよ。怖いことしちゃったね」
「……いいよ」
 そういう鮭川の甘やかしが、いけないんじゃないかなって俺は思う。結がコレに好かれていないと思っている理由はこれなんじゃないかなと。
「これ、どれくらいで消える?」
「んー。二日?」
 そんな呪詛かかってそうな濃いやつ、二日で消えるわけないだろ。ふーんと言って、口を尖らせる結。その痣の意味は、流石にわかってるよな。
「七瀬」
「あ?」
 申し訳なさそうな鮭川が俺の前に立つ。謝ってくれんのか、素直なところあるじゃん、とか少し照れながら返事をしてやる。次の瞬間、キスされて、キスマもつけられた。
「いや、なんで?」


 馬鹿なのか、あの人は。今朝起こったことを、杉崎に話すと腹を抱えて笑う。笑いごとじゃない。これ俺がファーストキスとかだったら、うっかり刺してたぞ。
「笑いすぎて泣くな、俺のことを哀れめ」
「名前、鮭川だっけ。拗らせてるねぇ」
「普通に結に意識してほしいなら、目の前でそういうことするかね。一から十まで意味がわからん」
「初めてなんじゃない? 好きな人できたの。どうしていいかわからないのかも。意識してほしいけど、真正面からフラれるのが怖いとか」
「昔、姉ちゃんが騒いでたな。本命童貞ってやつか」
「結、どうしてた?」
「嫉妬でもされんのかなって思ったけど、大丈夫? って心配された。買い出し前に、しばらく寝込んだからね。出かける直前に、手出すなよって鮭川に笑顔で釘刺されてやましいことは何もないのに、ある意味結と二人で買い物行くのは緊張した」
 結は意識しまくりだとは思うけど、本人達にはあれがどう見えてるのか謎すぎる。爺ちゃんでさえ、鮭川のことは生意気そうだと笑っていたのに、結とのことはなんとなく察してるみたいでお前がフォローしてやれとか言われた。フォローとか無理だろ。あんな拗らせてんの。
「いずれくっつくよ。ちょっと楽しみだな」
「巻き込まれてないから、そんな風に言えるんだ。鮭川に会って二日目だけど、こっちはさっさとくっついてほしいよ」




 キスしたい。キスマークたくさんつけたい。好きって言いたい。もっと触れてみたい。盛りのついた中学生みたいなことをずっと考えてしまう。高校生の時の俺は、君に何の躊躇なく触っていたわけだけど、まじで最低なくそがきだったな。
「鮭川、今日は夜は仕事?」
「んーん」
「じゃあ、ご飯一緒に食べよう」
「そうだね」
 ソファーに並んで座って何気ない会話も嬉しくて、ずっとこうしていたいと思うのに、まだ色が濃いキスマークの上に唇を押しつけてやりたいと思ってしまう。結構、泣かれそうだったからしないけど。そんなに嫌だったのか。
「友達のところにご飯おいしいんだよ。食べにいく?」
「いや、家で食べたいな」
「わかった。ご飯、何にしようかな」
「一緒にスーパーに行こうか」
 近くにまぁまぁ大きなスーパーがあったはずだ。日中、結くんが七瀬と買い出しに行ってる間に、自分もこの家に住む準備を少しだけ進めてきた。ついでに車も持ってきたから、男二人一週間分の買い出しもなんのその。
「鮭川は七瀬のこと好き?」
「んー。そうだね。好きだね」
 結くんがくだらない質問をしてくるから、適当に返事をする。なんて惨い質問。君の方が、数億倍好きだよ。
「だから、ちゅーしたの?」
「そうだと思うよ」
 二人でいる時に、変な空気になると嫌だからあいつを利用しただけ。キスマークつけて泣かれると思わなかったから、冗談だよって警戒を少しでも解きたくて。
「結くん?」
 ああ、君って本当にめんどうくさい。
「なんで笑ってるの?」
「かわいいなって思って」
「君にとって、かわいいってなんなの」
「かわいいは、かわいいだよ。キスしてもいい?」
「へ、変だよ。つきあってもないのに」
「変じゃないよ。結くんがかわいいからするんだよ。結くんもかわいいものにはキスするでしょ」
「す、するかなぁ。したことないよ」
「じゃあ、今度してみてね」
 まぁ、そんなこと俺がさせないけど。両頬を包むと恥ずかしいのか目を逸らされる。だけど、俺の膝の間から逃げないというのはそういうことなんだろう。
「逃げないでくれて、ありがとう」
 どうして、こんなに結くんのことが好きなんだろう。どうして、こんなにかわいくみえるんだろう。
 結くんのやわらかな唇が触れた時、俺の服を結くんがきゅっと掴む。かわいくて、すぐに離してしまった。紫の痛々しい痕とは釣り合わないキスは、自分の感情をそのまま表してるようで参ってしまう。醜い独占欲と大事にしたいという気持ちが天秤にかけられて、ぐらぐら、ぐらぐらと、ずっと量りかねている。
「泣かせてごめんね」
「泣いてないよ?」
「今じゃなくてね。ずっと前の話」
「鮭川、今日なんかかわいいね」
「そう? じゃあ、キスしてくれる?」
 かわいこぶって、頭を結くんの頭に押しつける。照れて突き放されるだろうなって思ったけど、意外にも抱きしめてくれた。耳まで真っ赤だ。
「結くん。す……」
 好きだよって言おうとした時に、結くんのスマホが鳴る。画面に表示された小倉梓という名前を睨みつける。
「だれ?」
「会社の人だよ。鮭川も会ったことあると思う」
 ぼんやりとモブの顔を思い出す。結くんに馴れ馴れしかった男がいた事実だけは覚えているけど。
「その人がこんな時間に何の電話?」
「着いたら連絡するって約束してたの。昨日、バタバタしててできなかったから」
「これから、スーパーに行くんですけど」
「ちょっとだけ。すぐ終わるから」
 好きって言いたかったんですけど。電話をするだけなのに、自室に行ってしまった結くん。聞かれて困ることなんてあるのか。まぁ、仕事の話だったらあれだけど……むかつく。
「鮭川、お待たせ。そういえば、さっき、何か言おうとしてた?」
「……今度でいい」
 好きだと言った人間が周りからいなくなっていく。そんなのは偶然だってわかってる。わかってるけど。



 今すぐに消えてなくなるわけではないのに、こわい。

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