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前編
①
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金曜日、仕事を終えた俺は電車に乗り集合場所の居酒屋に入った。今日は月に数回あるイツメン4人での飲みの日。
みんなほどよく腹も膨れ酒も回り、気づけば時刻は終電近く。俺は一緒に飲んでいた男の1人と一緒に、駅までの道を歩いていた。
「明良ってさぁ……喘ぎ声汚そうだよねぇ」
「……は?」
隣を歩く男から突拍子もないことを言われ、思わず声が上擦ってしまう。急になにを言うんだと思いながら男を見上げると、ふにゃりとした笑みを向けられた。
整った顔は赤くなってはいないものの、今日もしっかり酔っぱらっていることがわかる。
(また酔っ払って変なことを……さっきのアレか……)
男がそんな話題を振ってきたのは、先ほどの飲みでの話のせいだろう。友人の1人が付き合って1ヶ月の彼女に振られたらしいのだが、理由が友人の行為中の声が大きいからというものだった。
落ち込んでしょんぼりしていた友人の顔を思い浮かべていると、隣からくすくすと笑い声が降ってきた。
「ねー、喘ぎ声絶対汚いでしょ?」
「……なに言ってんだよ。酔っ払いすぎだって、翠」
顔を寄せ俺にだけ聞こえる声で、隣を歩く男――翠が尋ねてくる。酔っ払いの戯れ言だとわかっているが、心臓の鼓動が早くなっていく。
「答えないってことはー……はは、やっぱり汚いんだぁ」
「ちっ……がうって。汚くないし、全然」
俺がしどろもどろに答えると、翠がくすくすと笑う。
「えー? 嘘だぁ」
「嘘じゃないし……ほら、駅着いたぞ」
歩いているとちょうど駅前に到着する。話題を切り上げられそうだとほっとしながら、翠と一緒にタクシー乗り場まで向かった。
乗り場に着くとちょうど1台のタクシーが停まり、後部座席のドアが開いたので翠を車内に押し込んだ。
「気をつけて帰れよ。俺も帰……」
翠がしっかりと座席に座ったのを確認して離れようとすると、ぐい、と腕を引かれた。
「えー、まだ飲み足りなくない? うちで飲みなおそー?」
「い、いや……無理。あ、明日用事あるから……っ」
車内に引っ張り込もうとする翠の腕を振り払い、俺は彼の誘いを断る。ホントは用事なんてないけど、酔っ払った彼と一緒に彼の家に行くのはいろんな意味でマズいのだ。
翠はむっと唇を尖らせたあと、小さくため息を吐いた。
「しょーがないなぁ」
「ごめんな。じゃあ、おやす……」
もう一度謝りながら今度こそタクシーから離れようとすると、また腕を引かれた。翠の顔が耳元に寄せられ、ふう、と息を吹きかけられる。
「悪いと思ってるなら……来週、確認させて?」
「っ! ……なに、をっ?」
「明良の、喘ぎ声。汚くないんでしょ?」
「は……?」
小声で囁かれた内容が理解できないままぽかんと口を開けていると、翠が俺の腕を離し座席に座り直した。
「じゃあ来週ねー。おやすみー」
にこりと翠が微笑むと、パタンと後部座席のドアが閉まる。混乱する俺を置き去りにして、タクシーは走り去っていった。
「はあ……」
俺は大きくため息をつくと、ほかの利用客の邪魔にならないようにタクシー乗り場を離れる。熱い頬に少し冷たい夜風が当たるのを感じながら、のそのそと駅の方へ歩き出した。
(……大丈夫、どうせ覚えていない)
翠の言葉をようやく飲み込んだ俺は、頭の中で大丈夫だと何度も唱える。彼はこれまでも酔っ払ったときの言動を覚えていなかったのだから、今回も覚えていないだろう。いつも俺をやきもきさせて、自分は綺麗さっぱり忘れているのだ。
(そもそも、確認するとか……絶対ありえないし。絶対、ない)
バクバクと鳴り続ける心臓をなだめながら、俺も帰宅するために電車に乗り込んだ。
みんなほどよく腹も膨れ酒も回り、気づけば時刻は終電近く。俺は一緒に飲んでいた男の1人と一緒に、駅までの道を歩いていた。
「明良ってさぁ……喘ぎ声汚そうだよねぇ」
「……は?」
隣を歩く男から突拍子もないことを言われ、思わず声が上擦ってしまう。急になにを言うんだと思いながら男を見上げると、ふにゃりとした笑みを向けられた。
整った顔は赤くなってはいないものの、今日もしっかり酔っぱらっていることがわかる。
(また酔っ払って変なことを……さっきのアレか……)
男がそんな話題を振ってきたのは、先ほどの飲みでの話のせいだろう。友人の1人が付き合って1ヶ月の彼女に振られたらしいのだが、理由が友人の行為中の声が大きいからというものだった。
落ち込んでしょんぼりしていた友人の顔を思い浮かべていると、隣からくすくすと笑い声が降ってきた。
「ねー、喘ぎ声絶対汚いでしょ?」
「……なに言ってんだよ。酔っ払いすぎだって、翠」
顔を寄せ俺にだけ聞こえる声で、隣を歩く男――翠が尋ねてくる。酔っ払いの戯れ言だとわかっているが、心臓の鼓動が早くなっていく。
「答えないってことはー……はは、やっぱり汚いんだぁ」
「ちっ……がうって。汚くないし、全然」
俺がしどろもどろに答えると、翠がくすくすと笑う。
「えー? 嘘だぁ」
「嘘じゃないし……ほら、駅着いたぞ」
歩いているとちょうど駅前に到着する。話題を切り上げられそうだとほっとしながら、翠と一緒にタクシー乗り場まで向かった。
乗り場に着くとちょうど1台のタクシーが停まり、後部座席のドアが開いたので翠を車内に押し込んだ。
「気をつけて帰れよ。俺も帰……」
翠がしっかりと座席に座ったのを確認して離れようとすると、ぐい、と腕を引かれた。
「えー、まだ飲み足りなくない? うちで飲みなおそー?」
「い、いや……無理。あ、明日用事あるから……っ」
車内に引っ張り込もうとする翠の腕を振り払い、俺は彼の誘いを断る。ホントは用事なんてないけど、酔っ払った彼と一緒に彼の家に行くのはいろんな意味でマズいのだ。
翠はむっと唇を尖らせたあと、小さくため息を吐いた。
「しょーがないなぁ」
「ごめんな。じゃあ、おやす……」
もう一度謝りながら今度こそタクシーから離れようとすると、また腕を引かれた。翠の顔が耳元に寄せられ、ふう、と息を吹きかけられる。
「悪いと思ってるなら……来週、確認させて?」
「っ! ……なに、をっ?」
「明良の、喘ぎ声。汚くないんでしょ?」
「は……?」
小声で囁かれた内容が理解できないままぽかんと口を開けていると、翠が俺の腕を離し座席に座り直した。
「じゃあ来週ねー。おやすみー」
にこりと翠が微笑むと、パタンと後部座席のドアが閉まる。混乱する俺を置き去りにして、タクシーは走り去っていった。
「はあ……」
俺は大きくため息をつくと、ほかの利用客の邪魔にならないようにタクシー乗り場を離れる。熱い頬に少し冷たい夜風が当たるのを感じながら、のそのそと駅の方へ歩き出した。
(……大丈夫、どうせ覚えていない)
翠の言葉をようやく飲み込んだ俺は、頭の中で大丈夫だと何度も唱える。彼はこれまでも酔っ払ったときの言動を覚えていなかったのだから、今回も覚えていないだろう。いつも俺をやきもきさせて、自分は綺麗さっぱり忘れているのだ。
(そもそも、確認するとか……絶対ありえないし。絶対、ない)
バクバクと鳴り続ける心臓をなだめながら、俺も帰宅するために電車に乗り込んだ。
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