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孤児院の子供達 8
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「ぐごぉ…むにゃむにゃ…」
「う~ん…もう食べられないよ…」
「むにゃ……おかわりだ…クレイグ…」
「うふふ。みんな気持ち良さそうによく眠ってるわね」
すっかり眠った子供達の部屋のドアを音を立てないようにそっと閉めながらシスターが言った。
晩御飯にイノシシをみんなで沢山食べたのだ。普段お腹いっぱい食べる事を遠慮していた大きな子供達も今日は沢山食べたようだった。
村人が野菜を、そして村長はお酒を持ってきてくれたので宴会のように賑やかだった。
皆で食べるご飯というのはそれだけでとても美味しいのだとクレイグは久しぶりに思った。
シスターと後片付けをしているとシスターが手を止めてクレイグをじっと見つめる。
「子供達に……こんなにお腹いっぱい食べさせてあげられたのは、何時振りかわかりません。クレイグさんとユリさんには何とお礼を言えば良いのか……」
「あ、いえいえ。私達の方こそ、見ず知らずの冒険者に寝床を分けてくださったシスターに心から感謝しております。ありがとうございました」
そう言うとシスターはにっこりと微笑んで胸の前で手を組んでクレイグに向かってつぶやいた。
「あなたの身体をお借りして神様は……私達を助けて下さったのだと思います。大きなこの恵みに感謝致します」
膝を付いて祈ろうとするシスターをクレイグは慌てて止めた。
「シスター、祈られる方の身にもなってくださいよ」
「あ、そうですね。ふふふ、ごめんなさいね」
二人で顔を合わせると笑ってしまったが、シスターの目には涙が浮かんでいた。
この孤児院を一人で切り盛りしているのだから相当な苦労なのだろう。
話題を変えるようにクレイグは外を指さして言う。
「そうだ。森でちょっと、珍しい物を見つけたんですよ」
「イノシシじゃなくてですか?」
「えぇ。もっと珍しい物ですよ」
二人で外に出ると夜のやんわりとした風が頬を撫でた。
庭を横切って大木の下までシスターと歩いていくと、月の灯りにぼんやりと照らされて輝くように、クレイグの植えたカタビラ草が見える。
「これなんですが…シスター、この植物をご存知ですか?」
「珍しい……葉ですね。私は見た事がない植物です」
クレイグは優しく葉っぱを撫でる。
「生命力のとても強い草なんですよ。この草が根付くには地面に紫水晶がいるんですが、森の中で偶然両方見つけたので、この大きな木の下に根付かせようと思いましてね」
「まぁ…そうでしたか。何と言う草なんでしょうか?」
クレイグは立ち上がり大木にそっと触れる。大木の中を大地から水を吸い上げるような、力強い感覚が指先に微かに響く。
「カタビラ草という名前ですよ」
クレイグがそう言うとシスターは驚いた顔で「え」と言ったまま止まった。
「ご存知ですか?」
「は、はい、名前は……。でもカタビラ草って…とても高価な薬草だったと思いますが……」
「はい。売ればかなり高価な薬草です。なのでここで育てればきっとこの孤児院の助けになると思いますよ」
シスターがしゃがみこんでカタビラ草の葉を優しく指先に乗せる。
「でも……。私達に育てられるのでしょうか?この土地は野菜もあまり大きくはなりませんし……」
「大丈夫ですよ。元は野草です。紫水晶はカタビラ草の下に埋めてあるのですが、その水晶と一緒に育つらしいですよ。それによく育つように……秘伝の『おまじない』をしておきましたから」
クレイグが冗談めかして笑って言った。
地中に埋めた紫水晶は『おまじない』とは名ばかりの、尋常ではない生命力をクレイグが描いた魔法陣により増幅させていた。
クレイグが使う銀色の活性魔法『シルバーヒール』は細胞を急速に活性化させる性質から、クレイグは主に治療に用いていたのだが、魔力の伝導率の高い鉱石に直接、魔法陣を描く事で高い活性効果を持つ鉱石を作れる事を見つけたのはクレイグの妻だった。
「この石にはあなたの名前を付けたら良いと思うわ。あなたの『世界で一番優しい魔法』がこの石の中に生きているんですもの」
『クレイグストーン』。今は亡きクレイグの妻がそう言って付けた名前だった。
クレイグはそっと目を閉じると、妻のその言葉を思い出していた。
彼女はクレイグストーンを使って沢山の花を育てていた。
見事だった庭園を育てる彼女の声やそのしぐさが、自分の記憶の中で、未だ色あせてない事に安堵した。
そして悲しげな憂いを含むクレイグの横顔を、シスターもまたじっと見つめていた。
冒険者が旅をする理由は自分には計れない。だが、決して楽しむためだけの旅ではないようなものを、クレイグからは感じていた。
「それと……これをシスターに差し上げます」
クレイグがおもむろにポケットから取り出したのは、小さな透明に見える水晶だった。
シスターの手を取ってその掌にそっと乗せると、月の光に反射して虹色に一瞬輝いたように見えた。
「まぁ、とても綺麗……。クレイグさん、これは?」
「この小さな石にも特別な『おまじない』をかけておきました。水がめの中に付けておいて、その水をカタビラ草にかけてあげて下さい。きっと元気なカタビラ草がたくさん増えますよ」
「そんな……貴重な物を頂いてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんですよ。温かい食事とベッドを与えて頂いたお礼です。貴重といっても『おまじない』ですから」
クレイグが笑って言うと、シスターもにっこり笑って答える。
「とても素敵なおまじないですね。ありがとうございます。では……楽しみに育ててみようと思います」
ビュオンと大きな風が吹いた。
大木は音を立てて葉を揺らし、月明かりのせいかシスターにはぼんやりと輝いて見えた。
「明日の朝、皆の顔を見て旅立とうと思います。……お世話になりました」
「とんでもありません。こちらこそ、本当に……こちらこそ」
二人は見つめ合うと、クレイグはニコリと笑い、踵を返して孤児院に歩いていく。
庭を歩いていくクレイグの背中を見つめながら、シスターは胸の前で両手を組んで祈った。
「神様……。か弱き私達をお救いくださりありがとうございました。そしてどうか……あの方の心の傷が一日でも早く癒えますように……」
「う~ん…もう食べられないよ…」
「むにゃ……おかわりだ…クレイグ…」
「うふふ。みんな気持ち良さそうによく眠ってるわね」
すっかり眠った子供達の部屋のドアを音を立てないようにそっと閉めながらシスターが言った。
晩御飯にイノシシをみんなで沢山食べたのだ。普段お腹いっぱい食べる事を遠慮していた大きな子供達も今日は沢山食べたようだった。
村人が野菜を、そして村長はお酒を持ってきてくれたので宴会のように賑やかだった。
皆で食べるご飯というのはそれだけでとても美味しいのだとクレイグは久しぶりに思った。
シスターと後片付けをしているとシスターが手を止めてクレイグをじっと見つめる。
「子供達に……こんなにお腹いっぱい食べさせてあげられたのは、何時振りかわかりません。クレイグさんとユリさんには何とお礼を言えば良いのか……」
「あ、いえいえ。私達の方こそ、見ず知らずの冒険者に寝床を分けてくださったシスターに心から感謝しております。ありがとうございました」
そう言うとシスターはにっこりと微笑んで胸の前で手を組んでクレイグに向かってつぶやいた。
「あなたの身体をお借りして神様は……私達を助けて下さったのだと思います。大きなこの恵みに感謝致します」
膝を付いて祈ろうとするシスターをクレイグは慌てて止めた。
「シスター、祈られる方の身にもなってくださいよ」
「あ、そうですね。ふふふ、ごめんなさいね」
二人で顔を合わせると笑ってしまったが、シスターの目には涙が浮かんでいた。
この孤児院を一人で切り盛りしているのだから相当な苦労なのだろう。
話題を変えるようにクレイグは外を指さして言う。
「そうだ。森でちょっと、珍しい物を見つけたんですよ」
「イノシシじゃなくてですか?」
「えぇ。もっと珍しい物ですよ」
二人で外に出ると夜のやんわりとした風が頬を撫でた。
庭を横切って大木の下までシスターと歩いていくと、月の灯りにぼんやりと照らされて輝くように、クレイグの植えたカタビラ草が見える。
「これなんですが…シスター、この植物をご存知ですか?」
「珍しい……葉ですね。私は見た事がない植物です」
クレイグは優しく葉っぱを撫でる。
「生命力のとても強い草なんですよ。この草が根付くには地面に紫水晶がいるんですが、森の中で偶然両方見つけたので、この大きな木の下に根付かせようと思いましてね」
「まぁ…そうでしたか。何と言う草なんでしょうか?」
クレイグは立ち上がり大木にそっと触れる。大木の中を大地から水を吸い上げるような、力強い感覚が指先に微かに響く。
「カタビラ草という名前ですよ」
クレイグがそう言うとシスターは驚いた顔で「え」と言ったまま止まった。
「ご存知ですか?」
「は、はい、名前は……。でもカタビラ草って…とても高価な薬草だったと思いますが……」
「はい。売ればかなり高価な薬草です。なのでここで育てればきっとこの孤児院の助けになると思いますよ」
シスターがしゃがみこんでカタビラ草の葉を優しく指先に乗せる。
「でも……。私達に育てられるのでしょうか?この土地は野菜もあまり大きくはなりませんし……」
「大丈夫ですよ。元は野草です。紫水晶はカタビラ草の下に埋めてあるのですが、その水晶と一緒に育つらしいですよ。それによく育つように……秘伝の『おまじない』をしておきましたから」
クレイグが冗談めかして笑って言った。
地中に埋めた紫水晶は『おまじない』とは名ばかりの、尋常ではない生命力をクレイグが描いた魔法陣により増幅させていた。
クレイグが使う銀色の活性魔法『シルバーヒール』は細胞を急速に活性化させる性質から、クレイグは主に治療に用いていたのだが、魔力の伝導率の高い鉱石に直接、魔法陣を描く事で高い活性効果を持つ鉱石を作れる事を見つけたのはクレイグの妻だった。
「この石にはあなたの名前を付けたら良いと思うわ。あなたの『世界で一番優しい魔法』がこの石の中に生きているんですもの」
『クレイグストーン』。今は亡きクレイグの妻がそう言って付けた名前だった。
クレイグはそっと目を閉じると、妻のその言葉を思い出していた。
彼女はクレイグストーンを使って沢山の花を育てていた。
見事だった庭園を育てる彼女の声やそのしぐさが、自分の記憶の中で、未だ色あせてない事に安堵した。
そして悲しげな憂いを含むクレイグの横顔を、シスターもまたじっと見つめていた。
冒険者が旅をする理由は自分には計れない。だが、決して楽しむためだけの旅ではないようなものを、クレイグからは感じていた。
「それと……これをシスターに差し上げます」
クレイグがおもむろにポケットから取り出したのは、小さな透明に見える水晶だった。
シスターの手を取ってその掌にそっと乗せると、月の光に反射して虹色に一瞬輝いたように見えた。
「まぁ、とても綺麗……。クレイグさん、これは?」
「この小さな石にも特別な『おまじない』をかけておきました。水がめの中に付けておいて、その水をカタビラ草にかけてあげて下さい。きっと元気なカタビラ草がたくさん増えますよ」
「そんな……貴重な物を頂いてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんですよ。温かい食事とベッドを与えて頂いたお礼です。貴重といっても『おまじない』ですから」
クレイグが笑って言うと、シスターもにっこり笑って答える。
「とても素敵なおまじないですね。ありがとうございます。では……楽しみに育ててみようと思います」
ビュオンと大きな風が吹いた。
大木は音を立てて葉を揺らし、月明かりのせいかシスターにはぼんやりと輝いて見えた。
「明日の朝、皆の顔を見て旅立とうと思います。……お世話になりました」
「とんでもありません。こちらこそ、本当に……こちらこそ」
二人は見つめ合うと、クレイグはニコリと笑い、踵を返して孤児院に歩いていく。
庭を歩いていくクレイグの背中を見つめながら、シスターは胸の前で両手を組んで祈った。
「神様……。か弱き私達をお救いくださりありがとうございました。そしてどうか……あの方の心の傷が一日でも早く癒えますように……」
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