神色の魔法使い

門永直樹

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表と裏 3

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──ドーラの港町。



街全体がしんと寝静まった真夜中。

船が停泊する堤防を、海水が叩く音だけが遠くから聞こえている。

海辺の住宅街のとある家。

ここはドグとアン、二人が住んでいた家だった。
窓板が割られて荒れた家の中を、一切の音を立てる事なく歩くクレイグがいた。


「【ブルーディテクティブ】」


唱えると眼球の奥に青い魔法陣が浮かぶ。


ゆっくりと部屋の中を見渡すと、ドグとアンの血痕のエネルギーの色とは違う色が床にいくつか見える。


「ドグの言っていたロイド、いやバイスの血か」


その血痕に、魔法陣の照準を合わせるように絞り込んでいく。
するとバイスの背格好、身体的特徴までクレイグの頭の中に見えてくる。

その情報の中でクレイグが昔、王都で見た手配書の中の記録と一致する名前があった。


「これか、『盗賊バイス』。ドグの言った通りだ。こんな盗賊が街の役職に就いてるのには何か理由があるな。おや?」

クレイグの網膜に浮かぶ青いレーダーの感知に、ふいに人影が引っかかった。
咄嗟にクレイグはその漆黒のマントで身体を覆うと気配を断ち、闇と同化した。











海辺の家の柵を、音を立てないように慎重に越えたのは、警備隊主任のホリーだった。

死亡手続きをしたのは自分だが、ここ最近の行方不明者の増加と、上司であるロイドの含みを持たせたようなあの態度が、自分の中でに落ちなかった。

詮索をするなと釘を刺されてはいたが、かつて騎士に憧れた正義心が邪魔をしていた。
行方不明者の家に来れば何かが掴めるかもしれないと思い、ホリーは家の中にそっと忍び込んだ。

誰もいない家は、主人が消えた日のままで時を止めていた。
窓板が割られて食器などが散らばり、歩く度にジャリッジャリッと音を立てた。
ホリーは持参した燭台を床に置いた。しゃがみ込んだまま顔を上げたその瞬間、ドアの隙間からゆらりと人影が現れた。


「きゃっ! だ、誰だっ!」


叫ぶと同時に、帯刀していた剣口を少し抜いて叫ぶ。
ゆっくりと顔を出したのは、銀の髪を後ろに束ねた漆黒のマントをまとった男だった。


「おっと。どうかその剣を納めください。私はこの家のドグの友人の冒険者です。あなたも彼の友人か何かですか?」


ホリーは心臓が止まりそうな程驚いたが、冷静さを取り戻そうとその驚きを無理矢理抑えこみ唾をゴクリと飲み込んだ。


「はぁっ……はぁっ……。わたしは、わ、わたしはこの街の警備隊主任のホ、ホリーという者だ」

「その警備隊のホリーさんがどうしてここに?」

「ゆ、行方不明者の捜索をするのは警備隊の仕事だ……!と、当然だろ!」

「ふむ。お役所の方に聞いたら死亡したと言っておりました。『行方不明』とおっしゃるという事はホリーさんはドグ達夫婦が生きていると考えていると?」


見透かすような男の鋭い視線に、ホリーは心の中をのぞかれたような気がした。


「わ……私は何も知らない……」

「ホリーさん。もしかしてあなたは薄々勘付いているのでは?あなたの近しい人が良からぬ事をしている事を……」

「き、きさまこそ何を知っている!」


剣口まで抜いた剣を抜刀し男に剣を向けた。


「私もそれを調べている所ですよ。ただね、ひとつ確かな事は、あなたの上司『ロイド』にはもうひとつの顔があるという事です……よっ!」


そう言うと男はマントをバサリと目の前にひるがえした。


「くっ……!」


咄嗟の動きにひるんだ隙に、目の前から男が消えた。
気がついたのは男が割れた窓の窓枠にしゃがみ込み、話し掛けてきたからだった。


「ホリーさん。あなたの勇気には敬服致します。『勇気を持って動かなければ何も変えられない』これはあらゆる状況の者にも言える事。ですが、くれぐれも無茶だけはしないで下さいよ。いずれまたお会いしましょう」


男はそう言うと倒れ込むように家の外へ消えた。


「まっ……待てっ!」


ホリーが急いで窓枠に駆け寄り外を覗き込んだが、そこにはすでに人の気配は無かった。


「……総隊長にもう一つの顔だって……?!」


家の中にはホリーの荒い息使いと、風に乗った波の音だけが静かに響いていた。

ホリーは男の言葉を胸の中でどこか懐かしむように何度も繰り返し考えていた。


「勇気を持って動かなければ……何も変えられない………か」


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