16 / 38
表と裏 3
しおりを挟む
──ドーラの港町。
街全体がしんと寝静まった真夜中。
船が停泊する堤防を、海水が叩く音だけが遠くから聞こえている。
海辺の住宅街のとある家。
ここはドグとアン、二人が住んでいた家だった。
窓板が割られて荒れた家の中を、一切の音を立てる事なく歩くクレイグがいた。
「【ブルーディテクティブ】」
唱えると眼球の奥に青い魔法陣が浮かぶ。
ゆっくりと部屋の中を見渡すと、ドグとアンの血痕のエネルギーの色とは違う色が床にいくつか見える。
「ドグの言っていたロイド、いやバイスの血か」
その血痕に、魔法陣の照準を合わせるように絞り込んでいく。
するとバイスの背格好、身体的特徴までクレイグの頭の中に見えてくる。
その情報の中でクレイグが昔、王都で見た手配書の中の記録と一致する名前があった。
「これか、『盗賊バイス』。ドグの言った通りだ。こんな盗賊が街の役職に就いてるのには何か理由があるな。おや?」
クレイグの網膜に浮かぶ青いレーダーの感知に、ふいに人影が引っかかった。
咄嗟にクレイグはその漆黒のマントで身体を覆うと気配を断ち、闇と同化した。
*
海辺の家の柵を、音を立てないように慎重に越えたのは、警備隊主任のホリーだった。
死亡手続きをしたのは自分だが、ここ最近の行方不明者の増加と、上司であるロイドの含みを持たせたようなあの態度が、自分の中で腑に落ちなかった。
詮索をするなと釘を刺されてはいたが、かつて騎士に憧れた正義心が邪魔をしていた。
行方不明者の家に来れば何かが掴めるかもしれないと思い、ホリーは家の中にそっと忍び込んだ。
誰もいない家は、主人が消えた日のままで時を止めていた。
窓板が割られて食器などが散らばり、歩く度にジャリッジャリッと音を立てた。
ホリーは持参した燭台を床に置いた。しゃがみ込んだまま顔を上げたその瞬間、ドアの隙間からゆらりと人影が現れた。
「きゃっ! だ、誰だっ!」
叫ぶと同時に、帯刀していた剣口を少し抜いて叫ぶ。
ゆっくりと顔を出したのは、銀の髪を後ろに束ねた漆黒のマントをまとった男だった。
「おっと。どうかその剣を納めください。私はこの家のドグの友人の冒険者です。あなたも彼の友人か何かですか?」
ホリーは心臓が止まりそうな程驚いたが、冷静さを取り戻そうとその驚きを無理矢理抑えこみ唾をゴクリと飲み込んだ。
「はぁっ……はぁっ……。わたしは、わ、わたしはこの街の警備隊主任のホ、ホリーという者だ」
「その警備隊のホリーさんがどうしてここに?」
「ゆ、行方不明者の捜索をするのは警備隊の仕事だ……!と、当然だろ!」
「ふむ。お役所の方に聞いたら死亡したと言っておりました。『行方不明』とおっしゃるという事はホリーさんはドグ達夫婦が生きていると考えていると?」
見透かすような男の鋭い視線に、ホリーは心の中をのぞかれたような気がした。
「わ……私は何も知らない……」
「ホリーさん。もしかしてあなたは薄々勘付いているのでは?あなたの近しい人が良からぬ事をしている事を……」
「き、きさまこそ何を知っている!」
剣口まで抜いた剣を抜刀し男に剣を向けた。
「私もそれを調べている所ですよ。ただね、ひとつ確かな事は、あなたの上司『ロイド』にはもうひとつの顔があるという事です……よっ!」
そう言うと男はマントをバサリと目の前にひるがえした。
「くっ……!」
咄嗟の動きにひるんだ隙に、目の前から男が消えた。
気がついたのは男が割れた窓の窓枠にしゃがみ込み、話し掛けてきたからだった。
「ホリーさん。あなたの勇気には敬服致します。『勇気を持って動かなければ何も変えられない』これはあらゆる状況の者にも言える事。ですが、くれぐれも無茶だけはしないで下さいよ。いずれまたお会いしましょう」
男はそう言うと倒れ込むように家の外へ消えた。
「まっ……待てっ!」
ホリーが急いで窓枠に駆け寄り外を覗き込んだが、そこにはすでに人の気配は無かった。
「……総隊長にもう一つの顔だって……?!」
家の中にはホリーの荒い息使いと、風に乗った波の音だけが静かに響いていた。
ホリーは男の言葉を胸の中でどこか懐かしむように何度も繰り返し考えていた。
「勇気を持って動かなければ……何も変えられない………か」
街全体がしんと寝静まった真夜中。
船が停泊する堤防を、海水が叩く音だけが遠くから聞こえている。
海辺の住宅街のとある家。
ここはドグとアン、二人が住んでいた家だった。
窓板が割られて荒れた家の中を、一切の音を立てる事なく歩くクレイグがいた。
「【ブルーディテクティブ】」
唱えると眼球の奥に青い魔法陣が浮かぶ。
ゆっくりと部屋の中を見渡すと、ドグとアンの血痕のエネルギーの色とは違う色が床にいくつか見える。
「ドグの言っていたロイド、いやバイスの血か」
その血痕に、魔法陣の照準を合わせるように絞り込んでいく。
するとバイスの背格好、身体的特徴までクレイグの頭の中に見えてくる。
その情報の中でクレイグが昔、王都で見た手配書の中の記録と一致する名前があった。
「これか、『盗賊バイス』。ドグの言った通りだ。こんな盗賊が街の役職に就いてるのには何か理由があるな。おや?」
クレイグの網膜に浮かぶ青いレーダーの感知に、ふいに人影が引っかかった。
咄嗟にクレイグはその漆黒のマントで身体を覆うと気配を断ち、闇と同化した。
*
海辺の家の柵を、音を立てないように慎重に越えたのは、警備隊主任のホリーだった。
死亡手続きをしたのは自分だが、ここ最近の行方不明者の増加と、上司であるロイドの含みを持たせたようなあの態度が、自分の中で腑に落ちなかった。
詮索をするなと釘を刺されてはいたが、かつて騎士に憧れた正義心が邪魔をしていた。
行方不明者の家に来れば何かが掴めるかもしれないと思い、ホリーは家の中にそっと忍び込んだ。
誰もいない家は、主人が消えた日のままで時を止めていた。
窓板が割られて食器などが散らばり、歩く度にジャリッジャリッと音を立てた。
ホリーは持参した燭台を床に置いた。しゃがみ込んだまま顔を上げたその瞬間、ドアの隙間からゆらりと人影が現れた。
「きゃっ! だ、誰だっ!」
叫ぶと同時に、帯刀していた剣口を少し抜いて叫ぶ。
ゆっくりと顔を出したのは、銀の髪を後ろに束ねた漆黒のマントをまとった男だった。
「おっと。どうかその剣を納めください。私はこの家のドグの友人の冒険者です。あなたも彼の友人か何かですか?」
ホリーは心臓が止まりそうな程驚いたが、冷静さを取り戻そうとその驚きを無理矢理抑えこみ唾をゴクリと飲み込んだ。
「はぁっ……はぁっ……。わたしは、わ、わたしはこの街の警備隊主任のホ、ホリーという者だ」
「その警備隊のホリーさんがどうしてここに?」
「ゆ、行方不明者の捜索をするのは警備隊の仕事だ……!と、当然だろ!」
「ふむ。お役所の方に聞いたら死亡したと言っておりました。『行方不明』とおっしゃるという事はホリーさんはドグ達夫婦が生きていると考えていると?」
見透かすような男の鋭い視線に、ホリーは心の中をのぞかれたような気がした。
「わ……私は何も知らない……」
「ホリーさん。もしかしてあなたは薄々勘付いているのでは?あなたの近しい人が良からぬ事をしている事を……」
「き、きさまこそ何を知っている!」
剣口まで抜いた剣を抜刀し男に剣を向けた。
「私もそれを調べている所ですよ。ただね、ひとつ確かな事は、あなたの上司『ロイド』にはもうひとつの顔があるという事です……よっ!」
そう言うと男はマントをバサリと目の前にひるがえした。
「くっ……!」
咄嗟の動きにひるんだ隙に、目の前から男が消えた。
気がついたのは男が割れた窓の窓枠にしゃがみ込み、話し掛けてきたからだった。
「ホリーさん。あなたの勇気には敬服致します。『勇気を持って動かなければ何も変えられない』これはあらゆる状況の者にも言える事。ですが、くれぐれも無茶だけはしないで下さいよ。いずれまたお会いしましょう」
男はそう言うと倒れ込むように家の外へ消えた。
「まっ……待てっ!」
ホリーが急いで窓枠に駆け寄り外を覗き込んだが、そこにはすでに人の気配は無かった。
「……総隊長にもう一つの顔だって……?!」
家の中にはホリーの荒い息使いと、風に乗った波の音だけが静かに響いていた。
ホリーは男の言葉を胸の中でどこか懐かしむように何度も繰り返し考えていた。
「勇気を持って動かなければ……何も変えられない………か」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる