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表と裏 4
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警備隊詰所の建物内。
総隊長ロイドの部屋の前に、鍵を忍ばせたホリーの姿があった。
主任であるホリー以外は夜間の警備に出かけているため、詰所内にはホリーだけだった。
ロイドの部屋に予備の鍵を使ってそっと忍び込んだ。普段のホリーならばこんな事はしない。
だが今夜は自分を突き動かす衝動があった。
(勇気を持って行動……。そうだ)
数日前、ドグとアンの家で会ったあの男の言葉が何度も思い出された。
ロイドの引き出しをなるべく物を動かさないように慎重に開けていく。机の中は割と物は少なく小綺麗にされていた。
(やっぱりここじゃない……。奥の部屋か……)
ロイドの部屋は応接と、奥の私室の2部屋に分かれている。
奥の部屋のドアを開けると、葉巻の香りが部屋の至るところに残っていた。
──バサバサッ!
「ひっ!」
ホリーが部屋に入ると、部屋の天井近くを小さな鳥が横切った。
棚の上に止まるその鳥は、ロイドが飼っている珍しいフクロウだった。フクロウはホリーを警戒した目でギョロリと見つめている。
「もぅ……びっくりさせないでよ……」
机に積み上げられた書類は、ホリーの報告書など警備関連の物だったが、机の中を慎重に探していくと目当ての帳簿があった。
「あった!これだわ……。うそ……。ひどい……。総隊長は本当にこんな事を……」
その帳簿にはロイドが、貴族のアール伯爵を介して、他国の貴族達へ人身売買をしている記録が事細かく、金銭の流れまで書いてあった。
「アール伯爵の力で全てを揉み消していたんだ……。女も男も……、幼い子供まで売られている……。こんな事、許していいはずがない……!」
ホリーは帳簿を掴むと急いで部屋を飛び出た。向かった先はドグの家だった。
「勇気を持って行動……。そうだよね、お父さん……」
*
その夜、ホリーは再びドグの家に居た。
テーブルに持参した燭台に灯りをつけると、静かに遠くの波の音を聞いて過ごした。
時折資料に目を落としてその眉を寄せた。
静けさは男の声で破られた。
「ホリーさんだったかな?」
「きゃっ?!」
「おっと……、驚かせてすまなかった」
驚いて床に落とした帳簿をホリーが拾い集めた。
「……あなたはいつも……気配無く現れたり消えたりするんですか?」
「そういう訳じゃないんだが。君はどうしてここに?」
「あなたに見てもらいたい物があって。ここに来ればもう一度あなたに会えると信じてました」
「私に……?」
「これは総隊長ロイドがアール子爵を介して人を、人間を売り物にしている記録です」
ホリーから帳簿を受け取ると、男は隅々まで視線を落としていく。
「総隊長のロイドというのは偽名だったんです。本当の名前は──」
「『盗賊バイス』。しかしこれは……。大人だけでなく子供まで売り物にしている記録だね。この証拠が然るべき所に出ればバイスは間違いなく死罪。アール子爵も相当重い罪に課せられるでしょうね」
「ここも見て下さい。ここにドグとアンの引き取り先も書いてありますが、サインがしていないので恐らくまだ、売られてはいないと思うんです」
ホリーが男の肩に身体を寄せるように帳簿の項目を指さした。
二人の肩が触れ合った瞬間、
「あ……ごめんなさいっ」
とホリーはその頬を桜色に染めて一歩離れた。
「ホリーさん、この帳簿を私に見せて良かったのですか? 私が実はバイスの手先……かもしれないのですよ」
男はホリーの目を真っ直ぐに見つめると、ホリーもまた少し上目遣いに大きな瞳で男を見つめ返した。
「あなたは、私に言いましたよね?『勇気を持って動かなければ何も変えられない』と」
「えぇ。確かに言いました」
うつむいたホリーは戸惑うように話し始めた。
「私の父は騎士だったんです。正義感が強くて、真面目だけが取り柄の不器用な父でした。ですがそんな父の事が私はとても好きでした。ある時、父の上官達が街で剣の切れ味を確かめる為に人をあやめていた事が分かったんです。その事実は他の騎士達全員に箝口令(かんこうれい)という形で口止めされたんですが、父は……勇気を持って告発したんです」
「………」
「その結果、上官達は騎士という身分を剥奪されました。ですが逆恨みを買った父は夜盗に襲われました。私と母が駆けつけた時にはすでに冷たくなっていました」
「立派なお父様だったのですね」
「ありがとうございます。父はいつも私に、『勇気を持って行動しなさい』と言ってくれていました。あなたに言われた言葉がまるで……亡くなった父に言われたように私には思えたんです」
「そうでしたか……。それで私を信用して下さったという訳ですか」
「はい、お恥ずかしながら」
ホリーは、はにかんだ少女のように微笑んだ。
「私の名前はクレイグといいます。ホリーさんが見せて下さったその帳簿のお陰で、この事件の背後関係がはっきり見えました。しかしここからは私に任せてみてもらえませんか?あなたには警備隊という立場もありますから」
「い、今更わたくしは立場などっ……!」
「いいえ。この街の人々の安全は今やあなたの手にかかっているのです。これ以上苦しむ人々を増やさないためにも、私に任せてもらえませんか?」
クレイグは帳簿をホリーに優しく手渡した。
「クレイグさん。あなたは一体……?」
「言ったはずですよ。私はドグの友人でただの冒険者です。そして、あなたの味方です」
総隊長ロイドの部屋の前に、鍵を忍ばせたホリーの姿があった。
主任であるホリー以外は夜間の警備に出かけているため、詰所内にはホリーだけだった。
ロイドの部屋に予備の鍵を使ってそっと忍び込んだ。普段のホリーならばこんな事はしない。
だが今夜は自分を突き動かす衝動があった。
(勇気を持って行動……。そうだ)
数日前、ドグとアンの家で会ったあの男の言葉が何度も思い出された。
ロイドの引き出しをなるべく物を動かさないように慎重に開けていく。机の中は割と物は少なく小綺麗にされていた。
(やっぱりここじゃない……。奥の部屋か……)
ロイドの部屋は応接と、奥の私室の2部屋に分かれている。
奥の部屋のドアを開けると、葉巻の香りが部屋の至るところに残っていた。
──バサバサッ!
「ひっ!」
ホリーが部屋に入ると、部屋の天井近くを小さな鳥が横切った。
棚の上に止まるその鳥は、ロイドが飼っている珍しいフクロウだった。フクロウはホリーを警戒した目でギョロリと見つめている。
「もぅ……びっくりさせないでよ……」
机に積み上げられた書類は、ホリーの報告書など警備関連の物だったが、机の中を慎重に探していくと目当ての帳簿があった。
「あった!これだわ……。うそ……。ひどい……。総隊長は本当にこんな事を……」
その帳簿にはロイドが、貴族のアール伯爵を介して、他国の貴族達へ人身売買をしている記録が事細かく、金銭の流れまで書いてあった。
「アール伯爵の力で全てを揉み消していたんだ……。女も男も……、幼い子供まで売られている……。こんな事、許していいはずがない……!」
ホリーは帳簿を掴むと急いで部屋を飛び出た。向かった先はドグの家だった。
「勇気を持って行動……。そうだよね、お父さん……」
*
その夜、ホリーは再びドグの家に居た。
テーブルに持参した燭台に灯りをつけると、静かに遠くの波の音を聞いて過ごした。
時折資料に目を落としてその眉を寄せた。
静けさは男の声で破られた。
「ホリーさんだったかな?」
「きゃっ?!」
「おっと……、驚かせてすまなかった」
驚いて床に落とした帳簿をホリーが拾い集めた。
「……あなたはいつも……気配無く現れたり消えたりするんですか?」
「そういう訳じゃないんだが。君はどうしてここに?」
「あなたに見てもらいたい物があって。ここに来ればもう一度あなたに会えると信じてました」
「私に……?」
「これは総隊長ロイドがアール子爵を介して人を、人間を売り物にしている記録です」
ホリーから帳簿を受け取ると、男は隅々まで視線を落としていく。
「総隊長のロイドというのは偽名だったんです。本当の名前は──」
「『盗賊バイス』。しかしこれは……。大人だけでなく子供まで売り物にしている記録だね。この証拠が然るべき所に出ればバイスは間違いなく死罪。アール子爵も相当重い罪に課せられるでしょうね」
「ここも見て下さい。ここにドグとアンの引き取り先も書いてありますが、サインがしていないので恐らくまだ、売られてはいないと思うんです」
ホリーが男の肩に身体を寄せるように帳簿の項目を指さした。
二人の肩が触れ合った瞬間、
「あ……ごめんなさいっ」
とホリーはその頬を桜色に染めて一歩離れた。
「ホリーさん、この帳簿を私に見せて良かったのですか? 私が実はバイスの手先……かもしれないのですよ」
男はホリーの目を真っ直ぐに見つめると、ホリーもまた少し上目遣いに大きな瞳で男を見つめ返した。
「あなたは、私に言いましたよね?『勇気を持って動かなければ何も変えられない』と」
「えぇ。確かに言いました」
うつむいたホリーは戸惑うように話し始めた。
「私の父は騎士だったんです。正義感が強くて、真面目だけが取り柄の不器用な父でした。ですがそんな父の事が私はとても好きでした。ある時、父の上官達が街で剣の切れ味を確かめる為に人をあやめていた事が分かったんです。その事実は他の騎士達全員に箝口令(かんこうれい)という形で口止めされたんですが、父は……勇気を持って告発したんです」
「………」
「その結果、上官達は騎士という身分を剥奪されました。ですが逆恨みを買った父は夜盗に襲われました。私と母が駆けつけた時にはすでに冷たくなっていました」
「立派なお父様だったのですね」
「ありがとうございます。父はいつも私に、『勇気を持って行動しなさい』と言ってくれていました。あなたに言われた言葉がまるで……亡くなった父に言われたように私には思えたんです」
「そうでしたか……。それで私を信用して下さったという訳ですか」
「はい、お恥ずかしながら」
ホリーは、はにかんだ少女のように微笑んだ。
「私の名前はクレイグといいます。ホリーさんが見せて下さったその帳簿のお陰で、この事件の背後関係がはっきり見えました。しかしここからは私に任せてみてもらえませんか?あなたには警備隊という立場もありますから」
「い、今更わたくしは立場などっ……!」
「いいえ。この街の人々の安全は今やあなたの手にかかっているのです。これ以上苦しむ人々を増やさないためにも、私に任せてもらえませんか?」
クレイグは帳簿をホリーに優しく手渡した。
「クレイグさん。あなたは一体……?」
「言ったはずですよ。私はドグの友人でただの冒険者です。そして、あなたの味方です」
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