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盲目の老婆 4
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そう叫んでいるはずだとザーグは考えていた。
(……アレ?)
人間の命を奪うという甘美な感覚を味わっているはずでは?とぼんやりとザーグは洞窟の天井を眺めていた。
もうザーグが動かせるのは眼球だけだった。
口から下の感覚は一切無い。
最後に戦ったのは自分の知っている人間種だったのだろうかとザーグは死の間際に後悔した。
*
「だから。お前だろ」
ユリは跳躍したザーグを横一閃で腰椎から上を切断し、返す刀で腕、首、上顎の順に切断した。
剣に付いたザーグの体液を振り落とすようにビュンと一振りする。クレイグが布を手渡すと丁寧に剣を拭って鞘に納める。
「お疲れユリ、ご苦労さん」
「あぁ。蛙の強化が大した事無くて良かったよ。多分コイツ、死んだ事自分で分かってないかも」
「そうかもしれないな。責めてるつもりだっただろうけど、俺達には遅く見えてたからな。さぁ魔法を解くぞ」
クレイグがパチンと指を鳴らすと二人に掛かっていた【白】と【赤】の魔法効果が消え、身体の光が静かに消えていく。
「ふぅ。【赤】は解いてから疲れるんだよな。だけど、良い運動にはなった」
「そうだな。さて、ザーグの素材は硬いから丸ごとバッグにいれて入れておこう。スザヌの亡骸も……」
クレイグが丁寧にスザヌのバラバラになった骨や布切れを集めていく。ユリも散らばった服の布切れを集めるのを手伝う。
「あの婆さんに何て言うか考えてるんだろ?」
「……あぁ」
スザヌの骨を綺麗な布で壊れないようにして丁寧に包むと、二人は立ち上がる。
「ありのままを言うしかないんじゃないのか?」
「そうだな」
*
「リマさん、クレイグです。開けますよ」
二人が沼からリマのいる村に帰ってくる頃にはすっかり陽が高くなっていた。
クレイグはリマの家の扉を開けて中に入る。
「おぉ、戻ったかい?クレイグさんと言ったね?さっきあんたの使いの人が来てスープやら何やら、こんな老いぼれに食べさせてくれたんだよ。頼んでるのはこっちだっていうのに……ありがとうねぇ」
「そうでしたか、それは良かった」
「さぁ、座っておくれ。それで、何か娘の事はわかったかい?」
「……えぇ。娘さんは……その……」
クレイグは伝える言葉を選ぶように口ごもると、リマは座っていた椅子の背もたれに深いため息を吐いてもたれかかった。
「死んでたんだね」
「……。気付いてたんですね」
「親子だからね。はぁ、分かっていたんだよ。沼の神様がこんな年寄りの目玉なんて欲しがる訳は無いってね。だけど藁にもすがる気持ちってやつさ。あの娘の病気が良くなったのは結局あの娘の治癒力だったんだろうね。私が目玉を無くしてあの娘が治った。私はそれで良かったと心底思ってたんだよ。例えそれが騙されてたとしてもね」
黙って聞いていたユリがリマの椅子の前に座り、その両手を握った。
「婆さんを騙してたのはザーグっていう喋る化け物だったよ。……スザヌの仇は討った。もう沼の神様を語る事は出来ないよ」
「娘さんの遺骨も持って帰ってきました。これを」
クレイグが布に包まれたスザヌの遺骨をリマの膝の上に置いた。リマは愛でるように優しく布を撫でた。
「おぉ……おかえり、スザヌ。辛かったね」
リマはそうしてしばらく遺骨を撫でていると椅子から立ち上がる。盲目だが慣れた様子で隣の部屋へと入り、部屋から出てくると手にしていた箱をクレイグの横の机の上に置いた。
「これは?」
「薬研と薬研車だよ。私が使っていた物さ。こんなお礼しか出来なくて申し訳ないねぇ。金なんて雀の涙程しかないからね」
「充分な報酬です。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方さ、ありがとうね。お嬢ちゃんにも苦労をかけたね、ありがとう。これで私は、何の心残りも無くなったよ」
スザヌの遺骨を大切に撫でているリマにクレイグは話しかける。
「リマさん、あなたのその眼。私は治す方法を知っているのだが、もし良ければ──」
クレイグの【黄】の魔法を使えばリマの眼は復元が可能だ。依頼が終わればリマの眼を治そうと考えていた。
しかしリマはその提案を断った。
「良いんだよ、このままで。もしも目が見えるようになったらあの娘と暮らしたこの家であの娘がいない事を噛み締めなきゃならないじゃないか。今のまま、見えないままなら、あの娘はいつでも私の頭の中にいる。今でもそこに座って薬研を使って、そこで料理を作って……スザヌは私の中で生きてるんだから。私のこの目は……このままで良いんだよ」
「……そうですね。わかりました。では私達はこれで」
「じゃあね、婆さん。元気でね」
「えぇ、ありがとう。あなた達もね」
リマの家を出て扉を締める。ユリとクレイグはお互い目を合わせると小さく頷いた。港町へと続く道を帰ろうとすると、リマの家の中から押し殺したよう泣き声が聞こえてきた。
「……いくら魔法が使えても、年寄りの心の傷ひとつ治せないなんてな」
「あの婆さんの心の傷を治せるのは亡くなったスザヌと時間だけなんだろうな。人間とは本当に難しい生き物だとつくづく思うよ。魔法は万能ではないかもしれないが、クレイグ、お前の魔法は大した魔法だと思うぞ」
「……あぁ」
リマの泣き声を聞きながら二人は村を後にした。
(……アレ?)
人間の命を奪うという甘美な感覚を味わっているはずでは?とぼんやりとザーグは洞窟の天井を眺めていた。
もうザーグが動かせるのは眼球だけだった。
口から下の感覚は一切無い。
最後に戦ったのは自分の知っている人間種だったのだろうかとザーグは死の間際に後悔した。
*
「だから。お前だろ」
ユリは跳躍したザーグを横一閃で腰椎から上を切断し、返す刀で腕、首、上顎の順に切断した。
剣に付いたザーグの体液を振り落とすようにビュンと一振りする。クレイグが布を手渡すと丁寧に剣を拭って鞘に納める。
「お疲れユリ、ご苦労さん」
「あぁ。蛙の強化が大した事無くて良かったよ。多分コイツ、死んだ事自分で分かってないかも」
「そうかもしれないな。責めてるつもりだっただろうけど、俺達には遅く見えてたからな。さぁ魔法を解くぞ」
クレイグがパチンと指を鳴らすと二人に掛かっていた【白】と【赤】の魔法効果が消え、身体の光が静かに消えていく。
「ふぅ。【赤】は解いてから疲れるんだよな。だけど、良い運動にはなった」
「そうだな。さて、ザーグの素材は硬いから丸ごとバッグにいれて入れておこう。スザヌの亡骸も……」
クレイグが丁寧にスザヌのバラバラになった骨や布切れを集めていく。ユリも散らばった服の布切れを集めるのを手伝う。
「あの婆さんに何て言うか考えてるんだろ?」
「……あぁ」
スザヌの骨を綺麗な布で壊れないようにして丁寧に包むと、二人は立ち上がる。
「ありのままを言うしかないんじゃないのか?」
「そうだな」
*
「リマさん、クレイグです。開けますよ」
二人が沼からリマのいる村に帰ってくる頃にはすっかり陽が高くなっていた。
クレイグはリマの家の扉を開けて中に入る。
「おぉ、戻ったかい?クレイグさんと言ったね?さっきあんたの使いの人が来てスープやら何やら、こんな老いぼれに食べさせてくれたんだよ。頼んでるのはこっちだっていうのに……ありがとうねぇ」
「そうでしたか、それは良かった」
「さぁ、座っておくれ。それで、何か娘の事はわかったかい?」
「……えぇ。娘さんは……その……」
クレイグは伝える言葉を選ぶように口ごもると、リマは座っていた椅子の背もたれに深いため息を吐いてもたれかかった。
「死んでたんだね」
「……。気付いてたんですね」
「親子だからね。はぁ、分かっていたんだよ。沼の神様がこんな年寄りの目玉なんて欲しがる訳は無いってね。だけど藁にもすがる気持ちってやつさ。あの娘の病気が良くなったのは結局あの娘の治癒力だったんだろうね。私が目玉を無くしてあの娘が治った。私はそれで良かったと心底思ってたんだよ。例えそれが騙されてたとしてもね」
黙って聞いていたユリがリマの椅子の前に座り、その両手を握った。
「婆さんを騙してたのはザーグっていう喋る化け物だったよ。……スザヌの仇は討った。もう沼の神様を語る事は出来ないよ」
「娘さんの遺骨も持って帰ってきました。これを」
クレイグが布に包まれたスザヌの遺骨をリマの膝の上に置いた。リマは愛でるように優しく布を撫でた。
「おぉ……おかえり、スザヌ。辛かったね」
リマはそうしてしばらく遺骨を撫でていると椅子から立ち上がる。盲目だが慣れた様子で隣の部屋へと入り、部屋から出てくると手にしていた箱をクレイグの横の机の上に置いた。
「これは?」
「薬研と薬研車だよ。私が使っていた物さ。こんなお礼しか出来なくて申し訳ないねぇ。金なんて雀の涙程しかないからね」
「充分な報酬です。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方さ、ありがとうね。お嬢ちゃんにも苦労をかけたね、ありがとう。これで私は、何の心残りも無くなったよ」
スザヌの遺骨を大切に撫でているリマにクレイグは話しかける。
「リマさん、あなたのその眼。私は治す方法を知っているのだが、もし良ければ──」
クレイグの【黄】の魔法を使えばリマの眼は復元が可能だ。依頼が終わればリマの眼を治そうと考えていた。
しかしリマはその提案を断った。
「良いんだよ、このままで。もしも目が見えるようになったらあの娘と暮らしたこの家であの娘がいない事を噛み締めなきゃならないじゃないか。今のまま、見えないままなら、あの娘はいつでも私の頭の中にいる。今でもそこに座って薬研を使って、そこで料理を作って……スザヌは私の中で生きてるんだから。私のこの目は……このままで良いんだよ」
「……そうですね。わかりました。では私達はこれで」
「じゃあね、婆さん。元気でね」
「えぇ、ありがとう。あなた達もね」
リマの家を出て扉を締める。ユリとクレイグはお互い目を合わせると小さく頷いた。港町へと続く道を帰ろうとすると、リマの家の中から押し殺したよう泣き声が聞こえてきた。
「……いくら魔法が使えても、年寄りの心の傷ひとつ治せないなんてな」
「あの婆さんの心の傷を治せるのは亡くなったスザヌと時間だけなんだろうな。人間とは本当に難しい生き物だとつくづく思うよ。魔法は万能ではないかもしれないが、クレイグ、お前の魔法は大した魔法だと思うぞ」
「……あぁ」
リマの泣き声を聞きながら二人は村を後にした。
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