神色の魔法使い

門永直樹

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盲目の老婆 3

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「村の薬師の婆さんを知っているか?目玉の無い婆さんだ。その婆さんの娘を探している。お前は知っているんだろう?」

「ソノ女カ。ババアノ眼ヲナオシテクレト言ッテイタナ。モウ喰ッチマッタト言ッタラ、ギャアギャアサワグカラ、ソノ女モ喰ッテヤッタ。アレハ旨カッタナ。ハハハァ!!」


ザーグは両手で魚をぐちゃぐちゃと引きちぎっては噛んで、ヨダレを垂らしながらだが言葉を喋る。知能が高い個体は長命種なので二人は警戒心を1段階引き上げた。


「何故娘の願いは叶えてやらなかったんだ?婆さんの願いは叶えたんだろう?」

「オレガネガイヲ?人間ハバカバカリダナ!ハハハァァッ!!勝手ニ思イコンダダケダ!」


二人に最初から交渉などするつもりは無かった。ただ、ゲスな生き物という事が確認出来ただけで思う存分剣が振れるというものだ。


清々すがすがしい位ゲス野郎だな。この難しい言葉が分かるか?ゲ・ス・野・郎。そう、お前の事さ。ただの化け物に願いを叶えるなんて大層な能力、ある訳無いと思ってたんだ。クレイグ、こいつはこれ以上生かしておくと今夜の飯がまずくなる」

「あぁ、まったくだ」


ユリが腰のさやからスッと剣を抜いた。刀身がミスリルという希少な鉱石で出来た名刀だ。無駄の無い落ち着いた動きで上段に剣を構え、ユリはクレイグの前に一歩出る。クレイグもユリの後ろで小杖を構えた。
武器を抜いた瞬間、ザーグはその鋭い爪を固辞するように指先を開き両腕を拡げた。


「化ケ物ト呼ンダコトヲ後悔シロッ!!人間ゴトキガッ!!キシャァァァッ!!」


すぐさま上段からユリがザーグの肩口を目掛けて斬りかかる。常人では反応すら出来ないような速度だが、ザーグは左の爪で外に弾く。弾かれた反動を利用してユリが身体を低く回転させると剣でザーグの脇腹を斬りつける。
完全に攻撃は入っていたが、やはりザーグの体表面は硬く斬撃は肉を切り裂かず、小さな傷を作る程度だ。


「驚イタゾ……ニンゲン!」

「あの世でもっと驚くぞ。そして後悔するが良い」


ユリが素早く構え直して体制を整える。ザーグもユリの速度を最大限警戒すると、爪を上下に構えて幾重にも重なった鋭い牙で威嚇したまま口から酸性の液体を吐き出した。


「シャアァァッッ!」

─ジュウゥッ!


ユリは斜め上段に構えたままクレイグを背にするように酸の攻撃を素早くかわした。


「【ホワイトエンチャント─雷化らいか】」


クレイグがユリの背中に左のてのひらで触れると魔法陣が描かれる。二人が持つそれぞれの武器に雷の属性が付与され青白く輝く。
ミスリルという鉱石は魔力の伝導率が最も高いと言われている。
ユリの細めの刀身からは洞窟全体を照らす程のスパークが一瞬上がると、ザーグが一歩飛び退いた。
刀身の青白い輝きは強さを増していき、行き場を無くした小さな稲妻が刃の表面を滑るように上下する。


「良いね良いね。お姉さん燃えてきたよ」

「調子ニノルナニンゲンッ!グシャァァァッ!」


ユリは身体を回転させながら大きく踏み込むと、上段構えから胴に向けて鋭く斬りつける。太く長い腕を器用に捻ってザーグも剣を弾くように爪を合わせる。爪が刀身に触れると強烈な青い火花が辺りに飛ぶ。


─バシィィッ!


爪に伝わる雷の衝撃にザーグは若干苦しそうに顔を歪めるが、ユリの剣速に反応するその速度は二人にとってやはり驚異だ。

しかしユリは防御されてもお構いなしに次々と連撃を入れていく。下段から逆袈裟ぎゃくけさ、脇腹、肩、首、大腿部と剣の速度は振るう度に加速していく。


「どうした蛙っ!!集中しないと速攻あの世行きだぞっ!」

「グ、グギギッッッ!」


ザーグは斬撃を爪で弾く度に腕に電撃が走り、挙動は少しずつ遅れ明らかな劣勢を強いられていく。


─ザクッ!


「ギジャァァァッッ!!」


ザーグをユリと挟むようにして静かに後ろに回ったクレイグが、ザーグの大腿裏をめがけて雷を付与させたナイフを投げた。
クレイグの左前腕には残り4本の投げナイフが装備されている。
左大腿部にそのナイフが刺さると、その痛みで左の膝がガクッと一瞬前に崩れる。その崩れた隙を逃す事無くユリの剣がザーグの右腕を肩から切り飛ばした。


─ザンッッッ


他所見よそみすんなよ蛙っ!」

「ギャァァァァァァッッ!!!」


ユリに切られた腕が紫の血液を撒き散らしながら地面に落ちる。ザーグは後ろに大きく飛び跳ねると片膝をかばうように地面に付けた。残った左腕で身体を支えて立ち上がろうとし、牙を鳴らし叫ぶ。。


「キサマラ、ユルサンゾォッ!グオオォォォォォ!」


ザーグが立ち上がり、左腕を広げて最大の咆哮を上げる。すると爪はグググッと数センチ伸び始め前腕の外側からはサーベルのように鋭利な爪が産まれる。体表から蒸気のように湯気があがると、身体の筋肉の隆起は肥大していく。開いた口は顎まで裂け開口部は大きく拡がる。ザーグという種の厄介な所は追い込むと肉体を強化させるという特徴があるところだろう。

そして強化されたザーグの前では一般の冒険者などは挑んだ事を死後も後悔する事になるだろう。


「やはり強化したな」


ザーグの変化を横目に、クレイグは冷静にユリの背中側にまわり込むと背中に掌を当てる。ザーグの素の強さよりも上回る強度でぶった斬るというユリの火力重視な強行作戦だ。


「クレイグ、じゃあ【赤】を頼む」

「あぁ、レッド……ん? ちょっと太ったんじゃないかユリ」

「キィーーッ! 乙女が一番気にしている事をこんな時に! いいから早く【赤】をかけろっ!」

「頼んだぞユリ、【レッドストレングス】」


ユリの背中に大きく魔法陣が浮かんでゆっくりと回転する。その魔法陣が身体に染み込むようにして消えると、
二人の身体は赤く発光していた。
ユリが楽しそうに剣を振り回す。


「おぉ、【赤】は久し振りだな」

「グギャャァァァオォォッッ!」


ザーグは一際大きな咆哮を上げると、左前腕のサーベルを肘打ちのように器用に使いユリに俊敏に斬りかかる。
洞窟の中に互いの剣戟けんげきの音が幾重にも響く。
ザーグの強化された身体は速度も一撃の重さも先程までの倍はあるだろう。
ザーグのサーベルがユリの頬をかすめる。
外側から斬り込んでくるサーベルをユリが剣で受けると、捻られた前腕のサーベルが次は斜め下からというように様々な方向から縦横無尽にユリに斬りかかる。
その素早いザーグの一撃一撃を剣を使い、足を使い巧みにユリはさばいていく。


「ドウシタニンゲンッッ?! 誰ガアノ世デ後悔スルッテ?! ハハハハッッッ! 死ネェェェッッッ!」


とどめとばかりにザーグは軽く跳躍すると、ユリの側頭部から首に掛けて前腕のサーベルを防御不可避な力を込めて上から振り下ろす。


─コロシタゾッッ!





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