神色の魔法使い

門永直樹

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盲目の老婆 2

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クレイグとユリは、村から北に向かい徐々に深くなっていく森の中を歩いていく。
鬱蒼と茂る木々の中にも、奥へと続いていくような人が踏み固めた道が続いている。


「沼の神様ってのが怪しいな。クレイグはどう思う?」

「あぁ、本当に神や神獣と呼ばれるものだとしたら、人間の眼球を欲しがったりはしないだろうな。沼は【青】で見てから考えよう。盗賊バイスが絡んでいたという線も考えられるが、ホリーが見せてくれたリストにはスザヌという名前は無かったように記憶している」

「うむうむ。そうか。……なぁなぁ、クレイグ。一応聞くんだが、夜には帰れるよな?」


ユリの言葉にクレイグは思わず吹き出した。


「ふふ、わかってるよユリ。アンが料理を作ってくれて待ってくれてるんだ。沼を調べたら帰るって約束するよ」

「そうか!良かったぁ。よし、では気を引き締めて参ろう」


そう言うとユリの足取りが急に早くなった。
わかりやすいなぁと感心しながらクレイグも歩くペースを上げた。









森の切れ間、岩肌のふもとに大きな沼があった。
どこか不気味な静けさに包まれていて、山から降りてくる風がひんやりとしている。。
沼の中程に島のような浅瀬があり、そこに石碑のような岩が鎮座している。村人が沼の神様というのが恐らくこの事だろう。島に向かって木が並べてあるだけの簡素な橋を歩いて島に渡る。


「この石碑だな。魔獣が近くにいるような気配も今は無いな」


腰に刺した剣の柄を左手でトントン叩きながらユリが辺りを見回している。


「あぁ、見てみよう。【ブルーディテクティブ─青の探求】」


魔法を唱えるとクレイグの網膜もうまくに魔法陣が浮かび上がる。そしてクレイグの身体全体がぼんやりと青く光る。

【青】の探求は、魔力を集中的に高めて超感覚を鋭敏にさせる。
クレイグの五感に様々な情報が飛び込んで来る。


(石碑の周りの足跡か。人間の物が殆どだが……大きな鳥か爬虫類のような足跡も含まれる。そして石碑と地面にうっすらと残った血痕。これは……恐らくリマの物だろう。彼女はここで眼球を奪われたのかもしれない。石碑の裏には……衣服の切れ端がある。この布の強い香りは……薬草の香りだ。やはりスザヌはここで何かあったようだな。この足跡は沼の奥にまっすぐ伸びて途中で消えている)


クレイグの身体を覆う青い光がゆっくりと消える。


「リマはここで眼球を奪われたようだ。爬虫類か鳥類のような何かに。スザヌもここに来て何かがあったのは間違いない。足跡があっちの方角で奥へと続いている。あの岩の陰辺りに何かあるかもしれない。沼に入らないといけないが見てこよう」

「今夜の夕飯に加えて風呂まで楽しみになりそうだよ。イヤーウレシイナァー」

「顔に嫌だって思い切り書いてあるけどな」


二人は足跡の方角に向かってまっすぐ沼を歩いていく。深さはそれほどでも無く深い所でも腰まで浸からない程度だったが、もしもこのような状態で複数の敵に囲まれれば充分な驚異となるため、周りを警戒しながら進む。

クレイグがにらんだ通り、岩の影になるように大きな洞窟の裂け目があった。二人は泥で重たくなった身体を、座れる程の小さな岩に持ち上げた。


「うへぇ……汚れたぁ……泥まみれ……うぅ」

「【ブルーディテクティブ─青の探求】」


(爬虫類か?やはりこの奥がネグラだろう。足跡が多い……今は気配が無いが、餌でも探しに行ってるのか?これは……フンだな。魚の骨が多く残っている。それにこの大量の粘液……体表が覆われているのか?そしてこの匂い……これは間違いない、ザーグだ)

しゃがみ込んで考えていたクレイグが立ち上がる。


「わかったぞ。ユリ。沼の神様の正体はザーグだ」

「ザーグか……。厄介な奴が神様面しやがって」


ザーグとは体表をツルリとした極めて丈夫な皮で覆われた人型の水性生物。体長は大きい物で約2メートルまでなる。体表の皮は物理攻撃を通しにくいため、外套の素材に重宝され、稀少性の高さからかなりの高値が付く。
知性が高く、長命種になると人間の言葉を喋る個体も多くみられる。
歯は鋭くき出すと幾重いくえにも重なっており、目は膜に覆われている。身体は灰色で紫の血管が複数浮かび上がっている。
好戦的だがとても狡猾こうかつなため、人間をだまし、過去にはザーグ一体に街が滅ぼされた事があったという。


「よし、ユリ。一度家に帰ろう。奴をおびき出す餌を用意するとしよう」

「うむ!帰る!」









「化物への手土産に魚を持って行こうと思うんだ。出来れば泥の中に生息してるような内臓の匂いが強い方が良い。それとあの薬師の婆さんに何か滋養じようのある物を食べさせてやりたい」


クレイグとユリが海の家に戻って来る頃にはすっかり陽が沈んでいた。クレイグは夕飯を皆で食べてから、装備の見直しと明日の用意をして過ごしていた。


「魚は伝手つてがあるんで俺が用意しますね、旦那様。滋養のある物は、アン、頼んだぜ」

「えぇ、わかってるわ。柔らかくてすぐに食べれるような物を作って私がお婆さんの所に持って行きますよ」

「助かるよ、ドグ、アン」

「お安い御用ですよ!さ、お嬢様。食後に果物はどうですか?皮を剥きましょうね」

「うむっ!ふごふごもぐもぐっ」


ユリが矢継ぎ早に口一杯に食べ物を頬張ってる様は、まるで冬眠前の大陸リスが餌付けされてるようだと、クレイグとドグは小声で話して笑った。
ユリにとってアンの料理を食べるという事がなによりの至福なら、それを尊重してやろうとクレイグは思っている。


「少し夜風に当たってくるよ」


外に出て階段を降りるとすぐに砂浜が広がっている。砂浜に何度も攻め入る波の音が耳に心地よい。壊れた木製の船に腰掛けて、折れた木の棒を手に取った。
いつのまにか黒猫のクロが足元で毛づくろいしている。


「もうすっかり猫の真似が上手になったな、クロ」


黒猫のクロはクレイグの【黒】の魔法生物で、スライムだが擬態を得意としている。ここ最近はすっかり猫の姿が気に入っているらしい。
クレイグは立ち上がると、運動代わりに剣術の型でゆっくりと身体を動かしていく。海から吹く潮風が冷たくて気持ちが良い。


(ザーグは物理攻撃の耐性が高い。ユリの剣に付与の魔法をかけないと厳しい戦いになる。問題はリマにどう伝えるかだな。恐らく……娘のスザヌは亡くなっているだろう。沼の神様を偽っていた化け物に殺されたと知ったらリマはどう思うだろうか)


足さばきからゆっくりと棒を振り下ろす動作を何度も繰り返し正眼に構える。


「【ホワイトエンチャント─雷化らいか】」


ホワイトエンチャント。白色の属性付与魔法。
無機物、有機物を問わず触れた物に数種類の属性を付与する魔法。効果は付与した物質の性質によって変化する。魔力の伝導率が高い物ほど効果は高くなる。


─バチバチッ!


クレイグが持っている木の棒が小さな稲光を放って青白くスパークする。木の棒が帯電するかのような小さな稲妻を発しながら、パチパチと音を立てて砂浜を白く照らした。









翌朝。

ドグに用意してもらった数匹の魚をクレイグはバッグに入れて、二人は装備を整えると村を経由して北の沼へ向かい歩いていく。
沼奥の岩肌の裂け目へは大きく迂回して岩沿いを歩いていく。足場は悪いが腰まで沼に浸かるよりはマシだからだ。


「【ブルーディテクティブ─青の探求】」


洞窟の入口、岩肌の裂け目までたどり着くとクレイグが魔法を唱える。


「奥へ進むぞ」


洞窟の最奥までは思ったよりは浅く、外の光がうっすら届く程の距離だった。
中は案外と広くなっており、定かではないが昔は村人が何かの貯蔵で使っていたのかもしれないと思わせる程に冷気が濃くなる。
ザーグが住み着くには理想的な住居となってしまった訳だった。


「暗いわ寒いわ臭いわ……あぁ嫌だ嫌だ。こんな所に好んで住んでるザーグは多分独り身なんだろうな」

「そうだと良いがな。やはりここを寝床にしているようだな。そこらじゅうがザーグの体液だらけだな。見てくれ、この骨は……多分スザヌの骨だ。骨盤は成人の女性の形だし、噛んで吐いたような布地に確かな薬草の匂いが残っている」


踏み固めたようにして集められた沢山の茎の側に、人骨が散乱していた。


「あの婆さん、悲しむだろうな」

「あぁ」


青く光っていたクレイグの目から光が消えていく。クレイグは持参したバッグからドグが用意してくれた魚を取り出すと、解体用の短剣を取り出して内蔵を開いて引っ張り出していく。


「放っておけば、また犠牲者が出るだろうな。少し臭いが我慢してくれよ。これでザーグをおびき出す」

「少しだって?鼻をアンに預けて家に置いてくればよかったと後悔してるところだよ」

「はは、すぐに慣れるさ。嗅覚は順応が早い。作戦は大体、道中話した通りだ。油断するなよユリ。ザーグは硬いし狡猾だ。それに強化してからの爪が厄介だ。今回は俺は支援に徹するよ」

「あぁ大丈夫。クレイグの魔法があればなんとかなるだろ? 誰にも食べてもらえない惨めで悲しい蛙の丸焼きにしてやろう」









午後に差し掛かる頃、洞窟の中にビチャビチャと音が響く。ザーグの水かきが付いた脚で歩く音が反響している。

ザーグが現れた。
体長は2メートルを少し超える個体だ。二足歩行の蛙の化け物のように大きな目をギョロギョロとさせ、前屈みでのっそり歩く姿は異様と言える。
洞窟の奥にはクレイグとユリが待ち構えていた。
ザーグが魚の匂いに釣られて来たが、二人に気付くと警戒し、身構える。


「ニンゲン……捧ゲモノカ。ハハァッ。願イハナンダ」








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