神色の魔法使い

門永直樹

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ロックゴーレム召し上がれ 3

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エスラドの城下町。


酒場が密集した通りは川に面した風情ある通りだ。この辺りは昼でも沢山の鉱山帰りの鉱夫達で賑わっているが、夜ともなるとその喧騒けんそうは加速する。

ごった返す酒場の中の一つの小さなテーブルに、やけ酒のように酒をあおるローガンが座っていた。


「おい、親父!これよりもっと強い酒をくれっ!」

「ローガン……、お前さんちょっと飲み過ぎじゃないのか?」

「っるせぇ!飲まずにいられるかってんだ……」


満席のような店内だったが、かたわらに剣を置いたローガンが、くだをまいて酒を飲んでいるテーブルに他の客は誰も寄り着こうとはしなかった。


「っくそ……全然酔えねぇ。おいっ!酒を──」

「なぁ!兄さん、一杯奢るからさ、ここ座ってもいいかな?」

「どこも満席でね、よろしいですか?」


ローガンが店の主人に酒を催促しようとした時、長い黒髪の若い女と銀髪の壮年の男がローガンのテーブルに相席を求めて来た。


「……あぁ? ふん、勝手に座れよ……」

「助かるよ、兄さん。悪いな。ふぅー」

「ありがとう。ご主人、私達に果実酒を一杯と彼にもう一杯同じ酒を──」

「ちっ、強い酒だよ!俺にはこれより強い酒だ!……ったく」


ローガンの荒れように構うことなく若い女と銀髪の男は
椅子に腰掛けた。


「随分とご機嫌斜めなんだな」

「……関係ねぇだろ」

「お、ありがとう親父さん、さぁお兄さんも機嫌を治して飲んでおくれ。とりあえず席にありつけた事に乾杯!」

「ちっ、何が乾杯だよ……へっ!お気楽なもんだな。お前ら冒険者だろ?」

「お?よく分かるねお兄さん! さてはお兄さんも冒険者なのかな?」


若い黒髪の女がジョッキ片手に、肘でグリグリとローガンをかまう。よく見るとなかなか美人な女だったのでローガンも満更でもない。


「ぼ、冒険者なんてとっくに引退しちまったよ……。傭兵ようへいだよ」

「おや、傭兵の方でしたか。それは冒険者と一緒になんかしたら失礼ってものだ。ユリ、傭兵というのはそれは大変な仕事らしいぞ」

「おっさん、よく分ってるじゃねぇか……。雇われてるって事はなぁ姉ちゃん、主人が黒と言えば例え間違ってても黒なんだ。俺なんかが白だ赤だなんて言うもんなら傭兵なんか務まらねぇんだぞ……」

「なるほど。そりゃ大変な仕事だな。私には無理だ」

「姉ちゃんには無理だろうな……。第一やるもんじゃねぇや……あんな仕事」


ローガンは目を閉じてガムランの言葉を思い出し、そして鉱夫の3人を思い出していた。
希望なんて抱けないまま懸命に生きていた男達だった。自分なんかより純粋な命が、そんな簡単に奪われていいのかと。


「まったく……可哀想に」

「何が可哀想なんだ兄さん。その話、もう少し詳しくお姉さんに教えてくれないかい?」


ローガンは嫌な予感がした。こいつらまさか探りを入れてやがるのかと。ガムラン商会には知られてはならない事が多々ある。この俺様が探られているだと?!
危険を感じたローガンはテーブルに立て掛けた剣を取ろうと咄嗟とっさに手を伸ばした。


「……っ!」

「【パープルチャーム】」


その時、ローガンの頭の中で男の声が響いた。その声は耳から鼓膜を伝って頭の中を反響し、意識や視界さえ刈り取って行くようだった。


【パープルチャーム─紫の魅了】は強力な催眠状態におちいらせるクレイグの【紫】の魔法。
掛けられた者は術者に魅了され、命令に従う。強力な精神力を有する者にはかかりにくいという側面がある。
効果は約12時間続く。魅了されてる間は記憶が残らない。


「……あ……」

「あれ?親父さん!こいつ酔いつぶれちまったよ。外で一緒に酔いを覚ましてくるな。お金はここに置いておくから! え? なぁに、釣りは良いって!」











ローガンと肩を組んで店を出るクレイグ。その後ろをユリが歩く。
少し川辺を歩くと人気の無い桟橋があった。座れるような場所にローガンを座らせると、クレイグもその正面に膝をついた。
ローガンはクレイグの顔をぼんやりと眺めている。


「まず聞くぞ。君の名前は?」

「ローガン……」

「よし、ローガン。ダン、サシャ、イリアという者を知っているか?」

「知っている……。ダンはガムラン様の坑道で宝石を掘っている。サシャとイリアは屋敷の離れで手先仕事をしている……」

「その3人は生きているか?」

「生きている……」


ローガンの言葉にクレイグとユリは顔を見合わせて、ふぅと大きく息を吐いた。


「間に合ったな。やはりお前の魔法は大したもんだよ」


クレイグも安心したように少し笑うとローガンに向き直る。


「その3人について知っていることを話してくれ」


一切の感情が抜け落ちた人形のように、淡々とクレイグの質問に応えていくローガン。

ガムラン商会の坑道で宝石を採掘させられている事。女と子供は離れで暮らし、リッテというガムラン婦人に折檻せっかんされながら働かされている事、男は坑道で寝起きして、坑道の入口には鍵がかけられている事。男は肺の病が酷くなってきたため、ジェイスというガムランの護衛剣士にもうすぐ殺されるか、近い内に病で死ぬかもしれない事。女達は娼館に売られる事。全部で9人の奴隷が働いている事。


「ガムランにリッテにジェイスか。そのガムランとかいう奴が気に入らないな。……本当に気に入らない」

「……あぁ」

「お……俺は……奴隷達が馬鹿な真似をしないように監視する役と坑道と離れの鍵……それと全員の足枷の鍵を管理している……」

「ではローガン。明日の朝、坑道と離れの鍵を開けておくれ。それと奴隷達の足枷あしかせの鍵はすべて外してくれ。わかったね?」

「……はい、わかりました」

「他に知っている事は何かないか?」


するとローガンは呼吸を荒くしはじめ、感情の波を抑えきれないように涙を流し始めた。嗚咽おえつに詰まりながらローガンは話し出す。


「う……、サミュエルという奴隷に……う……全員を俺の剣で殺してくれと頼まれた……苦しみを終わらせて欲しいって……だけど、俺は……出来なかった。あいつらが……うぅ、あんなに必死に生きてるあいつらを……殺すなんて出来なかったんだ……」

「それでこいつ、あんなに自棄酒やけざけ飲んでたのか。なんだ、こいつ案外良い奴だったんだな」

「……わかった、ローガン。君は今日は帰ってこのまま休みなさい。また明日、ガムランの屋敷で会おう。クロ、ローガンの影の中に」


クレイグが呼びかけると足元の影の中から黒猫が現れる。
クレイグの【黒】の魔法、実態は魔法で具現化された粘性生物ブラックスライム。


「お、クロ」



ユリの声にニァアと小さく答えてから、ローガンの影に溶け込んだ。
ローガンはフラフラと立ち上がると桟橋を越えて人混みに消えていった。ローガンを見送ると二人はドグの待つ船に向けて歩きだした。


「もしもローガンが全員を殺していたら、私達がエスラドまで来た甲斐も無くなっていたな。彼に感謝しなくてはな」

「あぁ、とりあえずドグには良い知らせと、土産に酒でも買ってやるかな」











──翌朝。

いつもと変わらない早朝、ガムラン商会の離れの鍵が開けられる。
建物の中ではすでに、サシャやイリアを含む6名の女性が首飾りや小さな宝石を使った耳飾りを大量に作っていた。
鍵を開けてローガンが入ってくると女性達は全員手を止めて、挨拶のために立ち上がる。


「おはようございます、ローガン様」

「……」


返事が無い事を多少、変に思いながらも女性達はまた作業に戻ろうと椅子に腰掛けようとした。驚いた声を上げたのはサシャの娘のイリアだった。


「えっ? あの、ローガン様……まだ私の足枷を外す時間じゃないのでは……?」


イリアの言葉など耳に入っていないのか、ローガンは喋ることなく次々と女性達の足枷を外していく。全て外し終えるとローガンはいそいそと外へと出て行った。


「え? ど……どういう事?」


女性達は不安に思い席を立とうとした時、外から入ってきた人影に驚いた。


「ひぃっ……!」


娘たちは慌てて、立ち上がる母親にしがみつくようにして抱きつく。サシャの頭の中に娘たちが売られるという最悪の事態が思い起こされる。
しかし、入ってきた人物の口から出た言葉は、そこに居た6名の女性達が生涯忘れ得ぬ言葉だった。


「やぁ。君たちを助けに来たんだ。みんなでここを出よう」











坑道の中。
吸込めばむせるような空気の中、ろうそくの灯りが灯す薄暗い岩肌を奴隷鉱夫のイーストンがハンドピッケルで崩していく。今日は肺の調子が良くないダンが運び役を受け持っている。


(昼まで頑張れば、またサシャとイリアに会えるんだ……)


ダンは他に何も考えないようにして、サミュエルが仕分けた鉱石を運ぶ。
ふと、入口の方から足音が響いてくる。
ダン達3人の脳裏に嫌な予感が走る。こんな朝早くに複数の足音など、ここ最近聞いた事が無いからだ。
3人は手を止めて、その人物達が現れるのを待った。
足音がこちらに近づいてくると、一つの足音が小走りとなっていく。

男達の心臓が否が応でも激しく叩く。

しかし予想外に、現れたのはダンの妻であるサシャだった。
驚いて立ちすくむダンにサシャは駆け寄ると、両手で強くダンを抱きしめた。


「あなた……っ! ドーラの街から助けが来てくださったの……! この街の港に、ドグが船で待っててくれてるんですって……!」


サシャの言葉に信じられないという顔で驚いたダン。同時に喜びが胸の底から溢れ出してくる。


「え……?! ほ、本当なのか……?! ドグが……本当に……?」


子供の頃、よく一緒にイタズラをして遊んだドグ。サシャと結婚した時は奥さんのアンと一緒に祝ってくれた。まさかあのドグが自分達を助けに来てくれるなんて。
例えこれが嘘でも良い。こんな時間にサシャに会えた事が幸せだった。

抱き合うダンとサシャの足元に、遅れてやって来たのは感情が抜け落ちたような表情をしたローガンだった。ローガンはダンの元にしゃがむと、黙々と足枷の鍵を外していく。


「ローガンさん、ありがとう。あの……ローガンさん?」


ローガンはダンの言葉に一切反応すら見せずにサミュエルの足枷の鍵を外しにかかる。その次はイーストン。ローガンのその様子に3人は妙な違和感を感じていた。











坑道の奥へと歩いていくローガンとサシャ。暗闇の中に消えていく二人の背中を見送るクレイグとユリは、坑道の浅い部分にある広場にいた。
ここで鉱夫達が食事や睡眠を取っていたと考えると、その扱いの酷さに眉をひそめた。


「私はガムランとかいう奴とは絶対に仲良くなれないな。ここは人間が暮らす場所か?まったく……」


傷んだ木で出来た丸いテーブルの周り、岩がむき出しの冷たい地面に荒い布が何枚か敷いてある。恐らくはこれが鉱夫達の寝床だろう。そしていくつかの人骨が隅に丁寧に重ねてあった。ここで亡くなった者の骨だろうか。ユリは腕を組んだまま憤りを隠さない。


「人の道を外れた化け物が、大きな顔で商売してるなんてどうなってるんだ? 私はまったく気に入らないね。どうせ一人で美味いものを朝から晩まで食べてるに違いない」


普段のユリも朝から晩までアンにべったりで美味しい物を食べているのでは? と言い返そうかと思ったが、クレイグは口を挟むのを止めた。


「ん? なんだクレイグその目は? まぁ良い。ガムランって奴はここで亡くなった者達の分まで報いを受けるべきだ。そうだろ? クレイグ」

「もちろんだよユリ。【ブルーディテクティブ】」


クレイグの眼球の奥に魔法陣が浮かぶと青く光る。坑道の入り口の方から、ゆっくりと上を見上げていく。


「屋敷の中の使用人達には全員【紫】をかける。ガムランとその奥方には、その心にふさわしい姿になってもらおうか。おや、……1人、【紫】がかからない者が2階にいるようだ。恐らくこいつがジェイスという奴だろう。こいつは恐らく手強いぞ。ユリ、任せても良いか?」

「私がキツくお仕置きしてやろう。お任せあれ」


坑道の奥から足音が近付いてくる。最初に現れたのはローガン。クレイグの前まで来ると軽く頭を下げる。


「ご苦労だったね、ローガン」

「……はい」

「ゴホッ……、ゴホッ」


ローガンの後ろに続いて、サシャの肩を借りるようにしてダンが歩いてくる。サミュエル、イーストンの2人も後ろに続いている。


「やぁ、君がダンだね。私はクレイグ、こっちはユリ。君達を助けに来たんだ」

「あの、本当に……俺達みんな助けてもらえるんですか?ゴホッ、ゴホッ」

「もちろん。誰も置いていったりはしない、全員でこの屋敷から出よう。ドグとアンから頼まれてね、君達を助けて欲しいって」


全員助かるという言葉にサミュエルやイーストン、ダンの顔に安堵と笑顔が戻る。


「ですが……クレイグさん、この屋敷の主であるガムラン様は……その、とても厳しいお方で……私達を簡単に外へ出したりするとは思えないんです……ゴホッ、ゴホッ!ゴボッ!」

「あなたっ」


サシャに肩を支えられたダンが苦しそうに咳込んで思わず膝を付く。慌てて後ろにいたサミュエルとイーストンがダンを支える。


「大丈夫か?ダン。クレイグさん……ダンの咳もここんとこ随分と酷いんだ。俺達は、ここに来てからなんだかわからない肺の病にかかってるみたいで……」


サミュエルがダンの背中に優しく手を置く。そして意を決したようにクレイグを見つめ直す。


「ドーラには帰りたい……あの地を踏む事を何度夢見たかわからない。だけど、うちのカミさんや娘にだって病気が伝染るんじゃないかと心配なんだ。俺たちの肺はきっと……もう……治らない。そこにある骸骨は肺の病で死んだ奴の骨なんです。俺は残ってガムランを少しでも食い止めます……わがままですが、カミさんと娘をお願い出来ませんか?」

「おい?! サミュエル!」


ダンが叫ぶ。ダンの妻のサシャは溢れる悲しみを抑えるように口元を押さえている。


「俺も残るよ、ダン……どうせ長くないからな」


ダンの肩を支えるイーストンもうつむいたままつぶやいた。


「イーストン、そうか……そうだよな……」


ダンはがっくりとうなだれる。ダンの頬を涙がポロポロっとつたった。そして顔を上げる。


「クレイグさん……。妻と娘をお願いします」

「あ、あなたっ!!そんな──」

「良いんだ、サシャ。サミュエルやイーストンの言うとおりだよ。俺達はもう長くない。それは自分が一番わかってるさ。お前達が助かるんだ……こんな夢みたいな事あるか?こんな気持ちで死んで行けるなら……もう何も悔いはないよ。な、みんな」

「「あぁ」」

「でも……うぅ……う……うぅぅっ」


サシャは込み上げる悲しみを抑えきれず泣き崩れた。しかし、ダン、サミュエル、イーストンはとても晴れやかな顔で頷き合う。


「クレイグさん、ユリさん……自分達の家族を……どうか……、どうかっ! よろしく、お願い……しますっ」


3人の男が頭を下げる。男達の涙が落ちると、乾いた坑道の地面をポタポタと濡らす。


「そのままみんな、眼を閉じていなさい。サシャ、君もだよ」

「「え??」」


クレイグが男達の頭を優しく手を置いた。


「そう、そのまま……そのままね。【ブルーディテクティブ】」


クレイグの目が青く輝く。ダン、サシャ、サミュエル、イーストンの身体をそれぞれ眺めていく。


(肺の酷い繊維化せんいか、呼吸器を粉塵ふんじんふさぎかけている、肝臓、膵臓、膀胱、手指の変形……今日まで生きて来れたのが不思議な程だ)


「【イエロークリエイト】、【シルバーヒール】」


暗い坑道が強烈な光で明るくなった。4人の体に黄色や銀の魔法陣が次々に絡みつく。
繊維化した肺や塞がりかけた気道は急速に元に戻り、変形した手指も傷んだ内臓や筋骨格が元に戻っていく。

4人の体に無くしかけていた生命力が徐々に溢れ出していく。


「あ……、あぁ……っ!」


ダンの口から思わず声が漏れる。むせる事無く、大きく息が吸い込める事に驚いた。
そして光は収束していく。


「さぁ、もう目を開けていいよ。みんな、言っただろう?私は誰も置いていったりはしないって。大きく息を吸ってごらん?君達は健康な体に戻っているはずだ」


4人は曲がっていた背中を大きく伸ばすと、肺一杯に息を吸い込んだ。胸郭が大きく膨らみ、心臓に新しい血液が大量に流れ込む。まるで身体の中で新しい命が芽吹いたようだった。


「あぁ……なんて事だ……」

「こんな、奇跡だ……」

「あぁ……嘘みたいだ」

「ああ、神様……!」


それぞれが目を閉じて呼吸を繰り返す。まるで初めて呼吸したかのように一つ一つゆっくりと。
溢れ出る涙は傷付いた心まで洗い流すようだった。


「どうだい?気分は」

「……生まれ変わったようです。クレイグさん、あなたが私達に何をして下さったのかはわかりません。ですが、人の力を超えた何かを与えて下さったという事はこの身を持ってわかりました……。なぁ、みんな」
 
「「あぁ……」」


4人はそれぞれに胸の前で両手を組むと、静かに地面に膝を付いた。そしてクレイグに祈るように目を閉じ、頭を下げた。


「神よ……あなたの慈悲に心からの感謝を……」

「「感謝を」」


祈る4人を見て、ユリはクレイグに何度もうんうんと頷いている。
クレイグはダンとサシャの肩に手を置く。


「さぁ、元気になったならここを出る事を考えよう。私とユリで屋敷に行って話を付けてくる。何も心配はいらない。君達は娘さん達と一緒に離れで待っていてくれ。話が付いたら迎えに来るからね」

「はい。お二人を信じて。……待っています」





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